第11話


 俺はアリアと一緒に部屋に戻り、すぐに転移魔法ヴァンデルを使った経緯を話した。


「それはサクヤが悪いです」


 アリアは頬を赤くしたまま言う。


「ごめん。俺の言い方が悪かった」


「魔法の鍛錬をするなら、そう言ってよ……」


 俺の発言に『魔法を鍛錬する』という言葉が無かったため、アリアは勘違いをしてしまったようだ。


「責任……とってください……」


 余程爆弾発言をしたのが恥ずかしかったのか、アリアは涙目で俺に訴えかける。


「それは……どっちの意味でだ?」


 俺も目を逸らさないように、ドキドキしながらアリアを見つめて問いかける。


「……! ……サクヤのバカ……」


 アリアはそう言って恨めしそうに俺を見ているが、頬を赤くしていて、それがまた可愛いのだった。


「ごめんごめん、アリアが可愛いからつい……」


「……」


 俺の言葉に、アリアは顔を赤らめたまま何も返事をしなかった。



 ◆◇◆



「アリア、魔法の鍛錬をする準備は出来たか?」


「うん……できてると思う」


 俺の問いかけに、アリアは不安そうに返事をした。

 自信が無さそうだが、大丈夫なのだろうか。


「とりあえず、今から秘密の鍛錬場所に移動するぞ」


「秘密の……?」


 俺はアリアと手を繋いで転移魔法ヴァンデルを発動した。

 一瞬景色が歪んだように見えたかと思った次の瞬間、目的地の景色が視界一面に広がった。


「アリア、着いたぞ」


「……ここは……どこなの……?」


 アリアは不安そうな顔で俺を見つめる。

 宿屋の景色から一変。赤紫の空に黒い雲、ここが同じ世界だと思えないくらい不気味な場所。


世界の僻地ザームカイトだ。」


「……それ、古い本に書いてあった場所……」


 ふむ……アリアも地名は知っていたのか。

 だけど、アリアには俺がこの場所を選んだ理由を知る事は無いだろうな。


「それと、学校生活が始まるまでの三日間はここで鍛錬だ」


「ここで……?」


 俺の言葉にアリアは驚いたのか、目を大きく開いて言った。


「安心してくれ。ちゃんと食事と寝る所はある。……浴槽もどうにかする」


「どうにかって……何もないよ……?」


 アリアの言う通り、辺り一面が更地と化しており、雑草一本でさえ生えていない。

 それに、前世の俺が消滅した際に巨大な城フェルネだから一緒に消えてしまったのか。


「何もない……か」


 たしかに、今の世界の僻地ザームカイトには草木一本さえ存在しない更地だ。


 俺は更地に向かい無詠唱で『巨大な城の築城ウィダ・フェルネ』を唱える。

 すると更地に巨大な魔法陣が展開されてゆき、巨大な城フェルネをそのまま再現した建物が築かれてゆく。

 建物には魔法陣が貼り付けられたかように、魔法文字が刻まれている。


 アリアは目の前で光の粒が集まり城が築かれ、魔法文字が刻まれてゆく姿を見て呆然としている。


 俺は最後の仕上げに玉座のあった場所に、ベッドを二個設置するアレンジを加えた。

 そして、築城が終わったのを確認してから、俺はアリアの方を向く。


「この城で三日間の魔法鍛錬を行うぞ」


「……うん……」


 アリアは目の前で何が起こったのか分からないようだった。

 俺は驚いているアリアを城の中へ案内する。


「サクヤって……」


 アリアが声を発して立ち止まる。


「……もしかして魔王と関係があるの……?」


 アリアは真剣な表情で俺を見つめて問いかけた。

 初めて会った時にも、魔王がどうとか似たような事を言っていたな。


「関係が無いと言えば嘘になる」


 俺の言葉にアリアはコクっと頷いた。


「だけど、今は鍛錬に集中してくれ。詳しいことは、三日間の鍛錬が終わってから話そう」


「わかった……楽しみにしてる」


 アリアはそう言って、少し微笑んだ。

 再び俺とアリアは大広間に向かって歩き始めた。


 大広間に到着すると、俺は一つの魔法陣を展開してアリアに見せた。


「今日はアリアに、これを使って魔法を覚えてもらうぞ」


「これって……火球魔法フレイアにも見えるし……電撃魔法ボルティアにも見えるし……」


 俺の見せた魔法陣を、不思議そうに見つめてアリアは言った。


「さすがアリア、よく理解できてるな。この魔法陣には、初歩的な攻撃魔法の基本構造が構築されているのだ」


「なるほど……」


「この基本構造に、例えば火の要素を足してしまえば火球魔法フレイアになる。光の要素を足せば電撃魔法ボルティアになるという訳だ」


「サクヤの説明ってすごくわかりやすい……」


 アリアはそう言って俺を見つめた。


「アリア、試しに壁に向かって発動してみよう」


「え……うん、やってみる……」


 俺の指示にアリアは返事をして、壁の正面に立って両手を前に伸ばした。


火球魔法フレイア


 アリアが詠唱すると、五〇センチくらいの火球が壁に向かって放たれた。

 実技試験の時に他の受験生が放ったよりも、今初めてアリアが発動した魔法の方が威力も構築精度も高かったのだ。


 ほう……これはすごい。

 アリアの魔法の技術センスには、目を見張るものがありそうだな。


「そのまま攻撃魔法の要素となる、『火』『水』『風』『光』『闇』を全て覚えてもらうぞ!」


「サクヤ……私頑張って覚える!」


 アリアはそう言って、笑顔になった。

 今まで呪いのせいで覚えられなかった魔法を覚えられた事で、やる気に満ち溢れているようだ。



 ◆◇◆



 結局アリアは休憩することなく魔力切れ寸前まで魔法を放ち続けていた。

 魔力もなかなか無くならないので、基礎魔力の高さもあるようだ。


「これだけできれば、今日の鍛錬は合格だな」


「ホント? ……サクヤに合格って言ってもらえて嬉しい……」


 俺の言葉に、アリアは頬を赤らめて嬉しそうな表情をして言った。


「アリアは魔法の構築も上手いから、これからの成長が楽しみだ」


「ありがとうサクヤ……」


 笑顔で俺を見つめるアリアに、これからも一緒に居てほしいと思ってしまった。

 しかし、俺はアリアに鍛錬の前『三日間の鍛錬が終わったら魔王との関係について話す』と約束してしまった。


 人間の常識では強大な魔力を持った魔族は、魔王であり、悪の根源だ。

 即ち悪が滅べば世界が平和になる。

 前世で勇者クロウから何度も言われてきた事だ。


 つまり魔王である俺は、この鍛錬の後にアリアに嫌われる存在になってしまうのだ。

 遅かれ早かれ魔王だと知られて嫌われる日が来るだろうと、俺自身覚悟はしていたが、こんなに早く来るとは思わなかった。

 アリアに鍛錬前に話して嫌われるより、できるだけ成長させてから嫌われるなら、俺に後悔は無い。


「……サクヤ……大丈夫?」


 アリアの声で俺は現実に引き戻された。


「あ、ああ、大丈夫だ」


「……泣いてたの……?」


 アリアに言われるまで気付かなかった……。

 俺の目からは、いつの間にか涙が溢れていたようだ。


「……無理しちゃダメだよ……」


 アリアはそう言って、俺を優しく抱きしめてくれた。

 俺はその温もりが、とても愛おしく思えてしまった。


「ありがとう、アリア……」


 そのアリアの優しさが、先の事を考えると胸を強く締めつけられるような思いに変わってゆく。


 こうして魔法鍛錬一日目は静かに幕を下ろした。


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