第36話 おまけ 主人公と主人公

「あの、佐藤カズマさん…」


 ギルドの酒場で1人ボーッとしてたら若い女に声をかけられた。魔王軍幹部を立て続けに撃破して波に乗っているこのオレに何の御用かな、お嬢さん?


 パーティのお誘いかな? それともデートのお誘いかな? あるいはもっとストレートに『貴方の子供が欲しい』とかかな? だったら俺初めてなんで優しくして下さい…。


「あの…?」


 おっと失礼、ついつい物思いに耽ってしまってたよ子猫ちゃん… って、えっ? アンジェラ…さん?


 何故彼女が俺に話しかけてくる? アクアの件ならちゃんと謝ったし、元々今回俺は全くの無関係だ。因縁を付けられる謂れは無い。


 それともアレか? 以前『窃盗スティール』でパンツ盗んだ件か? あれだってダストは磔になったけど、俺は見つかってないはずだ。今更バレたとも思えない。


 或いはめぐみんが彼女のパーティに手伝いで入った時の事が原因で高額の借金を背負った、という噂もある。

 めぐみんがこの件について一切話さない為に俺も敢えて聞いてなかったが、もし事実なら(120%事実だろう)監督面で俺に文句を言ってくる事も考えられる。


 一体何の用なんだ…?


「顔が青いですよ? 大丈夫ですか?」


「…ゴメンなさい!!」

 よく分からんがとりあえず土下座DOGEZAしておく。


「え…? あの、どうして…?」


「え…?」


 何かのイチャモンをつけに来たのでは無いらしい。俺は顔を見上げて彼女を見る。初めて目が合ったけど吸い込まれそうな、とても美しい翠色の眼をしている。


 じっくり顔を見るのは初めてだけど、この娘も間違い無く美少女だ。身長は150cm有るか無いか、体型はローブに隠れてて判りづらいがめぐみんと同等、或いはチョイまし、という程度だろう。


 新人の頃のブロンドヘアからいつの間にか淡いピンク色になっていた髪の毛も俺好みの丁度いいロング加減だ。


 エリス教の大神官アークプリーストという事からかエリス様によく似た衣装を着ている。誰に対しても明るく優しく振る舞っていて、男女問わず多くの冒険者達の癒やしになっている。ファンが多いのも頷ける話だ。


 怒らせたらもの凄く怖いタイプなのは分かってるけど、世の中の女性とは大なり小なりそういう物だろう。逆に考えれば怒らせなければ『聖女様』なのだ。

 うちのポンコツ3人衆と違い俺のメインヒロイン候補として十分な資質を持っている。


「や、やぁ。ちょっとしたギャグだよギャグ。日々忙しい聖女様に一服の清涼剤をだね…」


 我ながらかなり苦しい言い訳だ。顔を引きつらせながらアンジェラを窺う。


「なんだギャグですか、何事かとビックリしちゃいましたよ」


 微笑みながらそう言う。え? 信じちゃうの? ピュアな子なの? …好きになっても良いですか?


「実はですね…」


「カぁズマぁー、やっと見つけたわよ。何してんのよこんなとこで」


 エリス教の麗しい聖女様プリーストと話している最中に、アクシズ教の鬱陶しい駄女神プリーストがやって来た。


「…午後にバニルと商談があるからここで時間を潰してたんだよ」


「ボーッとしてる暇があるなら私をもてなしなさいよ! …ってゲッ…」


 アクアがアンジェラを見て顔を引きつらせる。アンジェラも気まずそうな顔になる。


「…お忙しい様なのでまた改めて…」

 アンジェラは会釈をしてそそくさとこの場を離れて行った。


「…ちょっと、アイツ何しに来たの?」

 アクアは本当にアンジェラの事が嫌いらしい。無理も無い、元々アクシズ教とエリス教という仲の良くない宗派の大神官アークプリースト同士、加えてアクアのイタズラからアンジェラ達が死にかける大事件になって、アクアが泣かされるレベルでお仕置きされたのも大きかろう。


「さぁね? 彼女が用件を言おうとした時にタイミング悪くお前が現れたから」


「ふーん、どうせあのゴリラ女の事だからまた何か文句でもつけに来たんでしょ、でなきゃカズマを色香で罠に嵌めようとしてんのよ」


 仮にも街の皆から『聖女様』って呼ばれてる美少女をゴリラ呼ばわりとか命知らずだなお前。


「んなわけねーだろ、お前じゃあるまいし。あーあ、うちもあんな風にお淑やかで皆から愛されるプリーストが居てくれたらなぁ」


「何言ってんのよ?! 私はパーティでもバイト先でも内職先でも、何よりアクシズ教団ではすんごい愛されてるんだからね! アンタだけよこの女神アクアわたしを敬わないのは。このヒキニート!」


「ニートじゃねーよこの駄女神が! お前の悪い所はそういう所だぞ!」


「あー、また駄女神って言った! クソニートのクセに女神の私に駄女神って言った!!」


 あーうるせえ。

 …結局その日はアンジェラとはもう会わなかった。


 それから2日間、アンジェラは何かを言いたげに俺の所に来るのだが、アクアが居たりめぐみんが居たりでなかなか話しかけづらそうだった。


 何だろう? そんなに言いづらい案件なのだろうか? 若い女子が若い男子に言いたいけど言いづらい状況って言ったら…。


 もう『告白』しか無いんじゃね?


 ヤバいな、また俺の魅力で女性を虜にしてしまったんだな。全く俺って奴は罪な男だぜ…。


 3日目、どうにもタイミングを掴めないアンジェラは業を煮やしたのかこっそりと手紙を渡してきた。


「2人だけでお話ししたい事があります。本日16時、『煙突の樹』の下で待ってます」


『煙突の樹』~街外れにある常に樹の上部から謎の煙がモクモクと噴き出されている不思議な樹だ。その樹の下で告白し結ばれたカップルは永遠に幸せになれる、という伝説があるらしい。


 おいおいおいおいおいおい! 俺だけ一足早い春が来ましたよ! うちの女共に見つからない様に上手く抜けだして現場に行かねばならない、これは最重要ミッションだ。


 時刻は午後3時半、15時半だ。そろそろ出る準備をしたいのだが、よりにもよってうちの連中が全員揃ってやがる。


「ねぇカズマ、ヒマです。何か面白い事してください」


「カズマ、この強そうな『一つ目巨人サイクロプス討伐』のクエストを受けたいのだが?」


「カーズマさん、ちょっちお金貸してくれない?」


 三人三様に好き勝手言いやがる。


「だーっ! お前らうるせーよ! 俺は今から大事な用事があるんだからお前ら暇人とは付き合ってらんねーの!」


 怪訝そうな顔をする3人。ヤバい、余計な事を言っちまった。


「大事な用とは何ですか? 私たちに内緒で何しようとしてるんです?」


「そうだぞカズマ、隠し事なんて水臭いぞ?」


「怪しいわね… まさか儲け話じゃないでしょうね? だったら一枚噛ませなさいよ!」


 …本当にうるせえ奴らだ。俺は今からメインヒロインとのエンディングシーンを迎えようとしているの! お前らイロモノはお呼びじゃないの!


「とにかく俺は行ってくるから絶対についてくんなよ!」


 俺はギルドを飛び出してすぐに『潜伏』スキルで隠れてやった。うちの連中は索敵に長じたスキルを持ってないから、始めに隠れてしまえば追っては来れないのだ。


『煙突の樹』に着く。アンジェラが1人で寂しそうに立っていた。俺を見つけると嬉しそうに微笑んで手を振ってくれた。


 一時はメインヒロインはエリス様にしようと思ったけど、エリス様には死ななきゃ会えないという難点がある。

 属性が同じならばいっそエリス様からアンジェラに乗り換えてしまうのも手だ。アンジェラならこの街にいる限りいつでも会えるし。


 ファンクラブとかいう有象無象のモテない野郎どもには悪いが、彼女が俺を愛してしまった以上諦めてオレ達2人を祝福してもらうしかない。


「お呼び立てして申し訳有りません」


 アンジェラが頭を下げる、いえいえ全然構いませんとも。


「ふっ、むしろお待たせしてしまった様ですね…」


「いえ、私も今来た所です」

 ニッコリ微笑む美少女、もう俺から告白してしまおうか。


「アクアさんとかが居たらまた悶着起こしてしまうかも知れなかったので、カズマさんと2人で話したかったんです」


「ふっ、分かりますよ。あいつはホントトラブルメーカーですから」


 彼女はふふっと軽く笑う。

「それでですね、今日は…」

 何となく恥じらっている様にも見える、女性に恥をかかせるのは忍びない。


「ええ、なんでも仰って下さい」


「あ、はい。何でしょう? 凄く緊張しますね」

 そう言って照れ笑いするアンジェラ、もう罠でも構わない!


「大丈夫、言い難かったら深呼吸してどうぞ」


「はい。…カズマさんって、思ってたより優しいんですね」


「ふっ、今までどう思ってたのか知りませんが現実リアルの俺はこんなもんです」


「…ええ、ちょっと安心しました」


 どうせカスマだのクズマだのと言った風評被害を気にしていたのだろう。だがさすが俺のメインヒロイン、曇り無きまなこで俺の本質を見てくれているんだ。もう君に決めた!


「実はですね…」


「ハイ…」

 俺も平静を装いつつも内心はドキドキしまくりだ。


「うちのヘレンの事なんですけど、先日記憶を探るなら、とバニルさんの事を教えて頂いたじゃないですか? それがバッチリ効果があったもので教えて頂いたカズマさんにちゃんとお礼を言いたかったんです!」


「     え?      」


「あと、新人の頃にアクアさんに絡まれていた私を助けて頂いたお礼も言ってなかったのでそれも兼ねて」


「    ……………    」


「手ぶらでお礼を言うのも失礼なので、ギルドの酒場よりも少し良い所のお食事券を4人分持ってきました」


「え? あの、えっと…」


 俺は働かない頭で言葉をひねり出す。あれ? 思ってた展開と違う…。


「はい? あ、やっぱり食事券こんなんじゃダメでしたか…?」


「いや、そんなんじゃなくて。なんでまた『煙突の樹の下ここ』で…?」


「え? ここなら目立つし分かりやすいかな? って…」

 曇り無きまなこで無邪気に言い放つ聖女様。


 …なんじゃそりゃあぁぁぁぁぁ!

 この娘、ここの伝説知らんかったんかい?! 女子ってその手の話題大好きやないんかい?! ワシだけ一人上手っかーいっ?!!


「あ、あぁそっすか… んじゃあ有り難く…」

 おそらくは食事券の入った封筒をアンジェラから受け取る。


「ではこれで失礼します。また御縁が有りましたらご一緒しましょう」

 彼女は会釈をして去って行った。


 1人立ち尽くす俺…。

 えーーーー?


「思ってたのとちがーうっ!」


 俺は怒りに任せて封筒を地面に叩きつける。

 不意に人の視線を感じた。振り向けばうちの3バカが居た。

 めぐみんは新しいオモチャを手にした子供の顔を。

 ダクネスは見てはいけないものを見てしまったかの様な気まずい顔を。

 アクアはいつものプークスクスの顔を。


「て、てめーら何でここに?!」


「カズマさぁん、お忘れ物ですよぉ」


 狼狽える俺にアクアが1枚の紙をヒラヒラさせる。アンジェラから貰った手紙だ、舞い上がってうっかり酒場に置いてきたんだ…。


「あのアンジェラがカズマなんか好きになるわけ無いじゃないですか」


「まぁ、その、なんだ… あまり人生高望みしてはダメだという事だな」


「カズマのくせに女の子から告白されると思ってたの? プークスクス超受けるんですけど!」

 またしても好き勝手にほざきやがる。


「うっせうっせうっせーっ!! 俺は絶対に正統派メインヒロインをゲットしてやるんだからなぁーっ!!」


 俺の心の叫びがエリス様に届きます様に!!

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