第20話 おまけ 貧乏店主と聖女様:前編

「あれ? 今気づいたけど、アンジェラちゃんって元から金髪じゃなくて染めてたの?」


 夕飯時、シナモンに言われて怪訝に思う。確か転生の時にエリス様に髪の色ごと変えてもらったはずだ。


「いや、そんなはずは…」

 無いはずだ。シナモンに手鏡を借りて自分のと2枚で角度を合わせ頭頂部を確かめる。


「…な?!」

 頭頂部から黒い髪の毛が生えてきている、元々の自分の、日本人の髪色だ。

 思わず手でおさえて隠す、これは少し恥ずかしい。


「えー? ここに来る時にエリス様に頼んで変えてもらったんですよ? どうしよう…?」

 転生の事を知っているのはシナモンだけなので小声で。


「うーん、こっち来てもう2ヶ月くらいだっけ? 期限切れってやつかにゃ?」

 適当に言うシナモン。


「期限切れなんてあるんですか? 聞いてないよぉ」

 もしそうだとしたらエリス様ったら仕事雑過ぎません?


 シナモンは暫し思案する。

「うーん、そしたら普通に染め直せばいいんじゃない? ちょうど付き合って欲しい所があったから一緒に行こう!」


 という訳でやってきたのは共同墓地の近くにある魔道具屋さんだ。頭は防具のフードで隠してきた。

 何故床屋ではなく魔道具屋に行くのか分からないが、この世界のその辺の習慣は分からないので口出しは控える。


「いらっしゃいませー」


 中から女の人の声がした。ウェーブのかかった長い髪で片目を隠した人の良さそうな巨乳のお姉さんだ。


「ウィズさん、こんちゃー」

 シナモンが挨拶する、顔馴染みらしい。


「今日はうちの看板娘を連れてきたよ」

 そう言って私を見る、ウィズさんからも見られる。


「あの、初めまして。アンジェラと言います。エリス教の神官やってます」

 頭を下げる。ウィズさんもお辞儀をしてくれる。


「初めまして、ウィズ魔道具店の店主ウィズです。可愛らしい噂の聖女様にお会いできて嬉しいわ」

 悪意の全く無い優しい笑顔、大人の余裕ってやつかな? 美人の余裕?


「いえ、そんな、聖女なんて大層なものじゃなくて…」

 何となく照れて言葉が上手く出てこない。元はただのヤンキーですから、とか言えたら楽なんだろうけどなぁ。


「それで、今日はどういったご用向き? お友達の紹介だけじゃないでしょう?」

 ウィズさんがシナモンにイタズラっぽく笑う


「そうそう、例の件をお願いしに来たんだよ。あとウィズさんとこに髪染めって有るかな?」


 例の件? 嫌な予感がするんですが…。


「あぁ、例の件ね。じゃああとで準備しますね。髪染めは… いくつか有るけどどれが良いのかしら?」


 ウィズさんから『ゆっくり選んでね』と渡された髪染めは4つ、

 ①普通の髪染めだが消費期限が30年前に切れている

 ②使用後に必ず髪型がアフロになる

 ③綺麗に染まるが、髪が常に明るく発光するようになる

 ④無作為な色に染まる上に、1度使うと勝手に体質を改変して二度と元の髪色に戻らない


 …お、おぅ、どれもダメじゃん。商売する気があるのだろうか? それともこの世界ではこれが普通なのか?

 せめて色が選べれば④なんだろうけど…。


「これは… 聞きしに優る品揃えだねぇ…」

 シナモンも言う。どんな評判の店なのか逆に気になる。


「④番にされますか?」

 ウィズさんがにこやかに聞いてくる。問題の根源が理解されていない事に戦慄する。


「あの、これ(④)で色を選べる物があれば一番良いかな? って…」


 一応希望を言ってみる。分かっている。どうせそんな物は有りもしないか、法外な料金を請求されるか、無茶なクエストを押し付けられるかのどれかだろう。


 私もこの世界に来て2ヶ月、その程度の展開は読めるようになっていた。


「そぅですねぇ… 苺の果汁がコップ1杯ほど有れば、調合し直してある程度は色が選べると思いますけど…」


 苺? 苺とは意外に可愛い物が出てきた。


「ただ、今は苺の季節では無いので、お店に置いてないでしょうから、山に採りに行く事になると思います」


 そういう事か。まぁちょっとした採集クエストと思えば問題ない。


「苺ねぇ。くまぴー達も誘った方が良いかもね」

 シナモンが言う。確かに皆で行ってピクニックとかもたまには悪くないだろう。


 シナモンの顔が仕事の顔になっていたのを、その時の私は気づいていなかった。


「山に行かれるのなら私もお付き合いしますよ」

 ウィズさんも仲間に入りたいらしい。


「ウィズさんは昔、名うての大魔術師アークウィザードだったんだよ」

 シナモンが耳打ちする。ウィズさんは『昔』と言うほど歳を重ねている様には見えないけど、大魔術師というくらいならもの凄いアンチエイジング方法が有るのだろうか?


「そう言えばシナモンの用事は良いんですか? 準備がどうとか…」


「あぁ、アンジェラちゃんの髪の毛の件が終わらないと、ボクの方も着手出来ないから後回しで良いよん」

 嫌な予感は消えないが、後回しで済む事ならそれで良いのだろう。


 そして翌日、メンバーは私達4人とウィズさん、そしてクリルとミラの冒険者コンビの総勢7人となった。


「よっしゃ、んじゃ気合い入れて! 者ども、『苺狩り』じゃあ!!」

 シナモンの号令に皆が『おぅっ!』と続く。この感じは絶対ピクニックじゃなくて戦場に行く雰囲気だ。


 ん? また私何か勘違いしてる? もしくは騙されてる…?


「ねぇ、クリルぅ、あたし苺狩りって初めてだよ、大丈夫かな?」


「わ、私だって初めてだから分からないよ。いざとなったらアンジーを頼るしか無いからね?」

 クリルとミラは地下墳墓探索以来、友人として付き合っている。向こうも私をアンジーと呼んで色々と構ってくれていた。


「苺狩りとはなかなかハードなクエストですな。腕が鳴りますぞ」


「うむ、ここまで鍛錬してきた成果を見せる時だな」

 くまぽんとゲオルグの会話も緊張感が漂っている。


 さすがに不安になってきた。


「なんでたかが苺狩りにこんなに物々しい雰囲気になってるんです? モンスターの巣でもあるんですか?」

 隣のシナモンに聞く。


「…そっかぁ、アンジェラちゃんはまだ知らなかったか、この世界の野菜や果物はね、生きてるのよ」

 シナモンが答える、それはそうだろう。生きているから育って実がなるのだし…。


「違うからね」

 こちらの考えを見透かした様にシナモンは言う。


「植物なのに生きて動いて生活してるって意味。キャベツなんて渡り鳥みたいに空飛んで大移動するんだからね」


 いやいやいや、いくら私に学が無いからって、それは流石に人を馬鹿にしすぎだと思う。


 いや待て…。


「少し心当たりがあります…」


 確か以前顔を青く腫らした農民を治癒した時に「ジャガイモにやられた」って笑ってた事があった。

 その時は『浮気がバレて奥さんに殴られた』とか何かの隠語だと思ってたけど、文字通りジャガイモが跳ねて暴れて人に害を成したのだとしたら…。


「まぁ、ボクも空飛ぶキャベツをこの目で見るまでは信じられなかったけどね」

 シナモンはそう言って笑う。本当にとんでもない世界に来てしまったものだ。


 苺の群生地に到着した。まるで人の手で作られたかのようにきっちりと並んだ畝に苺の蔓が生えている。

 見た目は全く普通だ、これらの苺が害がある様には思えない。むしろ大粒で凄く美味しそうだ。思わず1つ摘み食いをしてしまいそうに…。


「アンジェラちゃん、危ない!」

 シナモンの悲鳴、真っ白になる視界と耳をつんざく爆音、火薬の匂い…。


「大丈夫?!」

 シナモン他全員が血相を変えて私に殺到する。

 私はと言えば無意識のうちにディバイン・ガードを展開していて無事だった。

 その上でバツの悪い「ハハ…」という乾いた誤魔化し笑いしか出なかった。


 私の安全を確認し周囲に安堵のため息が漏れる。


「もぉっ! 何でいっつも最初に突っ込むの?! ダメでしょうっ!!」

 シナモンに怒られた。これは弁解しようも無い。


「ご、ごめんなさい… 美味しそうだったのでつい…」

 しかも日に1度しか使えない虎の子の神の加護を自分の為に使ってしまった。神官としてかなり情けない有様だ。


 この世界の苺は収穫される気配を感じると、実が破裂して外側に張り巡らされた種子がそれこそ散弾の様に周囲に撒き散らされるそうだ。

 その威力は大粒の物になると上級魔法にも匹敵するらしい。

 つまり我々は『地雷原の中で収穫作業をしなければならない』という事なのだ。皆の緊張も当然の事だった。


「んじゃー班わけするよー。ボクとくまぴーとゲオっちがA班、ミラ達とウィズさんとアンジェラちゃんでB班ね」


 戦士、盗賊、魔術師を各班に1人ずつ入れてある。シナモンとゲオルグは回復魔法を使えるので、A班の回復は自分達で行い、B班の回復を私が担当する、という形だそうだ。


 作戦はこうだ。まず魔術師が『催眠スリープ』の魔法で苺を眠らせる。

 次に盗賊が眠っている苺の実を切り落とす。この際、周りの実を起こしてしまわぬ様に細心の注意をする事。

 実の眠っている時間は数秒しかないので、もし盗賊の行動で爆発しそうな時は戦士がカバーに入って爆発を受け止める。

 怪我をしたら回復魔法で治す。


 作戦の肝は『如何に素早く実を切り落とすか』で、シナモンとミラの手腕にパーティの命運が掛かっていた。

 ちなみに根っこから切り離す作戦は、根が切られた時点で全ての果実が破裂するので使えないらしい。

 確かにこれは『狩り』だ。一歩間違えばこちらが狩られる可能性のある狩りだった。


「それじゃースタート! 皆様ご安全に!!」


 シナモンの掛け声で作業を始める。

 くまぽんとウィズさんがスリープの詠唱を始める。シナモンとミラが構える。ゲオルグとクリルは両手に盾を装備して鉄壁の構えを見せる。

 私は全員に『祝福ブレッシング』をかける、お守り代わりにはなるだろう。


 2人の詠唱が終わる、苺が本当に寝たかどうかは傍目からでは分からないので、近づいて確認するしかない。

 もし術に抵抗されていたら、近づいた盗賊が蜂の巣になる。


「セーフ!」とミラ。

「アウト!」とシナモン。


 同時に身を翻すシナモン、そのカバーに入るゲオルグ、息の合った連携だ。

 ゲオルグが盾を構え直すと同時に数個の苺が破裂、盾のおかげでかなりの損傷は抑えられたが、ゲオルグも無傷では無かった。


 ミラの方は恐る恐るではあったものの1個目の収穫に成功していた。

 その後でA班の爆発を見て、目を丸くして固まってしまった。

 ミラがクリルに縋るような視線を投げる。『これマジやばいよ、どうしよう?』という顔。

 クリルは『やるっきゃないでしょ』という顔でミラに頷く。

 ウィズさんは『たはは…』と苦笑い。


「なんと、吾輩の術に抵抗するとは?!」

「くまぴードンマイ! 次は頼むよ!」

 一方A班のやり取りは軽かった、ゲオルグは無言で自分の怪我を治す。

 今の段階では私にこれ以上の仕事は無い、祈って見守るだけだ。


 第2ラウンド、A班は無事に収穫したが、B班は切り取った際に苺をお手玉して落としてしまう。


 強い衝撃を与えても爆発する、今度はクリルが爆破を受ける。クリルの怪我は浅かったがミラの心が折れてしまった。


「もぉ無理ぃ、怖すぎるぅ~」

 涙目で訴えるミラをクリルがたしなめる。私はクリルを治療する。


「大丈夫だよミラ、私が絶対守るから。それに最悪アンジーもいるんだからさ」


「でもぉ…」


「でもじゃなくて根性見せなよ。どうせアンタ1回死んでるんだから、1回も2回も変わらないよ」


「えー? それ酷くない?! それに前に死んだ時にエリス様に蘇るのは1回だけって言われてるんだよ?」


「それはただの夢だから」

 付き合いが長いだけあってクリルはミラの扱いが上手い。


 聞いた話によると、落ち着いたクリルよりも賑やかなミラの方が1ヶ月ほどお姉さんだそうだ。

 隣同士の家に生まれ、いつも一緒に育ってきた、お互いに相手の母親の母乳を飲んだ事があるというほど家族ぐるみで仲が良かったらしい。

 小さな頃はお転婆なミラが大人しいクリルを連れて暴れまわっていたそうだが、いつの間にか落ち着いたクリルがミラを操縦する様になっていった、との事だ。


 そういう幼馴染って何か良いなって思う。

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