第9話


「……きて……」


 少女の声が頭の中に響き渡る。

 とりあえず記憶を整理しなくては……。


 たしか……俺はアリアに解呪魔法を発動しながら、身体への負担を抑えるために回復魔法を使っていたのだが……。

 禍々しい魔法陣に刻まれた呪いの力の強さと数の多さに、魔力が恐ろしく消費されてしまったのだったな。


 アリアに刻まれていた呪いの魔法陣の解呪には成功したが、俺の魔力が底をついてしまい、身体が持たずに不覚にも倒れてしまった……。

 身体の強化はもちろんの事だが、魔力も前世の頃のように増やさないといけないな。

 記憶の整理をする中で、新しい課題が出てくるとはな。

 そう考えていると、また少女の声が聞こえた。


「……起きて……サクヤ」


 これは……アリアの声か。

 その声に反応するかのように、俺の意識は徐々に覚醒してゆき、そのままゆっくりと瞼を開いた。


「……!!」


 そして俺はある事に気づいてにすぐに瞼を閉じた。


「サクヤ……ねえ、どうしたの?」


 アリアは俺を心配してそう尋ねるが、今の状況がどうしたのではないのだ。

 俺の視界に映ったアリアは、解呪した時の格好上着を脱いだ状態のままだったのだ。


「どうしたのってのは、俺のセリフだ。アリア、とりあえず服を着てくれ」


 俺は目を閉じたまま、冷静にアリアに伝えた。


「あっ……」


 アリアが服を着るためにベッドから降りる音がした。

 あっ……じゃないぞアリア。そういう状況は、俺には刺激が強過ぎるんだ。


「……サクヤ、もう大丈夫」


 しばらくしてアリアがそう言ったので、俺は目を開けてアリアの方を向く。

 いつものように上着を着て頬を紅く染めたアリアが、顔を少し俯き気味にして立っていた。

 アリアの表情と対照的に、外はすっかり暗くなってしまったようだが、夜明けはまだ先なのかもしれない。


「そういえば、身体の具合はどうだ?」


 俺はアリアにそう尋ねた。

 解呪魔法を受けているので、身体に負担がかかっている筈なのだから。

 それにアリアの事なのだから心配して当然だ。


「……不思議な感じがするの」


「不思議……? どういう事だ?」


「魔力が今までより湧いてくる感じがするの……」


 アリアは不思議そうな表情をしながら、俺を見つめてそう言った。


「今まで呪いで封印されて、制限されていた魔力が徐々に身体に戻ってきているから……ではないか?」


「そうなの……?」


「おそらく、そうだろうな」


 俺はアリアに思った事を伝えた。

 そして、この結論が一番無難にも思えた。


「とにかく、サクヤ……本当にありがとう」


 アリアはそう言って笑顔で俺を抱きしめたので、俺の周りにほのかに甘い匂いが漂った。

 解呪に成功して良かったとは思っているが、まさか抱きしめられるとは思わなかった。

 さすがに、このドキドキに慣れるほどの免疫は持ち合わせていない……。


「ア、アリア……?」


「もう少し……ね?」


 そう言ってアリアは、抱きしめる力を少し強くした。

 解呪前のアリアとは明らかに何かが違う。

 俺はアリアに対する違和感を覚えずにはいられなかったので、アリアに聞いてみる事にした。


「アリア、何だか雰囲気変わった?」


「そうかな? んーー」


 アリアは何が変わったのか自覚が無いようだが、これは気のせいでは無いだろう。

 一体何が違うのだろうか……。


「サクヤのお陰……かな?」


「俺の……?」


 気を失っている間に、俺は無意識に何かをしてしまったのだろうか。

 それとも……。

 俺は解呪魔法を使った時の事をもう一度思い出す。

 魔力制限に魔法制限、多数の制限を解放していたよな。


 ……そうか! 感情制限か!!


 もし今抱きついているのがだとすれば、感情に制限がかけられていた時と違って、大胆になって抱きつく事があっても納得がいく。

 それに、前より表情も固くないような、自然に見える気がした。


「アリアは積極的なんだな……?」


「えっ?」


 俺がそう言うと、アリアは抱きついたのが恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてすぐに離れた。


「そういえばアリアはいつ目が覚めたんだ?」


「んー……。サクヤが起きる三〇分くらい前だったような……」


 アリアは口元に指を当ててそう言った。


「そうか……。アリア、起こしてくれてありがとう」


「どういたしまして」


 俺が起こしてくれた事にお礼を言うと、アリアはそう言って微笑んだのだった。


「そういえば、外はかなり暗くなったみたいだが、どのくらい気を失っていたのだろうか?」


 アリアも分からないといった表情をして、首を傾げた。

 俺は試験の合格発表の日を寝過ごしてしまったのではないか……という悪い予感が胸をよぎった。


「とりあえず部屋を出て調べるのが一番だな」


「私も行く……」


 俺とアリアは、今が実践試験の日からどのくらい経ったのかを確認するため、一緒に部屋を出る事にした。


 向かう先は俺が泊まっている宿屋だ。

 そこの店主に聞けば分かる事があるはずだ。


「きゃっ……」


 月明かりだけが頼りの暗い中を歩いているので、アリアが躓いてしまい、俺の腕に抱きつくような格好になった。


「大丈夫か?」


「うん……ちょっとびっくりしちゃった」


「そのまま俺の腕につかまっててもいいぞ」


 俺はアリアにそう言った。

 アリアが転んで怪我をしてもいけないからな。


「……ありがとうサクヤ」


 アリアはそう言って、腕を抱きしめる力をさらに強めた。

 俺の腕にアリアが抱きついたまま、しばらく歩いていると、目的地の宿屋に到着した。


「いらっしゃい……って坊主!?」


 店主は俺に視線を向けた瞬間、驚きながら腕に抱きついたままのアリアと俺を交互に見始めた。


「すまんな坊主。ウチは壁が薄い……だから諦めてくれ」


 店主が壁に手を当てて申し訳なさそうに言う。

 待て待て、何が言いたいのだ。


「……どういう事でしょう?」


 アリアが俺に耳打ちして聞いてくる。


「さて、俺にも分からん」


 俺はアリアに、そう返すしかなかった。

 軽く咳払いをして、話の流れを変えようか……。


「何を勘違いしているのか知らないですけど、一つ聞いてもいいですか?」


「あ、ああ……いいぞ」


 店主が何を聞かれるかと身構える。


「俺が部屋の前で店主と試験の話をしたのは、昨日の晩の事だったか?」


「そうだな……実践試験の話をしたのは昨日の晩だ。それがどうかしたのかい?」


「それが知りたかったのだ。感謝する」


 先程の悪い予感が外れたので、俺は安心した。

 とりあえず宿を使うことがなかったのだが、部屋代をお礼替わりに店主に渡した。


「サクヤ……戻ろ?」


 アリアは耳元で呟く。

 知りたい事も知る事がてきたのでそうするか。


「わかった。では失礼する」


 俺とアリアは店主に一礼して宿を出て、一緒に歩き始めた。


 試験の合格発表は、この夜が明けてからだ。

 俺もアリアも合格できていればいいのだが……。


 アリアの部屋に戻ってきたものの、これから朝までどうしたものか。

 お互いに声を発することなく無言の時間が続いたのだが、アリアがそれを断ち、俺に話しかけた。

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