第13話
「アリア……魔法鍛錬も今日で終わるが、最後まで無理なくやりきろうな」
「……サクヤも無理……しないようにね?」
俺の言葉に対して、アリアは心配そうに言った。
心配してくれるアリアの表情を見るのもこれで最後なのだろう。
ありがとう……。そして、ごめん……。
少しばかり無理をしないと、アリアに魔法を教える事さえ出来そうに無いな……。
「今日は付与魔法を教えるぞ」
「よろしくお願いします」
気持ちを切り替えて、俺が発した言葉にアリアは返事をした。
「付与魔法は武器や防具だったり、その他にも道具であったり、極めれば
パーティを組んでいる時であれば、前衛メンバーを補助する後衛メンバーが、付与魔法を使えるかどうかで戦況が変わる。
危機的状況に陥っても生存率が五倍は高くなると言われるほど重要な魔法なのだ。
「……一気に難しくなってない?」
アリアが不安そうな顔で俺を見つめて言った。
「今日中に極めろとまでは言わないから安心してくれ。それに、アリアの才能なら、ある程度はできるようになるだろう」
俺はそう言ってアリアの頭を撫でながら続きを説明する。
「例えば剣の切れ味や威力を増したいのであれば
「……なるほど……」
アリアは頷きながらしっかり聞いて覚えようとしてくれている。
「ここからは複雑な魔法陣や手順が加わってくる。アリアはこれを持っていてくれ」
俺は錬成魔法で魔法陣の構造や組み立てる手順、注意点をまとめたノートを作ってアリアに渡す。
「……ノート?」
アリアはノートを胸に抱いて首を傾げる。
「俺が付与魔法について纏めたノートだ。もし読みにくかったらすまないが……」
ノートには俺が前世で付与魔法について研究した内容が要約して書いてある。
アリアはノートを開いて目を通す。
「……細かい……やっぱり難しそう……」
アリアは少し俯いてそう言った。
「俺が細かい指示やアドバイスを出すから大丈夫だ」
「……サクヤがそう言うなら……」
アリアはそう言って深呼吸をする。
そして、ノートに書かれた付与魔法の魔法陣を展開し始めた。
俺はアリアが魔法陣を構築し始めたのを確認して、錬成魔法で鉄の剣を作り出した。
「早速だが、この鉄の剣に
「……え? ……いきなり実践?」
俺が笑顔で剣を渡そうとしたら、アリアは驚いた表情で言った。
「基本構造はその魔法陣を覚えていれば大丈夫だ。あとは実践して数をこなせば、すぐに上達するぞ」
「……うん……頑張る……」
アリアは自分自身を鼓舞するために『頑張る』と言ったのだろう。
アリアから先程までの不安な表情は消え、透き通った綺麗な碧眼は、彼女のやる気が満ち溢れているようにも見えた。
俺は鉄の剣をアリアの前に置いて、口を開く。
「まずは剣の刃の部分を観察して、その表面に付与魔法を均等に塗り込むイメージを掴むんだ」
「……わかった……
アリアはそう言い、付与魔法の魔法陣を通して魔力を鉄の剣へと送ってゆく。
昨日の回復魔法の鍛錬が功を奏したのか、魔力の調整も付与の精度も十分に合格点だった。
これなら他の付与魔法はノートを見た通りに鍛錬すればすぐに成功する事になるだろう。
「アリア……合格だぞ」
「……ホントに?」
三日目にして俺に最速の合格宣言されたアリアは、少し戸惑いながら言った。
「ああ、本当だぞ。試しにその剣を、城の壁に向かって振ってみてくれ」
「えっ?」
俺が笑顔で指示した言葉に、アリアから驚きの声が出た。
「軽く当てるくらいで大丈夫だから、やってみなよ」
「……うん……振ってみる……」
アリアはそう言って剣を両手で握り、壁に向かって振った。
「何これ……!」
アリアの振った剣が、城の壁に斜めの切れ目を入れて刺さっている。
アリアは状況が理解できないといった様子で声を発したのだ。
「サクヤ……私……そんなに力強くないからね…?」
アリアは俺の方を向いて、オロオロしながらそんな事を重ねて呟やいた。
「……分かっている。その威力は、付与魔法の効果だからな」
俺は少し笑いそうになるのを堪えながら言う。
「うう……。笑わなくてもいいのに……でも、こんなに変わるなんて……」
アリアはそう言いつつ、今までに無かった体験をした事に驚くしかなかった。
「驚くのも無理はないか。実際に付与した道具を使うのが、魔法の恩恵を実感しやすい。アリアにとっても、いい経験になっただろう?」
俺の問いかけに、アリアは納得して頷き微笑んだ。
そして三日間の鍛錬が終わりの時を迎え、約束を果たす時がきた。
覚悟を決めた俺は、ゆっくり口を開いた。
「アリア……鍛錬が終わった。その……約束を果たそうか」
「……うん……」
アリアは返事をして、真剣な目で俺を見つめる。
『三日間の鍛錬が終わったら魔王との関係について話す』
それがアリアとの約束だった。
人間にとって滅ぶべき悪の根源……それは魔王であり、俺だ。
アリアは人間だ。
そのアリアの隣にいる俺は、前世で人間達に残虐非道の魔王と呼ばれた男だ。
アリアにそれを話せば、幻滅されて嫌われてしまう。
現世に生まれてくるまで、誰とも関わろうとしなかった俺は、こんな時どうしたらいいのかさえ分からない。
俺は入学試験の日、小さな木の下に立っていた女の子に一目惚れをした。
姿、雰囲気、性格……この短期間でアリアの全てが愛おしくなってしまった。
今だから言える。
俺はアリアに出会えて幸せだったと。
一日一日が楽しく、あっという間にも思えた。
アリアの前では
俺の隠した気持ちを曝け出すように、涙が流れて頬を濡らす。
「サクヤ……」
アリアが俺の名前を呼び、いつもよりも強く俺を抱きしめる。
「アリ……ア……」
「大丈夫……大丈夫だから……ね?」
「……ありがとう……アリア」
アリアの温もりがいつもよりも伝わっているような気がした。
俺はアリアにもう少し抱きしめられたままでいたかったが、大丈夫だと少し離れて、深呼吸をして気持ちを一旦落ち着ける。
アリアの透き通った碧眼が俺を見つめる。
俺もアリアを見つめながら口を開く。
「……俺が魔王なんだ」
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