第17話


「ところで……サクヤ、お前は一体何者なんだ?」


 クロウドから笑顔が消えて、真顔で俺にそう問いかけた。


 正直に俺が魔王だなどと言った日には、転生した目的を果たすどころか、逆に命が狙われる可能性がある。

 自ら揉め事に巻き込まれるような真似をする訳にはいかない。


 それに、万が一にでもアリアを揉め事に巻き込んでしまったらと、そう考えただけでもゾッとする。


「俺はただの新入生だ。そうだろ?」


 俺はそう言って、アリアを見る。

 すると、アリアは俺と視線を合わせて頷いたが、クロウドに視線を移すと……彼は肯定も否定もする事なく、不敵に笑っていた。


 肯定しないという事は、俺の事をただの新入生としては見ていないという意味合いになるのだろう。

 そしてクロウドが見せた不敵な笑み。これは、なるべく警戒しておいた方がいいのかもしれないな。


「変な事を聞いて、すまなかったな。……まあ、お前になら話してもいいか……」


 少しの沈黙を破り、クロウドが俺とアリアに交互に視線を送って、口を開いて話し始めた。


「……私は魔王が転生していると思っている」


 クロウドは俺とアリアを見ながら話す。


「……魔王が転生? 何を根拠に?」


 俺はククク、と小さく笑ってクロウドに問いかける。

 いきなりそんな話をされると、転生した俺自身興味が沸く。


 俺は誰かに転生しますなんて言ったわけでは無い。

 それどころか、誰にも転生したとは言っていない。

 

 それを言う相手すらいなかった、な生活に嫌気が差して、人生をやり直す意味も込めて今この世界に居るのだから。


「根拠ならある。絶滅したと思われていた魔族が、最近になって現れたという報告が、俺の元に上がってきているのでな……」


 ほう……魔族なら魔族討伐部隊勇者のパーティーに滅ぼされたものだと思っていたが。


「その魔族の出現と魔王の転生に、何かの因果関係があるとでも言うのか?」


 俺がそう言うと、クロウドは眉を上げ鋭い目線を向けてきた。


「確証は持てないが、関係が無いとは言い切れない。だが、魔王が転生するとなると話は別だ。魔王程の魔力の持ち主であれば、魔法磁場に影響を与えるであろう。その影響で魔法磁場に歪みを発生させてしまう可能性がある。そして、その歪みから滅びたはずの魔族が蘇ったかもしれない」


「なるほどな……」


 魔法磁場の事に触れてくるか……。

 魔法磁場は、この世界で魔法を使うために必要な、環境であり自然の力なのだ。

 それが安定していると、魔法を使う際の魔力の供給に無駄が減るので、術師の本来の力を発揮できると言われている。


 だがクロウドが言うように、前世の俺の全魔力を使ったとしても、魔法磁場に影響与えるとは考えにくい。

 強い魔力を持っていたとはいえ、それとこれとは話が別だ。


 ただ、歪みが生じたというのであれば、魔法が使いにくい環境になるので、魔法が衰退したという今の状況に納得がいく。

 その歪みが魔族の出現と関係があるのかどうかと聞かれると、それは微妙だがな。


「そういえば、魔族を討伐したのは勇者だったよな?」


 俺はクロウドに問う。

 当時の事をクロウドが知っている範囲を確認するために……だ。

 それは、俺の見てきた前世と異なる点が無いかを確認するためでもある。


「ああ、勇者が魔族を滅ぼしたようだな」


 クロウドはそう答えて、俺の問いに肯定した。


「という事は、今回の魔族が出現した事案は、古い物語のように勇者が討伐するのか?」


 この世界に勇者と呼ばれる存在が居るのかどうか、俺にはどうでもいい事だが、ついでにクロウドに尋ねた。

 だが、意外にもクロウドは首を横に振って口を開くのだった。


「残念ながら勇者と呼ばれる存在は、この時代に存在しないのだ」


 クロウドはそう言って、俺を見た。

 勇者がいないと言うのなら、魔族の討伐は普通の人間が行うのだろうか。

 ……無謀だな。


「それなら、ここに魔族が現れたらどうするのだ?」


 あの戦争の犠牲になった魔族が蘇ったのならば、人間に危害を加えるかもしれない。

 もし魔族が現れたならと仮定した対策方法があるのならば、クロウドに聞いておくべきだろう。


「我々が討伐するまでだ」


 どんな対策なのかと思えば、クロウドはそう言い切っただけだった。


 我々で討伐すると簡単そうに言うが、この時代の衰退した魔力に慣れた人間では、魔族一体を討伐するだけでも至難の業になる。

 身体能力が異常に高い勇者程の実力者であれば、一人で挑んでも討伐できるだろうが、それ以外の並の人間であれば、束になっても勝てる見込みは無いだろう。


「勝算はあるのか?」


 クロウドは自殺行為のような無茶な選択をするような、そこまでの馬鹿では無いのだろうが。


「……勝算ならあるぞ」


 俺の不安を他所に、クロウドはそう言ってニヤリと口角を上げて、言葉を発した。


「この時代に勇者は存在しない。だが、勇者の力を受け継ぐ者は存在する。……という事はだ。サクヤ、お前には私の考えている事が分かるか?」


 ほう……俺にまた問題の解答を導いてみろ、とでも言いたいのか。

 単純に考えれば、勇者の力を受け継ぐ者に討伐させればいいという事になる。

 だが、それだけの事をわざわざ俺に聞いてくるなんて事は、クロウドに限っては無いだろう。


 もっと別の何かが関係ある筈だ……。

 ……待てよ。

 クロウドは、と言ったよな。


「……分霊魔法か?」


 俺はクロウドに問う。

 分霊魔法……それは術者が自らの力を複数に分けて、未来へ転生する魔法だ。


「……分霊……魔法?」


 アリアが聞いた事が無いという表情をしたので、俺は簡単に解説する事にした。


「例えば一〇〇の力を持つ者が分霊魔法を使い、十体の分霊を来世に転生させたとする。その場合一体の分霊に十の力が宿る。この時、転生先の身体の元の力を二とすると、そこに分霊の十を加えるため十二になる。……単純に本来の六倍の力を得られる事になるため、魔力ももちろん高くなる」


 だが、それは俺が使った転生魔法と違い、前世の記憶を引き継がない。

 誰が考えたのか知らないが、使い所の分からない謎めいた魔法であった。


 この分霊魔法を参考にして、記憶と力をそのまま単独で引き継げるように、構築して開発したのが俺の転生魔法だ。

 結果的に魔力が二割程度しか引き継げなかった事が、大きな誤算だったが。


 勇者クロウが分霊魔法を使ったとしたのなら、あの男な何のメリットがあったのだろうか。

 まさか分霊魔法を使わざるを得ない事態に、遭遇したのだろうか……。


「……随分詳しいようだな」


 クロウドは少し驚いた表情で、俺に言った。


「魔法が好きで勉強したから知っていただけだ。それより、分霊魔法が関係あるのか?」


 俺はクロウドを見る。


「関係ある。この学園の中には既に、六人の分霊を持つ人間がいる。まあ、全て学園関係者だがな」


 記憶を持たない分霊が六体も集まるとはな。

 偶然にしては少しばかり、出来すぎている気もするが……。


「もちろん、アンタは勇者の分霊の一人だろ?」


 俺はクロウドにそう問いかける。


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