水の都の聖女様:2
ところで私もゲーム参加者として勘定されているのだろうか? 何の段取りも聞いていないので動きようが無い。そもそも私が参加して何の得があるのだろう? グッズとか要らないどころか見たくも無いんだけど?
「お姉様! 私、激レアお姉様グッズが欲しいです!」
…お、おう、そう言ってくると思ってたぜ。でもなぁ…。
私の『気が進まないなぁ』という顔を見てヘレンが悲しそうな顔をする。目の端に涙も浮かんでいる。ねぇ、そこまで欲しい物なの?
「もう、分かったよ! 私も付き合うからそんな顔しないで」
私の言葉ににぱぁ、と笑顔を咲かせるヘレン。そういう子供らしい表情をしているとヘレンはとても可愛い顔になる。普段の仏頂面やめようよ、ね?
と言うかお姉ちゃんはヘレンの女子力の急成長ぶりが怖いんですけど…?
最初のゲームは順位を競うレースだ。早い者勝ちなので参加者たちは貰った地図を手に思い思いに走り出していた。盗賊職の者はシナモン同様に道では無く屋根をルートに定め、神官職は己自身に俊敏さを上げる魔法を使い雑踏に踏み込んで行った。
私も自分とヘレンに支援魔法を使い、2人で走りだした。
「アルカンレティアにようこそ! 泊まる場所は決まってるの?」
「ここのお風呂は凄いのよ! 聖水が湧き出てきてるんだから!」
「アルカンレティアに来たならぜひ一度はアクシズ教の本山にお参りして行ってみてくれよ!」
「名物『アルカン饅頭』買ってって! 今ならおまけ付けちゃうよ!」
地元民が熱心に観光客である私達に声を掛けてくる。美味しそうな露店についつい目が行ってしまうが、今はレース中、寄り道は出来ない。
「キャーッ! 誰か助けてーっ!!」
女の悲鳴に足を止める。寄り道は出来ないが事件ならば話は別だ。
脇道を見ると若い女が髭面の屈強な男に追われているらしい。事情は分からないが暴力沙汰ならば止めさせなければ…。
「あぁっ、そこの方、助けてください! この邪悪なエリス教徒が私に乱暴しようとしているの!」
あ? 『邪悪なエリス教徒』って何だよ…? まぁエリス教徒云々はともかく暴力沙汰ならば…。
「へへっ! 邪神エリスの加護を受けた俺様に対抗できるのはカッコイイアクシズ教徒だけだぜ? お前さんらがアクシズ教徒でないならひっこんでな!」
「あーれー! アクシズ教徒さえ居てくれれば私は助かるのにー!」
女の挙動が一気に怪しくなる。女は懐から何枚かの神を取りだし、
「あら、こんな所に『アクシズ教団入信申込書』が! 誰かがここにサインしてくれればこの男を撃退できるのにー!」
…何だこれ? 宗教勧誘の小芝居だったのか…。
しょうもない事に時間を無駄遣いしてしまった。ヘレンに袖を引かれる。『もう行きましょう』という合図だろう。
無言でアクシズ教徒の2人に背を向けて歩き出すと、2人が追い縋ってきた。
「待って! 今ならアルカンレティア新生記念で入信するとお得な特典が盛り沢山なのよ!」
「そうだぜ! 今入信すれば通常の石鹸1年分に加えてアクア印の焦げない鉄鍋も貰えるんだ。更に邪悪なエリス教団除けのお守札まで付いてくるってぇ大盤振る舞いなんだぜ?」
…もう我慢の限界だ。私は振り向きフードを上げてエリス様から預かった聖印を彼らの眼前に揺らす。
「私はエリス教徒です。私の前でエリス様を邪神などと侮辱する事は許しませんよ!」
シナモンが言ってた「街の人と喧嘩しないでね」というのは恐らくこういう状況の事なのだろう。
当初はトラブル回避の為にエリス教徒だという事は隠すつもりではあったが、こうなってしまっては仕方ない。
私は悪くない。
エリス教徒だと彼らにバレたらどうなるのか? きっと唾を吐きかけられたりするん…。
「美少女だわ…」
「あぁ、美少女様だ…」
あれ? なんか思ってたのとリアクションが違う。
「可哀想に! 悪いエリス教に騙されているのね!」
「そうだぜ! この美ロリっ子コンビを俺達で救わなきゃならねぇ!」
更に熱が入る2人、これもうどうすれば良いんだろう…?
ヘレンが動いた。音も無く女の背後に回り、その延髄に手刀を当てる。
「うっ」と呻いて女が倒れる、男がヘレンに向きあうと同時にヘレンの前蹴りが男の股間を直撃した。
股間を押さえて蹲る男を後に私達は急いで来た道を戻った。
「お姉様、ごめんなさい。アクセルのアクシズ教徒はもっと大人しかったので油断してました」
「ううん、別にヘレンが悪い訳じゃないから。私もまだちょっと混乱してるけど…」
立ち話をしていたら背中に誰かがぶつかってきた。振り向けば私とぶつかった反動か7、8歳くらいの女の子が尻もちをついていた。
「あ、ごめんね。怪我はしてない?」
女の子に手を差し伸べる。その手を取って女の子が立ち上がりニッコリと笑顔を見せる。
「ううん、あたしの方こそよそ見してたからゴメンナサイ」
頭を下げる女の子、良い教育を受けているようだ。
「怪我してないなら良かったよ。お互い気をつけようね」
「うん! お姉ちゃんって優しいんだね。ねぇ綺麗なお姉ちゃん、お名前聞かせてくれる?」
可愛らしく微笑む女の子、その愛苦しさにあんな事があった直後で緊張していた私も顔がほころんでくる。
「良いわよ。私はアンジェラ、この子はヘレンよ。よろしくね」
私の答えに女の子は首を傾げる。
「あんじぇら、ってどう書くの? ここに書いてみせてくれる?」
そう言って1枚の紙を差し出す女の子。
…そこには『アクシズ教団入信申込書』と書かれてあった。
私達は用紙を投げ捨て一目散に逃げ出した。
他にも洗剤だのセミナーだのと色々な誘い文句で群がるアクシズ教徒達。なんとか追手を撒くところまで走り回って私達はようやく息をつく。
「はぁ、はぁ… もう何なの?! アクセルも色々おかしかったけど
「はい… 元アクシズ教徒の私としてもかなりドン引きしています」
ヘレンも青ざめた顔をしている。
「ねぇヘレン、もう宿屋に帰らない? 頭がおかしくなりそう。グッズどうこうは私からシナモンに頼んであげるからさぁ」
「グッズは是非それでお願いします。…でもイベントのゴールにお姉様が居ないのは問題ですよ?」
あぅ… そうだった。仕方なくフードで顔を隠し、道の脇の暗がりを犯罪者の様に隠れて渡り歩きながら、なんとかエリス教会に辿り着いた頃には時刻は11時半を回っていた。
レースは惨憺たるものだった。元々大人しい人達を選考して連れてきた事が仇になったのか、参加者の悉くがアクシズ教徒に捕まって命からがら逃げてきていたのだ。
屋根を伝ってゴールを目指した盗賊のマクソンさんとデイジーさんは共に泥棒除けの網の罠に掛かり、「助けて欲しくばアクシズ教に入信しろ」と脅された。
普通に走っていた魔術師のバングレイさんはいきなり横から飛び出した男にラリアットをかまされて、意識が朦朧とした状態で入信申込書にサインを書かされそうになった所を、同じ参加者の戦士のブレイズさんに助けてもらった。
他にもくまぽん達も含む全員が何らかの被害を受けており、全員が体中の隙間という隙間に入信申込書をねじ込まれ、死んだ目でエリス教会に集まっていた。
「いやぁ、話には聞いてたけどアルカンレティアのアクシズ教徒って凄いね! まさかここまで皆の心を破壊してくるとは…」
シナモンが他人事のように言う。おい主催者、初回のイベントからこんなんで大丈夫なのか?
ちなみにレースの優勝者は私と同じエリス教プリーストのグリーズさん。最初から自分に
賞品の『アンジェラちゃん秘蔵生写真3枚セット』をゲットして、それはそれは嬉しそうにガッツポーズするグリーズさん。
変な写真じゃないかどうか後で確認させてもらおう。
とりあえず皆の疲弊が大きいので、昼食の時間を繰り下げてエリス教会で休憩、と言うか保護を求める事になった。
アルカンレティアのエリス教会を仕切っているのはマリエラさんという若いシスターで、見た感じは儚げな印象すらある大人しそうな美人さんだが、この最前線のような土地でたった1人でこの教会を守っているという、ダクネス様に匹敵する女傑だったりする。
久し振りのエリス教徒の来客という事で、とても喜んで私達を招き入れてくれた。
「貴女がアンジェラさんね、アクセルの噂は色々聞いてるわよ」
『色々』の内容はあまり聞きたくないが、マリエラさんの笑顔から悪印象は持たれていないようには思われた。
昼食はシナモンが辺りの露店から色々と買ってきて、それをマリエラさんも含めた皆で囲んで食べた。シナモンの『超感覚』のチートスキルで群がるアクシズ教徒を避けながら移動出来るらしい。
「それにボクには秘密兵器があるからね!」
そう言ってシナモンは胸元からアクシズ教の聖印を取り出した。
そんな… 確かに前々から『アクシズ教徒みたいな性格してるなぁ』とは思ってたけど、まさか本当にアクシズ教に入信していたとは…。
「違うよ? これはリバーシブルになっててね…」
裏側を見てみるとエリス教の聖印が彫られてあった。
「こうすればどちらの信者にも偽装できるんだよね!」
…この罰当たりめ。
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