第19話


「君の魔力が何となくだが、アルメスと似たような波長だと思っていたよ」


 クロウドはアリアの父がアルメスだった事に驚いたのはほんの一瞬の事で、すぐに冷静な表情に戻った。


 おそらく、クロウドはアリアの魔力の波長から、何かを感じ取ったのだろう。

 少なくとも、俺にはアリアの魔力から、クロウに似た波長は感じないのだが。


「……波長……ですか?」


 アリアはクロウドに尋ねる。


「ああ。ただ、分霊の波長という訳ではなく、それに僅かに混ざる宿の波長だがな」


 そういう事か……だが、その僅かな波長さえ似ていると断言できるとは、流石クロウドとでも言うべきなのだろうか。


「ところで、さっき言っていた貴族とは……どういう事だ?」


 俺は貴族という言葉が何か引っかかり、クロウドに問う。


 アルメス・エールは貴族だったが、何らかの理由で失脚してしまったのか。

 俺は違和感の正体を暴くため、その理由が知りたくなったのだ。


「二人に隠し事は無用か……。数ヶ月前にアルメスが殺されたのだが、跡を継ぐ者が現れなかった。そのためエール家は貴族としての地位を失い、滅んでしまったという事だ」


 クロウドはそう言って、両腕を組んだ。


 俺は、クロウドが残り一人の分霊の事を分からない、という嘘を吐いた事に気付いた。

 先程、数ヶ月前に分霊の波長が消えたと言っていたが、殺されたことは言っていなかった。


 ところが、アリアが言った言葉によって、分からないと言っていたアルメスの事が、クロウドから少しずつ語られ始めた。


 そして今に至る。

 跡を継ぐ者が現れなかったという事は、アリアはそこに居なかったのだろうか。

 それとも……その場に居たが、跡を継ぐのを拒んだのだろうか。


「……私……思い出せない……」


 アリアはそう言って、頭を抱える。

 殺されて地位を失ったエール家に関する記憶を、アリアは思い出せていないようだ。


 試験の後に、俺はアリアに解呪魔法を使った。

 その時にアリアの記憶操作をしていた呪いも、俺が解いていたにも関わらず、その記憶を思い出せないのだ。


「アルメスが誰に殺されたか知ってるのか?」


 俺はクロウドを見ながら問う。


「ああ、知っているとも。お前にも言ったよな……。魔族が出てきたという報告が上がったと」


 クロウドはそう答えて、口元を歪めた。

 その言葉は、アルメスが魔族によって殺されたという意味なのだろう。


「解せぬ。魔族がアルメスを殺す理由、そんなものがあるのか?」


 貴族は国王から地位や社会的存在を認められている。

 それを殺す事で混乱を招く。


 それが魔族の狙いなのだろうか……?

 何故、何のためにそんな事をするのだろうか。


 前世の時代には知性が高い魔族が割合の殆どを占めていたから、こんな愚行を働くとは考えにくい。


「貴族だったから。だから、分霊の存在に気付いた魔族達が、私達にとして殺害したと捉えるべきだろう」


 クロウドがそう呟いた。


「……確かに、その可能性はあるだろうな」


 俺はクロウドの言葉に同意した。


 分霊が人間に宿る前。

 それまでに魔族が復活を遂げていたと仮定すれば、分霊が現れる事に気付く可能性が高い。


 その魔力の強さ、波長から自分達の敵なのだと、魔族達は本能的に理解するだろう。

 そして知性の高い魔族なら、分霊が全員集まる前に……というより、目障りな敵になるのだから、すぐに始末する筈だ。


 魔族は今回の分霊のように、複数の相手が居る場合……魔力の高い相手や、地位の高い相手を優先的に殺すだろう。


 分霊パーティーのリーダーになりうる者を消してしまう。

 そうすれば、パーティーの士気は下がり続け、連携も取れなくなる。

 そして、陣形の維持が難しくなったところを、一気に攻める戦術が可能になるから。


 今回の場合だと、クロウドは魔力が高いが貴族ではない。

 アルメスを除いた五人も学園関係者。あくまで庶民である。


 分霊の中でも地位が最も高いアルメスが、魔族からリーダーであると判断されたのだろう。


 勇者のように異常に高い身体能力や、魔力がなければ、魔族相手に人間が勝てるなんて事は有り得ない。

 もしもアルメスが衛兵と共に魔族に反撃を試みたのなら、それは無駄な悪あがきなのだ。


 アルメスは魔族にリーダーと間違われて、危険視されたため殺された。

 そう考えると、勘違いで殺された彼が……どうしても他人事に思えない。


「……サクヤ……ぎゅっとして……」


 その時アリアは震えながら、今にも泣きそうな顔で俺に抱きついてきた。


 俺はアリアの普段と違う様子に違和感を覚えながらも、しっかりと抱き締めてあげる事にした。


「これは……。サクヤ、アリアの様子がおかしくないか……?」


 クロウドが問いかけたので、俺は頷き肯定した。

 突然アリアの様子がおかしくなった事に、俺とクロウドは少しだけ焦りを見せた。



「……パパ…………死なないで……」



 アリアは抱きついたまま、そう言って泣き始めた。


「これは……。私とお前の会話がこの子のを押してしまったか」


 クロウドの言う通りかもしれない。


 あの日、俺が解呪魔法で記憶操作に関する呪いを解いた。

 それは、あくまで記憶の操作を止めるだけであり、アリアの記憶を改ざんできないようにしただけに過ぎない。


 だが、クロウドの言った通り、触れてはいけないアリアの記憶の奥、その封印されていた部分に触れた事で、改ざんした記憶が元通りになってしまったのだろう。


 そのため、父親を殺された現場が映像として鮮明に、フラッシュバックしてアリアの脳内に再生される。


 思い出してしまった辛い記憶に耐えられず、アリアはただ俺の胸で泣き続ける。

 俺とクロウドは何も言わず、ただアリアが落ち着くまで無言を貫く事にした。


 そして理事長室にはアリアの泣き声と嗚咽が響き続けたのだった。


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