第2話 俺とプライド


「クソが!!!」


ボロアパートに着いた俺はあいつのにやけ顔を思い出して吐き捨てる。あいつはきっと俺がこの交渉に乗ってくると確信している。俺の性格、生活環境、満たされない欲求。全てを知って、あの振る舞いなのだろう。


今回の一件で俺は自分のプライドはあんな口車で傷つくほど脆いことを知った。側から見れば無名Fラン大学のよく分からない学部のよく分からない学科に所属する人間なんて、他人からの評価はああいったものになるだろう。でも俺は俺に価値を見出している。やればできる。俺はまだ全力を出してないだけだ。


(...いや、それも傲慢か)


無駄に高いプライドとそれに追いつかない自分の能力。理想と現実のギャップで頭がどうにかなりそうだ。誰だって他人からの認められたい、愛されたいと思うだろう。僕だってそうだ。以前は親や友達に褒められ生きてきた。だが、それらはすでに失われてしまった。


「結局、まだ親離れできてなかったということか」


確かに、あいつと組めば紛い物でも他者との繋がりができるだろう。僕には生きていくだけのお金がある。働かずとも生きていける。ならば、何のために生きていく。家族も友達もいない俺がなにを目標に生きていけばいい。


考えることをやめて、酒に手をかける。この頃酒の味を感じたことがない。ただ酔うため、それも考えることを止めるために飲む。問題を先延ばしにして生きてきた。この状況が僕の人生なのだ。


翌朝。結局俺はそのまま寝てしまったらしい。頭痛と吐き気に襲われながら俺は電話をかけた。2コール目で相手が出た。


「...もしもし。」


「どうも。あなたの甥です。昨日の話ですが、細かい契約の話をしましょう。」


電話越しに奴がほくそ笑むのが分かる。


「ふっ...おーけー。じゃあ、早速だがうちの会社で色々決めようや。昼にこっちに来てくれ。」


「分かりました。それでは。」


馬鹿だと思うだろうか。これが俺の話でないなら、高笑いしてやるところだが、生憎これは自分の選択。生きることには困らないことは保障されている。なら、どう生きるかについて考えるべきだろう。その結論がこれだ。


(以前の俺が見たら失望するだろうな)


だが、乾いた土に水が降り注がれるならそれが泥水だって喜ぶだろう?つまりはそういうことだ。俺のプライドはただ生きていくだけの動物になることは許さなった。結局、傲慢でも人間であり続けなければならないのだ。




さて、ワンルームのボロアパートを出て、奴の会社に向かった訳だが、そこにあるのはただの一軒家だった。表札にはしっかり会社名が記載してある。テナントを借りる金もないのか?そう疑問に思いつつインターホンを押す。


「よく来たな、まぁ入ってくれ」


そういうとドアの鍵が開けられる音がした。


「お邪魔します。」


外観はごくごく普通の一軒家だった。庭付き二階建てのレンガ調の家だ。内装も外観と特に変わりない。おっさんに連れられてそのまま廊下を進んでいくと撮影部屋らしい場所についた。2人ほど社員と思われる女性がいた。


「早速だが、撮影にかかるぞ」


「は?」


なにを言っているんだ。戸惑った様子の僕を横目におっさんは続ける。


「時間が勿体無いからな。一発目は派手に行こう。大衆から敵視されるような言葉を使え。下ネタは使うんじゃないぞ。あくまでも内容で叩かれるような話をするんだ。」


「待ってください。俺は今日、細かい契約内容について話に来たんです。いきなり撮影と言われても困ります。」


「そんなことは後でいくらでもしてやる。各まとめには既に話を通してあるんだ。こいつらの定時の内に終わらせなきゃ出費がかさむだろうが。」


社員の前でそんなことを言うとは。そんなおっさんの性格を知ってか知らずか社員に動揺はない。


「なにかキャッチフレーズを決めろ。聞けばすぐにお前を連想させるような言葉だ。」


「いきなりそんなことを言われても」


「使えねーなぁ。んー。じゃあ『努力は無駄』とかにするか」


「えぇ、その言葉どこでも言われてそうですけど」


「あ?じゃあお前が考えろよ」


怖ぇよ。このおっさん昨日と違って口悪すぎだろ。


「じゃあ、『人生は挑戦』とかでどうですか」


「それも変わらねぇと思うがまぁいいや。そのフレーズを一番最初に入れて、それに沿って今の世の中をディスってくれ」


「全部アドリブですか。台本とか無いんですか。」


「んなもん用意するほどこっちも暇じゃねぇんだ。自分で頑張れや。あとは名前か。何か無いと困るな。んー、、、」


おっさんが悩んでいる間に社員に呼ばれ、着替えさせられた。いかにも頭の悪そうな格好。ゴテゴテしたジャケットに裾の広がったパンツ。キャラつきのサンダル。ビジュアル的にも敵対意識を持たせる狙いか。


それに着替え、髪をセットし直すとおっさんに呼ばれた。


「お前の名前が決まった。お前は今日から『青年革命家さとぽん』だ。」


ネーミングセンス悪いな。と思いながらもこのよく分からない単語はかなり視聴者が持つだろう敵対心の発散部分になるだろう。


ここまで決まれば、あとはカメラに向かって話すだけだ。これから俺は世間を否定し、世間から否定されるだろう。だが、何もない今の人生よりはいい。そういえば、おっさんも悪評でも評判だと言っていたな。これで俺が世界の中心になれる。他者からの承認欲求を満たされる。


これから起こる事件など知る由もなく俺はカメラに向けて叫んだ。




「人生は挑戦だ!授業なんか出なくていい!どうも青年革命家さとぽんです!」

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