第38話 おまけ 神聖同盟:前編

「……いが居ないのよぉっ!」

 今日はちょっと暖かい。お昼寝日和で私はギルドでウトウトしていた。この後ミラ&クリルのコンビと買い物の約束をしている。


 隣ではヘレンが私から何らかの言いつけをされても対応出来るように気を張っていた、のだが陽気に当てられたのかヘレンも船を漕いでいる。

 今日もこの街は平和だなぁ…。


「ちょっとカズマ、聞いてんの?! ゼル帝が居なくなったんですけど?!」


 けたたましい自称女神様のよく通る声に眠気を吹き飛ばされる。相変わらずあそこの卓は騒々しい。何事よ? 毎度毎度…。


「俺が知る訳ねーだろ! 大方その辺の野良猫にでも食われたんじゃねーの?」

 佐藤カズマ氏が素っ気なく答える。あの2人、仲がいいのか悪いのかまるで分からない。


「…何言ってんの? ゼル帝が野良猫なんかに負ける訳無いじゃない? ねぇ何言ってんの? バカなの?」


「知るか! だからとっとと食っちまおうって言ったんだよ! 俺は手伝わねーからな!」

 そう言って席を立つカズマさん。


「ちょっとカズマさん、どこ行くのよ?!」


「便所!」

 カズマさんはわざと足音を立てるようにドスドスと店の奥へ入って行った。


 1人ポツンと残されたアクア。近隣のテーブルの冒険者に救援を求めるべく視線を送るがことごとく視線を外され無視される。


 ふと彼女がこちらのテーブルに視線を送る。

 ほんのゼロコンマ何秒かだが私と彼女の目が合った。もちろん即座に視線を逸らす私。やったことも無い口笛なんかも吹いてみる。


「なんでよぉ〜っ!! いま目が合ったでしょう?!」


 そう言ってアクアがこちらに飛び込んできた。涙目で私の襟首を掴んでくる。え? ちょ、意外と力強くて振りほどけないんですけど?


「お願い助けてよぉ、貴女と私の仲でしょう?!」


 私の知る限り貴女と私は敵同士ですよ?


 凄い力で襟首を持たれたまま上下にブンブン振り回されて脳みそがシェイクされそうなんですが…?


「…フリーズ」


 アクアの後ろに回りこんだヘレンが彼女の首筋に凍結魔法をかける。アクアは『ヒッ!』と小さく叫んで手を離し私は解放された。ヘレングッジョブ!


「お姉様に仇なす輩は私が御相手しますよ」

 シャドーボクシングで構えるヘレン。


 その間に私も居住まいを正す。

「…とりあえずお話だけは伺いますよ。何があったんですか?」



 椅子に座ったアクアは鼻を啜りながらポツリポツリと口を開く。


「…ゼル帝が行方不明なの…」


 …は?


「朝見たら寝床に居なかったの…」


「えーと、まずその『ぜるてい』と言うのを詳しく。まるで話が見えません」


「…キングスフォード・ゼルトマン。将来ドラゴン族の帝王となる運命を宿した私のペットのドラゴンよ…」


 うわぁ、この人また変な事を言い出した…。


 しかし顔を見る限り本気で心配している様だ。ここまで神妙なアクアは見た事が無い。


「ドラゴンが逃げ出したんですか? 街中で? ならば警察に相談するかギルドに正式に依頼を出すかされた方が…」


「ゼル帝はまだ赤ちゃんだから何かを襲ったりとかの危険性は無いわ。むしろ悪意ある人たちや猛獣に見つかる方が怖いの…」


 ドラゴンなんて眉唾どころじゃない話だが、万が一にも真実であれば放ってもおけない。


 関係無いが、今トイレから戻ってきたカズマさんがひとつの卓に座っている私達を見て目を丸くしていた。


「でも何かを探すなら私達じゃ無理ですよ?」


 大神官アークプリーストの仕事で私に出来る事は全てアクアも出来るだろう。神官が2人居ても探し物は見つけられない。


「ええ、貴女たちのパーティには盗賊が居たでしょ? あのメガネの子… クリスも見つからないし他に頼れる人が居ないのよ…」


 アクアが再び泣き声になる。私に頭を下げるなんて絶対にしたくないだろうに、そのドラゴンはそれ程までに大切なのね…。


「分かりました。私で良ければ力になります。でもごめんなさい、シナモンはここ数日会ってないんですよ…」

 絶望感が場に広がる。私が悪い訳ではないが申し訳無い気持ちになる。


「アンジーおはよ! およ? 珍しい組み合わせだね」


 ミラだ! 何と言うタイミングの良さだろう。

「ミラさん、ちょうど良かった!」


 カクカクシカジカ


「ふーん、そのドラゴンをあたしが『追跡』すれば良いのね?」


「ええ、まだそんなに遠くに行ってるとは思えないの。お願いするわ」

 なんだかアクアが凄く高貴な感じに見える。さっきまで鼻垂らして泣いてた娘とは思えない。口調と表情で纏うオーラまで違っている様だ。


 ちなみにクリルは今日はお腹が痛くて欠席らしい。ミラが看病するで無く外出してるのは病気じゃないからだ。あとは察して欲しい。


「ここが我が家よ。さぁ入って入って」

 アクアに導かれ噂の幽霊屋敷に入る。棲み着いている霊が一体居るが、無害だから除霊しないでくれ、とアクアに言われている。


「ここがゼル帝の寝床なの」


 通された広い部屋、そこのソファーに居たのは…


「バ、バニルっ! なぜここに?!」

 即座にシショーを構えて戦闘態勢をとる私。ここまで悪魔の気配が全くしなかったのに…。


「あぁ、それ抜け殻だから気にしないで。好きなだけ殴っていっても良いわよ」


 むしろなんでそんな悪趣味なオブジェを置いてあるのか小一時間問い詰めたい。


「ここから足跡を辿れると思うの」


 そのバニルのオブジェの手元が寝床なのだろうか? なんかもう情報量が多すぎて頭がついていけてない。ヘレンは退屈してるのか欠伸していた。


 何やら痕跡を見つけたミラが追跡スキルを発動させた。

「ねぇねぇ、アンジー、これドラゴンと言うよりどう見ても小鳥の足跡なんだけど?」

 それを私に言われても困るのね。


 ミラの後をついてアクア、私、ヘレンが列を成す。辿り着いた先は何となく予想してたけど最近出番の多い『ウィズ魔道具店』、アクアの屋敷からはすぐ近所だった。


「そんな予感はあったけど、やっぱりあの悪魔がゼル帝を攫ったんだわ!」


 アクアが憤る。この人とバニルはどういう関係なんだろう? 大神官アークプリーストと悪魔だから仲良しのはずは無いだろうけど、家にあんな胸糞よろしくないオブジェを置く辺りアクシズ教徒の底は知れない。


 ミラはお役御免なのでギルドに戻ってお茶でもしててもらおうかと思ったが「ドラゴン見たいし、何か面白そうだから見物してる」と残留した。厄介事に巻き込まれても知りませんからね?


 アクアが店の窓からこっそりと覗きこむ。

「居たわ、ゼル帝よ! ご飯食べてる。あとお宅の盗賊も一緒にお茶してるんですけど? まさか攫った張本人じゃないでしょうね?」


「そ、そんな事は無い、ですよ… シナモンは詐欺まがいの事はしますけど盗みはしないはずです。多分…」

 私も自信はない、だってシナモンだし。


「まぁいいわ、一緒に乗り込むわよ。退魔魔法の準備をしといて」


「え? 私もやるんですか?」


「当たり前でしょ! 宗派は違ってもやる事は1つ、『悪魔…』」


「滅ぶべし」「殺すべし」

 2人の声が重なる。…覚悟を決めるしかあるまい。


 いずれにしても店内にシナモンが居た事で私も関係者になってしまっている。バトル展開になりそうなのでヘレンとミラには外で待機してて貰った。

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