第12話


「二日目は回復魔法の鍛錬を行うぞ」


「よろしくお願いします……」


 俺は自分自身に、とにかく今はアリアを成長させることだけを考えるのだと言い聞かせる。


「まずは、回復魔法。この魔法陣を覚えておけば、回復魔法は大丈夫だな」


 俺は回復魔法の基本構造が構築された魔法陣を展開して、アリアに見せた。


「……昨日の攻撃魔法みたいに、要素を足すの?」


「その通り、さすがはアリアだ。感覚はそれで問題無いから、大丈夫だ」


 俺はそう言ってアリアの頭を撫でる。

 アリアも嬉しそうな表情をして俺を見つめた。


体力回復魔法ケルヒアの場合はこんな感じだ」


 俺はアリアに分かりやすく教えるため、魔法陣の構成をゆっくりと操作してゆく。


「……すごく分かりやすい」


「これならでも火球魔法フレイア電撃魔法ボルティアと同じくらい簡単だろ?」


「うん……なんだか簡単にできそうな気がしてきた……」


 そう言ってアリアは淡々と魔法陣を構築していく。

 昨日と同じようにスムーズに、しかも高精度なのが驚きだ。


 とはいえ、魔法陣をいくら構築したところで、回復魔法を練習するのなら魔法を発動する相手がいなければ意味が無い。

 ここは俺が一肌脱ぐとするか。


「アリア……俺に電撃魔法ボルティアを全力で放ってくれ」


 俺は両手を広げてアリアに言った。


「……サクヤ……何言ってるの……?」


 冷めた目でアリアが俺を見ながら言った。

 この様子だと、少し引かれたかもしれないな。


「何って、回復魔法を練習するには相手怪我人が必要だろう?」


 俺の言っている事は理にかなっている筈なのだが、もしかしたらアリアに危ない人だと思われてしまったかもしれない。


「……他の方法は無いの……?」


 アリアはそう言って、俺を冷めた目のまま見つめる。

 マズイな……。

 このままだと、俺とアリアとの間にできた見えない心の壁が厚くなるだけだ。


「そうだな……」


 俺は他の方法を考えながら、壁に右手を当てた。


測定特性付与メゾン・エント


 俺がそう詠唱すると壁に白い魔法陣が浮かんだ。

 これでどうにかやり過ごす事にするか。


「……何……これ?」


 アリアは壁から浮かび上がる魔法陣に驚いて、俺に尋ねる。


「魔法の効果が出ているかどうか調べる測定魔法だぞ」


「……そんなの聞いたことないよ……?」


「だろうな。俺が作った魔法なのだからな」


「え……? サクヤが……?」


 アリアはそう言って、ありえないでしょと言わんばかりの表情をして驚いている。


「とりあえず騙されたと思って、この魔法陣に向かって回復魔法を使ってみようか」


「う、うん……」


 アリアは俺の指示に従って、壁に向かって手を伸ばす。


体力回復魔法ケルヒア


 アリアが詠唱して発動した回復魔法が、壁の魔法陣に当たって赤く光った。


「失敗だな……構築してから壁に当たるまでの間に、魔力を送る際のムラがあった」


「うぅ……」


 俺の指摘にアリアは悔しそうに少し唸った。


「ちなみに赤色は大失敗だ。黄色なら失敗だが、もう少し頑張ろうといったところだ。緑色なら実践レベルの合格範囲で、青色が出れば完璧だな」


「私……大失敗しちゃいました……」


 アリアは俺の説明と先程の結果を照らし合わせて、シュンとして泣きそうな表情をした。


「大丈夫だ。アリアには高い魔法技術のセンスがあるから、すぐに青色を出せるさ」


 俺はアリアを見つめてそう言った。

 嘘偽りなく、本当にそう思ったから言っただけだがな。


「……サクヤに言われたら、できる気がしてきた。……ありがとう」


 アリアもそう言って俺を見つめて微笑み、また鍛錬を続け始めた。


 これだけ要領よく魔法を覚えて使える子が一緒にいてくれたら、一人では不可能に近いと思っていた魔法の衰退を止めて、前世の時代みたいに再興する事さえ実現できるのだろう。

 そうなれば、どれだけ心強い事やら……。


「……緑色に光った!!」


 アリアは俺に向かってそう叫んで、嬉しそうに微笑んでいた。


「おお! 流石アリアだ! 思ったよりも早かったではないか!」


 俺はアリアの頭を撫でながら言う。


「……サクヤの教え方が上手いからだよ」


「どうだかな。俺は魔法陣の基本構造以外は、アリアに特に口出ししていないからな。アリアの実力だ」


 俺はそう言って、アリアに微笑んだ。


「練習して分かったんだけど……基本は大事……ね?」


「そうだな」


 基本構造が分かりやすいから、魔法の精度を上げやすいうえ、覚えやすいとでも言いたいのだろうか。

 アリアが嬉しそうだから、良しとするか。


 アリアの魔法鍛錬に対するやる気は、前世で魔法の研究や開発していた俺と、殆ど変わらない程ではないかと思えた。

 その後もアリアは、魔法陣の光が緑色から青色に変わるまで何度も魔法を繰り返し、青色を出すまでに二時間もかからなかった。


 そのあとは『負傷回復魔法ラズヒア』の鍛錬を続けて行ったが、体力回復魔法ケルヒアでコツを掴んだのだろうか、完璧に使えるようになるまで費やした時間は約一時間程だった。



「今日の鍛錬はこのくらいにしようか」


「……うん。……ありがとうサクヤ」


 アリアも少しばかり疲れた表情をしているし、無理はさせないのが一番だろう。

 それに鍛錬を始めて思ったが、アリア程の才能があれば徹夜で鍛錬なんてしなくても大丈夫そうだ。


「ねえ……サクヤ……」


 アリアが俺の名前を呼び、こちらへ歩み寄ってくる。


「どうした──」


 その刹那、俺の頬に柔らかい感触が伝わる。


 アリアが俺の頬にキスをしたのだ。


「……色々教えてくれたお礼……」


 アリアは微笑んで言うが、その声は俺には届かなかった。

 なぜなら頬にキスあんな事されるなんて、予想もしていなかったから。

 何が起きたのか分からない……完全に思考停止だ。



「サクヤ……大丈夫……?」


 アリアが心配そうに見つめる。


「え? ……あ、ああ、大丈夫だよ」


 俺が正気に戻ったのはその三〇分後の事だったらしい。

 いくら呼びかけても、三〇分も反応も無いままに棒立ちしていたら心配するよな。


「心配かけてごめんなアリア……」


 俺はアリアの頭を撫でる。


「うう……」


「さっきのは流石に驚きを通り越して思考停止したぞ」


 俺は恥ずかしさもあり苦笑いをしながら言う。


「サクヤにいっぱい魔法教えてもらってるから……。私もお礼したくて……」


 アリアは上目遣いに言った。


「お礼なんていいぞ。……いや、アリアが魔法を覚えてくれる事が一番のお礼かな」


 俺がアリアに微笑みながら言う。


「……バカ……」


 アリアは頬を赤らめて言い返した。



 そんなやり取りをしながら二日目の鍛錬も幕を下ろした。



 俺はアリアに頬にキスをされてから、今まで以上にアリアに嫌われる事を恐れてしまった。

 そして、明日を迎える事を拒む気持ちもそれに比例して、さらに強くなった。



 それでも夜明けはやってくるのだった。


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