第2話
少しばかり目眩の残る俺の身体に、前世の記憶が鮮明に蘇ってきた……。
「魔力もあるようだし、感覚は問題無さそうだな……」
俺は確認の意味を込めて、独り言を呟いた。
おそらく強い目眩の原因は、前世とこの身体に宿る、二つの記憶の交錯だったのだろう。
「
俺は右手を自分の額に当てて、前世の記憶に残っている魔法を、さっそく試してみた。
身体中が暖かくなる感覚と共に、薄らと残る目眩や、それに伴う疲労感も無くなった。
前世に存在した魔法が使えたので、俺はほっと胸を撫で下ろしたがそれもつかの間。それと同時に俺は違和感を覚えた。
「何かがおかしい……」
目眩や疲労を回復する程度で、何故こんなに魔力を消費しているのだ?
回復魔法の中でも初歩的なものを使っているのに、どうしてなのだ……。
記憶は引き継げたし、魔法を使う感覚も残っているので、当然術式を間違えたという事はありえない。
それ以前の問題があるのではないか?
……考える時間も要らない程に、すぐにその答えが見つかった。
そして、俺の全身から血の気がサーッと引き、顔が青ざめてゆくのが分かった。
「魔力が減ってる!! しかも、前世の半分も残っていないではないか!?」
俺は前世の実質二割程度の魔力しか、引き継ぐ事ができなかったのだ。
俺が記憶と今の魔力を取り戻したのは三日前。
それは十歳の誕生日を迎えた日の事だった。
◆◇◆
「サクヤ起きろー」
俺はその声で意識が覚醒し始めた。
どうやら、父が俺を起こしに来たようだ。
「……おはよう……ふわぁー……」
俺は父に欠伸混じりの返事をした。
転生した世界でも、俺の名前はサクヤだったのだ。
ベッドから下りて、俺は父の居る部屋へ向かう。
「さて……今日も剣の鍛錬をするから、早く朝飯を食っちまえよー」
父はそう言って木刀を手に持ち、鍛錬に使っている村の洞窟へ一足先に向かった。
テーブルの上には既に朝食が用意されており、食欲をそそるいい匂いが部屋中に漂っていた。
「いただきます」
俺はそう言って黙々と朝食を口に運んだ。
物心付く前に亡くなった母の代わりに、父は男で一つで俺を育ててくれた。
時には厳しく、時には優しく、父は俺をここまで育ててくれたのだ。
転生してから家族のありがたみを感じたのは、父のおかげだと思っている。
「ごちそうさま」
俺は食事を終えると、そう呟いて食器を片付けた。
そして鍛錬に使う木刀を持ち、父の待つ洞窟へと向かった。
俺は父から教えてもらえる剣術を、毎日鍛錬して習得してゆくのが楽しくて堪らなかった。
それは、魔法の研究や開発のように、新しい発見をしてワクワクする……それが大きな理由だったのかもしれない。
「サクヤ、早かったなー!」
父はそう言って、岩に腰かけていた身体を立たせた。
「鍛錬するのが、楽しみだったのでな」
俺は父に笑顔で言った。
俺の反応を見て、父も嬉しそうな表情をした。
「よし、今日から模擬戦をやってみるか?」
父は俺にそんな提案してくれたのだ。
今までは基礎基本的な鍛錬の反復練習だったが、これは嬉しい提案ではないか。
「それはいい! 是非やろう!」
俺は父からの提案に、強く頷き返事をする。
こんなに早く検証できるなんて!!
ワクワクしている俺は、自分自身のある変化に気づいた。
転生してから、そんなに会話が苦じゃない気がするぞ……。
環境が変わった事が大きく影響したのだろう。
「さあサクヤ、どこからでもかかってこい」
父はそう言って笑っているが、その構えには隙がない。
さすがは、王都の剣士だっただけの事はある。
片手を事故で不自由にして、剣士を辞めてこの村に居るのが不思議なくらいだ。
「いくぞ、父さん!」
俺は鍛錬の成果を出し切るつもりで挑んだ。
父に迫るのと同時に、身体強化の魔法を無詠唱で発動した。
「むっ!!」
俺の
父の顔から笑顔が消えて、俺の袈裟斬りをひらりと
父は俺の攻撃を躱しながら、反撃の隙を伺っている。
王都で剣士と呼ばれる程の実力を持つ父はやはり強い。
そう思っているところに、逆袈裟斬りを繰り出して迫ってくる。
咄嗟に木刀を構えた俺と父は鍔迫り合いになる。
身体強化をしているお陰で、剣士の父と力勝負はほぼ互角だろう。
それならば木刀に魔力を送れば、この状況がどうなるだろうか?
俺は無詠唱で少しだけ剣に魔力を付与した。
「なっ……! 木刀が光って……いる?」
鍔迫り合いのまま父は目を見開き、驚いた表情でそう言った。
その時父の持っていた木刀は、俺の持っていた木刀との接点から真っ二つに折れてしまった。
「サクヤ、一体何をしたんだ!?」
父は驚いた表情のままで俺を見て聞いてきた。
「斬りかかる前に身体強化の魔法を、そして鍔迫り合いの時に木刀へ少しばかり魔力を付与したくらいだが?」
隠す理由も無いので、俺は父に正直に伝えた。
「詠唱はどうした?」
父は続けて俺に尋ねてきた。
この程度の魔法なら、この世界でも無詠唱で使える。
「無詠唱だから、声に出してはいない」
俺は同じように、正直に伝えた。
「無詠唱って……神話に出てくる超高等技術だぞ!!」
えっ? 俺は父の言葉が一瞬理解出来なかった。
前世の世界では当たり前の技術だったが、
変に目立ってしまうから、無詠唱は極力使わないほうがいいかもしれないな……。
そもそも神話って何だ?
この世界では、魔法という存在が衰退している。
しかも、俺の魔力を含めての話だ。
魔法が衰退した原因を突き止めて、前世の頃のようにできればいいのだが……。
◆◇◆
サクヤが父に魔法を見せた日の夜。
「サクヤ、聖魔法学園に通ってみるか?」
俺は父にそう提案された。
「聖魔法学園?」
俺は父に聞き返す。
前世の世界には存在していないから、聞いた事が無いな……。
「魔法を研究する専門の学校なんだが、鍛錬している時のサクヤを見てると、剣を振るより魔法を使う方が合ってる気がするんだ」
父は腕組みをして、俺の方を見ながら言った。
確かに父の言う事に間違いは無い。
「それは興味深いな……」
俺は言いかけたところで、言葉に詰まった。
だけど、父も俺に剣術を教えるのを、毎日の日課……いや、楽しみにしていたのだから、それを止めるのは気が引ける。
「剣術の鍛錬はサクヤの好きのようにしていいぞ? 魔法だけ鍛錬するもよし、剣術も魔法と並行して鍛錬するもよし」
父はそう言って、俺の頭を撫でた。
「父さん……」
俺は言葉が浮かばない……。
「サクヤ、お前の人生だ。後悔しないように決めればいいさ」
俺は父の言葉にハッとした。
確かに、俺は幸せな人生を掴むために転生したのだから、後悔なんてしたくない。
「ありがとう。学園の件だが、少し考えてみる……。おやすみ」
俺はそう言ってベッドへ向かった。
「とりあえずの目標は、学園へ入学……か。魔法学園なら、魔法が衰退した原因を突き止められるかもしれないな」
それは、そう思った俺の……誰にも聞こえないくらい小さな呟きだった。
そして、聖魔法学園の事を聞いてから五年の歳月が流れた────
考えに考えた結果、俺は聖魔法学園へ入学する事を決意した。
それでも魔法だけではなく、父との剣術の鍛錬も毎日欠かさず取り組んだ。
魔法だけが全てだと思い込めば、いずれ足元を
それに、もし魔法が使えない場面に遭ってしまえば、前世の二の舞を踏んでしまう可能性があるからだ。
「これだけ技量も上がってしまうと、俺に教えられることはもう無いかもしれないな」
父は遠い目をしながら、俺に少し寂しそうに言った。
「そうか……。 はたして、俺は父さんみたいに強くなったのか?」
俺は父に聞き返した。
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