第45話(最終話) 新生、そして伝説へ…?
「エリス様、この形で会うのはお久しぶりです」
「悠長に挨拶なんてしてる場合ですか?!」
え? なんかエリス様怒ってる? なんで? 私なんかやらかしちゃったかな?
「ええと、ここに居るって事は私は死んだんですよね? 息が止まった所までは覚えていますが…」
エリス様は少し落ち着いたのか椅子に深く座り直す。
「…貴女の死因は『肺炭疽症』です」
「はいたんそしょう、ですか?」
聞いた事の無い病気だ。
「元々は貴女達の世界の細菌です。裁判所で水を飲んだ聖杯に仕掛けがしてあったのです。傾けると飲み口の周りにある穴から炭疽菌が吹き出される仕組みになっていました」
「水じゃなくて器に仕込まれてたんですか…」
「ええ、しかも魔法で増殖を促進させる処理を受けた細菌です。吸い込んで約24時間で相手をほぼ確実に殺せます」
そんな恐ろしい物が…。
「…それらの黒幕ってやっぱりバルギル枢機卿ですか…?」
「ええ。エリス教会の長い歴史の中には、様々な野心を抱く者も少なからず居ました。私は天界規定に則り、下界での
エリス様は両の拳を握りしめる。
「でももう限界です。彼は神器を集め私欲の為に悪用するばかりか、私の『大切な友人』を手に掛けました。これを許す事は出来ません!」
エリス様が私の為に怒ってくれている。しかも『大切な友人』だなんて…。でもやはり恐れ多くて戸惑ってしまう。
「高レベル冒険者を始めエリス教の
えらく大ごとになってしまった。でも私は渦中の中心に居るはずなのに疎外感を感じるのは何故だろう?
「ちょ、ちょっと待って下さいエリス様。お気持ちは大変嬉しいのですが、枢機卿に喧嘩を売られたのは私です。私は自分で
私の言葉にエリス様は困った様な顔で右頬をポリポリと掻いている。やがて何かを悟ったような明るい声でこう言った。
「…貴女ならそう言ってくるだろうとは思ってました。でも敵は王家にもコネクションを持つ強大な相手です。生半可な覚悟では飲み込まれてしまいますよ?」
一拍置く。
「だからせめて貴女の力になりうる人達に声を掛けさせて下さい。きっと誰かが貴女の心強い味方になってくれるはずです」
ここまで言われたら断れないよね。では有り難く甘えるとしますか。
「ありがとうございます! 必ずやあのクソ親父をぶっ飛ばして大事な聖印を取り返してみせます」
「聖印ですか… アレは無いと不便でしょうから、私の予備を貸しましょう。でも私もこれが最後の予備なので失くしたり壊したりしないで下さいね」
エリス様のこういう神様らしからぬ気さくな所が大好きだ。
「はい。何から何までありがとうございます!」
では早速帰還の準備を… ってあれ?
「あの、エリス様。確か規定とやらで生き返れるのは一度切りって聞いてますけど私は戻れるのでしょうか…? って言うか私が死んでからどういう状況になったんでしょうか?」
エリス様は微笑みながら「順を追って話しますね…」と教えてくれた。
墳墓から無事に出られた事で転移魔法が使用可能になり、アクセルまで帰ってこられたらしい。私は荷物扱いでゲオルグに担がれていた。
ギルドの目の前に転移したのを幸いにと、
まぁ予想通りアクアしか居なくて、ヘレンが彼女に熱弁を奮って半ば拉致する様に連れ出したそうだ。
しかしアクアに「病死した人間は蘇生出来ない。ただ死因となった病巣を除去すれば蘇生出来るチャンスはある」と言われ、病巣を取り除く為に町外れにある病院、と言う名の祈祷所で、見るからに怪しい
死んでいるとはいえ、初めて乙女の柔肌を見せるのがこんな怪しいオジサンと言うのは少し悲しい。
「じゃあ終わったら呼んで」とか言ってすぐ居なくなりそうなアクアも、私の仲間達と一緒に大人しく手術の経過を待ってくれているそうだ。
「きっとアクア先輩も何だかんだ言って喧嘩友達の貴女の事が心配なんだと思いますよ?」
エリス様はそう言うが、アクアに後から何言われるか分からないぶん胃が痛い。死んでて胃無いけど。
「天界規定に関してはなんかもう慣れました。佐藤カズマさんだけでも5、6回蘇生してますし、シナモンさんも2回ですよね」
カズマさんそんなに死んでたのか、苦労してんのね…。
「最近は上手い監査の抜け方とか書類の書き方なんかを習得して、隠蔽する技能はかなり上がったんですよ」
エリス様がガッツポーズで自慢気に語る。神様がそんな事言ってて大丈夫なんですか?
「という訳で、今やっている手術が終わり次第、貴女には下界に戻って頂きます。これは神命です、拒否権はありません」
真面目な顔でそう告げるエリス様。
「はい」
望むところだ。
「そろそろ手術も終わって先輩が
エリス様からの蘇生魔法を受けて、浮遊感のある魂から肉体を得た感じで体が重くなる。同時にアクアの声が聞こえてきた。
「ちょっとエリス聞こえるー? あんたの可愛いアンジェラを蘇生してあげたんですけどー? まさかまた規定がどうとか言わないわよねぇ? 早いとこ門を開けてくんない?」
エリス様は優しく微笑んで頷いた。頭上に手をかざして光の門が開く。
「私は貴女を見守っていますよアンジェラ。先程シナモンさんが回収した神器『妖鎧ショゴス』は暫く貴女にお貸しします」
おお、ありがとうございます。遂に我々のパーティにも神器が加わった! …なんか名前は禍々しいけど…。
「同じ神器の聖鎧アイギスと比べて防御力は劣りますが、気軽に持ち運びが出来るので利便性は高いですよ。でも、くれぐれもあのスライム状の物質には絶対、決して地肌に触れない様にして下さいね」
「は、はい分かりました。アレに触れるとどうなるんです? 溶けちゃうとか呪われるとかですか?」
「ひどくかぶれます」
…お、おう、露出の少ないゲオルグに持たせておきます…。
目を覚ますと仲間達に囲まれていた。シナモンとヘレンには激しく抱きつかれ、ゲオルグとくまぽんは目に涙を浮かべながらも優しく微笑んでくれた。
そして一歩離れた所に立つアクア。私はアクアに向き直り頭を下げる。
「アクアさん、本当にありがとうございました。おかげで戻って来られました」
アクアは照れたような拗ねたような、所謂ツンデレ顔をして言う。
「べ、別にあんたにはゼル帝の件で借りがあったからそれを返しただけよ。それに断ったら
私がヘレンを見たらヘレンは露骨に視線を外した。え? ヘレンあんた何したの?
「と、とにかくこれで貸し借り無しだからね。ゼル帝の背中に乗せてあげるっていう約束は無しにしてもらうわよ!」
…あれ本気で報酬のつもりで言ってたんだ…。
アクアが帰った後で改めてメンバー会議、シナモンが口を開く。
「手術を待ってる間に教会を探って来たけど、枢機卿はボク達が墳墓に向かった直後に王都に帰ったらしいよ」
我々を罠にかけさえすれば後は用無し。とばかりな露骨な行動だ。清々しさすら感じる。
「私は
恐らくはもうこれでパーティは解散だ。仲間たちは皆アクセルの街に根を下ろしている。せっかく築いた生活を私の為に壊す事は無い。王都に行くのは私1人で十分だ。
「そういう訳なので私達のパーティはここで解さん…」
「そうか、なら俺も行くぞ。アーシャには既に『魔王を倒してくる』って言ってあるからな」
私の言葉を遮ってゲオルグが言う。
「フッフッフ、我が名はくまぽん! 紅魔族随一の風使いにして聖女アンジェラを守護せし者! …吾輩も姫を一生お守りすると決めておりますからな」
くまぽん…。
「私はお姉様の影です。だから離れる事なんて出来ません」
ヘレン… 貴女は今日1日とても輝いていたんだよ? 影だなんて言わないで…。
「アンジェラちゃん、大方格好つけて『1人で行きますぅ』とか言おうとしてたんでしょ? 甘いよ! 王都でも何かやらかすに決まってるんだからボク達が居ないとダメでしょ?!」
シナモン… って、え? 私が何かやらかす前提なんですか?
「それに枢機卿が悪者って確定したなら、堂々とアンジェラファンクラブが再開出来るよね! 王都でもグッズ売りまくるぞぉーっ!!」
ちょっとシナモンさん…?
「…でも王都へは片道だけで1週間以上かかります。いつまたアクセルに戻って来られるかも分からないのに皆を付き合わせる訳には…」
「くまぴーの魔法でいつでも帰れるよね?」
あれ?
「左様、吾輩の
あれ?
「王都へ進みながらその日の最後に転移位置を記録してアクセルに戻り、翌日に前日の記録地点から進めば毎日帰る事も可能ですぞ!」
あれ?
「あ、じゃあそしたらくまぴーだけ早馬か何かで1人で王都まで行ってもらって転移位置をセーブしてまとめて迎えに来て貰えばいいよ! ね?」
「なに? え? それはちょっと… え? あれ…?」
戸惑うくまぽんに皆が笑う。
「いっその事大きな転移門のある街まで行って、そこから王都まで一気に飛ばして貰うとかどうなんだ?」
「ゲオっちナイス! アクセルからなら最寄りの転移門は… アルカンレティアだね。あそこは温泉も有るから、病み上がりのアンジェラちゃんの湯治にもなっていいんじゃないかな?」
あの、えっと…。
「わぁ、私温泉って初めてです! まぁ昔の記憶カラッポなんですけど」
えっと…。
「じゃあ先ずはみんなで温泉、って事で。アンジェラちゃん、そんな感じでどうかな?」
「………はい、良いと思います…」
かくして私の悲壮な一人旅計画は『仲間と行く楽しい温泉旅行』に上書きされたのだった…。
エピローグ
「シナモン、転移門って大金が掛かるんじゃないんですか? お金は有るんですか?」
「うん、ファンクラブの運営資金から出すつもりだよ。ファンクラブのイベントって事にすれば経費で落ちるからさ」
「イベントって、また何かするんですか?」
「ファンクラブで希望者集めて旅行イベント、向こうでアンジェラちゃんを交えてゲームでもしようかな? って… 例えば『湯けむり聖女様』とかさ」
「何ですかそのいかがわしい感じのゲームは? 言っておきますけど肌色系の催しには参加しませんからね!」
「わーかってるってば。ボクに任せてよ、悪い様にはしないからさ」
シナモンはそう言って一点の曇りもない爽やかな笑顔を私に向けた。
この愛らしい天使に微笑みを! 〜完〜
えっ? このタイトルってそういう意味だったの?!
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