水の都の聖女様:3

 昼食を終え、私とヘレン以外の全員は宿屋へ戻る事になった。今度は文字通り全員一丸となってスクラムを組みながらアクシズ教徒を撃退しつつ帰途につくらしい。頑張ってね!


 私はと言うとマリエラさんに呼び止められて、少し話をしてから帰る事になった。思い詰めたようなマリエラさんの表情から大事な話と推測される。枢機卿関係の話だろうか…?


 皆が去って私とヘレンとマリエラさんの3人だけになる。

 この街の教会の建物はそれなりに大きい。昼食中に聞いた話では、以前は何人かの神官が務めていて、きちんと教区司祭も赴任していたのだが、連日のアクシズ教徒たちの襲撃に心を折られたり臓腑を患ったりで1人、また1人と脱落していき、最終的に現在はマリエラさんだけになってしまったそうだ。


 1人でこの街のエリス教会を守っているマリエラさん、ここにずっと1人だと寂しいだろうし不安だろう。何か私に出来る事があるのなら助けになってあげたいと思うのだが。


 …マリエラさんはその重い口を開く。

「ホント聞いて下さいよアンジェラさん! この街の連中ったらですね!…」


 …誰かに愚痴を言いたかっただけみたい。本当にタフな人だ。小一時間ほど愚痴に付き合って私達はエリス教会を後にした。


 宿屋への帰り道、先程は無責任に『頑張ってね!』などと思っていたが、今度は我々がアクシズ教徒がひしめく道を踏破しなければならない。

 力技で押し通るような真似はしたくないので、来た時と同様に顔を隠して影に紛れながら進んでいく。


 当然ルート選択は薄暗い路地裏の方へと流れていく訳だが、そういう場所にはそういう場所に棲み着いた輩がいる訳で…。


「よぉガキ、こんな所に入り込んだら危ないよぉ?」


「へへっ、そうそう。俺等みたいな怖いお兄さんに身ぐるみ剥がされちゃうからねぇ?」


 絵に描いたようなゴロツキに絡まれ囲まれた、数は5人。…さて、どうしたものか?


 腕力に訴えるならこの程度のゴロツキならば同時に3人は捌ける。しかし残った2人がヘレンに向かう事態は避けたい。格闘スキルを取ったと言っても、まだあの子に2人同時に相手出来る技量は無いだろう。


 大人しく金品を差し出すにしても、今の手持ちは1万エリス程で、彼らの『仕事』として満足させられる額ではないだろうし、装備品は宿屋に置いてきた。

 他に目ぼしい所持品は神器と変装玉、エリス様から借りている聖印とシショーくらいだ。勿論これらを渡す事は絶対に出来ない。


 催眠スリープの魔法を魔法拡大マジック・ブラストで眠らせるにしても、二段階の手間を掛ける分の時間が必要だし、囲まれている現状スンナリやらせてもらえるとも思えない。


「おい、このガキエリス教徒だぜ?」


 …しまった。街中では聖印を隠しておかなければならないのに、エリス教会で話した時のまま隠さずに来てしまった…。

 咄嗟に聖印を隠そうとするが、連中の中で一番体の大きい奴に私は襟首を掴まれてしまう。


 私を助けようと動いたヘレンも腕を掴まれて拘束されてしまった。私は掴まれたことで顔が上を向きフードが外れる。


「美少女だ…」

「ロリっ子だ…」

「ピンクヘアーだ…」

「ピンクロリだ…」


 …本当にこの街の連中ときたらどいつもこいつも…。


 毒気の抜かれたゴロツキさん達だが、さすがに潮時だろう。私は私の襟首を掴んだまま固まっている腕を強く掴み返した。

 体格差はあるが、こちらとてそれなりのレベルの冒険者だ。筋力のパラメーターで街のゴロツキに負ける訳がない。


「あいててて…」と手を離すゴロツキ、それを受けてヘレンも解放されていた。


「そこまでだ悪漢ども!」

 路地に男性の声が響いた。声の方に目をやると3メートル程の高さの物置の上にアクシズ教の神官服を着たチョビ髭の中年男性が仁王立ちしていた。


「テレッテテー、テレッテテー!」とヒーロー番組の様な歌を口ずさんでいる。完全に自分に酔っている感じだ。

「とぅっ!!」と物置から飛び降りるオジサン、足首を捻った様な着地の仕方をする。うわ… あれかなり痛いよ?

 負傷を押して立ち上がるオジサン、不敵な笑顔を見せてはいるが顔には脂汗が浮かんでいる。大丈夫ですか?


「くそっ、アクシズ教のプリーストだ!」

「厄介事に巻き込まれる前にずらかるぜ!」

「ああ、ヘンリーみたいにいきなりオッサンにキスされたら立ち直れねぇ!」

 そんな事を言いながら三々五々散っていくゴロツキ達。いよいよアクシズ教という物が分からなくなってきた。


「あ、あの、助けて頂いて…? ありがとうございます…」


 とりあえずオジサンに治癒ヒールを掛ける。このオジサンとも極力関わり合いになるべきじゃないのは分かってるんだけど…。


「いやぁ、善良なアクシズ教徒として困っているロリ、いや市民を助けるのは当然の事ですよ!」


 今『困っている何』って言おうとした?


「むしろ私の方こそ治癒ヒールまで掛けて頂いて逆にお礼しなければなりません。如何です? そこのカフェーでお茶でもしながら語り合いませんか?」


 は? イヤだよ、何が悲しくてアクシズ教団のオッサンと茶をしばかなきゃならんのさ?

「いえ、私達は急いでますのでこの辺で…」愛想笑い。


「そうおっしゃらず、私と『愛』について語り合いましょうよ!」

 オジサンはそう言って私の手を取る。目の色がヤバい。これはさっきのゴロツキよりも厄介な事態になったんじゃなかろうか?


「離して下さい! そもそも貴方は何者なんですか? なぜ物置の上あんな所に居たんですか?」


 私の問いにオジサンは一瞬だけ寂しそうな顔を見せ、それを取り繕うように笑顔を見せた。

「おおっと、これは失礼。私はこの街でアクシズ教の神官をしております…」


「オードル様ですよね? お久しぶりです」


 ヘレンの言葉に固まるオジサン。固まったまま視線をヘレンに向けて

「え、えーっと、君は…?」


「ヘレンです。アクセルでお世話になってました」


「へ、ヘレン? あのちんちくりんのヘレン? え? 何で? あ、髪切った?」


「はい、長いと危険なので切りました」


「へ、へぇー。でも何で君がアンジェラたんと一緒に…?」


 アンジェラ『たん』?


「話すと長いのですが色々とありました。オードル様の事をずっと探していたんですよ?」


「へ、へぇー、それはまたどうして…?」


 オジサンは真っ青な顔で後ずさる。私が一歩前に出る。

「勿論ヘレンの行った詐欺、並びに窃盗の教唆犯としてですよ。オードル司祭、貴方を逮捕します。私達と一緒に来てもらいますよ?」


 このまま宿にいるくまぽんに転移魔法でアクセルの警察まで送ってもらおう。

 オジサン、もといオードル容疑者は一転して顔を赤らめる。


「え…? わ、私を監禁して2人がかりでエロい事をしようなんて、そんな…」


 ちがわい!!


「お姉様、もうツッコんだら負けです。さっさとアクセルに送り返しましょう」

 ヘレンが提案する。確かにアクシズ教徒にツッコむだけ無駄な労力だろう。


 急にオードル容疑者が私達の後ろを指さし叫んだ。

「あ! あんな所でアクア様が宴会芸をなさってる!!」


 何だと?! こんな所でアクシズ教団と揉めているのをアクアに見つかったらまた余計な喧嘩を引き起こしてしまう。

 後ろを向きアクアの場所を確かめる… 居ませんけど…?


「あ! あのチョビ髭オヤジ逃げましたよ!」

 くそっ、古典的な手法に引っかかった。アクアあの人の人となりを知っているが故に過剰に反応してしまった。


 ゴロツキには絡まれるし、アクシズ教団関係者にも絡まれた。すっかり心がやさぐれている私だが、宿屋への道はまだ半ばだ。


 先ほどのオードル容疑者はヘレンはともかく私の事も知っていた。これ即ち『アクシズ教団に私のアルカンレティア来訪がバレている』と言う事に他ならない。

 やはりフードを被った申し訳程度の変装では、すぐに正体がバレてしまうという事なのだろう。


「お姉様…?」


 ヘレンが不安そうに私を窺う。多分同じ事を考えているだろう。私は懐から赤い玉を取り出す。


「これを使ってみようかね…」


 どんな変装になるのかはお楽しみに。とシナモンは言っていたが、最低限今以上に顔を隠せれば何でも良い。

 仮に変な衣装でも今なら路地裏で周りに誰もいない。


 私は玉を頭上に掲げ口を開いた。

「ア… アンジェラ・フラッシュ!」


 掛け声と共に赤い玉からフラッシュの名の通り強い光が解き放たれ私達の視界を奪う。



 …そして私は全裸になっていた。

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