第16話


 防御結界の類の魔法が使われている空間特有の独特な空気だが、それは前世の世界で生活していた環境の空気にも似ていた。


 何故こんな場所でこんな空気になるのだ……?

 俺が疑問に思っていると、カーティスが廊下の突き当たりの扉の前で止まった。


「……着いたぞ。俺が理事長に頼まれたのは案内だけだから、ここからは二人で行くんだ」


 カーティスはそう言い残して去っていった。


《アリア……聞こえるか?》


 俺は通信魔法でアリアの脳内に直接話しかける。


「……え? ……サクヤ……」


「アリア、静かに……」


 俺はアリアの唇に指を当てて言った。


《通信魔法でアリアの脳内に直接伝えているから、アリアも伝えたいことを念じてくれ》


《……わかった……》


 アリアは頷く。


《理事長室の周辺に違和感を感じるんだが、アリアは何か感じるか?》


《……うん……何だか不気味な感じがする……》


 アリアもこの違和感を感じているようだ。


《……とりあえず入ってみよう……?》


《そうだな》


 俺は理事長室のドアをノックする。


「サクヤか……。隣にいるのは……まあよい、入りたまえ」


 中から返事が声がした。

 ドア越しに俺が来たのに勘付いただけならならまだしも、アリアの存在に気付くとは……。


 俺は違和感を拭いきれないまま、理事長室のドアを開けてアリアと共に中に入ろうとした。

 そしてドアを開けると、その瞬間に身体を潰されるような圧力を感じた……。


 俺が魔力を抑えているからこそ、この圧力を感じるのだが……この圧力は一体何なのだ……?

 部屋の中には、現世の人間が出したとは思えない魔力が充満していた。

 それも前世の記憶に覚えのある波長が混ざった、そんな魔力だったのだ。


 俺はその魔力の持ち主を見て驚いた。

 目の前の椅子に座っている理事長こそが、その魔力の持ち主だったのだから。

 しかも銀髪に鋭い目つきで、前世で二〇回見てきた勇者クロウを彷彿させる容姿の男なのだ。


「その様子だと……何かに気付いたのか?」


 理事長は俺とアリアを見てニヤリと笑う。

 いや、笑っているのは口元だけで、目は全く笑ってはいなかった。


 俺はチラッとアリアの方に目線を移すと、部屋に入ってから魔力を肌で感じたようだ。

 アリアは大きな魔力を前にして、金縛りに遭ったかのように固まっている。


 アリアは、俺が普段から魔力を外に漏らさないように抑えていたので、これだけ大きな魔力に遭遇する機会が無かったのだろう。


「気付いたぞ理事長。アンタの部屋の中から魔力が漏れないように、結界を張っていた事にな」


 探知魔法が使えない現世の人間ならば気付かない程度の、簡易的なで魔法陣を構築して結界を張っていた。

 それでクロウドの持つ魔力を外部に漏らさないように、部屋に閉じ込めていたのだからな。


「ほう……それだけか?」


 クロウドは意味深に言う。


「それだけだ」


 俺はそこに触れること無く、クロウドを見ながらそう言った。


「……まあよい。自己紹介が遅れてすまんな。私はクロウド・ラナトス……この学園の理事長だ」


 クロウドはそう言って、俺と同じように身体から放出される魔力を抑えて、部屋に張られていた結界を解いた。

 そしてアリアも魔力に圧されなくなったので、自由に動けるようになり、すぐに俺の腕に抱きついた。


「それで……何で俺を呼んだ?」


 俺はクロウドを見ながら問いかけた。


「試験の採点で話題になったものでな」


「話題……とは?」


 クロウドは俺の問いかけに答えると、席から立ち上がって俺の前へ歩いてきた。


「筆記試験の最終問題の解答の事だ」


 そう言ってクロウドは俺に鋭い視線を送った。

 また最終問題の事なのか……。


「想像で書いただけなのだが、それが問題だったのか?」


 俺がそう尋ねると、クロウドは軽く笑い、口を開く。


「フフフ……ああ、大問題だよサクヤ……」


「大問題?」


 俺にはクロウドが言う、大問題という言葉の意味が理解できなかった。


「あれは学園が創立されて以来、私の希望で毎年出している問題だ。今まで数多くの受験者の解答を見てきたのだが、お前の解答が今まで見た中で限りなく正解に近かったのだ……。を書いていたのだからな」


 そういう事か……。

 そうなると『古い本』を読んでを知っていた筈の、アリアの解答はどうだったのだろうか。


「俺だけが正解に近かったとでも言うのか?」


 俺はクロウドに問う。

 本に書いてある内容をそのまま解答していれば、アリアも正解に近いはずだ。


「お前だけだ、サクヤ」


 クロウドは俺の予想とは違う言葉を発した。

 まさか、そんな筈は無いだろう。


「ちなみに、お前の隣の生徒が書いた解答は、古い文献を調べれば分かる範囲の内容だ」


 クロウドは俺の心の声を読んだかのように、そう言って両腕を組みながら俺を見た。


「……アリア、最後の問題に何と書いたのだ……?」


 俺はアリアの答えを尋ねて、彼女の方を向いた。


「……勇者が魔王に消滅魔法を使った……。そこで魔王は転生魔法を使おうとした……。だけど転生は失敗して、魔王は消滅した……」


「ありがとう、その通りだ」


 アリアが書いた答えを言い終わると、クロウドはそう言った。

 そして、軽く手を叩いてアリアに拍手を送った。


 今のアリアは俺が魔王だった事実を知っている。

 だけど、試験の時にはそれを知らなかった。

 勘づいていたとしても、それに確信が無かったので、魔王は転生に失敗して勇者に消滅させられたと解答していた。


 それがとはいえ、俺が魔王が消滅したとアリアに対して、修正し省略して説明した事が解答と合致した。

 そのうえ、アリアが読んだ事があるという『古い本』の内容通りだったという訳だったのか。


「そう……魔王が消滅した……ここまで言えば、お前はもう気付いただろう?」


 クロウドは俺の方に視線を移す。

 ふむ……そういう事か。


「今まで見てきた答えの中でと書いたのはお前だけだ……。それ自体が大問題なのだ。そもそも、それなりの知識が無いと転生という言葉は出てこないだろう。それは誰かに聞いた事なのか?」


転生という言葉を使い、さらに魔王がそれに成功した。

 ただ、それだけの事で話題になっていたというのだろうか。


「いや、あくまで俺ので書いた解答だ。転生に成功したと考えるも、失敗したと考えるも……それは個々の考え方次第だからな」 


 俺がその問題に出ている魔王だ。

 転生の事は、もちろん誰から聞いたという訳では無い。

 だからと言って、ここでクロウドに自分が魔王だと言う程、俺は馬鹿ではない。


か……面白い事を言うな。確かにお前の言う通り、個々の考えなのだから、ありえない話ではないだろう」


 クロウドはそう言いながら、椅子に座り足を組む。


「それと、私はお前とはどこかで会ったような気がする」


 クロウドはそう言って、俺を見てニヤリと笑った。


「俺の方こそ……アンタとはどこかで出会った事があるような気がするぞ」


 俺もそう言い返し、クロウドを見てニヤリと笑った。


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