第5話 冒険者ギルド

 教会の朝は早い、日の出と共に起床し掃除や洗濯を終わらせる。

 野菜のスープとパンという朝食の後は司祭によるエリス教の経典の講義だ。


 基本的には凡そ想像していた通りの「汝の隣人を愛せよ」系の教義であった。

 生者を尊び愛する事を旨とし、戦いになっても自衛に努め、追い払うのみにとどめ殺生を控えよ、という事らしい。


 一方で悪魔や魔物といった『この世ならざる者達』に対しては断固として撃滅すべし、『悪魔滅ぶべし』という事だから何とも極端な教義である。

 つまり悪魔族相手なら存分にシショーを使っても構わない、いやむしろ使用推奨だったという事だ。


 100点満点中の15点の謎が今解けた、エリス様も酔狂でシショーを強化した訳では無いという事か。


 またエリス教と勢力を二分する宗教「アクシズ教」の事も聞いた。

 彼らはエリス教を邪教と信じ、エリス教徒に対して何かと邪魔や嫌がらせをしてくるそうだ。


 昨夜も夜明け前に家庭ゴミをエリス教会の前に放置していった者がいるらしい。確証は持てないが十中八九アクシズ教徒の仕業だろう。


 まぁエリス教の信望者の方が圧倒的に多いので世間一般の認識では「アクシズ教? あぁ、あの頭のおかしい人達ね」という事に落ち着いてるらしい。


 色々勉強すると意気込んでいたが初日で飽きてしまった。飽きっぽい性格に加えて元々勉強は嫌いなのだ。


 生前は明け方に寝て昼頃に起きてくる生活の長かった彼女には早寝早起きも性に合わない。

 勉強するとは言ったが、ここでこのまま尼になるつもりは毛頭無いのだ。


 午後は街への奉仕活動とお祈りの時間らしい。

 せっかく街中に出られるのなら冒険者ギルドにも顔を出しておきたい、冒険者登録しない事にはクエストをこなしても報酬が貰えない。霞を食って生活できない以上、生きていく糧は必要なのだ。


 冒険者ギルドは街の中央にあるらしい。なんでもギルドを囲むようにして警察だの裁判所だのが建っているそうだ。

 建物はすぐに見つかった、町人とも兵士とも違う独特な装束や武装をした人達『冒険者』を目で追っていけば簡単だ。


 外見は店と言うよりも屋敷といった佇まいで正面にギルドの紋章だろうか? 鳥をあしらった様な大きな盾が飾られている。


 巨大な両開きの戸を開けて中に入る、間もなくモヒカン頭にハーネス鎧を身に着けた屈強な荒くれ男に野太い声を掛けられた。

「よぉ、お嬢ちゃん、見かけない顔だな。パパでも探しに来たのかい?」


 なるほど、新入りに探りを入れてくる輩か、この手の奴は何処にでも居る。

 前世ではこの様な時は舐められない様に最初にガツンと一発お見舞して自分の存在をアピールするのが定石だったが、


「冒険者になりたくてこの街に来ました、よろしくお願いします」

 一旦引いて様子を見る。


「あ、アンジェラちゃんだ! おーい」

 手を振りながらシナモンがやって来る。


「ほぉ、アンジェラって、お前さんがあの噂の聖女様かい? こいつぁ驚いた!」

 荒くれ男はニヤリと微笑むと嬉しそうに大声を上げた。

「ようこそ地獄の入口へ! ギルド加入の受付ならあっちだぜ」


 そう言って店内へ向けて親指を向ける、店内は幾つかの冒険者グループが食事をしたり酒を飲んだり談笑したりしている。

 そしてそのほとんどがアンジェラに興味と警戒の入り交じった思惑の視線を向けてきていた。


 シナモンが彼女の肩に手を回しながら言う。

「キミ、噂になってるよぉ。『己の命を削ってまで瀕死の男を助けた』天才プリーストか、はたまた聖女様か? ってね」


 聖女様は本当にやめて欲しい、前評判が大きくなればなるだけ実態との差が惨めに現れて幻滅されるだけではないか、昨日倒れたのはただのガス欠であって命を削るとか大袈裟すぎる。


「おぉ、我が姫、お待ちしていましたぞ!」


 …また面倒くさいのが来た。


「このくまぽん! 姫の衛士となるべく昨日早速冒険者として登録を済ませております!」

 そう言ってくまぽんは免許証の様なプレート を見せる、そこには彼の冒険者としての能力の値が細々と記載されていた。


 知力、体力、素早さ、時の運等々が数字で表されている。

 例えば体力3でどの程度の事が出来るのかはよく分からないが、くまぽんの場合は魔法使いというだけあって知力の値は他の数値の二倍程の数値が書き込まれていた。


 こっちこっちとシナモンに手を引かれアンジェラは冒険者ギルドのカウンターの前に来た、受付嬢のルナが待機している。

「いらっしゃいませ、貴方が噂の聖女様ね、ようこそ冒険者ギルドへ!」


 胸!! 何だこの女の胸は? 両手で支えきれないほど巨大なのに隠すどころかわざと見せつけようとしているのか?

 少し動いただけでポロリといってしまいそうな微妙なバランスの着こなしから目が離せない、と言うより少しでいいから分けて欲しい。


「あの?」

 受付嬢がカウンターから声をかけてくる、固まってしまっていたようだ。

「冒険者登録には手数料として1000エリス掛かりますが大丈夫ですか?」

 その程度の金なら十分にある、エリス様に感謝。


「ではこちらの水晶に手をかざして下さい」

 奇妙な時計の様な装置に言われた通りに手をかざすと、何やら中の機械の様なものがシャカシャカと動きだし、下に置かれたプレートに次々と情報を書き込んでいく。

 やがて全ての書き込みが終了しアンジェラの冒険者登録カードは完成した。


「はい、アンジェラさんですね。ふむ、素早さ関係が随分高いですね、筋力は人並みですがそれでも成人男性並ですから、この歳の女の子としてはかなり高いですよ」

 受付嬢がプレートに書かれた情報を教えてくれる、さっきまで騒がしかった周りが今は静まり返っているのは『噂の聖女様』の力がどの程度なのか店中の皆が聞き耳を立てている為だろう。


「後は… 普通ですねぇ。この数値ですと職業は一般の方なら文句無しに盗賊か格闘士をオススメしていますが…」


「…神官で」

 無表情で言う。つまり自分の能力は別段神官に向いている訳では無かったという事だ。知ってた、だからショックも受けてない。

 知力が低い、と言われなかっただけでも儲けものだろう。


「そ、そぉですよねぇー…」

受付嬢も何かを感じたのか、空気を読んで愛想笑いを貼り付ける。


「でも素早さは回避力に関わるのでどの職業でも必要になりますから高いに越したことはありませんよ」

 要らないフォローをありがとう。


 周りの冒険者達の雰囲気がガッカリムードに包まれる、期待の聖女様は期待していた大物では無かった、はい解散解散、そんな感じだ。…何この空気? これアタシが悪いのか?


「あ、でも何ですかこのスキル? 回復系や支援系の魔法が軒並み習得済みになってますよ。スゴい! こんなの初めて見ました…」


 ルナの言葉に一気に店内の雰囲気が変わる、やっぱり噂の聖女様は凄い奴なのか? ガヤガヤと喧しくなる、聖女様の本質を巡って本人抜きであちこちで討論会が始まったようだ。


 スキルに関しては転生特典とも言うべきものなのでエリス様の力だ、本人の力は関係ない。

 自分アンジェラはレベル1の神官、それ以上でも以下でもない、レベルが上がれば転職して別の職業に就きそれに応じたスキルが覚えられるらしい。


 将来的には回復や支援をしながら前線で戦えるスタイルとか出来るかもしれない、神官一辺倒も悪くないが、それはそれで夢が拡がるではないか。


「登録カードが出来たならいつでも冒険に出られるよ、なにかクエスト見てこようか? その辺座ってなよ」

 シナモンがそう言って依頼状の貼られた掲示板に向かって行く。


 近場の空いてるテーブルに着く、そして何故かくまぽんもさも当然という顔で席に着く。


 給仕の娘が注文を取りに来たので軽く肉料理を注文する、世話になっておいて言いづらいのだが教会の食事は淡白で量も少なくて物足りなく感じていたのだ。

 自分は育ち盛り、重ねて言おう、育ち盛りなのだからもっと栄養を摂らなければならないのだ。


 貰った冒険者登録カードをしげしげと眺める、この薄っぺらい板きれに『アンジェラ』の全てが記録されているそうだ、有事の際の身分証も兼ねてるらしいので紛失する訳にはいかない。


「うーん、初心者向けの低難度クエストは今出てないねぇ」シナモンが渋い顔をして戻ってきた。


「最近は冒険者さん達の頑張りのおかげで街周辺のモンスターも駆除されて平和ですからねぇ」

 注文品を運んできた給仕娘も会話に加わる。


「以前は薬草や珍しいキノコの採取をお願いしたりしたんですけど、危険が無いのならと皆さんご自身で行ってしまうので、それ関係の仕事も最近めっきりなんですよ」

 給仕娘の言葉が重い、それでは…。


「それでは我々はどうやって生活していけば良いのでありますか?!」

 くまぽんがアンジェラの気持ちを代弁してくれた。確かに仕事が無ければ収入が無いし、収入が無ければ食べていけない。


「そうですねぇ、適正レベルの依頼を気長に待つか、ちょっとキツめのクエストをこなすか、あ、街の建設現場で真っ当に働くっていうのもあります。実際冒険者だけじゃ食べて行けなくて副業されてる方も沢山いますよ」


 建設現場で額に汗して働くか、ここの様な飲食店で笑顔を浮かべて給仕をするか、教会での粗食に耐えるか、望ましくない3択である、そもそも自分はそういった肉体労働に雇ってもらえるのだろうか?


「そこでお話しなんですが…」

 先程の受付嬢が話に入ってきた。

「貴方たちにギルドの新企画のモニターをお願いできないかと思いまして」


 話はこうだ、周知の通りアクセル近辺では怪物は駆逐され、初心者向けの討伐系や採取系のクエストは激減した。

 新米冒険者達は新米相当の経験を積めないまま高難易度のクエストに挑戦する事を余儀なくされ、怪我人や死人を増産する結果になってしまっている。


 また、無理な新人投入により全体的なクエストの達成率が下がってきており、ギルドの社会的信用も低下し始めている。

 このままでは冒険者への志願者が減り、ギルドの運営にも支障をきたし、治安の低下やせっかく追い払った怪物の帰還や再繁殖の可能性も出てくる。


 この事態を憂慮した冒険者ギルドでは今回新たに『新米冒険者育成プロジェクト』を発動させたのである。


「…要は練習用のダンジョンを造ったので、そこで探索の基礎や危険の切り抜け方を身につけて欲しい、という企画なのです」

待ち構えていたかの様にルナが話し始める。


「勿論アトラクションでは無くて訓練施設になりますので罠等も本物です。怪我もするでしょうし、最悪死ぬこともあるかも知れません。ギルドとしても報酬… というより初冒険の御祝儀ですかね。も用意しますし、モニターなので運営の向上に有意義なご意見があれば報酬を上乗せします。アンジェラさんなら話題性も有るので是非に、と思ったのですがどうですか?」


 新企画の為の客寄せパンダをしろという事か、だがまぁ条件は悪くないし、そもそも選択肢は多くない。

 断ったら断ったで危険度スタンプが7つや8つ押されている確実に生きて帰れないであろう依頼を受けるしかなくなるのだ。しかし、


「分かりました、そのお話は前向きに考えます、でもまだ仲間や装備がまるで揃ってないのでその後でも良いですか?」

 そうなのだ、冒険は良いが1人では余程の運と生命力が無ければ長く生きられまい。


 キララはずっと独りで戦ってきた、そして無残に殺された。あの時他に仲間が1人でも居ればキララは死なずに済んでいたかも知れない。

 今度は… アンジェラは仲間と共に冒険がしたい、支え合う喜びを今なら分かる気がする。


「はい結構ですよ、とりあえず本日いっぱいまでこの依頼は貴方用にキープしておきますね。あ、あと一党パーティメンバーの上限レベルは3までになりますので注意して下さい」

 そう残して受付嬢は去って行った。

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