第40話 エリス教の闇:1

 大きな木の扉がギギーっと音を立てて開く。


 通された広間は中央に私の立つ証言台。その両脇を固める様に鎧の騎士が左右で壁に沿って5人5人の計10人が立っている。微妙に細かな装飾品等が異なっているが、ぱっと見全員がほぼ同じ外見をしていた。


 大きなフードを目深に被り、顔の下半分がかろうじて見える。ヒゲのある無しで半々、女性が居るかどうかは判別出来なかった。

 全員がダクネス様の持つ様な両手剣を正面に立てて両手を添えたまま微動だにしない。胸に大きくエリス教のシンボルが描かれていて、席次を表しているのか左肩にそれぞれ1から10までの番号が描かれていた。


 これがエリス教団の誇る秘密兵器、聖堂騎士団テンプルナイツ… らしい。


 板金鎧を鎖帷子の上に着ているが、板金部分はゲオルグの新しい鎧の半分程だ。動き易さを重視した作りに加えて、それぞれに塗装の剥げや細かい傷が散見される。お飾りの儀仗隊では無く、実戦をくぐり抜けている猛者達と言う事だろう。


 その纏う威圧感たるや漆黒の魔獣『初心者殺し』にも匹敵する、それが10人だ。地獄の方が居心地がいいかも知れない。


 そして私の正面の一段高い所には太い眉毛と大きな鷲鼻、何より執念深そうな面差しが印象的な壮年の男性、バルギル枢機卿が座っていた。


「これよりアクセルのエリス教神官アンジェラの査問を行います」

 枢機卿の隣に座る書記を務める神官が厳かに宣言した。


 アクセル裁判所、第2号法廷。ここが私の今日の戦場だ…。




「来週頭に枢機卿がアクセルに来るそうですよ!」

 ドヴァン司祭が慌てた様に言ってくる。


「そうなんですか、それは大変ですね」

 私は興味無げに答える。どうせそんなお偉方の相手をするのは私ではなく司祭様だ。


「何を悠長に構えているのですか? 枢機卿の用事があるのはアンジェラ殿、貴女ですよ?」


「へぇ… って何故でしょうか?」

 教会のお偉いさんに訪ねて来られる心当たりが全くありません。


「何故って… 以前教会の上層部が貴女の反乱を危惧している事はお話ししましたよね?」

 あぁ、そう言えばそんな話が有ったような無かったような…。


 あの辺りはヘレンの事件やアクシズ教のチンピラによる襲撃事件で大わらわで、教会のどうたらとかは完全に忘れ去っていた。


「アンジェラ殿、大丈夫ですか? なんだかこの街の冒険者たちの悪い所が貴女に感染うつって来ている様な気がするのですが…?」


「い、嫌ですねぇ。そんな事ある訳ないじゃないですかぁ…」

 司祭様の目を見て言えない自分が悔しい。



「…という事なんですよ」


「あぁボクも司祭様から聞いたよ。その人のおかげでアンジェラグッズが販売差し止めになって、もうファンクラブの存続の危機だったんだからね!」

 シナモンは教会関係者の私よりも事情に詳しい様子だ。


「だからと言って悪魔とつるむのは感心しないがな」

 ゲオルグが私の言いたい事を代わりに言ってくれた。聖騎士クルセイダーも立派な教会関係者だ。とても心強い。


「姫が教会に二心が無いと分かればその枢機卿とやらも大人しく帰るのでしょう? 適当にあしらってお帰り頂けばよろしいのでは無いですか?」

 くまぽんの言うように私自身に疚しい所が無ければちょっと話をして終わりになるだろう。司祭様がビビり過ぎなんだよね。


「あのオッサンがビビり過ぎなのです」

 ヘレンの冷静な指摘に周りの空気が凍る。ヘレンには私の醜い内心を見透かされている様に感じる事がたまにある。


 私のそういう所は似なくていいんだからね、ヘレン。


 この時はまだまだこんなに太平楽な考えで構えていた。もう少し真面目に対策を立てていれば、アクセルこの街を離れる事も無かったのかも知れない…。


 教会の前に馬車が止まる。4頭立ての大きくて豪華な馬車が2台だ。先頭の馬車の客席から1人の中年男性が降りる。


「やぁやぁ貴女が噂の『アクセルの聖女』アンジェラ殿ですね! 噂に違わず中々にお美しい。私は王都で幸福信仰推進局の局長をしておりますバルギルと申します。以後お見知りおきを」

 そう言って私の手を取る。声は明るく元気な印象があるが、目は笑っていない。恐らく周りの住人に聞こえる様にわざと明るいキャラを作ってイメージ作戦を行っているのだろう。


 枢機卿は司祭様に連れられて教会の中へと去っていった。同時に馬車からワラワラと10人ほどが降りてきて荷物を降ろし始める。その統制と規律から彼らが雇われの冒険者では無く、組織の訓練を受けた軍人かそれに類する人達だと判断出来た。荷物の嵩張り具合から恐らく武器や鎧等の装備品であろう。

 ようやく暖かくなってきたのに、この不穏な空気にまた気温が1、2度下がった様に感じられた。


「私、あの人嫌いです…」

 隣に立つヘレンがポツリと呟いた。この子が巨乳のお姉さん以外の人を嫌いと言うのを初めて聞いた。


「気が合うね、私もあの人嫌い…」

 私もきな臭い空気を感じていた。


 そして明日の朝、事情聴取の為に話をしたい、と言う旨を司祭様越しに受け取った。


 翌朝、朝一番のお祈りの為に礼拝堂に顔を出したら「その前にどうぞこちらに…」と外へ導かれ、裁判所へと連れられる。

 ヘレンの同席は認められず、彼女は教会での留守番となった。ヘレンが涙目で見送る。今生の別れじゃあるまいし、そんな顔をしないで欲しい。



 そして冒頭のシーンへと戻る。


「…査問を行います。アンジェラよ、発言は認めますが貴女の言動は全て証拠として扱われます。この『真実のベル』の前ではゆめゆめ嘘などをつきませぬように」


 よく店舗のレジなどに置かれる呼び鈴によく似た道具が机上にあった。『嘘をつくと鐘が鳴る』有名なアイテムだ。まさか自分があれを使われる立場になるとは夢にも思わなかった。


「なぜこの様に物々しい場所で行うのでしょうか?『話を聞くだけ』なら教会でも…」

 わたしの抗議に対して今まで無言だったバルギル枢機卿が口を開く。


「立場を理解し給え神官アンジェラ。今この場で行われているのは雑談ではなく『査問』なのだよ。君には教会に対する背任の容疑がかけられている」

 昨日のフレンドリーな態度とは一変してとても冷たい口調だった。これがこの人の本性なのだろう。


 しかし、またその話なのか…。


 正直うんざりだが逃げ出す事は出来ない上に誰かの知恵も借りられない。恐らく適当にハイハイ言ってさっさと帰してもらった方が後腐れが無くていいだろう。


「ここしばらく局としても独立して少々君を調べさせてもらった。その上でいくつか聞きたい事がある」

 枢機卿の感情のこもらない声が法廷に響く。ハイハイ何でも聞いてちょうだい。


 私の無言を了解の合図と受け取ったのか枢機卿は言葉を続ける。

「まず、君は何者なのかね?」


「…はい?」

 予想外の質問に間抜けな声で返してしまう。


「周辺の領地全体の戸籍を調べたが、アンジェラと言う名前の15歳の少女は居なかった。従って君は何らかの経歴を詐称しているか、密入国した外国人か、空から突然湧いた事になる」


 そこかぁ、そこからかぁ…。


 盲点だった。私がこの街に来た時にその辺の話は適当に言いくるめてしまっていた上に、それ以後誰にも突っ込まれなかったお陰で私自身問題として認識していなかった。


 あの時のように『忘れた』とか、新たに土地の名前をでっち上げてもあの嘘感知のベルが鳴ってしまう。それだけは避けたい。


 …となれば腹を括るしかない。異世界転生なんて信じてもらえないだろうけど、嘘で誤魔化せないなら是非もない。


「…私は日本と言う、とても遠い国からやって来ました。どうやって来たのかは私には分かりません。エリス様に導かれて気付けばここに来ていました…」


 私の告白を枢機卿は目を閉じて聞いていた。見た限り驚いた様子は無い。


 沈黙したままのベルを一瞥すると静かに言った。

「…今エリス様と言ったな、女神アクアではなくエリス様で相違ないのか?」


 なるほど、それで合点がいった。この人たちは転生人を知っているんだ。それもそうだろう、チートアイテム持ちの強い先達は、みんなこんな駆け出しの街で燻ってないで王都などの最前線に向かうだろう。


 そうなれば自然と王都の教団本部とチート冒険者の距離は縮まる、野心ある教会の実力者なら彼らの情報などは最優先で集めているはずである。


「はい、嘘偽りなくエリス様のお導きでこの街にやって来ました」

 ベルは鳴らない。枢機卿は小さく息を吐いた。


「よろしい、では次の質問だ」

 ふぅ、なんとか1問目はやり過ごせたらしい…。


「君の持つそのエリス教の聖印はとても位の高いもので、現在王都のイシドール大司教にしか与えられていない物だ。とても新人神官が身に付けていい物ではない」


 今度は聖印か。これも理由らしい理由を考えてなかった。


「聖印の偽造は大罪、それが最高位である『赤の位』なら尚更だ。君はその聖印をどこで手に入れたのかね?」


 これも正直に話すしかないよね…。

「…エリス様の面前で入信の誓いを立てた際に直接賜りました」


 枢機卿の眉が一瞬ピクッと動いた様に見えた。

「…エリス様から直々に賜ったと言うのか…?」


「はい…」

 沈黙するベル、本来犯罪者を追い詰める為の道具だが、こちらが真実を話しているうちはその言葉の裏付けにもなり逆に味方になってくれる。


 思い通りの流れを作れない相手側の不満感で空気の重さは一層増してきた様に思えるが…。


「にわかには信じがたい話が続くな… 君のその聖印を調べさせて貰っても良いかな?」


「え? イヤです…」

 ベルは鳴らない。


「…いや、そういう事ではなくてこれは質問の体を借りた強制だよ。勘違いさせたこちらの落ち度だな」

 苦笑いしながらも目は笑ってない枢機卿。


 首から聖印を外し、渋々枢機卿に渡す。

「命より大事な物です、いつ返して頂けます?」


「少し時間は掛かる。早くて明日、最悪王都に持ち帰って調べる必要が出てくるかも知れんのでな。その間は代わりの聖印を持っておくが良い」

 とても納得出来ない。しかし抗っても相手の心象を悪くするだけだ。


「…分かりました」頑張って言葉を捻り出す。

 チン! とベルの音が響いた。…空気読めよ。


「ゴ、ゴホン、次だ。君はエリス教の神官でありながら近頃アクシズ教の神官と懇意にしているそうではないか? あんな頭のおかしい連中と一緒になって何を企んでいるのかね?」

 アクシズ教? あぁアクアさんか。

「…最近何回か絡む機会があっただけで、お互いに冒険者ですから教会以外の付き合いもあります。別に懇意と言う訳では…」

 間違っても友達では無い、と思う。

「それに宗派は違っても教義的に敵対はしていません。協力して悪魔を誅滅した事もあります」


 チン! と再びベルが鳴り静かな法廷内に木霊する。両脇の騎士達が頭を動かさず目の動きだけで暗いフードの奥から一斉に私に注目するのを感じる。緊張感が凄まじい。


 あー、嘘のつもりは無かったけどちょっと正確じゃあ無かったかな?

「…すみません盛りました。正確には誅滅したのは『悪魔に取り憑かれたシナモン』で、悪魔本体には逃げられました…」


 騎士達の視線が正面に戻る。この人達マジで怖いんですけど。

「今『悪魔』と言ったかね? この街には悪魔が棲み着いているのかね?」

 あ、これヤバい流れだな。ウィズさん達の事は教会には知られない方が良いだろう。あの2人が本気になって暴れたら街ごと崩壊しかねない。


 さて、どう誤魔化したものだろうか…?

「あ、悪魔と言っても遊んでいる子供達の安全を見守っていたり、ゴミにたかるカラスを退治したりといった、無害でご近所受けもなかなか良い奴なので、人様の役に立っているうちは見逃してやらん事も無い。とかそんな感じで…」

 ベルは鳴らない。しどろもどろだが嘘は言ってない。

 …誤魔化せたかな?


「…なるほど、悪魔の件は追加調査が必要だが、神官アンジェラが嘘をついていないのは確認した。では最後に問おう。『君はエリス教会に対して叛意を抱いているのかね?』」


 本題が来た。下手に隠さずに本音をぶち撒けた方が後で変に勘繰られるよりは良いだろう。

「…まぁ、正直こんな薄暗い所でネチネチ責められてちょっとへこみましたけど、私のエリス様への信仰は不変のものです。叛意などあろうはずもありません!」


 ベルは鳴らない、当たり前だ。枢機卿は顔の前で手を組んで考え込んでいるように見えた。

 重たい数秒間。枢機卿は立ち上がってこう宣言した。

「神官アンジェラの証言には有罪を決定づける物は見当たらなかった。しかしながら嫌疑が完全に消えた訳でもない」

 私も含め他の誰もが無言で枢機卿の次の言葉を待ち受ける。

「神官アンジェラには『冥王の墳墓』の浄化を命じる。この務めを果たした暁には君の潔白を約束しよう!」


 これで終われば普通にクエストを受けた様な物だったが、余計なおまけを付けてきた。

「刻限は今から72時間、神官アンジェラには誓約の証として、『聖杯の誓い』の儀式を行ってもらう」

 運ばれてきたのはとても聖杯とは思えない金属製のマグカップだった。取っ手も付いててユースフルなのが笑いどころか。水の様な液体が中に半分程入っていた。

「さぁ、その水を飲み干し、誓いを立てるのだ」


 嫌な予感しかしねぇ… 飲むのを躊躇しているとこちらの意図を見透かした様に枢機卿が話しかけてくる。

「どうした? 水に何か仕込まれているとでも思っているのか?」

「…いえ、そういう訳では…」


 チン!


 この道具、イラつくなぁ…。


浄水ピュリフィケーション!」水を飲み干す。

「誓いは成された! 神官アンジェラが試練に打ち勝てるようエリス神のご加護を。祝福ブレッシング!」


 祝福の魔法を掛けてくれた。まぁどうせ街を出る頃には効果切れてるんだけどね。


 しょうがない、いっちょ行ってきますか。

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