第10話


「ねえサクヤ……。ずっと気になってたんだけど……」


「どうしたんだ?」


 俺がアリアに返事をしたところ、彼女は顔を近付けてきた。

 そして透き通った碧眼で俺を見つめる。


「初めて会った日の事……」


「一人で木の下に立っていたアリアに、俺が声をかけた事か?」


「うん……何で私に声をかけようと思ったのか、知りたいの……」


 そう言っているアリアに、吐息を感じるほどの距離で見つめられる。

 照れてしまうので、これなら感情の制限だけ残しておくべきだったのかもしれない……。


「アリアの事が気になったからだよ」


 俺は照れている事をアリアに気付かれないように、至極冷静にそう答えた。


「綺麗な金髪に吸い込まれてしまいそうな透き通った碧眼。そしてアリアという存在が……」


 俺がそこまで言うと、アリアは動揺したのだろうか、顔を真っ赤にしてすぐに離れた。


「……それって告白……?」


 アリアの顔が赤いけど大丈夫だろうか。

 それより告白だと!?


 確かに捉え方次第ではそう思われるかもしれない。

 仮に告白ならば、これだと回りくどいし、どこかおかしい気もする。

 正直に言えば、俺はアリアに初めて会った時から惚れていたのかもしれない。

 だけど、もし告白だと言ってしまえば、会って日も浅いうえ断られる可能性も高いだろう。


 そもそも、前世でぼっちだった俺が、この状況を切り抜けるのは天災級の大魔法を使うのより難しい。


「……」


 告白だと言えば嫌われるかもしれない。

 だから、ここは沈黙で通してしまおう。

 アリアはじっと俺を見つめているのだが、どうしたものか……。


「もう……バカ……」


 アリアはそう言い残して、ベッドに潜り込んでしまった。

 俺が黙ってしまった事で、怒らせてしまったのだろうか。

 さっきの質問にどう答えるべきだったのか。


 そして俺はモヤモヤした気持ちのまま夜明けを迎えたのだった。


 アリアはベッドに潜ったまま寝息を立てているみたいだ。

 もう少しそっとしておいてあげよう。


「……サクヤ……」


「どうした?」


 俺が返事をして振り向くと、アリアはまだ寝ているようだった。


「……なんだ、寝言か……」


 当然ながら、俺の呟きにアリアは返事をする事はなかった。


 そろそろ外も明るくなってきたみたいなので、アリアを起こすとするか。


「アリア、そろそろ起きた方がいいぞ」


「……ん……」


 俺の呼びかけにアリアは小さく返事をして、少しだけ目を開いた。


「サクヤ……おはよう」


「おはようアリア。そろそろ合格発表の時間じゃないかな?」


 俺がそう言うと、アリアは窓から空を眺める。


「そうだね……すぐ準備する……」


 アリアがそう言って着替え始めたので、俺はすぐに部屋から出た。


 そして、準備が出来た俺とアリアは、合格を信じて一緒に学園へ向かうのだった。



 ◆◇◆



 学園に着いた時には、既に一喜一憂する受験生の姿が見えた。


「皆来るのが早いな」


「……結果が気になるから?」


 アリアの言う通りかもしれないな。


「俺達も見に行くか」


「……うん」


 俺とアリアも結果を確認するために、合否の掲載されたところへ向かった。


「……あった!」


 アリアが合格した事を、俺に嬉しそうに報告してくれる。


「おめでとうアリア!」


「ありがとう……! サクヤはどう……?」


 俺も自分の合否結果を調べながらアリアを祝福した。

 一方のアリアは、俺も合格しているのか心配そうに見守る。


 ………………。


 …………。


 ……。



「見つけた、合格だ!」


 俺がそう言ったのと同時に、アリアが抱きついてきた。

 アリアの感情制限を解呪してから、彼女はよく抱きつくようになったものだ。


「……おめでとうサクヤ……」


「ありがとうアリア」


 これで試験に合格するという目標は達成できた。

 この学園で魔法のレベルを底上げできれば、衰退を止めるきっかけになるかもしれないな。


「お熱いところすみません」


 そう言って一人の少年が俺とアリアの元へ歩いてきた。

 いきなり声がしたので、アリアは俺から離れ、その声の主の方を向くと、赤髪の少年が立っていた。


「ああ、君は……」


 実践試験で足を負傷していた受験生か。


「先日は本当にありがとうございました! おかげで無事に合格できました!」


「それはよかった」


 なるほど、実践試験の時の回復魔法を使った礼を言いに来たのか……律儀だな。


「申し遅れましたが、僕はリグレットと言います。」


 負傷していた受験生ことリグレットは、俺とアリアに頭を下げる。


「俺はサクヤ、隣にいるのがアリアだ」


 アリアも軽く会釈をした。


「サクヤさん、アリアさん、これからの学園生活でも、どうぞよろしくお願いします」


「俺の方こそよろしくな」


「……よろしくお願いします……」


 リグレットはもう一度会釈をして歩き出した。


 学園生活は三日後に始まる。

 それまでに、まずはアリアに最低限の魔法を覚えさせなければならないか。


「アリア……今夜空いているか?」


 アリアは俺の問いかけに一瞬固まった。


「空いてるけど……サクヤ?」


 そう言って頬を赤くして俺の方を見る。


「アリア……今夜は眠れないと思っていてくれ」


「えっ……!? ……それは……?」


 アリアは耳まで真っ赤になってしまった。

 徹夜で練習すればある程度の魔法なら習得できるだろう。

 アリアには魔法技術に関して言えばセンスがあるのだから。

 今からアリアと魔法の鍛錬をするのが楽しみだ。


「……楽しい夜になりそうだなアリア?」


 俺は魔法の鍛練をする事を考えると、楽しみで仕方なく自然と笑みがこぼれた。

 すると、アリアは急に正座をして俺の方を見つめた。

 アリアの行動に気付いたのか、周りの受験生の視線も集まってきた。


「サクヤ……不束者ですがよろしくお願いします。初めてだから……優しくしてね……?」


 アリアが発した言葉は俺と周りの受験生は固まる。

 おそらくアリアはとんでもない勘違いをしてしまったのかもしれない。


「おい……あれって」


「告白か?」


「違うだろ、あれは……プロポーズじゃねえか?」


 周囲がざわつき始めて、そんな声が聞こえてくる。

 どうしてそういう流れになったのか、俺には検討もつかない。


 ただ、このままこの場に居てはマズい気がする事だけは分かった。

 とりあえず移動する事にするか。

 使う気は無かったのだが、この空気には耐え切れない。


「アリア、掴まってくれ」


「……はい……」


 アリアが俺の手を掴んで、そのまま立ち上がろうとした瞬間。


転移魔法ヴァンデル


 俺は転移魔法を発動して、アリアと共に泊まっている宿屋の前に移動した。


「これは……?」


 アリアは急に景色が変わったからなのな、状況が掴めていないようで呆然としている。


「ごめんアリア、あの空気には耐え切れなかったのだ」


 俺はアリアにそう言うしかなかったのだった。


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