第10話 戦い終わって日が暮れて

「それではクエストクリアの報酬として2万エリスをお受け取り下さい」

 受付で報酬を受け取る、3分の1に減額されても初報酬は初報酬だ。


 店内の冒険者達が拍手してくれる

「初クリアおめでとうアンジェラちゃん!」

「やったなアンジェラ!」

「うちのパーティに来てくれよアンジェラ!」

「アンジェラ可愛いよアンジェラ」


 どうやら『例の聖女様がとてつもない奇跡を起こしてパーティ全滅の危機を救った』という噂が流れて、男性ファンが急増したらしい。


 そういった噂は内部の暴露話で失墜していく物だが、今回は内部の者が奇跡を喧伝しているのだから始末が悪い。


 無理も無い、彼らにしてみれば自分達が気を失っている間にアンジェラが全てを終わらせていたのだ。


 一応仲間向けにはゴブリンは甲冑の攻撃が誤爆して壊れた、甲冑は逃げ回ってるうちに勝手に落とし穴に落ちた、と説明した。


 クリスは何も言わなかった。


 ヘルプの使いすぎで報酬が減額された件も、落とし穴事件のせいで新たにドジっ子属性が追加され、むしろ冒険者達には好評だったという。


「あんだけ死にそうな目にあってひとり5千エリスって割に合わないよねぇ」


「あう…」

 シナモンの言葉が心に刺さる。


「あ、別にアンジェラちゃんを責めてるわけじゃないよ? あれはどっちも仕方ないって」


「そうですぞ我が姫よ。過去を嘆いても得るものはありません、未来だけを見てまいりましょう!」


 ゲオルグも黙って頷く。


「うん、みんな、ありがと…」


 受付嬢も会話に加わる。

「全員無事で生きて帰ってくるのが何より大事なんですよ。『ダレソレが死んだんだ』とかいう台詞は私達の一番聞きたくない言葉なんですから」


 確かにそうだ、今回のダンジョンにしても、もう少し慎重に進めていけば危なげなくクリア出来たはずなのだ。

『生きて帰って来てこそ冒険者』『引き返すのも勇気』色々と頭に叩き込んでおかなければならない。


「ところで如何でしたか? 当ギルドの冒険者育成ダンジョンは?」受付嬢が尋ねてくる。


「思い知りました。冒険者って怖いんですね」


「あの最後の部屋の甲冑は強すぎじゃないかな? ボクなんか首チョンパされかけたんだよ?」


「吾輩にはどうと言う事も無いダンジョンでしたな!」


「あの甲冑にはリベンジマッチしたいな、次は負けない」


 バラバラに感想を述べる、受付嬢も苦笑いしながら「上に報告しておきますね」と退散した。


「さて、今日はどうする? まだ夕飯の時間には少し早いし、かと言ってこのまま宴会する予算も無いし。一旦解散する?」


 シナモンの問いかけにアンジェラは少し考えた後に言った。

「あの、ちょっと良いですか? 今後の事で…」


 3人は共に目で続きを促す。

「リーダーの事なんですけど、私がリーダーっておかしくないですか? 一番年下だし、今日も何も出来なくて皆さんを危険に晒してばかりだったし…」


 3人は無言のまま目配せで意思疎通を行う。

「まーたその話? ボクたちはアンジェラちゃんを要に繋がってるんだから遠慮なく使ってくれて良いんだよ。嫌ならイヤって言うし」

 シナモンが、ケラケラと笑いながら言う。


「そうですぞ、吾輩は姫に命を救われていますから命を掛けて姫を守るが運命さだめ! それにこの様な近眼盗賊やムッツリ戦士の指図などでは、この天才魔術師は動かせませんぞ!」

 くまぽんはまるでブレない、意志の硬さは評価に値するだろう。


「俺もアンジェラがリーダーで文句無いぞ。アンジェラは優しいからな」

 ゲオルグも同様の意見だ。


「でも最後の戦いの時のシナモンの仕切りとか格好よかったし、私はあんな風に指示できないし…」


 自分の言葉ひとつで他の人間が怪我をするのは耐えられない、死んだら? なんて考えるだけでも恐ろしい。


「あの時は緊急事態だったからね、少しでも慣れてる人間がやれば良いと思っただけだよ。それに実はボクってバトルになると目の前の事しか見えなくなっちゃうから後方で指示してくれる人が居ると凄く心強いんだ。こっちの出オチ魔術師クンの指示はちょっと怖いかな」


「おいちょっと待て、今吾輩の事を出オチ魔術師って言ったか? それ一番言ってはならん事だぞ、分かってんのか?」


「そっちこそ近眼盗賊とか言ってたじゃん、深淵のエロ魔術師クン」


「ぐぬぬ、いつか目の物見せてくれるわ」

 シナモンとくまぽんは仲良くケンカしている。


「出来ないなら上手くなれば良い。実戦を積むなり人に教わるなりしてな。俺ももっと強くなる。俺たちはお前に仕切って欲しいんだよ」

 ケンカしてる2人を他所にゲオルグが纏める。


「はぁ… もう、どうなっても知りませんからね!」

 拗ねた振りをして照れを隠す、皆に慕わているのはプレッシャーではあるが、とても嬉しい事でもある、その期待を裏切らない様に精進せねばなるまい。


「あ、そう言えばアンジェラちゃん、話しは変わるけど1万円札の肖像って誰だっけ?」

 くまぽんとケンカ中と思われてたシナモンが唐突に問いかける。


「え? えっと確か福沢なんとか…」

 あまり気にした事が無かったのでちゃんと覚えて…。


 シナモンの眼鏡の奥が怪しく光った。あ… これはヤバい、嵌められた!


「ア ン ジ ェ ラ ち ゃ ん 。ちょっとガールズトークしよっか?!」

 そう言って呆気に取られてるアンジェラの首に腕を回しながらギルド2階の会議室に連れ込んだ。

 残された男2人も事態を飲み込めず、そのまま女2人を見送った。


「え、えと、何でしょう?」

 顔が引き攣る。嫌な予感しかしない。


「アンジェラちゃんって本当は日本人でしょ?」

 シナモンの目は完全に獲物を捕まえた後の猫の目だ。


「に、ニポンって何ですかー?」

 言葉に全く気持ちが乗らない。


「とぼけないで! あたしと同様に女神アクアに導かれてこの世界に来たんじゃないの?」

 シナモンの口調が僅かに変わっている、この世界のシナモンでは無くて日本人の山田花子(仮)に戻っている感じだ。


「アクア? いえ私はエリス様に…」

 あ、ヤバ…。


「やっぱりねぇ、なんかツッコミのセンスとか現代人ぽいなぁって思ってたんだよねぇ」


 はぁ、もう諦めて認めるしかないか…。

「ええ、私も日本からこの世界に転生しました、昨日の事です」


「そっかぁ、たった1日で聖女様になっちゃうなんてどんなチート能力貰ったの?」

 グイグイ来るシナモン。


「私の能力は『エリス様の奇跡の力を全て使える』です。カードに登録した時見てたでしょ?」


「なぁるほどねぇ。ちなみにあたしは『超感覚』って言って、もんの凄い反射神経を持ってるんだよ」


「あぁ、だからあの甲冑の剣とか避けられたんですね」

 納得だ。カードに記載された異様な素早さの秘密はそう言う事だったのだ。


 そういう汎用性の高そうな能力にすれば良かったと今更ながら思う。そもそもアンジェラは能力を選んで無いのだが。


「そういう事ぉ、本気出せば銃弾も避けられると思うよ、この世界に銃無いけど」

 シナモンはケラケラと笑う、この辺の性格は演技ではないようだ。


「あたしの本当の名前は高橋逸美たかはしいつみって言うんだ、よろしくね」


「私は… あの、言わなきゃダメですか? 過去の事は忘れたいんです」

 言いたくないのは本心だ。


「え? あ、ゴメンね。言いたくないなら聞かないよ、ホントゴメン」シナモンも暗くなる。


「いえ、こちらこそごめんなさい。あまり良い思い出のある人生じゃ無かったんです」


「そう、じゃああたしの話を聞いてもらえるかな?」


「はい、シナモン…高橋さんの話を聞きたいです…」


 それから色々な事を聞いた、シナモンが転生してきたのは半年ほど前らしい。


 生前はそれなりに有名な同人誌作家をしていたそうだ。シナモンという名はその頃のペンネーム。


 締め切り間際の修羅場で風邪をひき、そのまま肺炎を患ってあっという間に亡くなった、享年20歳。


 そこで女神エリスが代行していた天使の更に前任者である女神アクアによってこの世界に来た、という訳だ。


 しかしいざ異世界に来てみたら、女神アクアの故意か過失か所持金がゼロ、冒険者登録する事も出来ずにその日の生活費を稼ぐ為に生きねばならなかったという。


「いやー、まさに『ゼロから始めた異世界生活』だったよ、ワッハッハー」

 ツッコミませんよ?


「金もコネも知識も無かったあたしには体を使って稼ぐしか無かったのよ…」


 まさか? 夜の街で… そんな過去をあっけらかんと話せるなんて、凄い人…。


「名付けて『つかまえてごらんなさ~い屋』さんって言ってね、制限時間内にあたしを捕まえられたら賞金出します!って言って客を釣ってたの」


 そっちかい! まぁ嫌な想像が当たらなくて良かったけど。


「そしたら旅芸人の一座に見初められてさぁ、軽業師として各地を回ってたんだよね、それで何となく『この生活も悪くないな』って思い始めてたの…」


 エリス様の言っていた『世界と融和した勇者候補』とはそういう事か。


「でもね、巡業でアクセルに帰ってきた時に、この街で駆け出しの冒険者達が協力して、魔王軍の幹部であるデュラハンを倒したって聞いてね」


「そんな事が…」


「それで居ても立ってもいられなくなってね、『あたしも冒険者として戦いたい』って思って今に到るって感じかな」


「そちらもそちらでかなり壮絶な人生ですねぇ」


「壮絶よぉ。…いつか気が向いたらでいいから、アンジェラちゃんのお話しも聞かせて欲しいな」


「はい… いつか…」


 いつか過去の事を笑って話せる日が来るかもしれない。

 その時にはシショーが無くても不安にならないくらいに強くなれているだろうか?


 今のアンジェラは過去の悪行三昧の自分が許せない、追い詰められて緊張が極限まで高まると、過去のキララに呑まれて暴力的になる今の自分が許せない。


 たまさか周囲からは聖女様と持ち上げられているのだからそれに乗ってみるのも悪くないだろう。

 聖女様の振りをして行動を意識していれば、いつか心も聖女様になれるかも知れない、エリス様の様になれるかも知れない。


『この生活も悪くない』

 むしろ出来すぎなくらいだ、ここに来て僅か2日で素敵な人達とたくさん出会えた。


「さて、ガールズトークも終わったし、下で待ってる男子達の所に戻りますか」

「はい、シナモン」


『この世界も悪くない』

 広い世界にはまだ見たことも無い風景、胸踊る冒険が数多く待ち構えているのだろう。


「『がぁるずとぉく』とやらは終わりましたかな? 待ちくたびれましたぞ」

「腹が減ったぞ、そろそろ飯にしないか?」


『この世界は素晴らしい』

 明日からまた新たな冒険者人生の始まりだ。クセのある仲間達とクセのある冒険をたくさん、たくさん繰り広げていこう。


『この素晴らしい世界に祝福を!』




 エピローグ


 酒場で夕飯を済ませて外に出る、いつの間にかすっかり夜になっていた。

 ふと気配を感じて振り向き上を見る。クリスが屋根の上に座って空を見ていた。


「クリスさん、何してるんですか?」

 声を掛ける。


「うん? 星を見ていたんだよ」

 クリスが飛び降りる、10メートル以上の高さから軽々と。さすが盗賊。


「星を見てると頭を空っぽにして悩みとか嫌な事とか忘れられるんだ」


 悩みはともかく嫌な事とは今日の出来事だろうか? 嫌われてしまったか?

「あの、今日はありがとうございました、ご迷惑もおかけして…」


「いやいや、あたしも稼がせて貰ったし気にしないで。…でも本当に無茶だけはもうしないでよ」

 クリスはまた泣きそうな顔になる。


「はい、気をつけます…」


 …言い出しづらいが言っておかねばならない事があった。

「あと、今日の私の立ち回りの事なんですが…」


 あんなに派手に暴れたのが周りに知れ渡ったら今後の生活に支障が出ること必至である。

『聖女様』をやりたい訳では無いが、暴力女と認定されると人生をやり直した意味が無い。

 何とかクリスには悪い話を吹聴しないように頼まなくてはならない。


 しかしクリスは軽く頷きながら

「大丈夫、分かってるよ。みんなには内緒にするから」

 そう言って首を傾げ片目を瞑り立てた人差し指を口元に寄せる。


 !!


 間違いない、やっぱりこの人は…。

 ずっと見守っててくれたんだ… 心が温かさに包まれる。


「あの… 最後にひとつだけ良いですか?」


「なぁに?」


 アンジェラは勇気を振り絞る。

「私と… アタシと友達になってくれますか?」


 …軽い沈黙。


「もちろんだよ!」

 盗賊の少女は満面の笑みを浮かべながら神官の少女に手を差し伸べた。

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