第21話 おまけ 貧乏店主と聖女様:後編
第3、第4、第5ラウンドは両班ともにトラブル無く成功、事件は第6ラウンドに起こった。
摘み終えてホッとした瞬間にウィズさんが足元の小さな苺に気づかずに踏んで爆発、怪我をしてしまったのだ。
怪我自体は軽い。私の治癒魔法で…。
「あ、私は放っておけば治るので大丈夫ですあぁぁっ!」
ウィズさんが何故か治癒魔法に大きく痛みの反応を示した。手当てした場所が光って組織が崩れかかっていた。
え?
まさか… この反応は…?
「ウィズさん、貴方まさか… アンデッド…?」
信じられなかった。今まで見てきたアンデッドは骨だけだったり、腐ってたり、虚空に彷徨ってたり、包帯に巻かれてたりした。
目の前の女性はとても健康的にすら見えた、特に胸とか。
「え…えぇ、実は私はリッチーと言ってアンデッドの…」
「ターン! アンデッ…」
術が完成する前にシナモンに羽交い締めにされた。
「落ち着いてアンジェラちゃん! ウィズさんは悪い人じゃ無いから! パーティメンバー消しちゃダメだから!」
「離して下さいシナモン! 『悪魔や
私の豹変に誰も着いてこれてなかった。当然だろう、自分でもこの瞬間的に発生した怒りの深さが理解出来ていない。
ウィズさん、もといウィズは悪漢に襲われた少女の如く怯えた表情をして座り込んでいた。これでは完全に私が悪者だ。
しかしながら、エリス教徒の務めとしてアンデッドの存在を許す事は出来ない。個人的感情に流されて義務を疎かにする訳にはいかないのだ。
「分かった! 分かったから一旦落ち着こうか」
そう言ってシナモンが拘束を解く。
「落ち着いても結果は変わりませんよ? ウィズさんに恨みは有りませんが消えて頂きますから」
私の決意は固い。クリル達は2人とも状況が飲み込めずにいたが、私の方に異常性を感じたのか、ウィズを守る配置につく。
「うーん、これは困ったねぇ… どっちも悪くないからどっちにも加担できないよ…」
「それならばいっその事、決闘しかないのでは無いか?」
シナモンにゲオルグが続いた。どちらにも加担できないのであれば、両者のタイマンで決めろ、という考えは私も嫌いじゃない。望むところだ。
「レベルや攻撃力を考えたらアンジェラちゃんに勝ち目は無いよ? もしウィズさんに爆裂魔法とか使われたらボクらも無事じゃ済まないし」
すかさずツッコミが入る、確かに周りの事を考えると派手な事は避けたい。
今まで無言で考え込んでたくまぽんが口を開けた。
「ならばどうでしょう、『浄化魔法一発勝負』というのは?」
周り全員が『?』でくまぽんを見る。
「姫がウィズ殿に『ターン・アンデッド』を1度だけかける。それに耐え抜いたらウィズ殿の勝ち、どちらが勝っても恨みっこ無し、というのは?」
仲間達が私とウィズを交互に見る。『それでどうか?』という事か。
「アンジェラさんさえ良ければ私はそれで構いませんよ。アクア様ならまだしも人間の神官に負ける訳にはいきません」
ウィズが言う、覚悟を決めた目をしていた。なぜここでアクア神の名前が出るのかよく分からないが、こちらもそれで文句無い。
お互い15メートル程離れて補助魔法をかける。ウィズは聖属性への耐性を上げる魔法、私は聖属性の威力を上げる魔法やスキル。
「では行きますっ!『女神エリスの名において、彼の者の迷える魂に
私の魔法をウィズは正面から受ける。ウィズの周囲を聖なる光が覆う、その光の侵入をウィズの周りの黄色い壁が阻む、魔力のせめぎあいだ。
「はぁぁぁっ!!」
「くぅぅぅっ!!」
2人の力は拮抗していた。魔力自体はウィズの方が圧倒的に高いのだろうが、こちらは相手の弱点属性で攻めているし、気合いでは絶対に負けてない。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
「くぅぅぅぅっ!」
少しずつだが押している感じがする。エリス様、見てて下さい。必ずやこのアンデッドの魂を浄化してみせます。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「くぅぅぅっ!」
完全に優勢だ、あと一押しすれば勝てる。ウィズの体が透けてきて消えかけてるのが分かる。最後の気合いを振り絞って声を出そうと…。
「アンジェラちゃん、盛り上がってるとこ悪いけど、ウィズさん消したら薬作れなくなるよ?」
はぅっ?!?!?!!
そうだった… 何の為にこんな命懸けで苺狩りなんてしてるのかと言えば、ウィズさんに髪染めを作ってもらう為では無いか。
「はぁぁぁ…⤵」
気合いの低下と共に術の威力も下がり、やがて消えてしまう。
残されたのは死力を尽くして息を荒くしている女2人、私は四つん這いでウィズさんはへたりこんでいた。
聖なる光に囲まれ、消えかかって半透明になっていたウィズさんだが、その中で私に向かってとても優しい笑顔を投げてきた。戦いが終わってノーサイドという気持ちの現れなのだろう。
とても幻想的で美しい光景、私なんかよりも余程『聖女様』というタイトルに相応しいと思った。
…これは完敗だ。
「勝負あり! 勝者ウィズ!」
くまぽんが宣言した。
誰も予想しなかった、まさかのバトル展開に全員が疲れ果て、そのまま帰還という流れになった。
翌日、もう一度ウィズさんの店に行く、新しい髪染めが出来上がってるはずだ。
何故か昨日のメンバーが全員揃っている。苺狩りは個人的な仕事だったから皆に謝礼を出そうとしたのだが、全員が謝礼を貰う代わりに店に付き合わせろ、と言ってきたのだ。
私の知らない何かを皆で共有して悪巧みをしているのだろうと思う。
「あら皆さん、いらっしゃいませ」
何も無かったかの様に迎えてくれるウィズさん、少し心苦しい。
「頼んでた髪染めと例の件を」
シナモンが答える、そう言えば例の件とは結局何なのか? 皆いることに関係しているのか?
「髪染めなんですが、一応作ったんですが苺の量が少し足りなくて効果が保証出来ないんですよね。恐らく90%は大丈夫なはずなんですが…」
いきなり不安になる事を言ってくれるウィズさん。
「だってさ。どうするアンジェラちゃん? 10%引いちゃったりして」
「おいおい、縁起でもない事を言うなよ」
シナモンの冗談にゲオルグが乗る。このゲオルグの一言で運命が決まった気がしないでもない。
「それで頂きますよ。ちゃんと採集出来なかったのは私のせいですから。ウィズさんを信じます」
髪染め薬の入った瓶を手に取る。
「ではそのままグイッと飲んで下さい」
え?
「髪染めなのに飲むんですか?」
「はい、一気にグイッと!」
ウィズさん… 信じてますからね…。
「なりたい自分の色を強くイメージして下さいね」
はい。金髪…金髪… グイッと。あ、イチゴ味…。
周りの皆も固唾を飲む。やがて私の髪の毛が光り出して目を開けていられなくなる程の光量になる、え? これ③の商品じゃないよね?
光が収まった。そこに見えたのはとても美しい… 『桜色』の髪だった。
…知ってた。どうせ私はハズレの10%を引くんだろうと予想してたよ。不浄なアンデッドを信じた私にエリス様が罰を与えたんだ…。
最後にイチゴ味とか雑念が入ったからピンクになったのかも知れない。こんなの罠だったんじゃないかとすら思える仕掛けだ。
しかし、落ち込む私を尻目に周りは盛り上がっていた。
シナモン「まさかのピンク! アンジェラちゃん、完全に『主役』の色じゃん!」
くまぽん「素晴らしい! 姫よ、この髪の色は紅魔族の琴線にビンビンと来てますぞ!」
ゲオルグ「これはこれで、なかなかモダンでいいと思うぞ」
クリル「ある意味アンジーらしい素敵な色だと思うよ」
ミラ「ピンクとか最高じゃん! アンジー超カワイイよ!」
ウィズ「あ、あの… 金髪に出来なくてすみません…」
明らかに気を使ってると思われるコメントも散見されるがそれほど変では無い、という事か。
「よーし、アンジェラちゃんのイメチェンも成功した事だし、このままメインイベントに行くよ!」
シナモンが張り切り出した。いよいよ『例の件』とやらの正体が明かされるようだ。
奥の部屋に通される。納屋を改装したような広い空間、中心に置かれている水晶玉。まるで想像がつかない。
「ではアンジェラちゃん、こちらの服に着替えて頂戴」
シナモンに水色の服を渡される、広げて見ると丈の短いワンピースだった。膝上20センチ近くまで詰められたスカート部に、半袖の上は肩の部分が露出したショルダーカットだ。
そのまま部屋の隅の試着室っぽいスペースに押し込められた。一体何だと言うのだろう?
生前はいつもジャージかスウエットだったし、転生後はほぼ常に神官服だ。こんなペラペラでヒラヒラな服は今まで着た事が無い。
着替えて外に出ると一様に『おぉー』とどよめきが上がる。
こんなに無防備な姿を人前に晒すのは初めてだ、恥ずかしくて顔が熱くなる。
ここでシナモンが種明かしをした。『例の件』とは、『ドキドキアンジェラちゃん大撮影会』だと言うのだ。
部屋に置かれた水晶玉は、カメラの様な使い方をする魔道具だった。
市場には『魔道カメラ』と呼ばれる携帯カメラがあるらしいのだが、そのサイズの物は数十億エリスという値段で取り引きされており極々一部の貴族でしか持てない代物だった。
この水晶玉はそのプロトタイプとして作られた物だったが固定してしか使えない等、取り回しが悪すぎて(比較的)安売りされていた物をウィズさんが買い付けてきた物らしい。
そしてその写真機モドキの前でこのヒラヒラペラペラした服を着て色々なポーズを取れと要求される。
「恥ずかしいから無理です、それに下着とか見えちゃうじゃないですか」
抵抗するが一斉に却下された。この撮影会をする為にここに来たのだと言う。それが今回の報酬だと。
お金倍額払うから
「そう言うと思って『見せパン』も用意してあるよ!」
そう言ってシナモンは更にフリフリした下着を出してきた。こういうのって下着2枚履いてるだけと何が違うのだろう? 見せパンだから恥ずかしくない、という感覚は私には無いよ。
ウィズさんは無言でパシャパシャとシャッター(?)を切っていく。そうしているうちにも様々なポーズを強要され、それに従わざるを得ない私。
もういっそ殺して欲しい…。
「いやぁー、いい写真が撮れたねー。恥じらうアンジェラちゃん、良かったなー」
「素晴らしき眼福でしたなぁ」
「貴重な体験だったな」
うちの連中が好き勝手言ってる。かつて受けた事の無い辱めを受けて、私は今、凄くやさぐれているよ。ブーブー。
「むくれないでよアンジー、超カワイかったのにぃ」
「アンタも目的が果たせて、私らも楽しめた。それでいいじゃないか」
クリルとミラも言う。
…確かにそうだ。目的が果たせたかどうかはともかく、私が知らなかっただけで他の皆は苺狩りが危険なクエストだと知っていたはずだ。
それなのに嫌な顔一つせずに、更に数万エリス相当の報酬を蹴ってまで付き合ってくれた仲間達。
ただただ感謝しかないではないか。仲間内だけの撮影会くらい、どうと言う事は無い。
「あ、そうだアンジェラちゃん」
シナモンがこちらに振り向く。途端に背筋に寒気が走った。
「今日の写真、『アンジェラ抱き枕』のプリントに使わせて貰うからね!」
…くっころ!
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