第6話 冒険の準備

 さて、運ばれた蛙肉の骨付き唐揚げに似た料理を手掴みでかじり付きながら考える。仲間と装備か…。


「わぉ、アンジェラちゃん意外とワイルドぉ」

 シナモンが冷やかしてくる、しまった、もう少し上品にしなくては… 油断して考え事などをしているとついついガサツな素のキララが出てきてしまう。


「あ、いえ、考え事してるとつい… すみません」


「ううん、良いのよ。そういう油断したアンジェラちゃん可愛いし」

 可愛いとか言われ慣れてないからどう対応すればいいのか困る、何も言えずに顔が熱くなる。


「おぉっ、照れるアンジェラちゃんも可愛いっ! ボクはそういう属性無いかと思ってたけど、何だか目覚めてしまいそうだにゃ」

 何を言ってるのかこの人は。


「我が姫よ、当然吾輩もその冒険に参加致しますぞ、何せ吾輩もレベル1なのですから!」

 くまぽんが登録カードを掲げて言い放つ、自慢出来ることでは無いと思うが。


「それならボクもレベル3だからギリギリセーフだよね、一緒に行っても良いかな?」

 シナモンもカードを掲げる、乗り気のようだ。


 一瞬しか見えなかったが、素早さの数値がとても高く見えた、桁が違っていたのだ。


「はい、ぜひお願いします。シナモンさんと一緒なら心強いです」

 嘘では無い、シナモンは頼れるお姉さんとして彼女の中で確立していた。


「ただのシナモンでいいよ、これからは仲間なんだから」


「…はい、シナモン…」

 仲間か。いい響き、憧れていた言葉だ。


「我が姫よ! 吾輩も心強いでありましょう!?」

 くまぽんが迫り寄ってくる、実力はあるのかもしれないが未だ未知数だし正直絡みづらい。


「は、はい、くまぽんさんも適当に頑張って下さい…」


「て、てきとう…」

 ショックを受けたくまぽんが椅子に座り込む。

 言い過ぎただろうか? まぁ、落ち着いたら後で謝れば良い、今は当面の問題に当らねば。


「これで3人、あと1人か2人メンツが欲しいねぇ」シナモンが唸る

「出来れば前衛で壁になってくれる戦士か騎士が望ましいけど、今はフリーの戦士は居ないねぇ」


 戦士か騎士… そう言えばエリス様が言っていた。

「あの… ダクネスさんって騎士様が居るって聞いたんですけど、その方じゃダメですかね?」


「あぁ、ダメダメ、確かあの人は上級職だからレベル制限でアウトだよ、それに今は別のパーティで活動してるし」


(街の壁を壊したりとか痴漢が仕切ってるとかあまりいい噂は聞かないパーティなんだけど…)

 まぁ敢えて悪い事を言う必要もあるまい、シナモンは情報を規制する事にした。


 そうなのか、残念だ。エリス様推薦の騎士と轡を並べてみたかったがそれはレベルを上げた後の話になりそうだ。


「とりあえず武器屋にでも行って装備を整えたらどうかな? 外の空気を吸えば気分転換も出来るだろうし」

 シナモンが提案する、確かに色々と考えなければならない事が多すぎる、気分転換は必要だろう。


 まだショックで机に突っ伏しているくまぽんを置いて二人で武器屋に向かう。

 武器屋と言っても武器だけを扱っている訳では無い、防具も扱っているし諸々の消耗品も扱っている、言わば冒険者向けの何でも屋だ。


 シナモンの見立てで革製の防具を購入する、盗賊らしく動きやすさを重視したセレクトだ。

 剛性の革の胸当て、革の盾、革のフードを用意した、フードはエリス様のフードを模した可愛いデザインになっており大変気に入っている。


「武器はどうする?」

 シナモンに問われ暫し考える、正直シショー以外の武器を使うつもりは無い。

 かといってやたらにシショーを振るって『鬼キラ』を再現するのも異世界での新生活に相応しく無い。


 結局前線には出ない前提で最初に持っていた木の杖で護身だけ行う、という話で落ち着いた。


「そしたらキミに攻撃が行かない様にボクも頑張らなくちゃだね、ボクも盾でも新調するかな」

 シナモンにも出費を強いてしまうのは申し訳ない気がするが。


「あの、すみま… いえ、ありがとうございます。付き合って頂いて」


「気にしない気にしない、それにボクの鼻が『キミと居ると美味しい思いが出来る』って告げてるからね、情けは人の為ならずだよ、気分転換は出来た?」


「はい!」

 少なくとも漠然としたモヤモヤは晴れた様に思える。

 さて、買い物タイムは楽しく終了したが、肝心の仲間集めは難航中だ。


 シナモンによると特殊な修行や勉強を必要としない分、冒険者の中で戦士の割合は最も高いらしい。

 そして前線で敵の攻撃を受ける率も上がる為にその損耗率も同様に激しいらしい。


 アクセルの街は『駆け出し冒険者の街』とは言うがその平均レベルは10前後であるそうだ。

 レベルの低いうちは成長も早く、2~3レベルはあっという間に駆け抜けてしまうらしい。


 つまり低レベルの戦士と言えども常に供給が足りている訳では無いという事だ、これは手詰まりではないか?


「3人で行くわけにはいかないんですか?」


「うーん、仕掛けの類ややり過ごしてどうにか出来る敵なら良いけど、逃げ場の無い場所で正面対決しないといけなくなったら辛いかな?」

 そうか… 重い気持ちに戻ってしまったままギルドに帰ってきた。


 ギルドの扉を開く、その瞬間何故か外から突風が吹き込み、給仕娘や女冒険者の短いスカートを翻していった、黄色い声が上がる。


「何か今日は変な風来てない?」


「だよねー、妙に足元狙ってくるような」

「まだ春一番には早いよね?」

 女達の会話が耳に入る、嫌な胸騒ぎがするのは何だろう?

 先程のテーブルに戻る、くまぽんはまだ立ち直ってないのかそのまま寝てしまったのか卓に伏したままだ。


 声をかけようとした刹那、卓の下でくまぽんの指が動くのが見えた。

 丁度別の冒険者のパーティが退出しようと扉を開けた時に「ウインドブレス」と小さく聞こえたのを彼女は聞き逃さなかった。

 再び突風が店内に吹き込み、女達の嬌声があがる。


「…何してんの?」


 殺気を含んだ声にくまぽんは体を伏せたままビクッと震わせる。ガバッと起き上がると

「こっ、これはこれは我が姫、お帰りお待ちしておりましたぞ!」慌てた様子で取り繕う。


「これは、その、吾輩の二つ名の通りに深淵の探究をですね、その…」

 目が泳いでいる。


「…その『深淵』っていうのは女の子のスカートの中にあるんですか?」


「うわー、くまぽんサイテー、エロ残念系なのねー」

 シナモンも棒読みで参加する。


「ち、違うぞ! 吾輩はあくまでも深淵のだな…」


 狼狽えるくまぽん、さて、どうしてくれようか。

「大体、私と初対面の時もいきなりスカート捲りでしたよね?あれも『深淵の探究』だって言うんですか?」


「そ、それはその、あの時は吾輩も旅の仲間を探してて話の切っ掛けにでもなれば、と思って…」


「それでいきなりスカート捲りとか小学生ですかっ?」

 怒りと言うより呆れてきた。


「ゴメンなさいっ!」言葉と同時にくまぽんは椅子から飛び降り、とても見事な土下座を披露した。

 はぁ、この男はもう基本的にバカなんだな、知力が高いとは一体何なのだ?


「とにかく、以後『深淵』禁止です! いいですね?」


「は、ハイ…」

 消え入りそうな声。


「声が小さい!」


「い、イエス、ユア、ハイネス!」

 くまぽんは直立不動から右手を大きく掲げたドイツ式敬礼のポーズで答える。


 それらのやり取りをシナモンは興味深げに観察していた。

「エロ残念系イケメンかぁ、これで熱血系のイケメンでも来てくれればなぁ…」眼鏡の奥が怪しく光った。



「お願いゲオルグ、私を置いて行かないで!」

 ギルドの入り口の方で女の声がした。


「分かってくれアーシャ、俺には夢があるんだ。必ず高名な冒険者になって君を迎えに行く、それまで待っていてくれないか?」


 寸劇でも始まったのだろうか? 男女の情熱的なやり取りが聞こえてくる。


 女の方は鼻の高い切り立った美人だが針金の様に細い体をしている。男の方は逆に彫りの深い顔と全身のがっしりした骨格を見て取れる、対象的な組み合わせだ。


「私より冒険が大事なの?」

 女は泣きながらよよとくず折れる。


「このままでは一緒にはなれないんだ、絶対生きて帰ってくる、その時は… 結婚しよう!」


「あぁ、ゲオルグ!」


「アーシャ、愛してる…」

 そう言って男は女を抱きしめる、折れてしまうのでは無いかと思われる程にたおやかな女の体はしなやかに反りその腕は男の首を抱きしめる。


 ドラマ等で見ているのなら感動的なシーンなのだろうが目の前で長々と見せられると何故か苛立ちしか覚えない。


「…爆発しろ」

 店内の誰かが呟く、まったくだ、という賛同の声も聞こえた。


「…あの頭のおかしい爆裂娘は今居ないのかよ?」


「…頭のおかしい爆裂娘は今クエスト出てるみたいだぜ」


「…必要な時に居ないんだから使えねぇ奴らだ」


 誰の事を言ってるのかよく分からないがギルド中の冒険者の心が一つになった瞬間だ。この心の連携を成した今なら魔王も倒せるのではなかろうか。


 どうやらメロドラマは終了したらしく女は大きく手を振りながら男を送り出す。


 男も必死で涙を堪えつつギルドの中へと足を踏み入れた。

「よぉ、兄ちゃん、見かけない顔だな…」

 既視感のある光景が見えた。

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