第34話


 アルルの地酒の美味しさに、俺もかなりの量を飲んでしまった。

 しかし、ミーシャのように酔う事もなければ、翌朝に影響する事も無かった。

 そして、夜が明けた今も、俺の隣で酔いつぶれたミーシャがまだ眠っているのだ。


 酒場で飲み明かしたあと、俺とミーシャは村長さんの家に一晩泊めさせてもらったのだ。


 酔いつぶれたミーシャを、背負ってここまで運んで行く時に、耳元に吐息が当たるので、ドキドキしてしまったのは……ここだけの話だ。


「ミーシャ、そろそろ起きないか?」


「んー……」


 ミーシャは小さく声を出すが、起きそうにない。

 ならば、奥の手を使うか……。


「ミーシャ、いい加減服を着てくれ。そんなはしたない格好だと、外へ出られないどころか、嫁に行けないぞ?」


 もちろん嘘だが、俺はミーシャの耳元でそう呟いた。

 それに引っ掛かって起きてくれれば良いのだが……。


「はえっ!?」


 ミーシャはパチっと目を開いてシーツに包まる。

 どうやら成功のようだな。


「おはようミーシャ」


「え? あ……」


 ミーシャはまだ少し寝ぼけているようだが、シーツの内側で服を着ているのかどうか確認している。

 シーツが不自然にモゴモゴと動いているのが、その証拠だ。


「嘘吐いたわね!」


 ミーシャは頬を赤らめながら俺を見た。


「あまりに起きなかったのでな?」


 俺は笑って誤魔化すように言った。


「最低……」


 ミーシャはそう言って視線を逸らした。

 起こっているようには見えないし、少しからかってみるか……。


「寝顔もなかなか可愛かったぞ?」


「はいはい」


 ミーシャは軽く流して、シーツを剥いでベッドから下りた。

 からかったとはいえ、これは嘘を吐いていないんだがな……。

 もう一つリアクションが欲しいところなのだが。


 それから、俺とミーシャは部屋を出て、村長の所へ向かった。


「「村長、おはようございます」」


 俺とミーシャは村長に挨拶をする。


「おはよう……。昨日はゆっくり休めたかのう?」


「おかげさまで、ゆっくり休めたわ!」


 ミーシャがそう返事をしたので、俺も頷き同意した。


「そうかそうか……それは良かったわい。ホッホッホ……」


 村長はそう言って笑いながら歩いて行った。


「ミーシャ、次はどこへ向かうんだ?」


「そうね、次はボルドーっていう街はどう?」


「ボルドー……?」


 それが全くどういう街なのかすら想像できない。


「一言で言ったら港街よ」


 ミーシャは笑顔で俺を見てそう言った。


「港街か……」


「そこなら徳を積めるような人助けが幾らかあるはずよ!」


「ふむ……なるほどな」


 ミーシャは、俺のためにそこまで考えていてくれたのか……。


「だが、それだとミーシャにメリットが無いだろ?」


「え? 私はいいのよ! 私はあくまで、サクヤの旅になんだから……」


 俺の問いに対して、ミーシャはそう言い、頬を少し赤らめて視線を逸らした。


「ありがとう、ミーシャ」


「あーもう、分かったから! ……村長にお礼を言って、行くわよ!!」


 ミーシャはそう言い、村長の所へ歩いて行ったので、俺も後を追った。


「何じゃい二人共……もう行ってしまうんか?」


 足音に気付いたのか、村長がこちらを振り返り、俺とミーシャを交互に見てそう言った。


「短い間だったけど、お世話になりました。サクヤが神通力を使えるようになったら、また戻ってくるわ!」


「短い間だが、世話になったな。俺も徳を積んで、神通力を身につけて、ミーシャと共に戻ってくるぞ」


「え? 私と一緒に!?」


 ミーシャは驚いて俺の方を向いた。


「違ったのか? 嫌なら一人で戻ってくるが────」


「嫌じゃない! 神通力を身につけたら、サクヤはそのまま元の世界に戻るのかと思って……」


 ミーシャは俺の言葉を遮ってそう言った。


「そんな薄情な真似ができるか。身に付ける方法を教えてくれた村長に、覚えましたって直接報告するのが筋ではないか?」


「そうだけど……」


「それに、ミーシャは大切な仲間だ。目的を達成したから、はいさよならなんて言えないよ」


「もう……サクヤが優しいのか、口が上手いのか分かんなくなってきた……」


「好きな方で解釈してくれ」


 俺はそう言ってミーシャに微笑みながら頭を撫でた。

 ミーシャは顔を赤くして俯いた。


「サクヤ君……お前さんは類稀なる鈍感よのう……ホッホッホ……」


 村長は俺とミーシャのやり取りを見て笑みを浮かべていた。


「村長……鈍感は酷いですよー」


 俺は苦笑いを浮かべながら村長に言った。


「鈍感以外に言葉が浮かばぬわい。ミーシャちゃんが気の毒じゃわ……」


 村長は意味深な事を言うな……。


「どういう意味だ……?」


 俺はミーシャの方を向く。


「……村長の言う通りよ!」


 ミーシャは頬を赤くしたまま俺を見て言った。

 俺は困って村長の方を向く。


「ホッホッホッホ……」


 村長はやり取りを見て笑っているだけだった。



「コホン……。さあ、行きましょうサクヤ!」


 ミーシャがわざとらしく咳払いをして、俺にそう言った。


「そうだな、そろそろ出発するか」


「気を付けて行くのじゃぞ! それとサクヤ君……ミーシャちゃんを泣かせるなよ? ホッホッホ……」



 俺とミーシャは村長に一礼して、アルル村を出発した。



「そういえば、ボルドーはどの辺にあるんだ?」


「んー……ここから南に五〇〇キロくらいじゃない?」


 ミーシャは俺の質問にそう返した。

 俺はミーシャの手を握った。


「待ってサクヤ!! 移動魔法ヴァンデルは使わないで!!」


 ミーシャは俺が手を握ったので、転移魔法ヴァンデルを使おうとした事に気付いたようだ。


「いいのか?」


「いいの! せっかくなんだから、自分の足で行ってみたいの!!」


 満面の笑みでそう言うミーシャに俺は何も言わず、ただ頷いた。


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