第14話


 一瞬時が止まったようにも感じる静寂。


「………」


 アリアは沈黙したまま俺を見つめている。

 俺もアリアを見つめながら、口を開く。


「正確には……前世で魔王と呼ばれていたんだ」


 俺は包み隠さず、アリアに全てを話し始めた。



 誰かと関わる事が苦手で孤独に魔法の研究と開発をしていた事。

 そのために今立っている世界の僻地ザームカイト巨大な城フェルネを築城した事。

 魔法の研究をしている時に偶然完成した魔力増強の錠剤のおかげで膨大な魔力を得た事。


 この三日間鍛錬をしたこの場所が、前世の俺が巨大な城フェルネを築いていた跡地だったという事。

 この場所で膨大な魔力を持ち孤独に生きた事で、人間達に残虐非道の魔王と呼ばれていた事。

 勇者クロウが現れ、討伐される際に自らに転生魔法を発動させて現世に生まれた事。


 アリアは何も言わず、相槌を打つかのように頷きながら、真剣に俺の話を聞いている。


「結局一人では魔法の研究や開発に限界があった。……それも転生を考えた理由の一つになるな。まあ、クロウが討伐に来てくれた事には感謝しているがな」


 俺はそう言って、軽く微笑んでアリアを見つめた。


「……殺されたのに感謝するの?」


 アリアは不思議そうな表情で、俺を見つめながら問いかけた。


「ああ。転生魔法に必要な魔力を、足りない分だけクロウの魔法から横流ししていたからな」


 そうしなければ転生は失敗して、俺はクロウの消滅魔法に飲み込まれていたから。


「……それで、サクヤは転生して良かったと思ってるの?」


「良かったと思っているぞ。過去の記憶が今の身体に戻ってすぐの頃は、魔法が衰退したと言って、一人で騒いで転生した事を後悔していたがな」


 俺がアリアの問いかけにそう答えた。

 すると、それを聞いてアリアはくすりと笑った。


「黙っててごめんな……アリア」


 何も隠す事なく、俺はアリアに全てを話すことができた。

 これで確実にアリアは俺を嫌うだろう。

 全てが終わったな……。


 アリアは俺を見つめながら口を開く。


「……何で謝るの?」


 アリアから出た言葉は俺の予想とは大きく違うものだった。

 謝った理由を俺はアリアに言う。


「それは……アリアに前世過去の事を隠していたからな……」


「……別に隠さなくて良かったのに」


 すると、アリアはそう言って俺の手を握った。


「……サクヤは筆記試験の最後の問題覚えてる?」


 アリアは俺を見つめたまま、唐突に問いかけてきた。


「覚えてるぞ。神話に登場する勇者クロウが魔王サクヤを討伐した時の状況を想像しろって問題だったよな……」


 想像という名の実体験を書いたあの問題か……。


「……あの時のサクヤので書いた答え。具体的な内容だったし……。もしかして消滅したはずの魔王の生まれ変わりなのかなって思ったよ……?」


「なるほど……な」


 アリアには最初からお見通しだったという訳か。

 そうなると、俺の頭には一つの疑問が浮かぶ。


「アリアは俺が魔王かもしれないと、出会ったその日のうちに思ったのか?」


 俺はアリアにそう問いかけた。


「……うん……なんとなく」


 アリアはそう言って、コクっと頷いて肯定する。


「……それに……名前だって同じ」


 続けてアリアはそう言った。

 意図してなのか偶然なのか、確かに現世の俺もサクヤという名前だった。


「そう言われると……そうだな」


「……その後だって、簡単に色んな魔法使うから……」


 なるほど。

 試験の時の事を振り返ると、聖なる閃光撃サーデ・リュエールをぶっつけ本番で放ったり、上級魔法と言われた回復魔法を簡単に使ったりできる受験生なんて、魔法が衰退したこの世界に存在しないか。


「アリアには隠しきれなかったのか」


「……隠す気なかったでしょ?……バカ……」


 アリアは俺の言葉に対してそう言って、こちらを向いて微笑んだ。

 俺はアリアに対して隠し事が無くなったので、気が楽になりホッと一安心した。


 だけど、一つだけ引っかかる事がある……。


「人間は魔王を悪の根源だと考えているのに……」


「……その考えって、もしかしてサクヤの前世の頃の話……?」


 俺の言葉を遮ってアリアはそう言った。

 アリアは続けて口を開く。


「……私は聞いたこと無いよ……」


 そんな馬鹿な……。


「アリアは俺の事を嫌わないのか……?」


「……そんな訳ないでしょ……バカ……サクヤの大バカ……」


 アリアは頬を紅くしながら、俺の問いかけに即答した。

 そして、俺が一番聞くのを恐れていた事の答えを教えてくれたのだ。


 俺がこの三日間の鍛錬の間、ずっと一人で約束の事を考えていたのは杞憂に過ぎなかったのか……。




「……ごめんサクヤ……私も隠し事してた……」


 アリアは俺をじっと見つめながら唐突にそう言った。


「……アリアの隠し事?」


 俺がそう言った瞬間、アリアは俺を抱きしめた。


 そして俺の唇にアリアの唇が重なり、その柔らかい感触とアリアの甘い芳香が俺の意識を支配する。

 アリアは唇を離して、俺を見つめながら口を開く。


「……好き……」


 アリアはそう言って、抱きついたまま微笑んだ。


 またも一瞬時が止まったようにも感じる静寂が訪れた。


「それって……」


「……サクヤの事が好き……嫌だった……?」


 俺の言葉を遮り、アリアは問いかける。

 この展開は読めなかったな。


「嫌じゃないぞ、俺もアリアが好きだ」


 俺は微笑みながら、アリアを見つめて気持ちを伝えた。


「……嬉しい」


 そう言ったアリアの目からは、大粒の涙が零れる。

 抱きしめられたままの俺は、そのままアリアを抱きしめ返した。

 そして俺は内に秘めた気持ちをアリアに伝えるため、口を開いた。


「俺は木の下で立っていたアリアに一目惚れしていた」


 アリアには何も隠し事はしない。

 アリアは抱きしめあった状態で、俺の胸に顔を埋めて泣いている。


「……嬉しい……ありがとうサクヤ……」


「俺の方こそありがとう。アリア、これからもよろしくな」


「……うん……サクヤ……よろしくね」


 アリアはそう言って、涙で目を赤くしたまま顔を上げた。


「アリア……大好きだぞ」


「……私も……サクヤ大好き……」


 俺は勇気を出して、アリアにキスをした。


「俺はアリアに誓うぞ。必ず前世よりも幸せな人生を掴んでみせるとな」


 俺はそう言ってアリアに微笑んだ。


「……サクヤって……本当に魔王らしくないよね……」


 アリアもそう言って俺に微笑んだ。


 俺は嬉しすぎて忘れかけていたが、明日から学園生活が始まるのだ。

 それもアリアと一緒ならば、きっと楽しい生活になるのだろう……。


◆◇◆


 魔法鍛錬が終わり、いよいよ学園生活が始まる。

 そして、俺の隣ではアリアが静かに寝息を立てて眠っている。

 俺は昨日のアリアへの告白と、アリアからの告白の事もあり一睡もできなかったのだ。


 夜明けも近くなってきた頃、眠っていたアリアが上体を起こして俺の方を向いた。


「……おはよう……サクヤ……」


 アリアは目を擦りながら俺に挨拶をしたのだが、意識ここに在らずと言うべきなのか、まだ意識は半分夢の中に居るような、ボーッとした表情だった。

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