第39話 おまけ 神聖同盟:後編
アクアが勢い良く店のドアを開ける。
「ちょっとバニル! ゼル帝を返しなさい! 今すぐ返せば見逃してあげるわ。返して、さぁ返して!」
「返せとは人聞きの悪い、素行の悪いトイレの神様よ。こやつは自分の足で歩いて我輩に会いに来たのだぞ? 労をねぎらってもてなしていた最中だったのだが?」
「私のゼル帝があんたなんかに会いに来る訳ないでしょ! いいから返しなさいよ!」
「欲しければ勝手に持って行くがいい。『大事なペットを保護してくれて有難うございましたバニルさん』とひとこと断ってからな!」
「やっほーアンジェラちゃん。へー、アクアさんと一緒とかどういう組み合わせ?」
シナモンが興味津々といった体で話しかけてきた。全く悪びれてない辺り犯罪行為の後では無いらしい。
「どういう組み合わせか聞きたいのはこっちですよ。なんで対バニル決戦兵器の貴女がここにいるんですか?」
「なによ決戦兵器って? 残念だけどボクの妄想攻撃はもう耐性付けられちゃったから通用しないよ」
え、マジで? ヤバいじゃん。シナモンさんヘラヘラしてる場合じゃないでしょう? それにこの悪魔と仲良くしてる風にも見えるんですけど? まさかまた私に内緒で何かやらかそうとしてません?
アクアとバニルは面を付きあわせて睨み合っていた、一触即発の状態だ。
「
「華麗に脱皮! アーンド合体!」
アクアの先制攻撃にバニルは忍者の変わり身の術の様な技を使い己の分身で退魔魔法を受けて消滅する。
そして事もあろうか仮面をシナモンに向けて投げつけたのだ。投げられた仮面はシナモンの顔に装着され、その雰囲気がシナモンの物からバニルの物に変わっていった。
以下バニモンと呼称する。
「シナモン?!」
確かヘレン捜索の時に『仮面を被せて体を乗っ取る』とか言ってなかったか? だとしたら…。
「フハハハハハ! そう、この変態娘の体は我輩が乗っ取った! 店の商品を壊されては堪らんから場所を移すぞ!」
そう言って店を飛び出す、バニルの声になっていた。あの状態でシナモンは大丈夫なの…?
バニモンは以前ヘレンを探しに来た共同墓地脇の森まで逃走して行った。
「またここですか…」
横でヘレンが興味なさげに呟く、えっ? ついてきちゃったの?
「だってヒマなんで」
「面白そうだしねー」
ミラも来ちゃったのね…。
「2人とも安全な距離を取って隠れててください。ミラさん、ヘレンをお願いします!」
「りょーかーい、気をつけてねー」
森ではアクアとバニモンが戦っていた。戦況はアクアが不利だ。神聖魔法では攻撃手段に乏しく、その手段もバニモンの素早さに翻弄されて当てられない。
バニル自身もとから素早いが、今はシナモンに取り憑いているのでとんでもないスピードを得ている。
私はアクアに駆け寄り背中合わせに立つ。
「アクアさん、シナモンを戻すにはどうすれば良いんですか?」
「あの仮面を剥がせば支配は解けるわ。でも容易じゃないわよ? ダクネスの力でも剥がせなかったんだから。剥がすより悪魔ごと浄化しちゃう方が私達には簡単かも。退魔魔法は人間にはあまり効かないし」
なるほど、泣き虫で野放図でバカっぽくて頭のおかしなアクシズ教徒でもやっぱり
「いま何か失礼なこと考えなかった?」
「…考えてません」
「まずは少しでも動きを鈍らせる為に盗賊の子の意識を戻させて。語りかけて支配を解いてやって」
アクアの言葉に私はバニモンに向き直る。
「シナモン! 目を覚まして下さい! 悪魔なんかに屈しないで下さい!! 私達が戦うなんて、悲しすぎます…」
言ってて涙が出てきた。出会って半年にもならないが家族の様な仲になれたと思っていたのに…。
「ゴメン、アンジェラちゃん。これも渡世の義理なんだよ。バニルさんを消させる訳にはいかないんだ…」
シナモンの声?! 意識はあるの? 自分の意志で悪魔に協力してるの? 強制されてたり悪魔が声色を真似てるだけとかじゃないの?
「フハハハハ! 聞いたであろう? この娘と我輩はもはや一心同体。いつぞやの筋肉
バニルの声に戻る。そんな… どうする事も出来ないの…?
「ボーッとしてないで! アイツを
アクアに叱咤されて気を取り戻す。そうだ、まずは少しでもバニモンの力を削がなくては。
私の声はシナモンには届いている。あとはシナモン自身が悪魔に抵抗してくれれば勝機はあるはずだ。
「食らえ! 『バニル式破壊光線』!」
「
バニモンの攻撃をアクアが魔法で弾き返す。熟練の術師になれば反射の角度を調整して撃った本人に魔法を直接跳ね返す事も出来るらしい。いま私の足元に破壊光線が飛んできたのは偶然だよね…?
「
「
私達の攻撃は事も無げに回避される。やはり何とかして動きを止めなければ…。
「破壊光線!」
「
「
最後のリフレクトは私だ。おいコラ、今度は直撃コースだったぞ? マジでこの場面で同士討ちしたいのか?
私の抗議の視線にアクアは『テヘペロ』の顔をして見せた。うわぁー、コイツ殴りてぇ。
このままでは埒が明かないのは確かだ。シナモンの気を引かせる方法はある。あるのだが私自身の羞恥心の踏ん切りがつかないでいる…。
「キリが無い! アレをやるぞ娘!」
「えぇっ? アレは痛いからヤダよぉ…」
「四の五の抜かすな、すぐに再生してやる。女神を
「うぅ、分かったよぉ。でもアンジェラちゃんに当てちゃダメだよ?」
「分かっておる。狙うは女神のみ!」
バニモンが一人芝居をやり出した、聞く限りシナモンの意思はキチンと残されているみたいだ。
「行くぞ! バニル式『マーブルスクリュー』!!」
バニモンの目から白と黒のビームが螺旋を描いて放たれる。込められた魔力が傍から見てても凄まじいのが分かる。
「
アクアは反射どころか威力を防ぎきれず反射壁ごと吹き飛ばされる。しかし大した怪我は負ってない様だ。
「ぎゃぁぁぁっ! 目がっ目がぁっ!」
シナモンの声でバニモンが苦しんでいる。自分も痛くなる技なのね…。
この隙にアクアを助け起こす。何度もあんなビームを撃たれたら堪らない。
…私も覚悟を決めた。
「アクアさん、私がシナモンの気を引きます。その隙に2人で一気に決めましょう!」
アクアは黙って頷いた。
そうこうしてるうちにバニモンもダメージが回復したようだ。お互いに次の一手を出す前に私が動かなければ…。
「きゃ、きゃー、あんな所でくまぽんとミツルギキョウヤが裸で抱き合ってるわー。きゃーいやらしいー」
羞恥心と演技力の無さからとんでもない棒読みになる。顔が熱い、ホント恥ずかしい…。
しかし奴は釣れた。
「どこどこ? そんなレアなカップリングは是非生で見なければ!」
「こ、こら娘よ、見え見えの罠に掛かるでない! 足を止めるな…」
遅いっ!
アクアと私が左右に並んで走る。私の右手とアクアの左手が炎を纏う。
「ここまでよ悪魔! ツイン…」
「ゴッド…」
「「ブローっっ!!!!」」
バニモンの顔面に2発の鉄拳が炸裂する。…瞬間に「華麗に脱出!」と言ってバニルの仮面が弾ける様に外れた。
そしてシナモンだけが死んだ…。
シナモンの蘇生は難航した。なんでも魔法により生き返れるのは一生に一度だけ、という決まりがあるかららしい。そう言えばミラも以前そんな事を言っていた。
シナモンは日本からの転生者だ。既に一度死んで蘇っている訳で、蘇生するチャンスの一度を既に使いきっている、という事になる。
状況としては私が
「はぁ? もうそういう規定とかいいから早く門を開けなさいよ! じゃないとアンジェラにアンタの秘密をバラすわよ。アンジェラにだけは知られたくないんじゃないの?!」
このすごく気になる言葉が決め手になったのかシナモンは程なく意識を取り戻した。
シナモンを通してアクアが会話してた相手って多分エリス様だよね?
もしかしてアクアさんって本当に本物の女神なのかしら? いやまさか… だがしかし…。
「何か今回ボクは悪い事してないのに踏んだり蹴ったりだよ。まさかアンジェラちゃんに殺されるとはねぇ…」
「ごめんなさいシナモン、ああするしか無くて…。でも悪魔と手を組んでいたシナモンも悪いんですよ?」
「うん、向こうでエリス様にもめっちゃ怒られた」
なんだかんだでシナモンの蘇生は無事成功し、戦いはそのまま有耶無耶になった。
ちなみにヘレンとミラは私とアクアがバニモンと死闘を繰り広げていた間、2人で棒倒しをして遊んでいた。
「あぁっ、ゼル帝! ママが迎えに来ましたよ!」
すっかり忘れていたが我々はそのドラゴンの子供を探しに来てたのよね。我々が外に出ていた間、ウィズさんがお世話していたらしい。
さて、いよいよ噂のドラゴンとの対面である。
ウィズさんに抱かれたその拳大の生物は、黄色くてフワフワのとっても可愛らしい…『ひよこ』だった。
うん、何かオチがあるだろうとは思ってたけどこれは無いわー。
ヘレンやミラも『ナニコレ』感満載で凄く脱力している。
目的を果たせたアクアと我々のガッカリ感を堪能したバニルの両名はとても満足気な表情をしていた。
「今日はありがとうね! お礼にゼル帝が成長したら私の次にゼル帝の背中に乗せてあげるわ!」
アクアはそう言って嬉しそうに店を後にした。そんな事いいからエリス様の秘密が聞きたかったな…。
「お腹減りましたね…」ヘレンがポツリと呟く。
そうだね。鶏の唐揚げでも食べに行こうか…?
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