第7話 新戦士

 お騒がせ男も新米冒険者だったようだ。そのまま奥へと進み登録作業を始める。

「はい、ゲオルグさんですね。筋力の値が特に高いですね、肉体系全般が高めなので前衛職なら何でもこなせると思いますよ」


 受付嬢の新人評を聞く限り有望そうな若者である。

「戦士で」一言だけ答える、またも既視感のある光景。


 彼はそのまま1人で空いた席に着き、大きなため息をついた。

「アーシャ、待っててくれ。アカツユクサの花が咲く頃には君を迎えに行くから…」


 何だか1人でブツブツ言い始めた、くまぽんとは違う方向性で絡みづらそうだ。

 ギルドの中でも『ヤバい人来ちゃったんじゃないの?』的な重い空気に包まれる。


 そんな中で1人鼻息の荒くなっている者がいた、シナモンだ。

「来たよ来たよーっ! ニーズに合ったイケメン来たよっ!」

 大喜びでアンジェラの背中をバンバン叩いてきた。


「え?」

 シナモンを見る。シナモンはくまぽんと新しくやってきた戦士を交互に見比べてやたらにニタニタしている。


「どうしました? シナモン」

 明らかにシナモンの様子はおかしい、変な物でも食べたか?


「ねぇねぇアンジェラちゃんはどっちが良い? ボクとしてはくまのヘタレ受けで…はっ!」


 どうやら今、正気に戻ったようだ、言っていた事の半分も理解できなかったが、実はこの人も残念な人なのかも知れない。


「え、えーと…そうよ! 戦士よ戦士! 彼なんか丁度いいんじゃないかな?」


 シナモンは一体何を言おうとしてたんだろう?気にはなるが今は前衛職不足問題だ、確かに能力値の高そうな戦士が仲間になってくれれば助かるが。


「でも彼、大丈夫なんでしょうか? 彼女さんと別れて心ここに在らずって感じですけど」


「女なんてどうでもいいのよ」

シナモンが冷たく言い放つ、あれ? 何か人が変わってませんか?


 シナモンが男の方へ向かい何やら話しかけている、あまり和気藹々といった雰囲気では無かったがやがて2人で連れ立ってこちらのテーブルに戻ってきた。


 如何にも戦士です、という体格に革鎧、長剣と丸盾で武装している。

 くまぽんは美形と言えるタイプの線の細いイケメンだが、こちらは『おとこ!』というタイプの汗臭い系の無骨なイケメンだ。


「俺はゲオルグです、新米戦士ですがよろしくお願いします」

 男は頭を下げる、礼儀正しい点は評価したい。


「アンジェラです。エリス教の神官です、よろしくお願いします」


「我が名はくまぽん! 紅魔族の風使いにして深淵の探求しゃ…」

 ジロリ、アンジェラの視線を感じてくまぽんは言い淀む。


「探求… は今ちょっとお休みしてるけど、偉大な魔法使いだ!」


「ボクはシナモン! 盗賊で腐敗の求道者だよ! よろしくね!」


 ん? 何の求道者だって? 何か引っかかるがとりあえず4人になった、構成バランスも良さそうだ。


 改めて受付にクエスト受諾の報告に行く、明日の正午に共同墓地近くに新設されたダンジョンに来てくれ、との事だった。

 そこで監督役の先輩冒険者と合流して試練に挑む段取りになっているそうだ。


「監督役の冒険者って何をするんですか?」

 まずは気になるのはそこだろう。


「前にお話しした通り遊び場では無いのでそれなりの危険があります、そこで助っ人としてベテラン冒険者を配置して皆さんが対処出来なかった罠や敵等をその人に処理して貰うんです」

 インストラクターが居るという事か、万が一の保険としては助かるが、バカにされてる気がしないでもない。


「クエスト目的は当日監督役から発表されます、報酬は6万エリス、終了後に施設の改良について有効な提案があれば適宜追加報酬を出します」

ふむふむ。


「ちなみに監督役のヘルプは無料ではありません、1回のヘルプにつき報酬の3分の1がその冒険者に支払われます、つまり3回助けて貰ったらその場でゲームオーバー、クエスト失敗です。ね? 面白そうでしょ?」

 なるほど、仕組みは分かった。逆に一度も助けてもらわなければ報酬は全額貰える訳だ。


「中の規模は大きくありませんから日を跨ぐことは無いと思いますが、灯りは必要になりますので御用意下さい。監督役の冒険者は現在調整中なので誰が行くかは当日のお楽しみです。では、明日現場直行でお願いしますね」


 もう日も落ちてきた、今日も色々あって疲れたが何より腹が減った、仲間も集まった事だしとそのまま懇親会と移行していった。

 アンジェラ、ゲオルグで食べる派、シナモン、くまぽんで飲む派らしい。


「そう言えばシナモン、前回聞いた時は何となくスルーしたけど腐敗の求道者って何ですか?」

 引っかかっていた事を聞いてみる。


「おぉっとぉ、そこを聞いちゃうかなアンジェラちゃんはぁ」

 シナモンはエールと呼ばれる発泡酒をがぶ飲みし、早くも出来上がっている。


「まぁだアンジェラちゃんには早いかなぁ? あたしが目覚めたのは14の時だしぃ」

 いや自分15歳っス……。

 それに『あたし』って… やっぱりシナモンの時は演技なのだろうか?


「そぉねぇ、もうちょっとしたら教えてあげるわぁ、でもねぇ… ハマったら抜けられなくなるわよぉ! 沼なのよぉ!」

 ベロベロだ。あまり突っ込まない方が良かったみたいだ。


 シナモンは酔った目でゲオルグを品定めする様に見つめる。

「真面目系マッチョかぁ、もうちょいハジけて熱血系かツッコミ系に進化して欲しいところだねぇ」

 そう言ってケラケラと高笑いしてから、バタンと卓に突っ伏して寝てしまった。結局腐敗のナンタラというのは分からず終いで終わってしまった。


 くまぽんは飲んで食べて自慢話をして、というローテーションできている。

 自慢話が3回目のループに入った辺りで仲間たちから相手にされなくなり別のテーブルの冒険者に絡んでいる。

 先方も出来上がっている様で楽しく飲んでいるみたいなので放置継続で構わないだろう。


 ゲオルグは寡黙に料理を食べている、酒は飲まないそうだ。

「あの、差し出がましいようですがゲオルグさんは恋人さんを残して死ぬかも知れない冒険に行けるんですか?」

 本当に差し出がましいと思う、アンジェラは彼らの事情に干渉出来る立場でも何でもない。


 しかしゲオルグは優しい表情で話してくれた。

「俺と彼女… アーシャは幼なじみで小さい頃から結婚の約束をしていたんだ。でも家の身分が違いすぎてね、俺は小作農の息子、彼女は地主の娘、最初から釣り合わないと彼女の家族に反対されているんだよ」

 ゲオルグの瞳には悲しみが宿っていた。


「彼女は家を捨てて駆け落ちしようとまで言ってくれた、でもそれじゃ幸せになれないんだ。家族の誰かに嫌われたり疎まれたりしていたら心から幸せなんてなれる訳ないだろ」


 耳が痛い、心も… 痛い。


「俺は彼女の家族にも祝福して欲しい、だから俺は冒険者として、ひと山当てて地位と財産を手に入れて、胸を張って彼女を迎えに行きたいんだ!」


 なんて真っ直ぐな動機なんだろう、こんなまともな人が自分達の様なヘンテコトリオと組んでて良いのだろうか? と思わずにはいられない。

「冒険者なんて初めてで勝手が分からないけど、君達みたいないい人達と組める事になって、俺は… 幸せだよ」


 ん? 上手く言えないが何かが引っかかる。


「もし俺が志し半ばで倒れるような事があったらアーシャに伝えて欲しいんだ、『愛していた』って…」


 あ、これ死ぬやつだ。


 さっきから聞いてれば俗に言う「死亡フラグ」ワードを連発してないかこの男?


「まぁ、あくまでも用心の為にな」

 そう言ってゲオルグは胸元から木彫りのペンダントを取りだした。


「彼女から貰ったお守りがある限り俺は死なないさ」

 そう言って嬉しそうに笑う。


 あ、これ死ぬやつだ。


 うちのパーティは本当に大丈夫なのか?


 まぁ、もうこれはこれで決まったのだ、決まった事をウダウダ言っても仕方が無い。今は新たな出会いを祝って飲んで食べようではないか!


 ひとしきり食べて飲んで教会に帰る。約束していた午後の奉仕とお祈りをサボったせいでアンジェラが司祭に大目玉をくらったのは仲間たちには内緒だ。

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