第3話


 俺は前世で剣術をした事は無く、現世で父に鍛えてもらっただけだった。

 だから、俺は剣の腕に自信が無かったのだ。

 そんな俺を見て、父は微笑みながら口を開く。


「強くなったさ……自信を持っていいんだぞ。そういえば、村の外には魔物がいるが……。まあ、サクヤなら倒せるレベルだろうな」


 父はそう言いながらも、心配する親心からか、俺に無理をするなと願う気持ちを込めて頭を強く撫でた。

 俺は父の心配する言葉が嬉しかった。

 それだけで剣術にも、自信が持てた気がしたのだ。

 そして、前世には無かった、親という存在の大切さや温もりを知ることができた。


「もちろんだ。無理はしないさ」


 俺は父にそう言って約束した。

 ここまで育ててくれた父に、恩を仇で返すような真似はしたくないから。


「それならいいが。……さて、旅立ちを決意するサクヤに……いや、鍛錬を卒業するサクヤにこの剣を授けようか」


 父はそう言って、俺に鋼の剣を手渡そうとした。

 俺はそれを見て声が漏れた。


「これは……?」


「これは鍛錬の時の木刀とは違って真剣だ。慣れるまでは違和感があるかもしれないが、そのうち慣れてくるだろう」


 父はそう言って、俺にニカッと歯を見せて微笑んだ。


「ありがとう、父さん」


 俺はそう言って、笑顔で受け取った剣を抱きしめた。

 こうして父と最後の剣術の鍛錬が終わったのだ。



 そして聖魔法学園入学試験前日の朝を迎えた。

 学園がある王都までは一〇〇キロ程の距離しかないので、走っても十分間に合うだろう。

 これから必要な物が準備できているか、念のため収納魔法で収めた中身を確認しておく。


 うん、準備は大丈夫だろう。


「サクヤ、ついにこの村を旅立つ時が来た。今までの成果をしっかり出してくるんだぞ!!」


 父は寂しくなる気持ちを隠すかのようにそう叫んで、俺に笑顔で手を振った。


「わかってる! 父さん……色々とありがとう」


 俺も父に感謝の言葉を伝えて、後ろを振り向く事なく王都を目指して走り始めた。

 父は俺の姿が見えなくなるまで、手を振り続けて見送ってくれた。


 自分が決めた人生だ。

 今度こそ後悔しないようにしなければ!!


 俺はそう心に誓いながら走り続けた。



 ◆◇◆



 王都に向けて走っていた俺の目の前に、一匹の大きく鋭い爪と歯を持つ狼の魔物ファング・ウルフが現れた。

 転生後に以前の記憶に残っている魔物と遭遇するとは……。


「さて、父さんと鍛錬した剣術が、どこまで通用するかためしてみるか」


 ファング・ウルフも俺に気付いたみたいだ。

 こちらに全速力で迫り鋭い爪を振りかざしながら飛びかかってきた。


 俺も剣を構え攻撃に備えるが思っていたより遅い。

 これなら父の剣の動きの方が何倍も速いぞ。

 鋭い爪を躱しながら剣で前足ごと切断して、片足を失い着地でバランスを崩したファング・ウルフに剣を突き刺す。


「グアァァァァァァ……」


 ファング・ウルフは断末魔をあげ絶命した。


「このくらいの相手なら大丈夫そうだな」


 初めての実戦だったが焦ることなく対処できたし上等かな。

 剣についた血を振り払い鞘に収めて、俺は王都へ向かい走り出した。


 すっかり日も暮れてしまったが、俺は村を旅立ったその日のうちに無事に王都へたどり着いた。


 ガタイのいい衛兵が王都の入り口の両脇に立っている。

 それに村と違って、暗くなっても外に人が多くいる。

 酒場からは賑やかに談笑する声が聞こえ、屋台からは肉の焼けるいい香りが漂う。


 前世から人混みと無縁だった俺にとって、それは異世界に来てしまったかのような、衝撃的な印象を受けてしまう程だった。

 俺は屋台に寄って夕食を適当に済まして、宿屋へ向かった。


 明日は入学試験。

 今まで試験なんてやった事がないので多少の不安はあるものの、しっかり休んで備えることにした。



 翌朝────



「坊主、魔法学園の試験を受けるのかい?」


 宿屋の店主が俺に尋ねてニヤリと笑った。


「そうだが……どうかしたのか?」


「最近は試験のレベルが高いって聞いてるから、大変だと思うけど頑張りなよ!」


 店主は俺にそう言って激励してくれたのだ。

 なんて愛想の良い人なのだろうと、つい感動してしまった。


「試験の事を知ってるのか?」


 俺は店主に興味本位で尋ねた。


「今の試験の事は知らないな。これは過去にウチに泊まった受験者達の話だよ。まあ、とにかく頑張れよ!」


 店主はそう言って、笑顔で俺を見送ってくれた。


「ありがとう」


 店主に一礼して、俺は学園へ向かった。



 学園に到着すると試験を受けに来たのだろう、五〇人くらいの人が集まっていた。


 その人集りから少し離れたところにある小さな木。

 その下に受験票を握り締め下を向いている少女が、一人で立っている。

 俺は周りから浮いている少女が気になってしまい、歩いて近寄ってみた。


「君も受験するんだよね?」


 俺は少女に勇気を出して話しかけた。


「えっ……?」


 急に声をかけられて驚いた様子で、少女は俯いていた顔を上げる。

 綺麗な金髪に、吸い込まれてしまいそうな透き通った碧眼。

 か、可愛い……ちょっと緊張してきた……。


「そうだけど……あなたも?」


 じっと見つて少女は俺に尋ねる。

 そんなに見つめられると照れてしまう。


「あ、ああ……そうだよ」


 俺が返事をしたあと、少し沈黙が続いた。

 何か話さないと……この『間』は気まずい。


「アリア……私の名前……。あなたは……?」


 沈黙を破ったアリアは、そう言って俺を見つめる。

 アリアっていうのか……よし覚えた、絶対忘れない。


「お、俺はサクヤだ。よろしく」


 俺も自己紹介をした。


「サクヤ……?」


 アリアは俺を見つめながら言った。

 ごめんなさい、それ以上見つめないでください。

 ドキドキで試験どころじゃなくなっちゃうんで…。


「魔王と同じ名前……」


 アリアの言葉は予想外のものだった。


「え? ……魔王?」


 魔王って、前世の時代に人間達の独断と偏見で生み出された俺の通称だよな?


「ごめん……なんでもない」


 そう言ってアリアは視線を少し逸らした。

 俺がアリアともう少し話そうと思ったその時、校舎から1人の男が出てきた。


「入学試験を受ける人はついて来てください!」


 その男は試験官と書かれた腕章を巻いていて、受験者に指示を出す。

 そして受験者が少しずつ校舎に入り始めた。


「それじゃ、俺らも行こうか」


「……うん……」


 俺とアリアも他の受験者の後を追って校舎に入った。


 そして、試験会場となる教室に入り席に着くと、すでに待機していた試験官が受験生を見渡した。

 そういえば筆記の勉強は全くしていなかったな……。

 魔法に関する内容ならある程度のことは理解しているつもりだから、大丈夫だと思うが……。


「それでは今から筆記試験を始めるが、不正と思われる行為、途中退出は一切認めない。では、試験始め!」


 試験官の一声で一斉に紙をめくる音が教室に響いた。

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