水の都の聖女様:5 Side-A(ngela)
「さぁ! いよいよお待ちかねの『温泉回』だからね! 張り切って行こう!!」
タオルも巻かずに大浴場に躍り出たシナモンの声が山間に響く。誰に向かって何を言っているのか良く分からないが、宿の露天浴場は私達だけの貸し切り状態で、とても解放感がある。
この場にいるのは女5人。私とヘレン、シナモンに加えて、イベント参加者のデイジーさんとレイアだ。
デイジーさんは前述の通り盗賊で、浅黒い肌にマッシブな体格、ドレッドヘアをしている。胸も大きくてハスキーボイス、盗賊と言うよりアマゾネスという印象の洋風セクシー系お姉さん、と言った感じの人だ。
一方のレイアは私と同じアクセルのエリス教会のシスターで、実はかなり付き合いは長い。とても大人しくて虫も殺せない性格だが、なぜか私に憧れて冒険者の道に入った、と言う変わり種だ。でもそれだけじゃないのを私は知っている。
聖職者としては彼女の方が先輩だが、冒険者としては私が先輩だ。彼女のデビュー戦にちょっとだけお世話をした事もある。
歳は私より1つ上の16歳だが、外見は小柄で私や下手したらヘレンよりも幼く見える。ついつい構いたくなる小動物系の可愛らしい顔立ちをしている。
ヘレンとシナモンを連れ立ってお風呂に入ろうと浴場へ向かう途中で、たまたまこの2人に会ったので、同伴を誘ってみた。
シナモンに「ファン対応としてNG」と忠告されたが、女性ながらに私のファンクラブに入る、と言う行動に対してどうしても色々と聞いてみたかったのだ。
しかし、くまぽん達男性陣の姿が未だに見えないのは気になる。シナモンも先程「途中で別れたから分からない」と悪びれずに言い放っていた。
おいこれ大丈夫なのか? ヤバイ事になってないと良いんだけど…。
心配だけど連絡手段が無いから手の出しようが無い。こういう時に携帯電話があれば便利なんだろうね。
シナモンに続き私達も続々と脱衣所から浴場に入る。浴槽から立ち昇る湯気が周りの木々の香りと交わり、露天風呂特有の気持ちの良い空気が頬を撫でる。
私とヘレンは体にタオルを巻き、デイジーさんとレイアは拡げたタオルで前を隠している。
先に入ったシナモンが仁王立ちでこちらに背を向けている。彼女は一糸纏わぬ姿なので形の良いお尻がよく見える。
!!
シナモンがこちらを振り向くや、いきなりその姿が掻き消えた。そして
シナモンがシュッと忍者の様に現れる。手には4枚のバスタオル…。
「やっ!」
「っ!!」
「うぉっ!」
「きゃーっ!」
四人四様の声を上げて各々手で体の大事な部分を隠す。オイコラクソメガネ、何してくれてんのさ?
「ダメだよ、温泉回にタオルなんて無粋な真似をしたら…」
シナモンが怒っている様に呟く。怒りたいのはこっちだ。大体、そのちょくちょく言ってる温泉『回』って何なのよ?
「ちょっとシナモン! いくら女同士でもこれはセクハラが過ぎますよ?!」
シナモンは眼鏡の奥を光らせたまま私の方を向いてきっぱりと言った。
「そもそも浴場にタオルを巻いて入ること自体がマナー違反なんだよ?!」
お、おう… まさかの正論。
「それに何より、この無駄に長い話に付き合ってここまで読んでくれた人達にボク達はサービスしなきゃいけないんだよ!」
…ゴメン、何言ってるか分かんない。
「もっとひっついて色々と百合々々しい事をして! 特にヘレンちゃん、キミには期待が集まってるんだからしっかりね!」
「え? は、はい…」
『ゆりゆりしい』ってどういう意味? とにかく今のシナモンは明らかにおかしい。変な物でも食べたのか、変な物でも憑いてるのか?
ヘレンが横に来て私の脇腹を指で突つく。ひゃんっ! くすぐったい。脇腹弱いのよ、急にやらないで。
「お姉様、
物騒な事を言うヘレン、他の2人も私の考えを窺うように見つめている。…色々試して治らなかったら燃やしてみようか。
「そうそう、良いよ良いよそういう感じ! アンジェラちゃんのリアクションも可愛かったよ、グッド!」親指を立てるシナモン。
あの、全裸コントとかもういいんで、いい加減お風呂に入りませんか…?
「ふぅ~、やっぱり大きいお風呂は気持ち良いですねぇ~」
手足を伸ばしてお湯に
ここだけの話、限りなく浮浪児だった鬼キラ時代には公園の噴水で体を洗っていた事もある。ほんの半年ほど前の事なのに、とても昔の事の様に感じられる。
厳密には温泉ではなくて聖水風呂なのだが、まぁ細かい事はどうでも良い。のんびりお風呂に入ってダラダラと出来るこの時間が重要なのだ。
「単純にアンジェラのファンだってのが大きいけど、あたしには今年で4歳になる娘がいてさ、あの子には一端のレディになって欲しいんだよ。あたしはホラ、こんなだろ? アンジェラをお手本にさせてもらおうかと思ってさ。ファンクラブに入ってれば近寄っても煙たがられないしね」
と、楽しそうに話してくれた。頭に血が上るとすぐ手が出るような女なんかをお手本にしちゃって良いのかなぁ? とは思うけど、それ以上に光栄に思わないとね。
私自身も最初の目標通りエリス様の様なレディにならなければならない。気を抜くとすぐ食っちゃ寝して、ヘレンに叱られる様ではまだまだなんだけどね…。
レイアにも話を聞く。以前聞いた話では、彼女は私が転生した初日、街でくまぽんを蘇生した時に近くに居て見ていたそうだ。その後ガス欠で倒れた私をシナモンとくまぽんが運ぶ際に、教会への道案内をしてくれたのが彼女だったのだ。
「私も単純にアンジェラさんが好きだから。ていうか尊敬してるんです… 『聖女様』なんて呼ばれても、そのプレッシャーに物怖じせずに前に進んでいける人。とっても華奢で可愛いのに男の人みたいな行動力があって、いつも驚かされるんです。そんなアンジェラさんを応援したくてファンクラブに入りました」
うへぇ、照れるぜ。ていうかその理由だと私ったら随分男前で全然エリス様らしく出来てないって事になるよね? それはそれで複雑だわ…。
今回は抽選(?)に漏れてしまったものの、ファンクラブには彼女達以外にも3名の女性がいるそうだ。他の3名ともいずれゆっくり話がしてみたいものだ。
余談だが、クリルとミラも(恐らくは冷やかしで)ファンクラブへの入会を申し込んで来た事がある。2人とはお友達でいたいから丁重にお断りしたけど、今回の様な催しに呼べなくなってしまうので少し寂しい。痛し痒しと言ったところだ。
イベント参加者との交流も進み、のんびりムードで雑談が続く中、
「はいそこ! もっと『ヘレンまた育った~?』とか言ってもっと胸とかお尻とか触ってみようか?! 後ろからはがい締めにして胸を掴んで『バスト計測中~』なんてのも良いね!」
シナモンがまた変なキャラになっている。どこのAV監督だよ。
女同士で風呂入っていちいちボディタッチとかしないっつーの。胸とか尻とか色んな意味でデリケートな所なんて尚更だ。
シナモンとも過去何度も一緒にお風呂に入ってるのに、そんな事した事ないでしょーよ。
「んー? でも冗談抜きでアンジェラちゃんもヘレンちゃんも以前より胸が育ってない?」
え? マジ? ヘレンと顔を見合わせる。お互いに毎日一緒に居るので微妙な変化は分からないが、言われてみればヘレンの胸は育っている様にも見える。
「あまり見ないで下さい…」
顔を赤くして恥ずかしそうに胸を隠すヘレン。
ヘレン、分かってると思うけど抜け駆け禁止だからね? 1人だけ育ったらお姉ちゃん絶交するからね?
私に関してはどうなんだろう? もともとガリガリの痩せっポチの野良犬だった訳だが、この世界に来て住環境や食生活はかなり改善された。
豊かな筈の日本にいた頃よりも、遥かに豊かで人間らしい生活を送らせてもらっている。
改善された食生活のおかげで、確かに女性らしいフォルムになってきている気はする。私にも遅れてきた成長期がやっと来てくれたのかしら…?
「まぁ、アンジェラちゃんは他にもお肉付いてきてるみたいだけどねぇ」
カラカラと笑うシナモン。
太ったってか? 太っただけってか? よーし、この場で決着つけよーか!?
「冗談だよジョーダン! 怒っちゃダメ。今まで足りなかった分が付いてるだけなんだから良い事じゃないさ?」
不穏な空気にデイジーさんとレイアも不安そうに私達を見ていた。
まぁシナモンの言う事にも一理ある。それに私の短気で楽しいイベントを壊してしまったら参加者に申し訳が立たない。
「そう言えばシナモンはとても綺麗なプロポーションしてますよねぇ。出過ぎず足りなさすぎず」
何か秘訣があるなら教えてもらおう。
「まぁ、ボクの場合は盗賊とか軽業師で体が資本だからねぇ。腹筋と懸垂は屋根にぶら下がって小まめにやってるよ」
屋根かよ。そこは真似出来ないけど私も美容の為に筋トレ始めてみようかな?
「…何か外が騒がしいですね…」
ヘレンが呟く、確かに遠くで爆発音の様な音が聞こえる気がする。
「んー、一応覗き対策として『笑って爆ぜるバニル人形』を何体か持ってきて配置してるんだけど、それにしては音が遠いかな?」
シナモンがピョンと壁に取り付いて上から顔を出し外を
て言うか『笑って爆ぜるバニル人形』って何だ?
徐々に音が近づいてきている。シナモンが壁に捕まったまま私の方を向き何かを投げた。
「多分、アンジェラちゃんの出番だよ」
その何かをキャッチする。変装玉じゃん。何でシナモンが持ってるの?
「こんな事もあろうかと脱衣所から持ち出してきてたんだよ」
出た、『こんな事もあろうかと』 …でも勝手に人の荷物を漁らないでよね。
確かに大きな魔力を持った何かが近づいてきている。きっと良くない存在なのだろう。オーケー、察した。私は変装玉を前に突き出し「アンジェラ… フラッシュ…」と呟いた。
30回もやり続けて分かったけど、これ別に叫ばなくても変身出来るんだよね。
変身が完了すると同時に壁が爆破された様に壊れる。立ち昇る煙の向こうに爛々と輝く赤い眼が見えた。
「おんなぁぁぁぁっ!!」
赤い眼が歓喜の叫びを上げる。私は煙の中に飛び込む、こいつが何者か? とか目的は何か? とかには興味が無い。とても分り易い目印を出してくれているのだからそこに飛び込むだけだ。
「天誅ですっ! ゴっっッドブローぉぉっっ!!」
仮面の力で強化された私の燃える拳が相手の顔面の中央に突き刺さる。その衝撃波で周りの煙が吹き飛ばされ相手を視認できた。
若い紅魔族の男で知らない顔だ。紅魔族にしては珍しくプロレスラーの様なゴツい体格をしている。一戦闘こなしてきたのか、結構ボロボロな出で立ちだ。
壁の向こうの花園を夢見て期待に胸を膨らませていた所に、いきなり必殺拳を喰らって、状況を掴めぬまま幸せそうに気絶している。
シナモン以下4名は既にタオルを巻いて避難を開始している。あちらは任せて大丈夫だろう。
壁の外では割と大規模な戦闘が行われていた。その一翼にはくまぽんやゲオルグ、男性のイベント参加者達の姿があった。近くにアクシズ教の神官と思しき人物も居る。とりあえず大きくジャンプしてそこに降り立つ。事情を知りたい。
「くまぽん、一体何が起こっているんですか?」
上空から降ってきた私に対してその場の皆が目を丸くしていた。あ、ヤバ! これ美少女戦士の格好のまんまか…。
「え? 誰? え? その声は姫ですか…? そちらこそ一体何が…?」
「それはいいから! こちらの状況を教えて下さい!」
仮面で隠れているが、今の私は真っ赤な顔をしているに違いない。
「は、はい。我々は今、『魔王』と戦っています…」
な、なんだってー?!
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