第2章

第11話 おまけ 聖騎士様と聖女様

 昨夜、夢を見た。エリス様が何かを言っている…。


 …もし冒険で何か困った事があったらダクネスという女騎士に相談してみて下さい。

 彼女はエリス教の敬虔な信徒で、とても高潔で誠実な人です、必ず親身になってくれます…。


 エリス様と初めて会った時に賜った助言のひとつだ。なぜ今こんな事を思い出すのだろう?


 冒険で困る事と言えば相変わらず低レベル向けのクエストが不足している事くらいで冒険以前の問題だった。


 シナモンは街中で芸人としても有名らしく大道芸にはそれなりに見物客がついている。


 くまぽんとゲオルグは街の建設現場でアルバイトをして日銭を稼いでいる。マッチョなゲオルグはともかく、線の細いくまぽんにはハードな仕事の様だ。


 アンジェラはと言えば教会の手伝いか、他の冒険者パーティの一時雇いとして神官業をやっていた。

 他所で修行したおかげで少しレベルも上がったし、戦い方のコツも身についてきた、気がする。


 そして今

 目の前には山吹色の高級そうな甲冑に身を包み、美しい金髪をなびかせた、とても端麗な女騎士が立っていた。


「私の名はダクネス、聖騎士クルセイダーを生業としている者だ。少々困っているのだが手を貸して貰えないだろうか?」


 …え?



「…はぁ、カエル… ですか?」

 テーブルの上にはダクネス様の持参したクエスト依頼書が置かれている。付近の村で家畜を襲っているジャイアントトードを何匹か退治して欲しい、という依頼だ。


「今の時期にカエルが出るのは珍しいのだが、村の人達が困っているので見過ごせなくてな」

 ダクネス様が真剣な面持ちで仰る。さすが聖騎士様、立派な志だ。


「私のパーティにも話をしたのだが、カエル嫌いが多い上に報酬が安すぎると却下されてしまってな…」


「うーん、あのカエル結構強いからねぇ、1匹辺り死体引取り込みで25000エリスだと旨みが薄いんだよねぇ… ボクも一度戦った事あるけど油断してパックリ飲み込まれちゃってさぁ…」


 そう言うシナモンにダクネス様が息を荒らげて詰め寄る。

「君も飲み込まれた事があるのか? ど、どんな感じだった?」


「えー? どんなって… ヌメヌメしてて生暖かくて…」


「ヌメヌメしてて生暖かいのかぁっ? くぅぅっ!」

 ダクネス様が身悶える、これはきっと事前の情報収集と共に大カエルに対する怒りを募らせているのだろう。


 さすがエリス様ご推薦の騎士様、常在戦場を実践しているのか。


 何より雄々しくて凛々しいのに華やかで存在が眩しい、このオーラはエリス様に勝るとも劣らないだろう。


 可憐なエリス様も良いが、凛々しいダクネス様みたいに戦場を駆けるのも悪くないかも知れない。

 あぁ、なりたい自分が2つある、体が2つ欲しい…!



 あ、どうもシナモンです。今回アンジェラちゃんが舞い上がって壊れちゃってるので代わりにボク目線でナレーションやりますね。以後よろしく。


「ヌメヌメって… そこそんなに食いつくとこ?」

 軽く突っ込んでみる、言葉通りの依頼じゃなさそうなのはビンビンに伝わってくる。一言で言うと『胡散臭い』


「ゴ、ゴホン、とにかく! カエルを退治出来ればそれで良い。報酬が足りないのなら私の懐からも謝礼を出そう。どうだ? 手伝っては貰えないか?」


「はい! やります! お手伝いさせて下さい!」

 あーあ、リーダーが受けるって言っちゃったよ、こりゃやるしかないわ。


 明朝に待ち合わせの約束をしてダクネスは帰っていった。


「はぁ、ダクネス様カッコよかったねぇ…」

 アンジェラちゃんはまだうっとりしてる、ヅカ系とか見せたらどハマリしそうだわ。


「我が姫よ、どうされたのです? たかがクルセイダーではありませんか」

 くまぴーがアンジェラちゃんを諌めるも、


「くまぽんさんと言えどもダクネス様を愚弄するのは許しませんよ!」

 アンジェラちゃんが今まで見せたことの無い冷酷な顔をする。取り付く島もない。こりゃアンジェラちゃん以外の3人で用心して騙されない様にしないとね。


 周りの冒険者達にダクネスについて聞き込みを行うと、ダクネス本人については概ね好感触な人が多かった。『攻撃が当たらない』という点を除いて。


 所属パーティの面子については賛否両論が極端すぎてコメントが出来ない。

『先だってのデュラハン討伐の主力を務めた』と『街の城壁を破壊して4千万の借金がある』はセットの話だし、

『幽霊屋敷の大量の霊を浄化した最強の大神官アークプリーストがいる』と『酒代のツケで身を持ち崩した奴がいる』もセットだ。


 他にも爆裂魔法で騒音被害が酷くて訴訟沙汰になっているとか、リーダーの趣味は下着泥棒だとか聞けば聞くほど実態が掴めない。

 まぁ、ここは慎重にダクネス卿を見張る必要があるね。


「カエルどもの攻撃は私が1人で耐え抜く、奴らを引き付けておくから諸君は攻撃に専念して欲しい」


 ダクネスの作戦は理にかなっている。あの上等な鎧ならばカエルの攻撃は全て吸収してしまえるだろう。


「はい! 分かりました!」

 アンジェラちゃんは素直で可愛いくて大好きだけど時々バカだよね。


 くまぴーの魔法は広い範囲で多数の敵を攻撃する物が無いから、敵は1匹ずつ釣ってくるのが定石。それをダクネスに確認すると


「そ、そうか? 私はたくさんの獣に囲まれても一向に構わないんだが…」

 と返ってきた。何故か嬉しそうにも見える、これが上級職の余裕なのね…。


 ダクネスが構わなくてもボクたちが構うのでカエルは1匹ずつボクが弓矢で気を引かせてこちらに誘導する。

 青い巨大なカエルが来た。その高さは2メートルから大きい個体だと3メートルにもなる。


 ダクネスが『デコイ』のスキルを発動させてカエルの敵対心を煽る。

 ダクネスは手に持った両手剣を構え…ずに投げ捨てた。


「さぁっ、来いっ!」

 武器で攻撃するどころか自らの体を大の字にしてデコイに怒るカエルの前に立ち塞がったのだ。


 あむ


 普通カエルは金属鎧を着ている相手を食べたりしないはずなんだけど、それを覆すほど彼女のデコイの作用が大きかったのだろう。

 ダクネスはそのまま何の抵抗もせずに食いつかれ、カエルの口から彼女の脚だけが出ている状態だった。


「いやゃぁぁぁぁっ!!」


 あまりの衝撃映像にアンジェラちゃんが叫ぶ。くまぴーやゲオっちもまさかの展開に動きが止まる。


「早く助けないと! 消化されちゃうよ!」

 唯一カエルとの戦闘経験のあるボクが指示しないとね。


 全員で必死になってカエルを倒す、程なくダクネスは救出された。


 全身カエルの粘液まみれだが怪我らしい怪我はしてない様に見える、さすがクルセイダー。


 助け出されたダクネスは何故だか憮然とした表情をしていた。

 助け出すのが遅れたから怒ってるのかな? これでも低レベルなりに精一杯やったんだけどね。


「あの、ダクネス様、大丈夫ですか?」

 アンジェラちゃんがおずおずと声を掛ける。


「大丈夫だ、問題無い」

 ダクネスはそう言って鎧を脱ぎ始めた、何故?

 黒い軟布の肌着だけになったダクネスは高らかに言い放つ。

「さぁ! 次だ!」


 だから何でだよ?!


 釣って良いのだろうか? アンジェラちゃんを窺う。あの子も自信無さげに小さく頷く、騎士様の好きにやらせろ、という意味だろう。


 次はピンク色のカエルだ。今度はあっさり飲まれるとかやめて欲しいけど…。


「そぉい!」


 えー? 自分からカエルの口に突っ込んで行ったよあの騎士様。

 そしてまた脚だけが出ている光景。おぉい、何考えてんのあの人?


「おい、右から1匹来たぞ!」

「左からも来た!」

 くまぴーとゲオっちが同時に叫ぶ。


 アンジェラちゃんが「ダクネス様救助を最優先!」

 って叫んだ直後に


「私の事はいい! 先に他の目標を叩け!」というくぐもった声がカエルの腹の中から聞こえた。


 なんというカオスだ、目眩がしてきた…。

 結局死闘の末に増援で現れたカエル共々撃破。4匹討伐でもう帰ろう、という事になった。


 助け出されたダクネスはカエルの中でいい夢でも見ていたのか、ヌメヌメの中でそれはそれは幸せそうな顔をしていた。


 ギルドに戻り終了報告をする。

「…迷惑をかけた。クエスト報酬は君たちだけで分けてくれ。私からの個人的な謝礼も上乗せしておいた」

 ダクネスは爽やかにそう言って去っていった。アンジェラちゃんからはまだダクネスに向けてラブビームが出されている。


 謎の多い人だったけど、悪い人では無さそうだし、今回のクエストにボクたちを嵌める罠があった様にも思えない。

 人格的にも良さそうな人で、機会があればまた組んでも良いと思えた。

 まぁ、ここは素直に報酬を頂いておきましょう。皆さん、お疲れ様でした!



「カズマ、カズマ、聞いてくれ。遂に私もカエルに丸呑みされてヌメヌメデビューしたんだぞ! これでアクア達と一緒だな!」

「知らねーよ、この変態ドMクルセイダー!!」


 えーと… 何も聞かなかった事にしようかね…。

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