外伝 あの件ってどうなったの?:結婚編
俺の名はゲオルグ。
唐突だが俺にはアーシャという将来を約束した女性がいる。とても美しくて優しくてたおやかな女性だ。
この世の誰よりも愛している。叶う事ならばすぐにでも結婚したかった。
だがそれは叶わぬ夢だった。俺と彼女では身分の差があったからだ。
俺は小作農の息子、彼女は地主の娘、最初から釣り合わないと彼女の家族に反対されていた。
駆け落ちしてまで俺と一緒になろうとしてくれたアーシャに報いる為に俺は冒険者になった。
そこで名を上げ地位と財産を手に入れて堂々とアーシャを迎えに行く日を夢見て日々戦ってきた。
はっきり悟ったのは機動要塞デストロイヤー戦の時だ。あんな災害みたいなモンスターがこの世界には多数闊歩しているらしい。こんな世界では冒険者だろうと一般市民だろうと、いつ何があって死ぬかは分からない。という至極簡単な世の中の仕組みだ。
地位と財産を得てなんて悠長な事は言っていられない、と思い立った俺は誰に言うとなく呟いていた。
「俺、これが終わったら結婚するんだ…」と。
そして俺は今、魔法で強化された長剣と
今の俺を見て貰えればアーシャの親御さんも俺との結婚を認めてくれるだろう。
「あぁっゲオルグ! 会いたかったわ!」
アーシャの家に挨拶に行くと彼女は熱い抱擁で迎えてくれた。そのまま抱きしめ返す、折ってしまわないかいつもヒヤヒヤする程の細い体だ。
「今日は君のご両親に話があってきたんだ…」
その言葉にアーシャは顔を輝かせる。
「それは私の待ち望んでたお話しかしら…?」
「あぁ、『お嬢さんを僕に下さい』と言いに来た」
そう言って金細工屋で購入してきた指輪を彼女に見せる。
それを見たアーシャは目に溢れんばかりの涙を溜めて
「ゲオルグ、私嬉しい。今まで生きてきて一番嬉しい日だわ!」
再び抱きついてきた。歓喜の嗚咽が耳に響く。
よしよし、とアーシャの頭を撫でてやりたいが、鎧の篭手を装着している状態では彼女の腰まである美しい長髪を傷めてしまうだろう。俺は彼女を抱きしめてその想いを受け止めていた。
屋敷に通されて彼女の淹れてくれた紅茶を飲みつつ2人で取り留めの無い話をして過ごす。
「でも残念だわ。両親は今日は会合があって帰りが遅いのよ」
という事なので焦る必要は無いのだ。今は恋人との他愛も無い会話が楽しい。
「でも嬉しいわ。貴方が冒険者を辞めてうちの家業を手伝ってくれるなんて」
え?
冒険者を、辞める…?
「貴方がギルドの仕事で街の正門から出て行くのを何度も見かけたわ。その度に身が焼かれる程の心配をしたのよ?」
「そ、そうか。心配させて済まなかったな…」
「でもいいの。こうして私の所にまた戻って来てくれただけでとても嬉しいわ」
「……」
「でもこれからは私たちずっと一緒に生きていけるのね!」
「……」
「あ、でも貴方は教会の
「……」
「でもいいわ。お仕事ですものたまには仕方ないわよね?」
イタズラっぽく微笑むアーシャの顔を何故か正視できない。
「……」
「ゲオルグ、私いい奥さんになるね…」
きっと彼女は最高の笑顔で今の言葉を言ったはずだ。俺はその笑顔を見に来た筈なのに…。
「……」
「…どうしたの?さっきから黙って… まさか具合でも悪いの…?」
ガタンっ!!
俺はおもむろに立ち上がった、その粗暴さにアーシャが一瞬怯えた顔をする。
「アーシャ、済まない! 今日の話は無かった事にしてもらえないか? また日を改めてお邪魔させて頂く」
「え? え? どういう事…?」
先程まで喜びで満ちていたアーシャの瞳が悲しみに染まっていく。この事だけで今日の俺は万死に値する大罪人だろう。
「俺はまだここに立つ資格のある男じゃ無かった。こんな覚悟のままで君と結ばれても君を不幸にするだけだ」
俺は何も分かっていなかった。
防御が下手でいつも怪我ばかりしている俺を回復魔法で助けてくれる頑張り屋のアンジェラ。
『紅魔族の魔術師』なんて今までの俺の人生なら出会う事すら無かった筈の奴なのに今では大親友のくまぽん。
厄介事ばかり持ってくるが不思議と憎めないパーティの知恵袋シナモン。
こいつらが居てくれたから、仲間たちの力があってこそ今の俺がある。
こいつらといる日々は楽しい。冒険者でいる事が楽しい!
冒険者は辞められない。辞めたくない…。
アーシャと結ばれたい気持ちはまだ強くある。しかしその為に冒険者を辞めろ、と言われると胸を裂かれるような苦しみがある。
大体、この間のアクシズ教徒による襲撃事件で俺は何をした? 攻撃1つ当てられずに腕を斬られてヨロヨロと助けを求めに行っただけだ。
それに今身に着けている武具だって正当なクエスト報酬では無く、相手からの賠償金などと言う格好の付かない物から出された費用ではないか。
俺は何もしていない。何も出来ていない。
せめて、せめて俺の腕を一太刀で切り落したアイツに勝てるぐらいの技量を持ちたい。もっと強くなりたい。もっと戦士として高みに登りたい!
そんな男が結婚だと? 浮かれるのもいい加減にしろ。
アーシャを悲しませるな。そんな事がしたくて今まで戦ってきたのか?
俺の中の2つの心がそう呼びかける。俺は…。
「俺は必ず君を迎えに来る! 必ずだ! その為に俺はもっともっと強くならなきゃいけないんだ。仲間たちと一緒に!」
「なぜ?
魔王…?
なるほど魔王か…。
考えた事も無かったがそれも悪くない。『魔王を倒した戦士』という看板があればアーシャの親だろうが国王だろうが娘を嫁に出すことを厭うまい。
俺の表情を見て何かを悟ったのかアーシャが深く息を吐いた。
「…分かりました。好きな人にそんな子供みたいな目をされたら女はもう何も言えません。貴方を信じて待ちます」
困ったような笑ったような、悲しそうで嬉しそうな、表現しがたい表情をしてアーシャは続ける。
「でもあまり待たせすぎると後が怖いわよ?」
顔は微笑んでいるが一筋の涙が流れる。
「アーシャ…」
「1つだけ約束して。『絶対に死なないでまたキチンとブロポーズしに来る』って。それまで指輪は貴方が持ってて…」
「約束するよアーシャ… 絶対だ!」
今日何度目かの抱擁。鎧越しですら感じた、とても、とても暖かい抱擁だった。
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