水の都の聖女様:4

「っ!?!?!?!」

 あまりの衝撃に声も出ない。慌てて胸を隠してしゃがみこむ。顔が物凄く熱い。

 キョロキョロと周りを見渡す。だ、誰にも見られてないよね…?


「へ、ヘレン?」

 助けを求めようとしたが声がうわずる。ヘレンはまだ閃光の眩惑から回復していなかった。


「…ようやく目が慣れてきました。おや、どうしましたお姉様? 可愛いお尻が丸出しですよ?」


 うぅ、もう泣きそう。


「見てないで助けてよぉ… ねぇお願い、どこかで体を隠せる服か布を探してきて…」

 そこまで言ったところで替えの服が転送されて来た。安心感から一気に体の力が抜けていく。


 いつぞやのパンツの時も死ぬほど恥ずかしい思いをしたが、今回は街中で全裸だ。まるで比べものにならない。周りに他人が誰もいない状況で本当に良かった。


 て言うか、私いま何を着てるんだ? なんだか体の内側から力が湧いて来るような強い魔力の感じはある。


 まず手だが、両腕とも肘まである白い手袋をしている。

 次に下半身だが、同様に膝まであるブーツにピンクのミニスカート。

 上半身はセーラー服を改造した様なデザインの、ピンクと白を主体にした上着を着て、それらの下にはレオタードに酷似した衣装を着ていた。


 最後に顔だが、何より視界が狭い。何か仮面の様な物を装着しているようだ。顔面の上半分を覆うような大きめな仮面だ。『顔を隠せれば』とは言ったが、決してそういう意味じゃ無い。

 髪型はいつの間にかツインテール結びになって、髪色が以前の様な金髪に変わっていた。


 な ん だ か と っ て も 嫌 な 予 感 が す る ん で す が ?


「ね、ねぇヘレン、私いまどんな格好をしてる?」


「う、うーん、そうですねぇ…」


 いつもバッサリ斬って捨てるヘレンが言い淀む。優しい子だからきっと私が傷付かない様に言葉を選んでいるのだろう。


「良く言えばとてもモダンです。個人的には大好きなんですけど、一般受けは難しいでしょうねぇ。強いて言うならめぐみんとかが好きそうな衣装です」


 …あぁ、やっぱりどう見ても美少女戦士系のコスプレをさせられてしまった。

 確かに『何でも良い』とは言ったよ? 言ったけどさ…。

 シナモンめ、帰ったら覚えてろよ…。


「そのハート型の仮面はやや蛇足な気がしますが、正体を隠す意味では有効ですね。あと額の宝石っぽい石が綺麗です。」


 自分では分からないけどハート型なのか… あれ? この仮面脱げないよ? 何か金具が引っかかっている感じではなく、顔面そのものに仮面が貼り付いている様な感覚だ。

 だが力が湧いて来る源はこの仮面であるように思える。これ何なんだ?


「あとお姉様、これも落ちてましたよ」

 ヘレンが足元に落ちていた何かを拾って私に渡してきた。妖鎧ショゴスだ。ゴロツキに絡まれた時にでも落としたのだろう。

 例え有り難みは無くても神器は神器だ、紛失したら冗談では済まされない。

 とりあえず腰にあったポーチに収納しておく。


 しかし、ここに来てどっと疲れが噴き出してきた。もうこれ以上のトラブルはたくさん…。


「おい、この奥の路地で何か急に光ったぜ!」

「女の声も聞こえた気がする!」

「確かめよう! 何か儲け話のネタになるかも知れねぇ」

 誰か来そうだ。こんな姿を見られたら儲け話ではなくて笑い話のネタにされる事必至だ。


 私はヘレンの手を取り駆け出す。いつもより体が軽い。試しにジャンプしてみた。ヘレンを抱えたまま3メートル程の高さに飛び上がる。そのまま壁を蹴り三角飛びの要領で屋根の上まで上がる事が出来た。ナニコレ凄い。


「お姉様…?」

 ヘレンも驚いている。ヘレン自体小柄とは言え女の子1人分の重量はある訳で、それを私は小脇に抱え平然と屋根を走っていた。感覚としてはキャベツ1玉を抱えている位の負荷だ。


 きっとこの仮面を装着している間は身体能力が数倍に跳ね上げられているのだ。そういう魔道具なのだろう。

 屋根を伝い軽やかに街を駆け抜ける。ヘレンを抱えたままでも10メートル近い距離をひとっ飛び出来る。


 外面はあまり良くないけれど、この仮面の魔道具はとても良い物のようだ。

 私はスーパーウーマン気分を満喫しながら、上機嫌で宿屋に帰ってきた。


 …帰ってきたは良いけど、この何かのコスプレみたいな格好のままでは恥ずかしくて皆の前に出られない。

 そう言えば元に戻るのってどうすれば良いんだろう? どうにも仮面が外せないのも気になる。

 いや違う、仮面どころか他の衣服も何かで貼り付いているかの様に脱ぐ事が出来なかった。


 私はヘレンに『シナモンを呼んでくる』事と『部屋にある私の替えの服を取ってくる』事を頼んで屋根の上に待機する事にした。


 程なくして私の服を抱えたシナモンが屋根に上がってきた。

「アンジェラちゃんお帰り。ヘレンちゃんに軽く聞いたけど大変だったみたいだねぇ」


「…シナモンに言いたい事はたくさんありますけど、とりあえずこの服はどうやったら脱げるんですか?」


 服を受け取りながらジト目で不満気に訊く私。その雰囲気を察したのかシナモンは冷や汗を垂らしながら作り笑いをする。


「あの、えっとね… まず落ち着いて話を聞いて欲しいんだ。お願いできるかな…?」


「勿論です。いきなり殴ったりはしないから『知ってる事を全部話して下さい』」


 私は右手の拳を握る。いきなりは殴らないけど、話の流れ如何によっては鉄拳を振るう用意が無い事も無い。


「はい… あのですね、まず元に戻るにはもう一度『アンジェラ・フラッシュ!』と叫べば同様の手順で戻ります…」


 シナモンが泣きそうな顔で敬語になる。私が元ヤンキーだと知っているせいかマジビビリしている様だ。戻る方法は分かったが…。


「さっき変身した時に10秒近く全裸のままだったんですよ? たまたま路地裏で誰も居なかったから良かった物の、もし誰かに見られてたら、私その場で舌噛んで死んでましたからね?!」

 また戻る時にあの公開処刑をされたら本当に生きていけない。


「えーっと、衣装の転送はまず座標を固定しないといけないので、最初はそれに時間が掛かった物と思われます、ハイ。なので何度か使用を繰り返せば時間は徐々に短縮されていくと思われます…」


 何でそういう大事な事を始めに言わないのかなぁ? 絶対に悪意があるでしょ?


「変身する時にいちいち裸になるのは、どうにか直せないんですか?」


「あー、それは無理かなぁ…? 先に向こうからの服をこっちに転送した後で、着膨れている状態の服を向こうに転送してもそのまま素っ裸になっちゃうだけなんだよ。どうしても一度脱いだ後で着る形にしないと… 裸の瞬間を隠す為のフラッシュ機能なので…」


 裸になる事を踏まえた上での追加機能だったのね。便利な魔道具だとは思うが弊害が大きすぎる。


「なるほど。次にこの服は、と言うかこの仮面は何なのですか? 身体能力が凄く強化されました。この仮面だけなら悪くないアイテムでした」


 その言葉にぱぁっと顔を明るくするシナモン。

「そうでしょう!? この仮面はウィズ魔道具店の新たな主力商品候補なんだよ!」


「はぁ、確かに凄い物ですがどういう仕組みになっているんですか?」

 とにかく取り外せない仕様はやめた方が良いと思うよ…?


「これは人気商品の『量産型バニル仮面』のハイグレード仕様でね、ウィズさんが買い込んだ最高純度のマナタイトを使って使用者の身体能力を数倍に…」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 今結構気になるキーワードが乱発されたような気がするんですが…?」


「ん? そうかな? とにかくこの仮面はウィズ魔道具店の社運? 店運? を掛けた物でね、いい機会だからアンジェラちゃんに今回は無料でモニターしてもらおうって事になったんだよ!」


 高純度マナタイトにバニル仮面だと…?

「あの、ちなみにこの仮面のお値段は如何ほどに…?」


「んー、まだ試作段階だから値段はつけられないかな? 原価だけで4000万エリス掛かってるから、多分売りに出すなら6000万は下らないね」


 ろくせんまん、だと? アクセルの街で仮面1つに6000万ポンと出せる人物がどれだけ居るというのだろう? 私には正気の沙汰とは思えないが…。


「服の方はシーリング機能を持たせた新素材を開発してみたんだよ。透明のポリマーで地肌と衣服全体をカバーするなら誰でもあのショゴスを使える様になるでしょ? ボクだってアンジェラちゃんの役に立とうと色々頑張ってるのを分かって欲しいんだ!」


 私の為に、とか言われると何も言えなくなってしまう。シナモンが根っからの悪人じゃないのは初めから分かってはいるのだ。


「まぁ、シーリングの維持に魔力が必要で、使用者から魔力を抜くシステムが上手く出来なかったから、現在は外部電池マナタイトが必要なんだけど… だからこの仮面と衣装の組み合わせは凄く相性が良いんだよ」


「ん? ちょっと待って下さいシナモン、マナタイトって高価な上に使い捨てでしたよね? 仮面のマナタイトの魔力が枯渇したらどうなるんですか?」


「え? そりゃ使い捨てだね」


 …ガラクタじゃねぇか。


「最後にこのファッションは誰のセレクトなんですか? どう見てもアニメか何かのコスプレじゃないですか?」


「あ、ほらアンジェラちゃんって一時期『魔法聖女さま』とか呼ばれてたじゃん? それで思いついたんだよ『魔法聖女プリティ☆アンジェラ』って…」


 お前か。よし、一発殴ろう。


「待って! 話を聞いて、お願い!」

 シナモンが縋るように私に祈りのポーズをする。


「はぁ、もう良いですよ… どうせ『私のイメージアップ作戦の一環だった』とか言ってけむに撒くつもりなんでしょ?」

 その言葉にシナモンが顔を引きつらせる。図星だったのね。


「とりあえず私は着替えてきますから、シナモンはイベント参加者さん達のフォローをお願いします」


「オ、オッケー! …女性陣は今、部屋で休んでると思うよ。男性陣は途中で別れちゃったからよく分かんない。まぁ、夕方のイベントまでまだ少し時間があるから、アンジェラちゃんもお風呂とか入ってくれば?」

 男性陣放置して大丈夫なの…? まぁくまぽん達が一緒なら何とかなるかな?


 それにしてもお風呂か… 気候が暑くなり始めている上に、何だかんだと暴れまわったせいか確かに汗まみれだ。

 せっかくのアルカンレティアなのだからやはりお風呂に入りたい。


 聞くところによると、どこかの大神官アークプリーストが温泉の源泉を全て浄化してしまい、今のアルカンレティアは厳密には温泉が湧いていないらしい。

 その代わりと言うのも変だが、今のアルカンレティアは至る所で聖水が湧き出て、それを沸かした聖水風呂を観光の目玉としているそうだ。

 この世界の人達は一般人も皆たくましい。


 ちなみにこの後、変装玉の座標が定着して全裸タイムが1秒程度になるまでトイレの個室に籠もって30回ほど『アンジェラ・フラッシュ!』と唱え続ける羽目になった。

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