ⅩⅢ―明日への約束―(前編)

 ミッドナイトスペースに引きずり込まれる直前。天児はエージュの声を聞いた。


――君は自分が何者なのか知りたくないかい?


「今の俺は『日下天児』、それで十分……といいたいところだけど」


――やはり知りたいのかい?


「自分の事だからな。そりゃ知りたいさ。でも知ると俺は『日下天児』で無くなる」


――そうか。私としてはこれからの選択に支障をきたしてはまずいからね


「だったら、どうして俺に問いかけてきた?」


――試してみただけだよ、君が君であるかどうか


「相変わらず、回りくどい」


――私達の考えは人間には理解しにくいように出来ているらしいからね


「それがお前に与えられた、配役なのか?」


――役割にそって予定調和を描く。それが私の配役さ


――だけど君は違う。いつも君は私の予定調和――シナリオ――の配役にはいない出演者なんだよ


「理から外れた存在ってそういう意味だったのか」


――君の行動はソラとは違う意味で制限が無い。故に他の出演者――アクタもそれに合わせて絶えず私の予定調和――シナリオ――とは違う行動を見せてくれる。それによって迎える結末もまた異なっていく。


「それが俺の正体だっていうのか? お前のシナリオに出演するはずのないアクタ……それが俺なのか?」


――答えは君が出すといいさ。私の言葉がきっかけ、もしくはヒントになればね


 エージュはその言葉を最後にして、ミッドナイトスペースを開いた。




**********




 光の羽と弾丸がぶつかり合う。もういくつ目になるだろう。数える気はないが、百はゆうに超えて、千にも届きそうだ。


 彼女は無言で美守を捉えて銃を撃ち続ける。美守は羽を飛ばして応戦する。それを延々と繰り返していた。


(このままでは消耗戦……)


 記憶の取り戻したとはいえ、美守のメモリオンには限りがある。しかも今回の限界は記憶の全てが絶望に染まる前にと決めている。過去に味わってぬぐい去れない絶望の記憶が自分を支配する前に決着をつけなければならなかった。絶望に染まってしまっては信じてくれた天児に合わせる顔などなかった。だから使える記憶はおそらく今考えているよりもかなり少ないだろう。


(仕掛けなければ……!)


 彼女はおそらくもうアフターアクタと化している。目に映る光景すら記憶にとどめずメモリオンに変えて戦っている。つまり、メモリオンに必要な記憶が尽きることはない。今この一瞬すらもメモリオンとなっていくのだから。このまま羽と銃の撃ち合いをしていれば記憶が尽きて力尽きるのは自分に間違いない。


 だから仕掛ける。


「シャウイングッ!」


 翼を大きく羽ばたかせ、かまいたちを巻き起こす。彼女は銃を撃つのをやめて、そのかまいたちから身体をふせてかわす。


 そうしてできた隙を逃さず、上空に舞い上がる。


「フォールライトッ!」


 その大きく広げた翼を彼女に向かって打ち下ろす。


「ガフゥッ!?」


 まともに上空から思いっきり勢いをつけた翼をぶつけられて彼女は血を吐く。


 だが、攻撃を放った後にこそ最大の隙が生まれる。彼女は痛みに耐え、美守に銃口を向ける。


「――ッ!?」


 かわしようのない攻撃だった。


 銃声が辺りに轟いた。直後にガラスの割れる音がした。


「……つぅ…!」


 とっさに弾丸から避けるために身体を捻った結果、ビルの窓に突っ込んでいた。


(右の脇腹と右肩がやられた……)


 銃弾を撃ち込まれたところを確認する。その二ヶ所から出血し、激痛を感じるが戦えないほどではなかった。


 出血だけをメモリオンをあてて止めて、立ち上がる。


「これぐらいのことで、記憶は使えない!」


 声に出して強い意志表示をしてから、窓から彼女を見つめる。


 彼女はそれに気づき、発砲する。美守は窓から飛び出してかわす。高速で飛行して弾丸の嵐をかいくぐりながら、彼女に近づいた。


「ピジョンブレードッ!」


 羽の一部が剣へと変化し、彼女に斬りかかる。彼女はそれを、銃身を盾にして受け止める。だが完全に受けきることはできず、体勢を崩す。美守は、そこへ容赦なく斬撃を浴びせる。


「オオォォォォッ!」


 彼女はせめてもの反撃に、銃を乱射する。


「あぐぅ」


 それが美守の左足と左腕に当たり、攻撃を止めてしまう。


「ワアァァァァッ!」


 絶好の好機とみた彼女は激痛や出血を気にせず、美守に向かって撃ち続ける。


「何が…!」


 翼で身体を覆い、銃撃を凌ぎながら美守は言った。


「何が、あなたをそこまでさせるの……!」


 彼女は答えることなく撃ち続けた。


 美守は弾丸から剣をはじいて彼女に接近した。はじいた弾丸の光が鏡のように美守を映し、美守はそれを見た。ビルの町並み、雄大な自然、そして天夢の姿。それは彼女がこれまで見てきた光景だったかもしれない。


「あぐぅ!」


 一瞬目を奪われてしまったのが命取りだった。腹を撃たれ、意識が遠のきそうだったが持ち直して、剣を投げ飛ばした。


 剣は、彼女の手に刺さり、彼女は銃を離した。


「スラッシュッ!」


 ファクターの身体を容易に切り裂く翼の刃が彼女を襲う。


 彼女の体が浮き、飛ばされる。


 彼女が視界から消えると、美守は膝をついた。


 出血が止まらない。メモリオンで止血しなければと腹を当てようとするが、身体がいうことをきいてくれない。


『……信じていいんだな?』


 天児の問いかけが脳裏をよぎった。


(信じて、なんて言えないかな……?)


 今の状態ならばそう答えただろうと思うと力が湧いた。信じてと言った自分の責任を全うするために。


「信じる人がいるから、戦える……あなたもそんな気持ちだったのね…」


 美守は起き上がってこちらを見る彼女に向かってそう言った。


 一目見ただけでわかった。彼女と天夢は愛し合っていた。アフターアクタと化して一つの意志だけが身体を突き動かしている。それが愛でなければ天夢の意志を汲み取り、彼のためには戦わない。だからこそ彼女がどれほどの強い想いをもっていたのか理解できた。


 でも、だからといって美守も負けるわけにはいかなかった。たとえ両腕両足が撃ち抜かれようとも。


 そう思った瞬間に、一つの銃声が響いた。それとともに無数の光の弾丸が美守に襲いかかった。


(よけきれない…!)


 即座に悟り、美守は翼を前に出して攻撃に備えた。無数の弾丸を翼で受け止めた。


 全てをうけ切れたわけではなく、何発か翼を貫いて美守の身体を撃ち抜いた。幸いにも急所は外れてくれたので、まだ戦えるという意志に身体は応えてくれた。


「フェザー・サンショットッ!」


 美守は無数の羽を彼女に向かって飛ばす。


 弾丸となった羽の嵐にさらされながら彼女は、頭と心臓だけには当たらないように動き回った。そして、引き金を引き続けた。


 羽と弾丸の撃ち合いが再び始まった。ただ、今回は互いの弾丸を全て撃ち落とす余裕がないほどの勢いで撃ち合い続けた。双方に弾丸を受け続けた。それでも互いの意志が折れずに撃ち続けた。


「まだ…! まだ! まだッ!」


 一発当たるたびに激痛が走り、戦意をそいでいく。それでも声を上げて自分を鼓舞した。


 そんな中、胸に向かってくる一発の弾丸が目に入った。


「――ッ!」


 この一発にだけは当たってはいけない。反射的に身体が動いた。


 それで体勢が崩れたために、弾丸の嵐にさらされた。


「ガアァァァァァッ!!」


 それまで耐えてきた激痛が一気に走り、美守は絶叫した。


 絶叫した後、美守は倒れ伏した。


 彼女はそれを見て接近した。いくら倒れたとはいえ至近距離でなければ確実に仕留められない、そう判断したのだろう。


 だが美守の意志はまだ折れていなかった。この接近を好機と見て、こみ上げる痛みを抑えて、もっと接近するのを、息を殺して待った。


 その好機は一瞬の後にやってきた。


 彼女はとどめをさすべく銃を向け、引き金を引こうとする。


 美守は剣を投げ飛ばした。


 剣は彼女の脇腹にささった。それで一瞬怯んだ。美守は立ち上がり、その一瞬で彼女との距離を埋める。


 美守の剣と彼女の銃がぶつかる。


 銃を撃たせる隙など与えないために、斬撃を繰り出す。


 銃を撃たれれば、もう立ち上がれない。今倒さなければやられる。


 それは彼女にもわかっていた。だから美守の斬撃を全て防いだ。一撃でもくらえばその勢いのままに倒される。一撃ごとにそんな気迫が伝わってくるようだ。


 身体が痛みで悲鳴を上げ、心を折れかけようとも、美守は攻撃し続けた。


 美守の瞳には彼女が、彼女の瞳には美守が映る。


 誰かを信じて、全てを賭けて戦う姿はまるで鏡のようだった。


 辺りにはメモリオンの光が飛び散る。それはこの戦いこそ、自分達に用意された最高の舞台だと物語るようだった。


 だが、その戦いにも幕を閉じるときがやってくる。永遠に続く舞台は無いのと同じように。


「ダアァァァァァッ!!」


 絶叫と共に、背中の翼が彼女に襲いかかる。


 翼は、彼女の右肩に剣のように突き刺さる。それは彼女への致命傷となる一撃にはならなかった。美守もそのことはわかっていた。重要なのは次の一撃だった。


 剣を大きく振り上げ、振り下ろした。


 剣が描いた光の軌跡は彼女の肩から胸、腹を走り、血飛沫で紅に染まった。


「テン、ム……」


 それが美守が彼女から初めて聞いた言葉だった。そして彼女が口にした最後の言葉でもあった。


「最後まで想える人がいたのね……」


 美守は羨ましく思えた。記憶の全てが消えたとしても最後の最後まで戦えるほど愛せた人がいることに。記憶を無くすためだけに一人で戦い続けることを選んだ自分とは対照的に見えた。


 だけど、今は違うと心の中で言い聞かせた。


(天児君を追わないと……)


 信じてくれた人が待っていると、身体を動かそうとした。


「血を流しすぎたかな…?」


 美守は血まみれで真っ赤になった全身を見つめて自嘲した。




**********




 上空で天児と天夢の剣がぶつかるたびに、メモリオンの光が花火のように弾けた。


 後も先もない。この戦いに持てる全ての記憶を注ぎ込んでいる。


――負けられない


 その一念は共通していた。


 一合交える度に互いに嫌というほど伝わってきた。


「ソードライナーッ!」


 天児が天夢に向かって剣を突き出し、一直線に飛び上がる。


「牙折斬ッ!」


 天夢は突き出された剣を日本刀で払いのけて、剣を折る。


 だが、天児は怯むことなく短剣の方を突き出した。それを天夢はかわして日本刀でなぎ払って折る。


「チィッ!」


 二つの剣は折れたため、距離をとってもう一度生成する。


(四人分のメモリオンなら、このままじゃ勝ち目はない……)


 むしろよくここまでもっている方であった。四人分も集めたメモリオンで込められたあの日本刀は一人では到底太刀打ちできないほどの強度を備えている。それは単純に四人分だから量があるというわけではなく、異なる記憶が混ざり合ったメモリオンは元の一人だった時よりも数倍のチカラとなる。それが四人もあったのでは、少なく見積もっても元々の天夢自身のチカラの十倍はあるだろう。


「使えよ」


 天夢が告げた。


「オーバーロウならば、このチカラの差を逆転できるだろ?」


「……いいのか今なら、使う前に倒せるはずだ」


「切り札を警戒しながら戦うのは得意じゃない。いつか使うなら今使ってくれた方がいいというだけの事だ」


 天児は余裕を見せつけられているようで不快だったが、使わずに今の天夢を倒すのは不可能だという事はさっきまでの戦いで思い知らされた。


「だったらお望み通りに!」


 天児は目を見開き、天夢を見据えて宣言した。そして意識を研ぎ澄ませる。


 胸に秘めた決意をさらに強く心の中に思い描く。


 すると、天児の瞳は時計の針のように鋭くなり、円を描いて回転する。オーバーロウが発動したのだ。


「いくぞ!」


 天児は自分に言い聞かせるように叫んだ。それが再開の合図だった。


 直後に天児はその場から消えて、天夢の目の前に現れた。


「――ッ!?」


 天夢は反射的に日本刀を盾のように前に押し出した。そこへ天児が長剣をぶつけてきた。


 長剣は折れなかった。それどころか、勢いに押されて後退した。


 間髪入れず、天児は追撃した。


 天夢はこれを防いだが、天児の勢いは止まらない。


 さながら斬撃の豪雨だった。それも一撃一撃が重い。


(腕がしびれてきたな…!)


 天夢はその場から離脱しようと天高く飛び上がった。


 逃がすものかと言わんばかり、天児も飛び上がった。


 逃げる天夢を追う天児だったが、今の天児には距離がどんなに離れていようと大して意味を無さなかった。超スピードというよりも、天児と天夢の距離を0とオーバーロウで定めれば、一瞬にして天児は天夢に追いついてしまうのだ。


 天夢はそのことを知っていた。知っているからこそ逃げたのだ。


 天児が斬りかかってきたところで、天夢はすんでのところでかわした。


 天夢は天児に向かって日本刀を突き出す。天児はこれをなんなくかわした。


 空中で、天児と天夢の剣が激突した。


(強いッ!)


 オーバーロウの影響で最高の一撃を放てるようになった剣で天夢の日本刀と真っ向勝負したというのに、そう感じずに入られなかった。四人分のメモリオンというのは想像していた以上に固く強いらしいということを改めて思い知らされた。


 それは激突のたびに実感させられる。


(いや、これは思い込みだ。まだもっと強い一撃を放てるはずだ!)


 天児は念じる。天夢の日本刀よりも強い一撃を放てる剣を。


 自分の限界、メモリオンで引き出したチカラをさらに超えるチカラをオーバーロウで引き出した。


 そこから放つ一撃は絶大で、天夢のチカラを押し切る。


「くぅ…!」


 天夢はかなわないとみると、即座に身体から仰け反らせて直撃だけはさけた。だが、剣から生じる風圧は避けようが無く台風の暴風を受けたように天夢は飛ばされた。


 天夢はそこから空中でバランスを整え、日本刀にありったけのメモリオンを注ぎ込む。


「まだだッ!」


 日本刀の一撃が一瞬天児のチカラを上回り、圧される。


 そこへファクターが天児の視界に入った。


 天夢は微笑み、ファクターの体内に飛び込んだ。まるで水泳の飛び込みのようにすんなりとファクターの体内に入っていった。


「しまったッ!」


 天夢の狙いはこれだったと悟ったがもう遅かった。急いで天児もファクターの体内に飛び込んだ。


 時元牢に入るのはこれが3度目になるが、何も見えないこの光景は見慣れることは無かった。自分の身体さえ見えないこの空間でも漂っているものはある。幾多のアクタとその記憶が無限に横行する空間。掴もうと思えばどんな記憶すらも引き出せる。ここには時代に関係なく戦い続けたアクタ達の記憶が管理されることなくあるのだ。天夢はそれを自分の内に取り込もうとした。その気配はオーバーロウのおかげですぐに辿れた。


 道中、周囲に様々なアクタが浮かんでは消えていった。天児に何か伝えようとしているのか、天児が珍しく見えて見に来ただけなのか、それともただここに漂流してきたのか、それは天児にはわからない。おそらく当の本人達にもわからないことだろう。


 そこへ何か天児の腕を掴んだ感触を感じた。


 鎖だ。記憶の底にこれと同じ感覚があったのを憶えていて思い出した。


「京矢かッ!」


 天児の呼びかけに答える者はいなかった。


 鎖に身体は引きずられる。逆らおうとは思わなかった。このまま引きずられれば、鎖の持ち主が誰なのかわかるからだ。


 すぐにわかった。時間にして数秒にも満たなかっただろう。


 天夢だった。天夢が京矢の鎖を使って天児を捕らえたのだ。


「京矢の記憶を手に入れたのか!?」


「……そうだ」


 天夢ははっきりと答えた。感情はこもっていなかった。他人の記憶を手にして喜んでいるのか、絶望しているのか、ここからではわからなかった。


 鎖を剣で斬った。以前ならできなかったがオーバーロウが発動している今なら難なくできた。


 次の瞬間には銀色の細い糸が周りを取り囲んでいた。闇しかないミッドナイトスペースでわずかな光でさえ目立つからすぐにわかった。


「教子さんの『糸』か…!」


 『糸』がまるで細くて鋭い刃のように見えた。触れれば斬れる。そんな危機感を『糸』の光はあたえさせた。


 天児は自分の身体をゆうに超える黄金の大剣を手にした。重さは無い。無駄なく最小限の動きで『糸』に触れないよう、大剣とともに腕を振り上げた。


「ミッドナイトブレイクッ!」


 振り下ろして発生した衝撃で『糸』は全て消え去った。


 天児が天夢がいた場所を見ると、その姿は無かった。


 すると背後に現れ、異常に伸びたナイフのような爪で天児の背中を引き裂いた。


「今ので仕留めるつもりだったんだけどな……」


 天夢は残念そうに笑みを浮かべて言う。その笑みはどこか余裕がなく、自嘲しているようだった。


「簡単にいくものかよ!」


 天児は剣を突き出すと鎖と『糸』に絡み合う。


「ならばこれで…!」


 天夢は銃を向けた。


「……ブレイクブレッドッ!」


 一直線に光の速さで駆け抜ける弾丸は天児の心臓を撃ち抜いたはずだった。とっさに胸にあてた短剣が弾丸の行く手を阻んだのだ。


「もっと色々試してみたいところだけど!」


 天夢は眩い光を放つ。闇しかない時元牢を照らす太陽のようだった。


「時間はないよ」


 天夢はそれだけ告げて日本刀で天児に斬りかかる。


「こいつが俺の記憶だからな」


 天夢は日本刀を差してそう言った。


「それを捨ててどうするつもりだ? その記憶はお前がお前である証だというのに! そんなことをしてまで…!」


「ミッドナイトスペースさえなければ、こんなことにはならなかった!」


 天夢は激昂した。彼からあふれ出るメモリオンはさらに輝きを増した。


「俺が友達を、家族を、『日下天児』であることを捨てる必要なんてなかった! 彼女も俺のために全てを無くすことはなかった!」


「だから消すつもりなのか?」


「そうだ!」


 天児には天夢の気持ちが理解できた。


 二人の激突でメモリオンの光が拡散していく。


 そこにはアクタのあらゆる記憶が映し出された。いつ、誰が見て、何を想い、刻み込まれた記憶なのかわからない。


 だが、それは確実に今天夢を突き動かすチカラとなっていた。


「この行き場のない記憶だって、そうやって戦ってきた成れの果てなんだぞ! こんな戦いがこれからもずっと続いていくんだ! ミッドナイトスペースがある限り終わらないんだ!」


 拡散したメモリオンの光が時元牢の暗闇を満たし、消えていく。彼らの戦いはその中では収まらなくなったのだ。


 戦いはミッドナイトスペースの夜空へと移った。


「もっと違うやり方があったはずだ! もっといいやり方が! これじゃあ、お前が壊れる!」


「時間が無かった! そのやり方を見つける前に世界は消える! そうなっては意味が無い、違うか!?」


「く……!」


 天児は反論できなかった。まもなく世界は消える。ソラの出現によって時間軸の歪みはどんどん大きくなっていき、世界を滅ぼす。変えようのない事実。天夢はそれを知った上で、今自分にできる道を選んだ。たとえ、自分が破滅しようとも、これ以外に方法があったとしても、これが最善の道だと信じて。


「……終わらせるんだ…! 俺が全部、終わらせるんだ……! 終わらせるんだ…!」


 天夢が急に震える。そこには不安、恐怖、絶望に支配されたようであった。


「もう、限界か!」


 天児の危惧が的中してしまった瞬間だった。


 溢れるほど膨大な記憶が天夢のちっぽけな記憶を飲み込んだのだ。


 残ったのは一念だけ。ミッドナイトスペースを終わらせる。それだけが天夢の意志。だから声になって出るのもそれだけ。


 天夢は一層強い光を放つ。


 まるで太陽のようだが、それは暖かくはない。むしろ冷たさを感じる。天児はそこへ突っ込んだ。


 光は日本刀へ収束し、目の前へと迫った天児に差し出す。天児は黄金の大剣をぶつける。


 衝撃はミッドナイトスペースに鳴り響かせ、大地を揺れ動かした。


「これじゃあ、同じだな」


「………」


「俺とお前が戦って滅んだ世界と同じだ」


「………」


「これがお前の望んだことか?」


「………」


「また運命なんて言葉で片付けるのか?」


「………」


「お前は本当に捨てたのか?」


「………」


 天児は天夢に呼びかけ続けた。無駄だと知りながらもそうせずにはいられなかった。


 そこにいるのが他ならない『日下天児』だからだ。


 天夢は天児をにらむ。目の前にいるのは敵。自分の目的、ミッドナイトスペースを破壊するのを邪魔する敵。そうとしか認識できていないようだった。


 なんとしでも救い出さなければならない。『日下天児』を。


 そのための方法を何故か自分は知っている。


「記憶が溢れているのなら全ての記憶を削除して、新しい記憶を上書きするしかない!」


 何故知っているのかが問題ではなかった。知っているのなら実行するだけ。その上書きする新しい記憶が自分自身、『日下天児』の記憶だとしても構わない。それで天夢を救い出せるのならやるだけだ。


「まずは削除からだ!」


 その一声で黄金の大剣を振るう。


「ミッドナイトブレイクッ!」


 一撃で光をかき消すほどの光の斬撃を生み出した。


「まだだ!」


 天児は気合の怒声を上げる。そうすることによって天児のメモリオンの輝きは増す。


「デイブレイクッ!」


 ミッドナイトスペースに光が満ちる。決して明けることのない夜の闇に照らし出された朝日のようだった。


 天児は天夢に向かって飛び込む。


 今の天夢に、溢れるほど眩いメモリオンの光は無かった。


 だが、それでも天夢は日本刀を突き出す。


「刻鋭ッ!」


 天夢に残った最後の記憶。戦う意志はまだ絶えていない。


 天児と天夢は長剣と短剣と日本刀をぶつけ合う。天夢に残った最後の記憶はどこまでも固く、強かった。


「オオォォォォォォッ!!」


 持てる限りのチカラを振り絞って、日本刀を弾いた。そして天夢の額に天児は右手を当てた。


「お前は俺だッ!」


 天児はオーバーロウで持ちうる『日下天児』として全ての記憶を天夢に流した。


 天夢は『日下天児』に戻った。

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