水の都の聖女様:6 Side-B(oys)

「我が名はぱよちん! 紅魔族随一の次期魔王候補にして、数多の爆発系魔法を極めし者!」


「我が名はすっぺち! 紅魔族随一のぱよちんの弟子にして肉体強化魔法を操る者!」


 紅魔族の男2人の名乗りに拍手を送るアクシズ教のオードル。アンジェラの手から間一髪逃げ延びてきていた彼は、この様な傭兵を雇ってまでアンジェラ達に復讐するべく襲撃の準備をしていた。


「アンジェラたん… さっき偶然会えた幸運はアクア様のお導きだと思ってテンションMAXだったのに… ファンクラブ会員番号一桁代シングルスで、グッズ購入に150万エリス以上も突っ込んだ僕に対して『何者なんですか?』は酷いよ! 絶対に復讐してやるんだからねっ!」




「…なぁ、俺達どうなるんだ…?」

 ゲオルグがくまぽんに尋ねる。ここはアルカンレティアのアクシズ教団総本部。くまぽん、ゲオルグ、イベント参加者の男性8名の計10名が連れられて来ていた。


「知らんよ、まさに神のみぞ知る、だ」

 くまぽんも口調が固い。額に光る汗は冷や汗だろう。


「そうだな… 神様がアクア神じゃない事を祈るよ…」


 エリス教会からの帰り道、ゲオルグ達は一斉に肩を組みスクラムを組んで街中のアクシズ教徒に対して強行突破を試みた。それに対してアクシズ教徒達もなぜか同様にスクラムを組んで対抗してきたのだ。

 正面からぶつかる2つの集団、取り合うボールも無いのに、ひたすらアルカンレティアの街中で意味も無く行われるスクラム勝負。


 一応荒くれ稼業の冒険者と言えども女性は守らなければならないので、イベント参加者の女性2人(デイジーとレイア)をシナモンに預け、男達は壁になって戦った。

 シナモン達は幸運にも、身軽な盗賊職2名と小柄な少女であったので、男達を囮にそのまま屋根を伝い宿への生還を果たす事に成功した。


 スクラム勝負は当初はこちらが優勢だった。駆け出しレベルが多数とは言え、冒険者と一般市民では力の差は歴然だ。力自慢のゲオルグも居る。しかしこちらが疲労を重ねているのに対して、アクシズ教徒たちは何かの催しだと勘違いでもしているのか1人、また1人とスクラムに加わり次第に押し返してきたのだ。


 人数差が3倍になろうかという頃、膠着していたゲオルグ達とアクシズ教徒の不毛な戦いに終止符を打ったのは、立派な髭をたくわえ、アクシズ教団の司祭服を身に纏った長身の人物の鶴の一声だった。


「騒ぎを鎮めなさい! この勝負、私が預かりましょう」


 静まり返るその場に一抹の違和感と恐怖を覚えながらゲオルグ達はその男を見る。男は幸せそうな笑みを浮かべながら言った。


「やぁやぁ初めまして。私はアクシズ教団の最高責任者ゼスタと申します。どうぞ気軽に『ゼスタお兄ちゃん』とでも呼んで下さいね」


 彼の言葉に従うかの様に周りのアクシズ教徒らはスクラムを離れていく。ゲオルグ達もスクラムから解放されるが、周囲は手に手に入信申込書を持ったアクシズ教徒に十重二十重とえはたえに囲まれている。絶体絶命な状況はあまり好転していない。緊張を隠せないゲオルグ達にゼスタがにこやかに声を掛ける。


「我がアクシズ教団は貴方達を歓迎いたしますぞ、『聖女アンジェラとその御一行』様方。まずは我らが教団本部にご案内しましょう」


ついて来い』とばかりに手を降るゼスタ。逃げ出そうにも既に周りを囲まれて逃げる隙がない。仕方ないがついていくしか無いだろう。流石に招いておいていきなり殺される事はあるまい…。


 ゼスタに案内されたのは教団本部の応接室、多数の椅子が並べられ、奥に等身大アクア像が鎮座していた。天井の明かり取りから十二分に陽光が差し込んではいるが、窓のカーテンは外界と遮断するかの様に閉められていた。


「さぁさぁ、どうぞお掛け下さい。今お茶をお持ちしますので」


 笑顔のままゼスタが勧めるがゲオルグが制止する。

「その前に俺達をどうするつもりなのだ? 何故俺達がアンジェラ一行だと知っている?」


 その言葉に首を傾げるゼスタ。

「はて? 何故も何も『アンジェラちゃんと行くドキワク温泉旅行inアルカンレティア』と横断幕を付けた馬車が、街に何台も入って来るのを見ていましたからな」


 …そう言えばそうだった。顔を赤らめるゲオルグ。

「最初の質問にお答えするならば、そうですな、『あなた方と是非お友達になりたい』のですよ…」

 そう言ってゼスタは不敵に微笑んだ。




「んで、復讐は良いけど俺達は何をすれば良いんだ?」


 すっぺちがオードルに尋ねる。細身の人間の多い紅魔族にあって、大変珍しいプロレスラーの様な大きな体格をしていた。


 すっぺちは紅魔族を憎んでいた。


 紅魔族は魔法に適した能力を持つ種族だが、魔力の流れを外側ではなく内側に向ける事で、己の肉体能力を人を超えた領域にまで高める事が出来る。


 一般的に派手好きの紅魔族は見た目に派手な魔法を好む為、その様な地味な魔力の使い方は好まないのだが、すっぺちは魔力を外に放出するのが苦手な子だった。

 紅魔の里の学校でも適性が無いとされ、半ば無理矢理に初級魔法を習得させられて、追い出される様に学校を卒業した。


 その夜、怒りと悔しさと魔力を込めて八つ当たりをした自宅の壁はいとも簡単に吹き飛んだ。これがすっぺちの覚醒である。

 その後、里でも浮いた存在になった彼は、家を出てあちらこちらへ旅をして、気が付いたら傭兵になっていた。


「なに、貴方達の力でちょっと脅かしてもらえれば十分です。あいつらが泣きを見た所で私が現れるのでやられた振りをして退散していただければ…」


 オードルの言葉に「あぁっ?!」と激昂するすっぺち。

「つまりわざわざ大金を使って本物の傭兵を雇って、こんなチンピラがやる様な小芝居をしろってのか? ふざけてんのか?!」

 オードルはすっぺちに襟首を掴まれ持ち上げられる。涙目になってかぶりを振るオードル。


 そこへもう1人の紅魔族が声を上げた。

「止せすっぺち。こんな楽で安全な仕事で大金が貰えるなら面白ぇじゃねぇか。それに『復讐』ってキーワードも気に入った」


 傭兵団の頭領であるぱよちんだ。大魔術師アークウィザードとしてかなりの腕を持ちながら、盗賊や弓手スキルにも長じているマルチプレイヤーだ。


 ぱよちんは『魔王』になりたかった。


 他の紅魔族が正義のヒーロー志向であるのに対して、ぱよちんは子供の頃から魔王や悪の大首領といった悪側のキャラクターに憧れていた。

『魔王はヒーローが何人も集まってようやく倒せるもの』という認識からか、強さには貪欲になり、同年代の紅魔族の中では並ぶ者の無い実力を身に着けていた。


 しかし、やがてその(なりきり魔王故に見せる)横暴さや凶悪さが里の者達から疎まれ始め、遂には追放される事になる。

 そしてあちらこちらへ旅をして、気が付いたら傭兵になっていた。


 そんな『いつかは紅魔の里に復讐してやろう』と画策していた奇妙な2人の紅魔族が出会って結成されたのが緋の傭兵団クリムゾン・マーシナリィーズである。

 傭兵と言っても現在の世界情勢はほぼ『魔王軍vs人類軍』という形で、人間の国同士の戦いはほとんど起きない。従って彼らも普段は普通の冒険者の様な生活をしていたりする。


『目立つ働きをすれば魔王軍からスカウトが来て、いつか内側から魔王になり代われるかも』というのがぱよちんの密かな野望だ。


「とりあえずその『アンジェラ』って娘の情報を教えてもらおうか…」




「…元々我々アクシズ教団はアンジェラ殿と敵対する気は毛頭無いのですよ」

 ゼスタは笑顔を崩さずに続ける。


「何故だ? アンジェラはエリス教徒でしかも重鎮の大神官アークプリーストだぞ? 俺だってエリス教の聖騎士クルセイダーで…」


 ゲオルグがそこまで言いかけた所で、ゼスタは軽蔑するかの様におもむろに床にペッと唾を吐いた。反応に困り固まるゲオルグ。


「おぉっと失礼、ついいつもの癖で」


 …大体読めてきた。多分、真面目に対応するのが馬鹿馬鹿しくなる理由なのだろう。


「アクシズ教は悪魔や不死アンデッドの様な不浄の存在相手でなければ、全てを赦し包み込む宗教です。エリス教徒とて例外ではありません。増してや相手が合法美少女であるならば、尚更愛さずにいられましょうか?!」

 …やっぱりか、と言う顔で目から光を失うゲオルグ達。


 いち早く正気を取り戻したのはくまぽんだった。

「それで、我々を教団本部なんて所にまで連れてきて、何をさせるつもりなのだね? 『友達になりたい』なんて只の方便だろうと思うが?」


 その言葉にゼスタは目を細める。

「私はこう見えて聖職者です。嘘は申しません。純粋にアンジェラたんとお近づきになりたいのも勿論ですが、今回は貴方達への警告と、身内の不始末の尻拭いも兼ねているのですよ…」


 身内の不始末の尻拭い…? と言うゲオルグ達の疑問の表情に答えるようにゼスタは続ける。


「我が教団に前アクセル支部長のオードルと言う司祭が居るのですが、この男が本日教団の資金を横領して逃亡しましてね。彼はアクセルで貴方達へちょっかいをかけて、結果的にアクセルの街を追われておりますから、貴方達を逆恨みしてその金を使い凶行に及ぶ可能性があるのですよ。私はそれを止めたいのです」


 …確かにヘレンの事件はアクセルのアクシズ教団が関わっていた。リョウとベラによるアンジェラ襲撃事件でも、ベラはアクセルのアクシズ教会の所属だった。それらの当時の責任者が件のオードル司祭である。

 当時はオードルまであと一歩、と言った所まで迫ったのだが、アンジェラ達がアクシズ教会に辿り着いた時には教会はすでに無人だった。


オードルが何をするつもりなのかは、同じアクシズ教徒である私にも皆目見当がつきません。なので私も貴方達と共に行き、アンジェラたんをお守りしたいのですよ」


 その言葉にゲオルグとくまぽんは顔を見合わせる。ゼスタの表情が変わらない為にその真偽も判断しにくい。仮にゼスタの話が本当だとしても、毒を制する為に猛毒を飲む様な真似に他ならないのではないか? とも思える。

 言葉を交わさずとも目配せたけでこれ位の意思疎通は出来る。

 答えは出た、ゲオルグが口を開く。


「警告はありがたく受け取っておく。しかし済まないがアクシズ教徒と組むと後々の方が怖いのでな、ご助力の方は遠慮させて頂きたい」


 その言葉にとても悲しそうな顔を見せるゼスタ、ふらふらと壁に倒れかかる様に歩みを進める。


「そうですか、とても残念です… 私がお供出来れば…」

 ゼスタは部屋のカーテンを一気に開ける。外にはゾンビ映画の様に無数のアクシズ教徒が窓に貼り付いて蠢いていた。その手には漏れ無く『アクシズ教団入信申込書』が握られている。


「この者達から貴方がたをお守りする事が出来たでしょうに!…」

 くっ! と涙を拭うような小芝居をするゼスタ。そう、選択肢など最初から無かったのだ…。

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