第8話


「お疲れさん。これで試験は終わりだ。明日の朝には合格者を発表するから、今日は疲れただろうし帰って休むといい」


 試験官に労いの言葉をかけられ、俺とアリアは宿屋に向かう事にした。


「サクヤ……」


 歩いていると、アリアが俺の名前を呼んだ。

 アリアの方から話しかけてくるなんて珍しいな。


「どうしたアリア?」


 俺はそう言ってアリアの方を見た。

 アリアと一瞬目が合った。


「今から少し時間ある……?」


 アリアは俺にそう尋ねるが、このあとの予定は、宿屋に戻ってゆっくりするだけだから……問題無いな。


「ああ、十分にあるぞ」


 俺はアリアにそう言って微笑んだ。


「ありがとう……。このまま私の部屋に来て……」


 アリアも笑顔になり、俺にそう言った。


「わかった。……はい?」


 俺は一度了承したが、すぐに聞き返した。

 アリア、今までの流れでどうしてそんな展開になったのだ?


「サクヤに見せたいものがある……」


 アリアは頬を赤らめながら、俺を見つめてそう言った。

 え、えっと……これはどういう事でしょうか。

 俺まで顔が赤くなってしまう。


 アリアの言う事だから、変な意味では無いのだろう。

 だが、俺も年頃の男の子なのだから、想像は変な方向へ向かってしまう。

 俺の思考回路は固まったまま、ただアリアについて行くだけだった。


「着いたね……」


 アリアの声で現実に引き戻された俺は、いつの間にかアリアが泊まっている宿屋に到着してしまったのだ。


「来て……」


「お、おう……」


 俺はアリアに言われるがままに、宿屋の部屋へ案内される。

 そして部屋に入った途端にアリアは、俺に背を向けたと思ったら、いきなり上着を脱ぎだした。


「ちょ、ちょっと待てアリア!! そういうのは付き合っている男女がだな……」


 まずい展開になりそうな気がして、俺はアリアにそう言った。

 アリアは何の事か分からないという表情で、俺の方を顔だけ振り向かせて少し首を傾げる。

 そしてアリアの細い指が、彼女を纏っていたインナーを掴んで捲り上げる。


 さて……俺はどうしたらいいんだ?

 とりあえず視線を逸らして冷静になろうとする。


「サクヤ……どう?」


 アリアは俺にそう尋ねる。


「どうって……」


 俺はそう言いながら、チラっとアリアの方を向いた。


「なっ、何だよそれ!?」


 俺は驚いて声を上げた。

 アリアの色白い背中に、複雑で禍々しい魔法陣が刻まれていたのだ。


「サクヤは……この意味分かる……?」


 アリアは俺に、そう聞いてきた。

 魔法陣の存在に驚きながら、俺は刻まれている魔法文字を解読する。


「これは……呪いか?」


 俺はアリアにそう言った。

 前世の時代にあった呪術に似ているが……。

 なんでこんな物騒な術式が、アリアの身体に刻まれているんだ…?


「私には分からない……教えて……サクヤ……」


 アリアは泣きそうな声で、俺にそう言った。


「……分かった。と、とりあえずベッドにうつ伏せになってくれるか?」


 俺はアリアにお願いした。


「うん……」


 アリアが返事をして、ベッドにうつ伏せになったところで、俺は背中の魔法陣を解析する。


「魔力制限、魔法制限、感情制限……って何だよこれ」


 アリアの背中に刻まれている魔法陣には、複数の呪いがかけられているようで、俺はそれに驚き声が出た。

 それも彼女の行動を制限するものばかり羅列されている。


「私が魔法を覚えられないのは……たぶんこのせい……だよね?」


 アリアは俺に不安そうな声で尋ねた。

 おそらくアリアの思っている通り魔法が使えないのも、この呪いのせいなのだろう。


 呪いを解いてあげるのは今の俺でも可能だが、アリアの身体に刻まれているのが一番の問題だ。

 だけど、呪いを解くにはアリアの身体に大きな負担を与えてしまうため、最悪死に至る可能性が無いとは言い切れない。


 とはいえ、呪いの魔法陣のせいで、アリアが魔法を思うように使えないのは可哀想な話だ。


「アリアの言う通り、その魔法陣が原因だ。」


 俺はアリアにそう告げた。


「そう……」


 アリアは俺の言葉に、残念そうな表情をしながら返事をした。


「とはいえ解けない呪いではない」


 俺はアリアにそう言う。


「……ホント……?」


 そう言ったアリアには、少しの希望が見えたのだろう。

 先程より若干だが、声のトーンが上がったような気がした。


「……ただ、必ず解ける保証はできない」


 俺はアリアにそう告げる。

 それだけ大きなリスクを抱えることになるのだ。


「……どういう事……?」


 アリアは不安そうな声で、俺に尋ねた。


「アリアの身体に強い負担をかけてしまうから、最悪死ぬ事もありえる。そうなる前に、危険だと判断したら俺は呪いを解くのを中断するぞ」


 俺がそう言うと、アリアは黙ってしまう。

 呪いを解けるかもしれない。だけど自分が命を落とすかもしれない。

 その恐怖があるのだろう。


 今の俺の魔力だと出来る事は限られるが……。

 この程度の呪いなら、おそらく何とかなるだろう。


「アリアはこの呪いを解きたいか?」


 俺はもう一度、アリアの意思を尋ねる。


「うん、解きたい……。サクヤに魔法……教えてもらえないから……」


 アリア……お前は何を言っているのだ。

 俺に魔法を教えてもらいたいからという、それだけの理由で命を賭けられるというのか。

 俺は軽い気持ちでアリアに魔法を教えてやると言った事を後悔した。


「わかった。できる限りの事はやってみる」


 俺はそう言って、構築する魔法と解呪の流れをイメージした。


「私……信じてるよ!」


 俺の言葉でアリアは呪いを解く意思を固めたんだ。

 アリア……俺が責任をちゃんととってやるからな。


 俺は今の自分の魔力を再確認する。

 殆ど消費していないから全力で挑める。


 俺はアリアの太ももあたりに跨り、背中の魔法陣をなぞるように手を添える。


「……アァ……ハァ……」


 アリアが痛みからなのか、苦しさからなのか喘ぎ声を発する。

 俺は解呪魔法アン・フルー体力回復魔法ケルヒア鎮痛魔法シュメツテルを同時にアリアの身体に発動する。

 背中の禍々しい魔法陣から紫色の光と黒い靄が浮かんでくる。


「アリア……耐えてくれよ……」


 俺はそう言いながら、解呪を始める。


「ハァ……ハァ……アァ……」


 アリアはさらに苦しそうに喘ぎ声を発している。


「なんて呪いなんだよ……」


 思わず愚痴が零れるほどに強い呪いなので、俺の身体から恐ろしい勢いで魔力が放出されてゆく。

 そして、俺はこの解呪がもし無事に終わったら、アリアが望むだけ魔法を教えてあげようと思った。


「あぁ……ハァ……ハァ……ハァ……」


 アリアの息遣いが荒くなってくる。

 これだけの呪いを解いているんだから、アリアが気を失っていてもおかしくない。


「魔力制限解除、魔法制限解除、感情制限解除……アリア!! もう少しの辛抱だ!!」


 それでも俺は、アリアを鼓舞するように言った。


「ハァ……ハァ……サ……サクヤ……」


 アリアは無意識に俺の名前を呼んだ。

 俺はその期待に応えるべく、慎重に解呪を進めてゆく。


「ん?記憶操作解除……?」


 アリアは記憶も失っていたのだろうか……俺には分からない事だが。

 しかし解呪魔法の魔力消費が大きすぎる……耐えてくれよアリア…それと俺の身体!!


「……ハァ…………ハァ…………ハァ…………」


 少しだけアリアの呼吸が落ち着いてきているような気がする。

 表情も少し和らいだようにも見えるのが何よりの証拠だろう。

 そして背中の禍々しい魔法陣も、ゆっくりと薄く透明になるように消えていった。


「よし……どうにか成功したみたいだな」

 俺はそう呟いて、アリアの肩にポンと手を置いた。

 魔力を限界まで使いアリアの命を守りつつ解呪をした、その緊張感が抜けてしまい、俺はそのまま崩れるようにアリアの隣に倒れてしまった。


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