第32話


 フロウド・オーガと五〇メートル程の距離に、俺とミーシャは転移した。


「俺と倍近い大きさだな。おまけに、剣を通しにくそうな、筋肉質な肉体ではないか」


 それでも、俺が単独で倒すのであれば、何も問題は無いだろうが……ミーシャが戦うのには、少しばかり厳しい気がする。


「大丈夫よ! フロウド・オーガは、一撃が重いから危険だけど、フロウド・ウルフに比べれば動きが遅いし、当たらなければどうってこと無いわ!」


 俺の思いと裏腹にミーシャはそう言っている。

 ミーシャが苦戦を強いられるかどうか、それは実際に戦わない事には判断できない。


「サクヤ、ここは私に任せて!」


 ミーシャはそう言い、身構える。


 危険を冒してまで、ミーシャに戦わせて、それを判断する必要はない。

 だから、俺はミーシャを止めるべきだった。

 しかしミーシャは、俺が止める前にフロウド・オーガに向かって突っ込んで行った。


 ミーシャに気付いたフロウド・オーガは、大きな拳を振りかぶって、一気に振り下ろす。

 それを上手くかわして懐に潜り、ミーシャはフロウド・オーガに連撃を与える。

 だが強靭な筋肉によって、フロウド・オーガに与えられるダメージは、ほんの僅かでしかない。


「ミーシャ、神通力は使わないのか!?」


「破滅の力は神通力の消耗が激しいのよ! 何度も使うのは難しいわ!!」


 アルル村に向かっている途中に、フロウド・ウルフに使ってしまったので、今は使えないのか……。

 魔法を使って援護してもいいが、ミーシャを巻き添えにする可能性がある。


 その時、フロウド・オーガの攻撃を躱していたミーシャが、少しバランスを崩してよろめいた。


 ミーシャに隙が生まれたので、フロウド・オーガは攻撃態勢に入った。


 俺は収納魔法で収めていた剣を鞘から抜き身体強化と剛剣鋭化スターフを唱える。

 それと同時にフロウド・オーガへ向かって走りながら、転移魔法ヴァンデルを発動した。


 ミーシャに向かって、拳を突き出そうとしているフロウド・オーガの背後に転移した俺は、走っていた時の慣性を利用して両足を切り落とす。


「グガアアアアアアアアァァァァァァ────」


 フロウド・オーガは呻きながら、両足を失いバランスを崩して倒れてくる。

 俺は、フロウド・オーガが倒れきる直前に、その首を斬り落とし討伐した。


「ありがとう……」


「俺が止めなかったのが悪かった。……すまない」


「そんな事ないから! ホントにサクヤは優しいよね。アリアちゃんが羨ましいよ……」


 そう言ってミーシャは頬を赤らめたまま、俺から目線を逸らした。


「ミーシャ、これを受け取ってくれ」


 俺は今まで使っていた剣をミーシャに差し出す。


「この剣ってサクヤが大切に持ってたんじゃ……」


「そうだが、いくら大切に持っていようと、万が一の時に大切な仲間を守れなかったら……意味無いからな」


 今回は相手が一体だから、俺はミーシャが危険な状況に陥る前に助太刀できただけだ。

 だが、集団戦だったのであれば、先程のように上手くはいかないだろう。


「ありがとう……」


 ミーシャはそう言い、俺の剣を受け取ってくれた。

 さて、残る二体の居場所を調べるか……。


「……ミーシャ、フロウド・オーガ二体をまとめて倒すことになりそうだ」


「え? 嘘でしょ!?」


 ミーシャは今の戦いの感覚が残っている。

 一撃でも喰らってしまえば、致命傷になりかねないという重圧から、本来の軽やかな動きができないかもしれない。

 戦うには最悪の心理状態だ。


「不安なら俺一人で討伐するが……どうする?」


「足でまといにはならないから、私もついて行かせて!」


「……決まりだな」


 俺はミーシャと手を繋いで転移魔法で残る二体のフロウド・オーガの元へ転移した。


 フロウド・オーガとの距離は約一〇〇メートル程。


「ミーシャ……衝撃波に備えるために、俺の後ろに居てくれ」


「分かったわ」


 ミーシャが俺の後ろに移動して、服の裾を掴んだ。

 ふと実践試験の時に、アリアが俺の袖を掴んだ事を思い出してしまった。


 無事に元の世界に戻るまでは考えないようにしなければ……。


 俺は自分にそう言い聞かせて、深呼吸をして魔法陣を構築し始めた。

 右手をフロウド・オーガのいる方へ向けて電撃魔法ボルティアを無詠唱で唱えて放った。


 稲妻のような、太い閃光が二体のフロウド・オーガに直撃した。

 落雷したかのごとく轟音が鼓膜と大地を震わせ、衝撃波が周囲を襲う。


「これで村長の依頼は達成だな」


 俺は丸焦げになった二体のフロウド・オーガを見ながら言った。


「そうね! サクヤ、お疲れ様!」


「ミーシャもお疲れ様」


 俺とミーシャはお互いに労いの言葉をかけた。

 この調子で徳を積んでいこうか。


「そろそろ村に戻るか?」


「ちょっと疲れちゃったし、戻ろう! もちろん、サクヤの魔法で!」


 そう言ってミーシャは俺の腕に抱きついた。

 どうもミーシャと居ると調子が狂う……。


転移魔法ヴァンデル


 俺とミーシャはアルル村に戻り、村長に報告する事にした。


「村長ー! 魔物退治終わりましたよー!!」


 ミーシャは村長の家の戸を勢いよく開けてそう言った。


「おお……二人共無事に戻ってきおったか! 今日はここでゆっくり休んでいってくれい」


 村長は安心した表情で俺とミーシャを出迎えてくれた。


「それじゃあ、お言葉に甘えて!」


 ミーシャは笑顔で村長に返事をした。


「今夜は村の衆全員で、魔物退治の祝いの宴を開こうかのう……。もちろんサクヤ君とミーシャちゃんも参加するのじゃぞ?」


 村長は笑いながら俺とミーシャに向かって言った。


「「ありがとうございます」」


 俺とミーシャは村長に感謝の言葉を返した。



 その日の夜、俺とミーシャは村の小さな酒場に招待され、村の皆と一緒に過ごした。


「サクヤ、あなたは飲まないの?」


 ミーシャはアルル村の地酒を気に入ってしまい、水のように次々と飲み干していた。

 そして、酔ってきたのか妖艶な目つきで俺にそう言ってきたのだ。


「俺は酒は飲めないんだ」


 飲んでしまうとどうなるか分からない恐怖もあるし、遠慮させてもらう事にした。


「飲めないって可愛いー!!」


 ミーシャはそう言って俺に抱きついてきた。

 明日目が覚めたら忘れていてくれればいいが……。


「ミーシャちゃん! サクヤ君の事が好きなのかい?」


 酔っ払った村の男が、話をしていた集団から歩いてきてミーシャに尋ねた。


「ええ、もちろんよ! こんなに優しい男はどこにも居ないんですもの!!」


 酔ったミーシャはうっとりした目で、俺の方をチラ見して話した。


「二人共若いなー! サクヤ君が羨ましいぞ! ハッハッハッハ──」


 男は笑いながら『頑張れよ』と俺の耳元で呟いて肩を軽く叩いて戻っていった。


 酒場には賑やかだが心地の良い空気が漂っていた。


 ドガッ────


 いきなり酒場のドアが勢いよく開けられた。

 それまで賑やかだったのが、嘘だったかのように静まり返り、その場に居た全員が音の方を向く。


 すると、そこには筋肉質の大男が仁王立ちしていたのだ。


「おんどれは誰に手ェ出しとんじゃああぁぁ!!」


 大男は俺の方を睨んでそう叫んだ────


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