第33話
叫んだのとほぼ同時に、大男は俺の方へ近づいてきた。
誰に手を出したのかと言われても、俺には何も覚えが無いので返事のしようがない。
誰と言われても、この世界で関わっているのはミーシャしかいないし……。
俺はミーシャの方をチラっと見たが、酒が回ったのか……いつの間にやら机に突っ伏して眠っている。
ちょっと待て、ミーシャ……。お前はついさっきまで話してたよな……?
「あのー、ミーシャさん……?」
「もう、サクヤ……大胆過ぎ……」
ミーシャは色っぽい声で呟いた。
その寝言が、静まり返った酒場に響き渡る。
そして空気が凍りつくのを、その場に居合わせた全員が感じ取った。
「わ……
大男の目には血涙が流れている。
これはマズイな……かなり怒り心頭のご様子だ……。
「あの……何か誤解してませんかね……?」
「このエロガキャ……四肢を引き裂いて魔物の餌にしたろうかァ……それともセリュール山脈に生き埋めにしたろうかァ……」
俺の発言を無視して、大男は物凄く危険な独り言をブツブツと念仏の如く呟いている。
「ん……。寒っ!」
ミーシャは、大男が開けっ放しにしていたドアから入ってくる冷気で目を覚まし、俺の体温で暖まろうとして密着する。
そこで、俺の様子が何か変だと初めて気付いたようで、ミーシャは俺の視線の先を見て、そして驚いていた。
「……パパ!?」
「「えっ!?」」
待て待て、パパと言ったか?
つまり、この大男とミーシャが親子だという事か!?
俺と酒場にいる村人は同時に驚きの声を上げた。
「ミーシャ……儂は
大男は俺を指差して、血涙を流したまま叫んだ。
「何の事? それに……サクヤが腑抜けってどういう事?」
ミーシャはまだ、酔いが覚めていないようだ。
ただ俺が、腑抜けだと言われた事が気に入らないようで、破滅の力を使おうとしている……。
ここで、壮大な親子喧嘩を始められても困るな……。
最悪死者が出てしまう恐れがある。
「何のって……そりゃあ、お前がこがぁな腑抜けと付き
「「はっ!? いやいや、付き合ってないし!!」」
俺とミーシャは一言一句ズレる事なく、二人同時に言葉を返した。
父の言葉が予想外だったのか、ミーシャが破滅の力を使う事は無かった。
「なんじゃい、付き合うとらんのか……」
ミーシャの父はそれを聞いて安心したのか、冷静になるため深呼吸をした。
「っていうかパパ! サクヤの事が腑抜けってどういう事よ!!」
ミーシャはもう一度父に聞いてみる。
「その言葉の通りじゃい! 見るからに間抜けで阿呆で生意気そうなクソガキじゃろうが?」
ミーシャの父は腕組みをして俺を睨みながら言った。
俺も黙って聞いていたが、後半は悪口のパレードではないか……。
「そんな事ない! フロウド・オーガを討伐する時に、私を守ってくれたもん!!」
ミーシャは父にそう訴えるが、言えば言うほど逆効果な気がするのだが。
「儂は見とらん」
ミーシャの父はそう言い、明後日の方向を向く。
「もう……。パパなんか大嫌い!」
ミーシャがそう言うと、父は大嫌いという単語にピクっと反応した。
「儂が嫌いじゃと……?」
ミーシャの父は、そう言い震えている。
「ミーシャ、流石にそれは言い過ぎじゃないか?」
「そんな事ないわ! サクヤの事を何も分かってないのに、そんな事言うんだもん!!」
俺の言葉に、ミーシャはそう言う。
そして、俺の腕に抱きついてきた。
俺はミーシャの酔いが、一分一秒でも早く覚めればいいのにと、そう願うばかりだった。
「ミーシャがグレとる……」
ミーシャの父はそう言って、震えながら今度は涙を流し始めた。
ミーシャに言われたことが相当ショックだったのだろう。
「お父さん、少し落ち着いたら────」
「誰がお父さんじゃあ!! 儂はおんどれみたいな腑抜けェ……認めんけぇのう!!」
俺は心配して声を掛けたが、返ってきた言葉は酷いものだった。
そして俺は、もう何も言うまいと心に決めたのだ。
その時、酒場にもう一人入ってきたようだ。
「アンタ! またこんな所に寄り道して!!」
全員が声のする方を振り向いた。
金髪に鋭い目つき……。
初めてなのに、何となく見た事があるような雰囲気の女性が立っていた。
「セシル!! 何でお前がこがぁな所に
ミーシャの父はその女性がいる事に驚いた様子でそう言った。
「どうしたのママ!?」
ミーシャもその女性にそう言った。
なるほどどうりで、見た事があるような雰囲気だった訳だ。
「あら? ミーシャも居たのかい……」
セシルはミーシャを見て言ったあと、何かを悟ったかのようにミーシャの父の方を向いた。
「アンタはいつになったら子離れできるんだい!?」
「儂はただミーシャが心配じゃけぇ────」
「うるさい! 言い訳は聞きたくないよ!! ほら、行くよ!!」
ミーシャの父の言葉を遮りセシルは言った。
そして、ミーシャの父の耳を引っ張りながら酒場を出ようとする。
その時俺はセシルと目が合った。
「ミーシャをよろしく頼むよ! それと、ウチはセシル。で、こっちのバカ親がヒューゴよ」
そう言って簡単に自己紹介をしてくれた。
「サクヤだ」
「よろしくね、サクヤ君」
俺も名前を名乗ると、セシルはそう言って、ヒューゴの耳を引っ張ったまま酒場から出て行った。
嵐のような一時は、無事に過ぎ去ったようだな。
「びっくりして酔いが醒めちゃった……」
ミーシャはそんな事を言いながら、またアルルの地酒をグラスに注ぎ始めた。
「まだ飲むのか?」
俺は呆れてしまい頭を抱えた。
隣からミーシャが地酒を一気に飲む音が聞こえる。
「んーーーー!! やっぱりアルルの地酒は最高だわ!!」
ミーシャが楽しそうなら、まあ……それでいいか。
「ミーシャ、俺にも一杯くれるか?」
「え? サクヤ、飲めないんじゃなかったの!?」
ミーシャは驚いている。
「たまには
俺は注いでもらった地酒を一口飲んだ。
口の中で広がる果実の風味が絶妙で飲みやすい事に驚き、ミーシャが地酒を絶賛する事に納得した。
「ミーシャ、もう一杯貰ってもいいか?」
「意外に飲めるのね!? 分かったわ」
俺はグラスを空にして、ミーシャにもう一杯注いでもらった。
いつの間にか酒場は、先ほどの和やかな空気を取り戻したみたいで、俺やミーシャも皆と楽しく飲み明かしたのだった。
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