檸檬の中には紙幣が埋まっている

緯糸ひつじ

一話 魔法少女になりたい


 ──魔法少女になりたい!

 幼馴染みの梨里はこどもの頃からそんな夢を語っていたが、高校入学のタイミングで手品師マジシャンになると言い始めた。


 最初に魔法少女の夢を告白されたのは小学三年生の頃、満開の桜の下でのことだ。

 となりに並んだ梨里が突然そう言い出し、本気の眼差しを向けてきたもので、ぼくはかなり戸惑った。

 とりあえず『悪魔との契約とか、魔女狩りとか、使い魔の世話とか、いろいろ大変なことも多いだろうし、おすすめはしないよ』などと、やんわり誤魔化したのを覚えている。

 でも、梨里は基本的に諦めが悪い。

 

「これ、わたしのための仕事じゃんって、ぴんときたんだよね」


 真新しい高校の制服を着た梨里は、満面の笑みでぼくを見上げた。ぼくは目をそらす。


「えーと。それで、手品師に」

「うん!」

「たしかに路線は一緒って感じだけど」


 入学式が終わり、一緒に高校から帰る道中、人気のない桜並木の下を歩いているときのことだ。絵具のチューブからしぼったみたいな桜色が、木々を彩っていた。


「でも、弟子入りはあまりに早計だと思う」


 梨里は、ふらっと立ち寄った小さな劇場で、華麗なテーブルマジックに一目惚れしたという。ショーが終わったあと、その手品師にすぐさま弟子入りの直談判をしたんだと。

 またか。梨里はすぐ熱中するタイプだ。熱しやすさはアルミのようで、どろどろとハマる。長い付き合いの中で、しばしば目にしている。


「骨を埋める覚悟で、やってやります! って言ってやったよ」

「いや、熱苦しいな。一度見ただけで出来上がった熱意とは思えないよ」


 しかし、そんな即席麺みたいな熱意が伝わったのか手品師集団「カジー一門」に梨里は入門できたという。


「で、カジー梨里という芸名をもらいうけて、一番したっぱの弟子となりました。はい、拍手!」


 わざとらしく哀しそうな顔をつくってやった。


「あのさ、すこしは相談してよ」

「なに図体でかいくせに、ちっちゃいこと言ってんの。田中はそういうところあるよね。でも、ほんとに英玲奈先輩のマジックはすごいんだ、まじ憧れる」


 カジー英玲奈。梨里が指し示したスマホの画面には、彼女の画像が写しだされた。緑のジャケットを着た彼女は明るい茶髪でぱっと華やかな雰囲気、高身長も相まって舞台映えしそうな人だった。


「ずいぶんと、気に入ってるんだね」

「うん、焼き芋くらいには」

「憧れの人と食べ物を同列に並べるな」

「まあまあ、田中も見たら分かるって。特に『Bill In Lemonレモンの中の紙幣』は衝撃的だった」


 梨里は目をキラキラさせながら語る。そのマジック自体は有名らしい。

 英玲奈さんの『Bill In Lemon』の手順はこうだ。お客の一人に紙幣を借りてサインを書かしたあと、ぱっとそれを燃やして消失させる。


『基次郎、紙袋を取って』


 助手のカジー基次郎──文豪みたいな名前──から紙袋を受け取ると、おもむろに傷ひとつないレモンを取り出して、こう言う。


『助手の彼と名前が同じ、梶井基次郎さんの檸檬って小説ではレモンを爆弾と見立ててましたけど、このわたしにとってはワープ装置に見えまして』


 手早くレモンをナイフで割っていくと、なんと細く丸めた紙幣が、ひょっこり出てくるではないか。もったいつけて広げると、その紙幣にはさっき書いたばかりのサインがある。アメージング。


「もはや魔法って感じだった」


 もはや魔法。ぼくは繰り返す。もはや魔法。

 古い記憶を引っ張りだす。中世の頃、魔女狩りから手品師を救う目的で、マジック解説書が出版されたこともあったんだっけ。

 昔から卓越した手品は、魔法と見紛うものだった。合理的な手段だけを用いて奇跡を演出できるのは、それだけで驚きだ。

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