Ⅴ―無情な爪―(後編)

「これで十二個目!」


 刃とした羽をファクターの目に撃ち込み、目はファクターの黒い身体へ同化した。


「はぁはぁ……」


 そこで美守は息を切らして地上に降り息を整えた。


「そろそろ限界かもしれないわね……」


 血の気を失せた顔でうつむきながら美守はつぶやいた。そして、歯を食いしばり言い続ける。


「もうすぐ、もうすぐ、わたしはらくになれる……これで、これでいいのよ……でも、なんでなの、どうしてこんなにつらいの……?」


 美守は行き場のない想いを声に変えて自分に問いただそうとしたが答えは出ない。


「それは未練があるからだよ、美守」


 代わりに背後からした声が答えを出した。


「――ッ!?」


 美守は驚き振り向こうとしたが、それに間に合わず鎖に身体を巻きつかれた。


「ダメじゃないの、油断してちゃ。それとも気が緩んだのかな?」


 声の主は御影京矢だった。


「きょう、や……!」


 美守は確かめるように京矢の名前を呼ぶ。


「うれしいな、まだ僕の事を憶えていてくれるなんて」


 京矢は美守に間近に迫る。


「それとも大事な事だから、最後までとっておきたいってことなんだね」


「そういうことじゃない、わたしは……わすれたいのよ!」


 声を振り絞って言い返す。


「嘘だね、君は嘘をつくのが下手だよね。記憶が無くなっても、そこは変わらないんだよね。美守が美守でいられるなんて素敵なことじゃないか」


「………」


 美守は黙りこみ、うつむく。


「おや、どうしたんだ美守?」


 京矢が訊いた次の瞬間に、美守は背中から羽を一斉に出して、鎖が全て切り伏せた。


「なッ!?」


 京矢が驚いたのも束の間、美守は京矢の顔を殴りつける。


「うぐッ!」


 京矢はその一撃で地面へと倒れこむ。


「わたしはうそをついているつもりはない! わすれたいのよ、わたしはぜんぶなにもかもね!」


 美守は血のこびりついた拳を震わせて、訴えかけるように叫んだ。


「……そうかい」


 京矢は何かを察して、立ち上がり両腕を広げる。


「だったら、僕に叩き込めばいい」


「なにを?」


「君に殺されるなら僕は本望さ、さあやってくれよ。今の君の思いの丈をぶつければ君の望みも叶えられるよ。罪の意識さえないんだよ、最高じゃないか!」


 美守は京矢が愉快に楽しげに語る姿をじっと見つめる。


「いいの、あなたはそれでいいの?」


「いいから言ってるんだよ! 美守のおかげである命なんだ」


 京矢はそう強く言う。美守はそれに答えるように背中の翼を羽ばたかせて輝かせる。


「それなら……そのいのちはわたしが……!」


 美守がその翼を京矢に向かって打ち下ろそうとした。


 が、その直前で翼は止まり、京矢の身体は五体満足のままであった。


「どうしたんだ?」


 京矢は不思議そうに訊くと、美守は硬直していた。


「そ、ら……」


 美守の瞳にはソラが映っていた。


 美守は翼を消して、ソラのもとへ駆け寄った。


「おねえちゃん…?」


「……ソラ、ぶじだった?」


「うん」


 ソラは笑顔でうなずいた。


「よかった…」


 美守は思わず笑みをこぼした。しかし、京矢はそうもいかなかった。


「何を……何を、やってるんだ、みかみィッ!」


 京矢は喉がつぶれんばかりに叫んだ。


「なぜ、やめた! あとすこしだったのに! あとすこしで楽に慣れたのに!」


「……わからない」


 美守は落ち着いて京矢の方へ向き、答えた。


「……どうしてか、わからない……ソラがめにうつったら、てがとまった……ただ、それだけ……」


 美守は戸惑いながら、おぼつかない口調で言った。


「わからない……手が止まった……おかしなこというな……」


 京矢はそういいながらソラを見て再び笑みを浮かべた。


「そうか、君か……君のせいかぁッ!」


 京矢はソラへと鎖をのぼした。美守は翼でそれをはじき返した。


「どうして、ソラに…?」


「それは君が僕を殺せない原因だからさ」


「原因ですって!」


 美守は羽を京矢に向かって飛ばす。羽は京矢の頬を掠める。


「ほら、やっぱり……できないじゃないか」


 京矢は人差し指で額を指す。


「ここを狙えばすぐに終わるんだよ……ここをやれば、さッ!」


「………」


 美守は、沈黙して京矢を見つめる。大したことのないこの距離ならば確実にしとめることができる。だが、それができない。


(どうして、どうして、できない……? こころがめいじてもきおくがそれをこばんでいるというの……)


 考えられるとしたら記憶の根底にある京矢への仲間意識からくるためらいかもしれない。だが、そんなものは捨て去っているはずだ、そう自分に言い聞かせるも、メモリオンが使えない。


「みかみおねえちゃん…」


 弱弱しく言うソラの言葉に美守は反応する。


「ソラ……あなたはこのばからはなれて」


 美守がそう言った瞬間に、幾多の鎖がソラに襲いかかった。


「このッ!」


 美守もまた無数の羽を飛ばして、鎖を全て落とした。


「どうして、ソラを…? ソラはかんけいないでしょ」


「関係あるんだよ、だってその子がいたら君は僕を殺せないじゃないか」


 そう言って京矢は、またソラへと鎖を飛ばす。


「させないッ! ウイングホールドッ!」


 美守の翼は鎖に絡み掴まれる。


「ぬぅッ!?」


 その鎖ごと京矢は翼によって投げ飛ばされる。


 だが、京矢は両手足から鎖を出してミッドナイトスペースにある街灯らしきものにつかまり、飛ばされるのを防いだ。


「それだよ、関係ないなら見殺しにすればいいんだよ。そうできるはずだよ今の君ならさ」


 美守は京矢の言葉を訊きながら、京矢をにらんだ。


「そうね……ついさっきならできたはずだけど、もうむりね」


「その子に見られたくないんだろ、君が人を殺すところを」


 美守は否定しなかった。


「………」


「まったく記憶が無くなればどうでもいいことだっていうのに」


「こころでめいじたらからだがうごかなかった……きおくがどうでもよくないといっているからうごいたのよ」


 そう言って美守は翼を羽ばたかせる。その脳裏にはソラと過ごしたわずかな記憶が浮かんだ。


「立つ鳥跡を濁さず、か」


 京矢は鎖を美守へとのばす。美守は翼を羽ばたかせて、空へと飛び上がりかわした。


「そう、君は美しいな天月美守!」


 美守は頭上から羽を飛ばして、京矢がそれを鎖で防ぐ。


「初めて会ったときみたいだよ、君はもう憶えてないようだけどさ!」


 京矢は頭上の美守へと鎖をのばす。だが、鎖が美守に届くまで時間がかかり、容易にかわされる。


「やっぱり、飛んだままじゃ相性が悪いな。だけどそんな結末望んではいないだろ?」


 京矢は問いかけるように夜空を見上げて言うと、美守は急降下して京矢へと翼を打ち下ろす。


「フォールライトッ!」


 京矢は即座にそれに反応して、鎖をはりめぐらせた。


「ソリッドチェインッ!」


 鎖を絡みつかせて、盾のように美守の翼に立ち塞がる。しかし、美守は構わず翼を勢いよく打ち下ろした。


 その衝撃は凄まじく、周囲に暴風が吹き荒れた。その最中にメモリオンの光が火花のように飛び散った。その光が目に映るとその記憶が脳裏をよぎる。


 ミッドナイトスペースで初めて会ったとき、銀髪の彼女は悲しみに満ちた顔をして夜空に向かってたたずんでいた。彼はそれに見とれていた。いつしか彼女の背中には白銀に輝く翼が見えた。はじめは目の錯覚かと思った、彼女の美しさは天使のようだと感じてしまったから翼が生えていてもおかしくないと思ってしまったせいだと。だが、そうではないとすぐに感じた。彼女の翼は羽ばたき、音を風を、彼にまで伝わらせた。彼はその姿に感動した、悲しくも美しいその姿は彼が心から求めていたものだと悟った。


 やがて、彼女は彼に気づき、彼を見た。彼には緊張が走った。だが、これはまたとないチャンスだった、彼女と話せるのなら、できれば好かれたい、そう思った彼は緊張をこらえて、勇気を振り絞って声を出した。


「君は……天使かい?」


 その映像は一瞬で消え、時は現実とともに引き戻る。翼と鎖の盾の衝突の結果は激しい金属音とともに鎖の盾は砕かれ、それとともに京矢の身体は浮き上がらせるものとなった。美守はそれに容赦なく追い討ちをかける。


「スラッシュッ!」


 翼は剣のように鋭く強く振りぬかれて京矢の身体に打ち込まれる。


 その衝撃にはじかれた京矢は地面へと強く叩きつけられた。


「ごふッ!」


 京矢は血を吐き、痛みをこらえながら立ち上がる。


「強いよ、美守……君は出会ったときからそうだったね……強くて美しくて、本当に天使だと、そう思ったさ……だからさ、君の力になりたいんだ、僕は」


 京矢は笑顔で語り、地面に降り立った美守に歩み寄る。


「………」


 美守は京矢を無言で睨み続けた。


「今のでわかったさ、君は容赦なんてものも忘れちゃったみたいだね、それなら安心さ。さあ殺してくれ! それで僕も君も終われるんだよ!」


 京矢は美守に鎖を投げつける。しかし、それはさっきまでの勢いは無く、やろうと思えば素手ではじける程度であった。それを美守は翼ではじいた。その次の瞬間だった。


「なッ!?」


 突然、京矢の背中から血が噴き出したのだ。これには美守も驚愕した。


「こいつッ!」


 京矢は傷みをこらえて、即座に振り向き鎖でそれをしばりあげた。


「アフターアクタかッ!」


 血を流しながら、京矢はその鎖を力の限りを尽くしてもった。そうでもしなければやられると思ったからだ。


「美守、無事だったか!」


 そこへ天児はやってきた。


「天児くん……?」


 美守は天児の方を見ると顔を背ける。


「君もきてしまったか…」


 京矢は天児が来たことによって一瞬気をとられた。その一瞬でワイルドクロウは鎖を爪で切り裂き、走り去った。


「チィ、油断したか!」


 京矢は血反吐をかみ締めて言った。よほどあせっていたのか、血まみれとはいえ声を荒げて言う京矢の姿は天児には意外だった。


「京矢さん?」


 天児は恐る恐る声をかけた。京矢がどんな風にかえしてくるのか、予想できない怖さがあった、それでも声をかけた。


「やあ、天児君……じきに君も来るだろうことはわかっていたよ、でもちょっとタイミングが酷かったな」


 一転して穏やかな口調で京矢は言った。血まみれだというのに笑みを浮かべたその顔は天児に恐怖を与えた。


「おかげで僕は望みを叶えることができなかった……君のせいでね」


「俺のせいか……だったら、それは一体どんな望みだったんだ?」


 天児の声が恐怖で震えた。京矢はその様子を見て微笑んで語り始める。


「僕は美守の記憶の消失を防ぎたかった……だから君に美守の代わりに戦ってほしいと頼んだ、でも君は拒んだ……」


「……美守がそんなこと望んでいなかった……」


「そうさ、だから僕は気づいたんだ……美守は戦うことが望みなんだ……戦って戦ってその末に何もかも忘れ去りたいんだって、今日の戦いをみてわかってしまったんだ……でも、僕はそんな結末を迎えた美守をみたくはなかった……だったらどうすればいいか、考えついたんだ、美守が僕を殺すのにありったけのメモリオンを使えば、記憶が無くなって僕は結末を見ないですむ……」


 京矢は血まみれになった自分の身体を指しながら言った。その姿に天児は恐怖させたが、同時に怒りも芽生えた。


「……それが、正しいっていうのかよ」


「正しいさ、だから僕はやるんだ」


 京矢の目には本気の色が浮かんでいた。それは天児にも十分に伝わり、彼を黙らせた。そこで京矢は美守を見た。


「でも、さすがに無理そうだな、僕がその気でも美守はもうできないそうだ……だったら日を改めるか……」


 京矢は美守をひたすらみてそう言うと自らに鎖を全身に巻きつける。そして、その身体は巻きつけた鎖ごと、闇の中に溶け込んでいった。


「京矢さん……あんたの望みはわかったけど、賛成はできないな……」


 天児はそう言って京矢が消えた場所を見つめていた。また彼がどこから現れるのではないかと思えたからだ。


「これでよかったのよ……」


 美守は力のこもってない口調で言った。


「いいはずがないだろ、あんな望みがよかったなんて、俺は思えない」


「わたしはそうはおもわなかった……すくなくともおわりはじぶんできめられたんだから……」


 美守はそう言ってまた天児から顔をそらした。


「美守……」


「でも、ソラがめにはいったとき、ためらったのよ……これがいちばんだとおもったけど、そうじゃないじぶんもいたんだときづいた……」


「ソラ? ソラがいたのか?」


 天児から訊かれて、美守は不思議そうな目で天児を見た。


「え、ええ……たしか、あっちの方に……」


 美守は目を向けた方に天児も目を向けた。だがその先にソラの姿は無かった。


「ソラ…?」


「どうしたんだ、ソラはいないぞ」


「いたのよ、たしかにここに……」


 美守が揺れ動く。それは動揺しているという事が天児の目にもはっきりとわかるほどであった。


「いたはずなのに、どうして……?」


「落ち着いてくれ、ここにいたなら遠くには行ってないはずだ。探せば見つかるはずだ」


「え、ええ…」


 美守が頷いた後だった。それは突然にやってきた。


 身体を極限にまで引き伸ばして街を駆け巡っていたファクターがここにやってきたのだ。それ自体は驚く事ではなかった。重要なのはその引き伸ばした身体を縮ませてこの場所に身体が集結した事だ。


「何が起こってるんだ?」


 それは引き伸ばされた身体が一箇所に集まってくる事により、渦を巻き台風のように周囲に吹き荒れた。


「つかまって!」


 吹き飛びそうなほどの暴風にたまらず美守は翼をはばたかせ、天児に手を差し出す。天児はそれを抵抗なくその手を掴んだ。その次の瞬間には身体は浮き上がり、空高く舞い上がった。吹き荒れる暴風の中、美守は飛び続けた。


「大丈夫か、美守?」


「こんなのなんてことない、それより」


 美守は、今は台風が実体を持ったようなファクターを見た。


「一つに集まったほうが倒しやすいし、時間もかからない…」


 天児はその様子を見て呟いた。


「そんなわけ……」


「そう考えないとやってられないだろ」


「あ……」


 美守にはわかった。天児があれに気圧されているのが。それを察してこれ以上訊かないようにした。


「――ッ!?」


 天児が何かと目と目が合った。


(なんだ、あれは……?)


 全身が震えた。言いようの無い不安が天児を襲う。それでも目をそらせない。


 それも渦巻くファクターの身体の奥深くから天児に視線を向ける。


――眠られる君の力目覚めるのだ


 また声が頭に響いた。それは目が語りかけているようだった。


 直後に暴風は鳴り止み、美守は天児を地上に降ろす。


「目が一箇所に集まったな」


 引き伸びたファクターの身体が雲のようにゆれるなかで、その中央にある巨大な目を天児は見つめて言った。


「あつまるなんてことあるの…?」


「わからない、ただあれを見てるとそう思えてくるんだ」


 美守はファクターの巨大な目を見る。


「あのめはかんたんにはいかなそう」


「なにしろ、残りの目が集まってるんだからな…でも、そこを狙えばいいんだろ? 言うほど簡単じゃないけどさ」


 天児は額から汗を流しながら言い、剣を構える。それと同時にファクターの目にうごめいている身体に銃弾が撃ち込まれる。


「シャッドか…!」


 銃弾がやってきた方向を見ると、シャッドがたたずんでいた。


「あのひと……」


 美守は仮面をつけているシャッドに不審そうな目を向ける


「味方だ」


 天児は断言する。シャッドもこちらに気づき目を向ける。


『私が倒す』


 そう語りかけてるようなやる気にみなぎった目であった。


「どうするの、ひとりでたたかうつもりだよ?」


 その様子を見て美守は天児に訊いた。


「当然決まってる!」


 天児はファクターに向かって走る。


「ザンランナーッ!」


 斬りつけた衝撃は風となり、ファクターに向かって駆け抜ける。その風はファクターの身体を斬り裂く。だが、それでもファクターの目には届かなかった。斬ったファクターの身体も闇の中へと消え、また新しい身体が包む。それはまるで斬った身体が再生したように見えた。


「ダメか、直接潰さなきゃならねえか」


 天児は突きの姿勢をとる。


「ソードライナーッ!」


 剣を前面に押し出して、ファクターに突撃する。その勢いは凄まじく、ファクターの身体を次々と貫いていった。


「おおぉぉぉぉぉぉッ!!」


 天児は叫んだ。そうすると不思議と貫ける気がした。事実文字通り天児の剣は目の当たりまで届いた。


 だが、そこまでだった。ファクターの身体が天児に巻きついて止めたのだ。


「く、ちくしょう……」


 もがいたが振りほどけなかった。そうしているうちに首に、腹に、腕に、足に次々と巻きつき、視界がファクターの身体の黒一色に染められた。まるで真っ黒な海を泳いでるようで息苦しさがあった。


(やられる……!)


 そう感じて目をつむった。目をつむっても、見える光景は変わらず、本当につむったのかわからないなった時だった。


 脳裏に浮かんだのは、将と空がいる部屋の光景だった。それは鮮明に浮かんで現実のものと区別がつかなかった。


 それは初めての給料日のことだった。それまでは一日パン一枚といった貧しい食事だったから、今日ぐらいはと奮発して牛鍋にしたのだ。それを本当においしそうに食べている将と空をみてこれまで頑張ってきたのが報われたような気がした、そんな瞬間だった。


「こんな……こんな想い出が俺にはあるんだ……」


 天児は身体に力を入れる。


「負けるわけにはいかないんだぁッ!」


 天児が叫んだ。その時、脳裏にあの言葉がよぎった。


――振り切れ、ヤツの支配から


「振り切ってやるッ! 支配でもッ! ここからもッ! ミッドナイトスペースからもッ!」


 天児が叫んだ瞬間、目の前に銀色の光が走った。


 その光の先に美守の姿が映った。その瞬間に身体が動いて、一振りで斬り開いた。


 辺りは一瞬で光に満ちた。その光の彼方にファクターの目があった。


「そこかッ!」


 天児は一直線に向かった。そして、長剣を突き出した。


「目だ!目だ!めぇぇぇぇぇッ!」


 天児は力の限り叫び、目を貫いた。


 目を貫いてすぐに、ファクターは消滅した。一瞬にして影も形も無く消えて目に映るものはミッドナイトスペースの暗い黒い町並みに戻った。


「……倒した」


 天児はファクターの消滅を悟り、安堵の息をついた。


「だいじょうぶだった…?」


 美守は心配そうに訊いてきた。


「ああ、ありがとう。助かったよ」


 天児はそう言うと、シャッドのいた方へ目を向ける。そこにはシャッドがいてこちらと一瞬目が合っただけで立ち去っていった。


 やがて背景が歪み、ミッドナイトスペースが閉じていくことになった。


「ソラは大丈夫かな……?」


 心の中にある不安を呟いて、ミッドナイトスペースは閉じて、現実の、アパートの部屋に戻された。






――予定通りだ、私が描く調和は乱れる事はない


――これで先の軸とは違う新しい軸が生まれるであろう


――問題は彼女だ、調和を乱す者となりうる彼女が




 アパートの部屋に戻ったとき、天児は真っ先にソラを探した。


「いない…!」


 天児は立ちつくした。ミッドナイトスペースが閉じれば、ソラもここに戻ってくるものばかりと思っていただけにそのショックは大きい。


「いや、近くにいるはずだ」


 そう思わずにはいられなかった。もしも遠くに行ってしまったらなんて考える頭をすぐさま振り払った。


「探さないと…!」


 結論をつけるのに一瞬ほどの時間ですんだ。


 それで美守を見ると、床に座り込んでいた。


「美守…?」


 その様子を見ると、只事ではない感じがした。なんというかただ座っているのではなく、力が入らずに座るしかないといった感じだ。ソラを探しに行くと勇み足の天児をとどまらせるほどの不安のあるほどだった。


「どうしたんだ、大丈夫か?」


「ええ……」


 美守の力の抜けた言い方に、天児は安心できなかった。そして美守の次の一言に凍りついた。


「ただ立って歩くことを忘れただけだから…」

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