ⅩⅠ―歪む時間―(後編)
「時間が無いわ、天児君…!」
美守はそんな天児を見下ろして言い放った。
「美守、おまえなにを…?」
天児はソラを離してから極めて真剣な面持ちで自分を見つめる美守と相対する。
「あなたの記憶は残り少ないんでしょ?」
「ああ…」
「このままでは彼に勝てない…」
「わかってる…」
天児は歯を噛みしめて答えた。
「だけど……まけるわけにはいかないんだ…!」
「その気持ちは私も同じよ…」
美守はそう言って天児の手に手を重ねた。そしてその手は光り輝いた。メモリオンの光だ
「美守!?」
「これで戦えるはず…」
「そんな、そんなことしたら…」
「いいの、もう長くは生きられないから…」
美守がそう言うと腹から血が吹き出た。
「あ……!」
天児は驚愕のあまり、身動きができなかった。
「一応メモリオンで止血したけど、もう限界みたい…」
「まさか、天夢に…」
美守は頷いた。その頭からも血が流れ落ちていた。
「やめろ! 早く治すんだ!」
「もう、とめられない……それに私が治っても足手まといになるだけ……」
「そんなこと…」
そこから先は震えて声が出なかった。それに美守の手を払いのけられなかった。メモリオンのチカラのせいで腕力以上にその手に力強く握り締められていたからだ。
「使って……! 私の記憶を使って…!」
美守の身体中の力を振り絞った声だった。顔には血と涙と汗が混ざり合ってまともに見ることができないほど崩れていたが、天児は目をそらさなかった。そしてもう止められないとわかってしまったから、せめて最後まで看取ることしかできないと決意した。
「勝って、よ……」
「わかった……」
美守は最後の力をかけてそう言うと、天児は震えを必死に止めて答えた。
それを聞いて、美守は微笑んだ。血にまみれてもはっきりわかるほど美しく。そして体中から血飛沫を上げて倒れふした。
「おねえちゃん…? お姉ちゃん…!」
ソラは倒れて動かなくなった美守を見下ろして、必死に呼びかけた。
「ソラ……ここから離れるんだ…!」
「え?」
「美守なら俺に任せるんだ」
「で、でも…!」
ソラは怯えながら美守と天児は交互に見た。
「早く逃げるんだ!」
天児は怒声を上げた。
「う、うん…!」
ソラは走ってその場から去った。
「逃がしたのは正解だったな」
道路の向こう側から天夢の声がした。
「天夢……いや、天児か!」
「そうだ、本物のな」
天夢がそう答えると、天児は天夢の奥で横たわっている金髪の少女がいることに気づく。
「シャッドに何したんだ!?」
「彼女から最後の記憶もらったんだ……」
天夢は笑った。だが、目は笑っていなかった。
「お前、そんなことまで…!」
天児は怒りで目を血走らせる。
「こうなるのが運命だったんだよ…」
天夢は虚ろな瞳を浮かべて告げた。
「運命…そんな言葉で片付けちまうのかよ、お前は!」
天児は悔しさがにじみ出る表情を浮かべ、天夢に言い返した。
今お互いの距離は二人にとってそれほど開いていない、駆ければ数秒でぶつかるほど程度しかない。それなのに、両者にはいかんともしがたい隔たりを感じずに入られなかった。
「まるで鏡だな、こうしてみると」
「俺はお前と同じだとは思っていない」
「そうだろうな」
天夢は微笑むと、天児に刃を向けた。天児も天夢に刃を向けた。
その光景は天夢が言ったように鏡のようであった。ただ一つ違っていたのは背後で横たわっている少女だった。
互いの刃の光が一直線になった時こそ戦いを告げる合図だった。
天夢は今まで集めた多くのアクタのメモリオンを、天児はあらゆる法則を超えるオーバーロウを用いて剣をぶつけ合う
互いにこの戦いに全てを賭けていた。その想いにメモリオンが呼応し、眩い光が辺りを包んだ。
天児のオーバーロウは神が定めたであろう法則を超えるチカラだった。そのチカラで天夢との圧倒的なメモリオンの差を埋めた。むしろ、天児の方が圧倒していたのだ。
そのスピードは目で追いきれるものではなく、光の速さに達しているのではないかと思えるほどで、そのパワーは人間が持ちうるチカラの限界を遥かに超え、大地を砕くほどであった。
その絶大で強大な一撃を天夢は受け止めた。
「このチカラだ! このチカラがあればなんでもできるんだ!」
天夢は狂気にも歓喜にも悲愴にも近い叫びを上げた。
「なんでもだと!」
天児は離脱して、さらに勢いをつけてもう一撃与える。
「なんでもできるチカラだろ、オーバーロウ!」
「なんでもできたって、誰を守れるんだぁぁぁぁッ!!」
天児の絶叫と共に、最大の一撃が放たれた。
互いが互いに持ちうるあらん限りを尽くした戦いになった。彼らはこの戦いに全てを賭けていた。身体中に痛みが走ろうと、心が折れかけようと、意識が途切れそうになっても、互いに相手だけを見て、倒すことだけに全ての力を剣に注ぎ込んだ。
戦いはどれほど続いたのかわからない。数分、数時間、数日……時間の経過を確認する手段の無いこの空間で、どれだけ戦ったのか誰にもわからない。
永遠に続くかと思われた戦いについに終止符が打たれた。
長時間膨大な量のメモリオンを扱っていたがために制御が追いつかず、一瞬のほころびを天児は見逃さなかった。
「そこだぁぁぁッ!!」
その一撃に全てのチカラを注いだ。
天夢の胸に天児の剣が突き刺さり、血飛沫が一面に舞い散った。
「嫌だったよ、こんなのは……」
それが天夢の最後の言葉だった。
「俺だってそうさ……」
全てのチカラを失った天夢が倒れるさまを見て天児はそう答えた。
戦いには勝った。だが、勝利の喜びなんて無かった。
むしろ、心のうちに秘めていたモノが増大していった。戦いで失ってしまったモノを埋めるように。
「こんな……こんなことのために戦ってきたんじゃないだろ、俺達は!」
やるせない想いを声にして叫んだ。今さらどうしようもないとわかっていてもそうしなければいられなかった。
「どうしてこうなっちまったんだろうな…?」
天児は自問した。しかし、自答することはできなかった。いくら考えてもわからなかったからだ。
「なんで……なんで、だよ…! 俺は……間違っていたのか? 誰か答えてくれ! 誰でもいいから! 頼むよ! どうしてこうなちまったんだ! オーバーロウはなんでもできたはずじゃないのか! なのに、何もできなかった…!」
やがて叫びつかれて手にしていた剣を自分に向けた。
「おれは、なにをやっていたんだ…?」
その自問が天児の最後の言葉となった。全身血にまみれた天児の身体をさらなら血が胸からあふれ出て、天児を見ると赤い血しか目に映らないほどになっていた。
そして天児は力尽きた。最後に彼は誰か聞き覚えのある泣き声が耳に入ったようだが、誰だったのか確認する力も気力も残っていなかった。
「あ……あぁ……うぅ…」
全て見終わったあと、天児はまともに立てずに両膝をついた。
――自分の死なんて滅多に見れるものじゃないからね
「なんで俺は、あんなことを…?」
天児は最後に自分の剣で自分を貫いた事実に疑問を覚えずにはいられなかった。
――彼と戦ったことにより君はほとんどのメモリオンを使い果たしてしまった。それで残った君の記憶というのは美守のモノだった
「美守の記憶…?」
自らの命すら犠牲にして天児に戦うための記憶をあずけるところを思い出した。
――君も話を聞いたはずだよ、彼女が味わった絶望を。命すら捨ててしまうほどのね
「それしか残っていなかったとすると……!」
天児はそれで自害した事に納得がいった。
「皮肉だな……俺を生かすために記憶を与えたのに……命を絶つことになってしまうなんて…」
天児はフラフラと立ち上がった。
「おにいちゃん…」
ソラは心配そうにその様子を見送った。
「大丈夫だ、落ち着いた」
天児はソラに心配かけまいと、精一杯の笑顔を作って言った。
――続きを話してもいいかい?
「まだ何かあるのか?」
――君達の戦いの後、世界はどうなったかだけどね
「想像はつく…」
――ご想像通り、消えてなくなったさ
「そうか……」
天児の顔は沈んだ。
――だからこそ私は時間を遡り、こうして君達はここに立っているんだ
「時間を遡る?」
――時間をある地点まで戻せるということさ。世界の存続のために私に与えられし最後の手段さ。
「それじゃあ、世界のためにこうやってまた俺達は戦っているのか?」
――そうだよ
「ふざけるな!」
天児は怒りのあまり天に向かって叫んだ。
――そうしなければ世界は消えてなくなる、そうさせないために私がいる
「世界のために仕方のないことだっていうのか……」
天児は自分に言い聞かせ、やり場のない憤りを無理矢理抑えた。
――この時間軸にも問題はあるんだよ
「さっきも言ってたな。何なんだ、それは?」
――それこそがソラなのだよ
「ソラ……」
天児は呼びかけるのでもなく、ただその名前を言い、一週間で十年もの歳をとってしまったソラを見た。
「私がいることで歪むんだよ」
ソラは告げた。
「そんなバカなことが…」
天児はソラの言葉を信じなかった。
「大体ソラがここにいるのはお前の仕業じゃないのか?」
――いや違うな。誤算だったよ、彼女があの時間軸の中で最も大きな歪みの中にいたとなんてね
「最も大きな歪み?」
――君と彼が戦った場所さ
「あの場所にソラがいたのか!」
天児がそう言うとソラは一瞬ビクついた。
「私、お兄ちゃんが心配で……」
「………………」
天児はその言葉を聞いて何も言えなかった。
――歪みの最も大きな地点にいたせいで彼女は私の時間逆行に巻き込まれたのさ。
「それで俺達の前に現れたということか、じゃあ記憶がなくなっていたのは」
――あんな光景を見せられて正常でいられると思うかい?
「そうか、そうだったんだな……」
天児はそう言いながらソラを見た。
「辛い想いしたんだな……」
「ううん、お兄ちゃんの方がもっともっと……」
「俺はお兄ちゃんじゃないのにか?」
ソラは首を横に振った。
「私にとってのお兄ちゃんはあなた…」
「美守にもそう言われたな…」
天児は苦笑した。
「……馬鹿らしいよな…そう言われると、自分が何者なのかどうでもよくなってくるな…」
「お兄ちゃん……」
ソラは今にも飛びつきそうなのを踏みとどまった。まるでしてはいけないことを我慢しているようだった。それを見て天児は顔を険しくさせる。
「歪みの原因がソラってどういうことなんだ?」
――同じ時間軸に同じ人間が二人存在し続けているということはそれだけで時間軸が歪む事象なんだよ。はじめのうちは小さなもので取るに足らない事だったのだが時間が経つにつれてその歪みは無視できないものとなっていった。
「ソラと空がいるだけで、世界が無くなってしまう……そういうことなのか?」
――そういうことだよ
「だから、お前はあの時ソラを消そうとしたのか?」
――よく憶えていたね
それは初めてミッドナイトスペースが開かれたのが十一時五十九分ではなかった時のことだった。天児にとっては根深く刻まれて残った記憶だったから憶えていたのだ。
――あの時はファクターを使ってなんとか排除できないものかとやってみたんだけどね
「あの時、ソラは死んだと思った……なのに、次の瞬間には何事もなかったかのようにピンピンしていた…」
――あれは君のオーバーロウの影響だよ
「あ……!」
そう言われて天児は気がついた。あの時、無我夢中だった。だからオーバーロウが発動していても、それに気づかなくてもおかしいことではなかった。
「それでソラの傷を治してしまったのか」
――ついでに記憶までもね
「……なるほどな」
天児は再度ソラを見た。
「治ったと言っても、すぐに戻らなかったわ。徐々に少しずつね。記憶が治っていくに連れて私の精神も成長したわ…」
「だから大人びているんだな」
天児は微笑んだ。ソラはそれを聞いて顔を赤らめた。
「……どうせなら、ずっと子供の方がよかった…」
「何も知らないからか?」
「うん…」
ソラはそう答えると、顔が濡らした。
「知らない方がよかった。お兄ちゃんがあんなことになるなんて……思い出さなければよかった…」
「俺だってそうさ。知らない方がよかったと思う事なんて沢山あった…」
天児はソラを抱き寄せた。
「辛かったんだな……ずっと溜め込んでいたんだな……」
「お兄ちゃん…!」
「俺はここにいる…」
「やっぱりお兄ちゃんだよ……」
ソラの頭が天児の胸にあたる。その胸だけが妙に熱くなっていた。
まもなくしてミッドナイトスペースは閉じた。
ソラが先に消えて、その場には天児だけが取り残された。
「まだ俺に言いたいことがあるのか?」
――一番大事なことがまだなんでね
「歪んだ時間軸を治す方法か? それともまた時間を遡るのか?」
――前者だよ
「なら、早く教えてもらいたいな。もったいぶらずに!」
天児は後の方の言葉を強調して言い放った。
――さっきも言ったけど、歪みの原因はソラだ。ソラが存在し続ける限り歪みは大きくなる。それなら原因を取り除けばいい
「おい! それって!」
天児はその先のエージュの言葉が想像できた。だからこそその先を言わせまいと止めようとした。無駄だと知りながらも。
――その存在を消せば歪みは止まる。君のオーバーロウで跡形もなく、だよ
そしてその想像は当たった。天児は愕然とした。
「………………」
天児は何も言えなかった。ただそこで立ち尽くすだけだった。
――もっとも止めたところで既に手遅れということもありうるけどね
そこからエージュが言おうとしていることも想像がついた。だからその声に耳を傾けなかった。
――その時はまた遡るさ
**********
気がつくと天児の目の前に美守がいた。
「………………」
美守は何も言わずただこちらが何を言ってくるのか待っている、そんな表情だった。
「ソラはいるか?」
美守は即答した。
「後ろに」
天児は美守の背後にソラがいることを確認した。ソラは意識を失っているのか目を閉じたまま動かずに座っていた。
「そうか……」
天児は安堵の息をつく。
「何かあったの?」
「色々あって……」
天児は答えかけて美守と目が合ったところで、エージュに見せられた光景を思い出した。
自分に記憶を託し、血飛沫を上げて、最後に微笑んで倒れた美守をいやがおうにも脳裏をよぎった。
「く…ッ!」
「どうしたの?」
「いや、なんでも…」
「『ない』なんてありえないわね、その顔で」
美守はさらに迫る。
「ああ、そうだな…」
それでも、天児は美守の顔を見れなかった。
「私を見て!」
美守は天児の顔に手をあてて無理矢理自分の方へ向けさせた。
「う…!」
「目をそらさないで!」
「あ、ああ…」
「何があったの? 言ってみて」
「………………」
そう言われて天児は言おうとしてまたためらった。
「話して、どんなことがあっても受け入れるから……あなたが私を受け入れてくれたみたいに……」
「あ……」
天児は話した。ソラの事、別の時間軸でのこと、そしてその時美守がどうなったのか。
「エージュに見せられたよ……」
「そう、なんだ……」
美守はそれだけ答えて、天児の顔にあてた手を離した。
「私、そんなことになるんだ…」
「そんなことさせない!」
天児は強く言った。
「ううん、私はどうなってもいいから……それよりも、」
美守は天児に強い視線を送った。
「あなたの方が心配よ。ソラを殺せ、そう言われたも同然じゃない」
「馬鹿げていると思うよ…」
「ええ、私もそう思う」
「でも、決めないといけないんだ…」
天児は辛そうにそういうと、ソラを見た。
「おかしいよな……妹を殺さなくちゃいけないって……」
天児は今抱えているもどかしさを声に出した。
「天児君はどうしたいの?」
「俺か…」
「それをはっきりさせないといけないわ」
「そう、だな…」
美守の言葉に同意した。だけどそれさえも簡単にできることではなかった。
「すぐには無理だな…」
「わかってる」
そこから長い沈黙が流れた。
**********
どこだかわからない暗闇の中、二人の若い男女がいた。
「テン、ム……」
焦点の定まっていない金髪の少女は少年の名前を呼んだ。その声は今にも枯れそうなほど儚げだった。
「メリア……」
天夢もまた少女の名前を呼んだ。その声は潰れそうなほど震えていた。
「会いたかった……」
「俺もだ」
二人は抱き合った。再会の喜びを全身で味わうために。
「ずっと戦ってくれたんだな……」
「うん、うん……」
メリアと呼ばれた女性は頷き続けた。
「俺を助けるために……俺のために…」
天夢は辛そうに語りかけた。
「うん…」
「日本語、話せるようになったんだな」
「必死に憶えた……忘れないように…」
「俺と話すため、か…」
天夢は食いしばるように言った。
「うん…」
「いつか一緒に日本へ行きたいって言ったよな?」
「うん…」
メリアは笑った。
そこで天夢の脳裏によぎったのは、二人で過ごした記憶だった。
彼に天児としての記憶を与えてから、アクタとしての記憶とこれまで生きてきて身に付けた最低限の常識の記憶だけ持って、天夢を名乗るようになり、天児としての自分を捨てて、アメリカに渡った。
知り合いのいない場所に行きたかったし、世界旅行に憧れを抱いていたからだ。
食事と寝る場所さえ確保すれば金はさほどかからなかった。悪漢や悪人からメモリオンを使って巻き上げればそれにも苦労しなかった。そのうち、英語も身に付けて知り合いも何人かできた。天夢は親しくつもりはなかった。それだけ辛いことがあるからと親しい人間をつくらないように努めた。
メリアもその知り合いの中の一人でアクタだと知ったのはミッドナイトスペースに引き込まれてからだったため、出会って程なくしての頃だった。
ファクターと戦うつもりはなかったが、知り合いがピンチならば見過ごせなかった。メリアは内気で引っ込み思案だったため見ていて危なっかしかったため、目が離せなかった。それから彼女を何度も助けた。
そのうち、親しくなってしまった。
望まない事だったが、こうしていたいという願望もあった。メリアと口づけしている時はそれを実感させられた。
(マスターもこんな気持ちだったのかな……)
天夢はそう思えてならなかった。
記憶が無くなっていく恐怖を知ってしまってから、人との交流を絶つために喫茶店に顔を出さないようにした。
それでも愛は止められなかった。教子との愛はそんな決意では消し去ることはできなかった。だからこそ記憶が消える憤りをファクターにぶつけずにはいられなかった。その後、彼がどうなったのかも目に焼き付けられその記憶は消えることはなかった。その姿に自分を重ねてしまった。
いつか彼女の前から消えよう、そう決意した。
その決意は望みもしない形で実現してしまった。
ある日現れたファクターはとても強く二人だけでは手に負えなかった。
そして、天夢はファクターの身体に引き込まれた。
「テンム! テンム!」
メリアは必死で呼びかけたが手遅れだった。
(もう無理だな……あとできることと言ったら……)
天夢は手にした日本刀に記憶を込めた。残ったありったけの記憶のこもった日本刀『刻鋭』をメリアに向かって投げつけた。
メリアがそれを手にしたのを見届けると、身体と意識は闇に沈んだ。
(あんなものは二度とゴメンだ……)
天夢は強くそう思った。
そこから浮かんだのは、刻鋭に託されたメリアの記憶だった。
天夢を失ってから、弱い自分を捨てるために仮面をつけ、名前を偽って戦い続けた。
天夢を時元牢から救い出す、その一念で託された刻鋭を差して、ファクターに一人で挑み続けた。
そうしていくことで、メリアの中でだんだん天夢の存在が大きくなっていった。彼に会いたい、話したい、抱きしめたい、思い出したら止められなくなった。自分でもどうしようもなかった。いつしか仮面はそんな自分の気持ちを隠すためのものになっていった。
その気持ちは痛いほど、その記憶から伝わってきた。
「残酷だよな…」
天夢はそう呟いた。
(記憶を消して……一つの想いに縛られていく……俺がいなくなったのなら戦わなければよかったんだ……そうすれば別の道だってあったはずなのに……今となっては無駄なことだけど…)
メリアの気持ちが伝わってくるたびにそう思わざるおえなかった。そして新しい決意に至った。
「メリア、聞いてくれ」
「聞いてるよ」
「俺はもうこんなのもうたくさんだ……たくさんなんだ」
「わかってる」
相槌を打つメリアに天夢は歯を食いしばって告げた。
「だから終わらせたいんだ」
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