第35話 おまけ 見通す悪魔と聖女様:後編(ヘレンの冒険:4)

「お、おぅ…」

 悪魔も呆気にとられ対応に困っている様に見えた。


 そのままシナモンと悪魔が無言で対峙する、やがてシナモンが何もしていないのに悪魔が苦しみだした。


「な、なんだこの喜びの感情は?! よ、よせ! 我輩を変な妄想に使うな! 貴様の仲間の紅魔族と我輩とで何をさせるつもりだ?!」


 苦しむ悪魔と対照的にウットリとした表情を見せるシナモン。


「よ、よすのだ! 第一我輩には性別は無いからその様な事は… ぐぬぅっ! なんだその『男じゃなくてお前が好きなんだ』とかいうセリフはっ?!」


 …なんだか私の出る幕じゃないみたい。ゆんゆんは顔を真っ赤にして俯いている。


「な、なぜそこで戦士が出てくる?! 2人がかりで我輩を…」


「ゴッドブローぉぉっ!!」

 とてもじゃないが聞いていられない。キリが無いので悪魔を殴り飛ばした。


 トドメを刺そうと一歩踏み出した所でゆんゆんが間に割り込んできた。悪魔を庇う位置撮りをしている。どういう事…?


「待って下さいアンジェラさん! バニルさんもふざけ過ぎです!」


 バニル? どこかで聞いた様な名前だね…。


「ふむ、礼を言うぞ友達のいない紅魔の娘よ」

 悪魔が立ち上がる、膝が笑っている辺りゴッドブローは有効らしい。


「と、友達いるもん! さっきまでパーティ組んでたし!」

 悲痛な叫びは聞かなかった事にして上げた方が良さそうだ。


「あー、ウィズさんの所の記憶を探れる新人さんってこの人かー、なるほどねぇ」


 シナモンが重要な情報を思い出してくれた。元々私たちはこの悪魔にヘレンの記憶を調べてもらおうとしていたのだった。

 だからといってヘレンに害を成して良い理由にはならない。何があったかは説明して貰う必要がある。


 まぁモンスターの出没する森の中で立ち話もよろしく無い。ヘレンは寝かせてバニルが担いだまま、とりあえず全員でウィズさんの店に移動する。


「せっかく覚えた必殺技をいきなりツッコミで使う辺り、さすがアンジェラちゃん、格が違うね!」


 やかましいわ。


「我輩が見たのはこの娘がゴブリンに襲われて引き倒された所からだ…」


 店で使う薬品の素材を求めて森に入ったバニルはヘレンとゴブリンの騒ぎを聞いて様子を見に行ったらしい。

 ヘレンが髪を掴まれて倒された際に頭を怪我してそのまま例の魔神が現れてゴブリン達を一瞬で殲滅、近くにいたバニルに襲い掛かった。


 そこから先は私たちの目撃した通りだったとの事だ。尤も見たままの光景その物が理解できなかったのはあるが…。


「我輩はこの仮面が本体でな、体は土塊からいくらでも再生出来る。この娘に仮面を被せる事で体を乗っ取るつもりだったのだが、すぐに魔力が尽きて娘が倒れてしまったのだよ。だからこの娘を店に連れてきてロクに仕事もしないグータラ店主に介抱させてやるつもりだったのだ」


 状況は理解できた。そしてこの悪魔が恐ろしく厄介な相手だという事も分かった。ウィズさんはいつものように笑い(汗)状態だ。


「私たちはヘレンの過去とあの『魔神』の制御方法が分からないかな? と思って貴方を訪ねようとしてたんです。お礼はしますのでヘレンの事を教えて頂けますか?」


 悪魔に頭を下げるのは腹わたが煮え繰り返る程の苦痛だったがヘレンの為だ、『今回だけは』我慢してやろう。


「フハハハ、『今回だけは』ときたか、その苦渋の感情と引き換えに少しだけ質問に答えてやろう! なんならこの店の商品を好きなだけ買ってもらっても構わんぞ?」


 …しまった、こいつの前では腹芸は無理だった。後悔に顔が歪む。それをまた嬉しそうな顔で私を見るバニル、相性が悪すぎる…。


「なるほど『相性が悪すぎる』か… それなら…」


「いい加減にしないとうちのシナモンへんたいを差し向けますよ?」


 シナモンは机に向かって一心不乱に何かを書き殴っていた。多分知ったら後悔する様な事を書いてるのは想像に難くない。


「わ、分かった… あいつを我輩から3メートル以内に近づけないでくれ給え。で、何を知りたいのだ?」


 何かと情報を出し惜しみしようとするバニルだったが、シナモンを使えば操縦出来る事が分かった、これは大きい。


「貴方がヘレンと接触して知り得たこと全てです」


「ふむ…」


 あと変態クルセイダーについても詳しく。


 かい摘んで話すと、やはりヘレンは1ヶ月程前に送り込まれた勇者候補の1人だった。フランス人で本名はフランソワーズ・ランヌ(余談だがフランス人は日本人に次いでこの世界への転生が多いそうだ。割合は日本人の数%に過ぎないらしいが)。


 死に際は凄惨の一言で、旅行先で両親と共に乗った自動車が玉突き事故に巻き込まれた。目の前で両親は圧死、その流れる血に全身を浸されたまま炎上した車の中で脱出も叶わずに焼け死んだらしい。

 話を聞くだけで目を背けたくなる状況だ、『血』と『炎』にあれだけの拒絶反応を見せるのも無理は無いだろう。


 そして彼女はその忌まわしい記憶を封印したまま転生する事を望んだらしい。記憶喪失は事故では無くヘレン自身の選択だったのだ。…気持ちは分かる気がする。


 天使から「あらゆる問題を解決出来るという『無限の叡智』」のチートを手に入れた彼女はアクセルに転生してなんやかんやで今に至る、という訳だ。


 ん? あれ? 無限の叡智? では『魔神』とは何なのか?

 バニル曰く、「彼女の中には魂がもう1つ入っていて、確信は無いがその者の力であろう。それが何か(誰か)までは我輩でも探り切れなかった。もう一度魔神に憑依出来れば探れない事も無い」という事だ。


 魔神発動のトリガーは予想通りヘレンの『死の恐怖』だった。それを連想させる大量の血や激しい炎がトリガーの主たるものだ。まぁこれが分かっただけでもかなりの収穫、しかもヘレン本人には聞かれてない状態でだ。ヒントをくれた佐藤カズマ氏にもお礼を言わなければならないだろう。まぁ念の為アクアさんが同席してないタイミングで言わないとね…。


 ちなみに『無限の叡智』だが、現在ヘレンの記憶が封印されている為に与えられた叡智も共に封印されているらしい。

 つまりヘレンの記憶を治せば彼女は廃人になりかねない酷いトラウマを思い出す事になるし、治さなければ『無限の叡智』の恩恵は得られず死にスキルという事になる。


 何と言うジレンマ、この事を告げた時のバニルの憎たらしい満足気な顔は暫く忘れられなかった。


 いくつかの謎が解けたが、更に新しい謎も生まれてしまった。ヘレンの中の魂が何者なのか? 敵意ある存在なら対処法も考えなければならない。


 だがしかし今はヘレンの無事を喜びたい。慣れない遠出で疲れただろうし、初めての冒険でゴブリンに取り囲まれてとても怖い思いもしただろう。


 でも冒険者として生きると決めたのならばヘレンにはもっと逞しくなって欲しいと思う。辛い過去を上書き出来るくらい新しい生命いのちを謳歌して欲しいと思う。かつての私がそうであった様に…。


 …だけど今はゆっくりおやすみなさい。そしてクエスト初クリアおめでとう。


 私は気持ち良さそうに眠っているヘレンの頬にそっと口づけをした。


 追記

「そう言えば安全なはずの墓地に不死アンデッドモンスターがたくさん出てたけどウィズさん何か知ってますか?」


 ウィズさんが考えこむ。

「まずは先日の襲撃事件で不死アンデッドに好かれるアクシズ教の神官プリーストが来てましたから、そこで呼び起こされる切っ掛けがあったんじゃないか? という事…」

 むう、あの印象に薄いズベ公か…。


「そしてこの墓地は以前私が管理してたんですけど、アクア様が定期的に浄化を担当する様になってからはタッチしてないんですよ」


「じゃあアクアさんがこのアンデッド達を呼び寄せたって事ですか?!」

 だとしたら今度こそぶん殴って…。


「いえいえまさか! 人一倍アンデッドを憎んでいるアクア様に限ってそんなはずは無いですよ」


「じゃあ一体…?」


「考えられるとしたら何らかの事情があってアクア様の浄化の力が弱まったから、でしょうかね? 例えば何者かに力を奪われた、とか…」


「え?…」


「カズマさんにこっぴどく『死の接触ドレインタッチ』されたのか、或いは誰かに強力なスキルを教えたとか…」


「え?…」


「でもアクア様が誰かにスキルを教えるとか無さそうですからね。でもまぁこの感じなら明日には邪気は無くなっていると思いますよ?」


 コレワタシノセイジャネ?

 …さて、帰り際に残ってるアンデッドの掃除して行こうかな…。


 …行こうかな!

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