水の都の聖女様:7 Side-B(oys)

「この魔道具は『諜々ちょうちょ』といって、覗き… もとい情報収集にとても役に立つのだ」


 ぱよちんが自慢気に1cmほどの虫型ロボットの様な物をオードルに見せる。有効行動半径は100メートル程ではあるが、使用者にその虫の見ている事や聞いている事を伝達する事が出来るスグレモノだ。

 同時に機構的に繊細で脆い造りの為に、湿気が大敵で風呂場を除くには不適切、と言う残念な面も併せ持つ。


「これでアンジェラの行動を探って、先回りして待ち伏せするのだ!」


「素晴らしい! 素晴らしいですぞぱよちん殿!」


 ぱよちん達がプロの傭兵でありながら小賢しいマッチポンプに乗り気になったのはオードルが持参した『アンジェラドキドキ抱き枕』にプリントされたアンジェラの顔を見てからである。


「凛々しさと可憐さを併せ持ってる感じで、こんな娘に平手打ちされたら幸せだろうなぁ」


「こんな細くて小さくて、抱きしめたら折れちゃいそうな娘におねだりされたら、何でも買ってあげちゃうよなぁ」


 と2人は思った。いや違う、口に出して言った。何にしてもオードルの依頼に乗り気になったのは確かだ。


「さぁ、行ってこい、我が下僕しもべよ!」

 ぱよちんが諜々を虚空に解き放った。



「信徒たちにはオードルを見かけたら伝える様に言ってありますから、近くに居ればすぐに分かるはずなのですが…」


 ゼスタを加えて11人パーティとなったゲオルグ達は当て所無く街を彷徨っていた。ゼスタのお陰でアクシズ教徒に絡まれる事は無くなったが、今度は『ゼスタ様が男を何人も引き連れて怪しい事をしている』と言った風な不審者を見る様な、或いは可哀想な人を見る様な目で見られたりしていた。


「なんで俺達は金を払ってこんな罰ゲームみたいな事ばかりやってるんだろうな…?」

 参加者のドルトンが呟く。歳若い戦士の筈なのだが、今日1日で何年も老け込んだ様な顔をしている。


「ボヤくなよ。俺達はアンジェラのファンであると同時に親衛隊でもあるんだ。彼女を悪漢から守れるならそれで本望ってもんだぜ」

 戦士のライクだ。彼はイベント参加者の中では最年長で普段の冒険でも仲間の暴走を抑える役どころだったりする。


 他の参加者達も「そうだぞ」「俺達で守らないとな」とライクを擁護する声が上がる。


「いたたまれんな…」

「あぁ、全くだ…」

 ゲオルグとくまぽんは見るからにやつれていた。



 オードル達が見つからずにいるのは、ばよちんが光学迷彩 ライト・オブ・リフレクションの魔法で市民の目を欺いていたからである。


「よし、捉えた。アンジェラ達は今から温泉に入るらしいぞ」

『諜々』がこっそりと仕入れてきた情報にニヤリとする一同。ただ単に嫌がらせの襲撃をして怪我をさせるよりは、入浴時に乱入して美少女の裸を堪能し、少しでも美味しい思いをしたいのが偽らざる男子の気持ちである。


 そうと決まれば宿の裏側に回り込んで、露天浴場に近づかねばならない。


 この時オードル達3人はこの後に待つ桃源郷を想像したまま暫し固まっていた。周辺警戒も疎かになっていた。


 3人に近づく影があった。7、8歳の少女だ。かつて佐藤カズマとも接触し、つい先刻アンジェラに逃げられた、当たり屋の少女である。

 彼女は石畳をスキップしながら進んでいた。新たな標的カモが現れるのを虎視眈々と狙いながら…。


 何も無い空間のはずだった場所で少女は何かにぶつかって転んでしまう。

「?」凝視すると何も無かった空間が次第にボヤけて捻れて、やがて3人の成人男性が浮かび上がってきた。偽装がバレてそそくさと逃げ出す3人、少女はその内の1人に見覚えがあった。


「オードル様がいたよーーっ!!」

 少女の叫びは隣の街区まで響いた。



「ゼスタ様! オードル様が見つかったってよ!」


「あっちあっち! 南区の『祝水館』って宿の近くだとさ!」


「仲間が2人居たらしいよ!」

 等々… 本当に情報が集まってきた。このゼスタと言う胡散臭い男のホラ話では無かったらしい。


「…嫌な予感がします。急ぎますよ」

 駆け出すゼスタを全員で追いかけた。


 宿の裏手は林になっており、オードル達はそこに逃げ込む事に成功していた。目的地の露天風呂までは凡そ100メートル弱と言ったところか。

 オードルはそこで聞き慣れた声を聞いた。


「待ちなさい、オードル君! 君が何をするつもりなのか分かりませ… いや大体分かりますけど、もうめるのです!!」


「ゼスタ様…」


「それにここのお風呂は、隙間の無い高さ5メートルの壁に阻まれてますから、覗くのは非常に困難なのですよ!」

 何故ゼスタがここの風呂の覗き難易度を知っているのかは謎だが、それは置いといて。


「今ならば君を赦します。アンジェラたんを愛でるなら、堂々と私と共にやろうではないですか!」

 ゼスタの説得が続く、いや正直説得なのか何なのか判断しにくい面はあるが。


「オードル君、アクシズ教教義、第12項…」


 ゼスタがぽつりと呟く、その言葉を聞きハッとする表情を見せるオードル。

「『汝、美少女を愛しなさい。汝、イケメンを愛しなさい。その一瞬の美にこそ喜びは宿るのだから』…」


 オードルの瞳に涙が浮かび、やがて溢れ出す。

「僕は… 僕は…」

 そのまま膝をつき、四つん這いになって嗚咽を上げるオードル。


「なぁ、なんであいつ泣いてるんだ?」


「吾輩が知るか! アクシズ教徒の考えなど分かりたくもないわ」

 ゲオルグの疑問にくまぽんが忌々しげに答える。その場に居るイベント参加者達もくまぽんに同意するかの様に頷いていた。


「だぁーーっ!! お前もう邪魔!!」

 オードルの後ろに居たすっぺちがオードルを蹴り飛ばす。10メートル程飛ばされて、落ちた時に打ち所が悪かったのか、オードルは動きを止めてしまった。


「もう俺達だけでやっちゃうわ…」

 双眸を紅く光らせ、ゲオルグよりも筋肉を隆々とさせたに一同は驚きを隠せない。

 更にその後ろに控えていたもう1人の紅魔族も前に踏み出し並び立つ。


「我が名はぱよちん! 紅魔族随一の次期魔王候補にして、数多の爆発系魔法を極めし者!」


「我が名はすっぺち! 紅魔族随一のぱよちんの弟子にして肉体強化魔法を操る者!」


「我が名はくまぽん! 紅魔族随一の風使いにして、聖女アンジェラの守護者ガーディアンなり!」


 向こうの紅魔族の唐突な名乗りに対し、全く気後れせずに名乗りを上げるくまぽんにゲオルグは密かに感心する。


「あいつ今何て言った?」

「魔王って言ったぞ!」

「なぜこんな所に魔王が?!」

「俺達生きて帰れるのか…?」

 イベント参加者はアクセルの住人である為に冒険者レベルは高くない。断片的な『魔王』と言う単語だけで戦意を喪失して浮足立つ。

 その中にあってゲオルグとくまぽんは冷静に戦闘準備を整える。ゼスタはオードルの治療に向かう。


 すっぺちと名乗ったマッチョ紅魔族がゲオルグに殴りかかる。こちらは一対一タイマンでやるらしい。装備品の一切を宿に置いてきたゲオルグだったが、相手も見た限り非武装だ、条件は五分と五分である。


 ゲオルグはすっぺちの攻撃を腕でガードするが、金属のハンマーで殴られたかの様な衝撃を受け腕が痺れる。紅魔族だけに魔力で増幅されているのだろう、見た目以上の筋力を持っているようだ。


 ぱよちんは火弾ファイヤーボールを唱える。自身の左肩から右肩にかけて半円を描く様に手を動かすとその弧に沿うように5つの火弾が現れる。

 中級魔法と言えども同時にこれだけの数を一度に発現させるのは容易ではない。自称でも『魔王』は伊達ではないらしい。


氷晶獄クリスタル・プリズン!」


 くまぽんの唱えた魔法は瞬時に氷の障壁を作り、飛んできた火弾のうち3つを受け止めた。

 残る火弾は2つ、1つは目標を外れすっぺちの脇の地面を焼く。

 最後の1つが参加者のイクタと言う盗賊の青年に当たると思われた刹那、


反射リフレクション!」

 の声と共にゼスタが乱入し、光の壁が火弾を弾き飛ばす。


 ゲオルグは反撃としてすっぺちの顔面に左右のワンツーパンチを打ち込んだ後に、ボディに渾身のアッパーを打ち込んだ。正確に鳩尾みぞおちを捉えた一撃だったが、すっぺちはニヤリと余裕の顔を見せた。大した痛痒にはなっていない様だ。

 そのままゲオルグに抱きついて鯖折り固めベアハッグを決める。締め上げられて苦しみの声を上げるゲオルグ。


「ファンクラブの人達は避難してくれ! あの紅魔族は冗談抜きで強い!」


 くまぽんも口調を飾る暇が無い。顧客でしかもレベルの低い彼らに怪我でもさせたらイベント主催者のシナモンに大目玉を食らうばかりか、アンジェラの信用も傷つけかねない。シナモンはともかく、アンジェラの為にも彼らは護らねばならない。しかし、今のくまぽんにはそんな余裕は無い。後退してもらうのが正解だ。


呪われし火弾カースド・ファイヤーボール!」

 ぱよちんの次弾がくまぽんに迫る。しかし、


聖光剣ライト・オブ・セイバー!」

 くまぽんの魔法で真っ二つに切り裂かれ、爆ぜた火弾の炎がくまぽんの周りに拡がる。しかし、すでに張られていた風の結界ウインド・カーテンによって炎はくまぽんには届かない。


 林と言えども街中である。ここで反撃の為の火力のある魔法を使っては、幾ら正当防衛だとしてもこちらに咎が及ぶ可能性がある。

 麻痺パラライズくらいしか反撃の手段が無い。


「厄介な事になりましたな…」

 臍を噛むくまぽん。


 締め上げられていたゲオルグだが、頭を大きく振り、すっぺちの鼻先に頭突きをくらわせる。1回、2回、3回目ですっぺちは鼻血を出しながら手を話した。ゲオルグの額にも血が滲んでいる。こちらは額で向こうは鼻なのにも関わらず、だ。


「化物め…」

 ゲオルグは呟く、毎度々々自分の担当相手は化物ばかりだ。その度に己の無力さを痛感して嫌になるが、超えるべき壁は高い方が気持ちは高まる。ゲオルグはそう呟きながらも口角を上げている自分に気付く。


 すっぺちはゲオルグに右ストレートを打ち込む。今度はガッチリとガードしてノーダメージのゲオルグ。聖騎士クルセイダーのスキル、『城塞の構え』だ。

 しかしパンチの衝撃にゲオルグがノックバックされ距離が離れる。肩を突き出し体当たりするべく突進するすっぺち。


 ゲオルグは右手を振りかぶる、同時に打撃に己の生命力を乗せて威力を上げる『血染撃ブラッド・ストライク』のスキルを発動させた。


 すっぺちの突進に体を半身躱して、ゲオルグは綺麗なカウンターパンチをすっぺちの顔面に打ち込んだ。

 カウンターで何倍にも強化されたパンチに、更に血染撃による追加ダメージが加算され、すっぺちの鼻骨を粉砕した。

 しかし、突進による運動エネルギーは、勢い余ってゲオルグを跳ね飛ばす。


 重傷を負ったまま走り抜けるすっぺち、その先は女湯だ。配置されていたバニル人形がすっぺちの足元で幾つか爆発するが、すっぺちはものともしない。

 壁一枚隔てた先には裸の女が待っている。彼の筋力に掛かればこんな壁など飴細工にも等しい。

 全身の魔力を込めて壁を殴るすっぺち、その瞬間威力は炸裂魔法にも匹敵しただろう。


「おんなぁぁぁぁっ!!」


 絶叫と爆音と煙が支配する空間で複数の女達の悲鳴が上がる。その中から現れたのはセーラー服に似た白っぽい装束で身を包み、ハート型の仮面を被った金髪の少女だった。

 

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