Ⅱ―明日を賭けて―(前編)

 気がつくと、天児は公園に立っていた。


 時計台を見ると、十二時を指し示していた。


(さっきは十一時五十九分だったよな…)


 前見たときは時計台は十一時五十九分をさしていた。ということは、ほとんど時間がたっていないということだ。


 一体何が起きたのやら、天児の頭の中に次から次へと浮かんでくる。


 ミッドナイトスペースの中であった事が現実ならばあまりにも、長い出来事であって、夢や幻だったと考えるのが自然なことなのだが、そうだとしてもあまりにも現実味がありすぎる。何しろ、この手にはまだ剣を掴んだ感触が残っているからだ。


「どうなってるんだ、こりゃ?」


 手を握り締めながら呟いた。そうすると身体から力が抜けて倒れそうになった。


「おっと!」


 何とか踏みとどまって、倒れるのは食い止めた


「なんでこんなに疲れてるんだ…?」


 説明しがたい疲労感に早く帰るべきと判断した。


(あれ? 俺ってこんな深夜に公園に出てるんだ…?)


 忘れかけていたその理由を思い出そうとした。そこで思い浮かんだのはある少女の顔だった。


(ソラ…そういえば飛び出していって、探しに行ってたんだった…)


 ソラを探してここまでやってきたのだ。この公園に来ていると確信にも近い直感を信じてきたのだが、ここにいないとわかると何故かもう見つからないのではないかと思えてきた。


(空になんて言い訳すればいいんだろう…?)


 帰路についている天児はソラの帰りを待っているであろう妹の空にする言い訳を考えた。


 ソラをつれて帰ってこれなかったことを言えば、どうするんだろう。泣きじゃくるか、ガッカリするか、落ち込むか、自分も探しにいくか。いずれも、天児を悩ませる反応なのだが、そうはさせないための言い訳はないのだろうか。そればかりを考えていたら、いつの間にか、アパートの部屋の前まで来ていた。


(仕方ない、こうなったら覚悟決めるか…)


 空にソラを連れ戻せなかったことを言う覚悟を決めて、扉を開けた。


「ただいま」


「おかえり」


「おかえり」


 声が一つ多い。将が寝ているのだから「おかえり」と出迎えてくれるのは空一人しかいないはず。それが二人いるということは…


「なんでいるんだよ…?」


 呆れ顔で出迎えてきてくれた空とソラを見た。


「探したんだぞ」


「お兄ちゃん、探してた」


 ソラは笑顔でこたえた。


「探してたのはこっちの方だ。まあ、いいか」


 とりあえず、今は布団につきたかった。


「おにいちゃん、ねむいの? そらもねむたい」


 布団に倒れこんだ天児に空はよってきた。


「ああ、だったら早く寝ろ。明日も早いからな」


「うん」


「うん!」


 空にだけ言ったのに、ソラも頷いて、二つ返事で返ってくる。どうにもおかしなことなのに、不思議と違和感が無かった。


 それは疲れてるせいなのかと、自身を納得させて天児はすぐに眠りについた。




 両親がまだ生きていた頃の光景がそこにあった。


 父がいて、母がいて、将と空も、そして自分が食卓を囲んでいた。


「高校はもう決まったか?」


 父が自分に訊いてきた。


「ああ、いちおう…」


 自分は素っ気無くこたえた。


「おれもしょうがくせいになるんだぜ」


 将は自慢げに言った。


「そうね、ランドセルも用意しなくちゃね」


 母がそれにこたえる。


「そらもようちえんいく」


 喋れるようになったばかりの空は元気がいい。


「………………」


 自分はそれを微笑ましく見つめていて、最後に父の方を見た。


「それでどこの高校にしたんだ、天児?」




**********




 翌朝になると、また新聞配達が始まった。しかし、疲れきった後の翌朝なだけに疲労も普段とは比較にならないほどだった。


 配達が終わって帰った頃には、倒れてもう一度眠ってしまいそうだった。


「兄ちゃん、ごはん!」


 珍しく早起きしている将が朝食を要求してくる。


「ああ、わかった…」


 天児は眠気と疲れをおして、バタートーストを作った。


「ああ、ソラの分もいるか」


 思い出したように、ソラの分も作った。


「うん!ソラ、パン好き!」


 起きたばかりだというのにやけに元気なソラが答えた。


「また、パンかよ」


 将が何やら文句を言い出した。


「ま、いいか。今日米買いに行く約束だしな」


「約束…?何のことだ?」


「あー! またとぼける気かよ! 昨日約束したじゃねえか!」


「約束……そんなものしたか…?」


 天児はトーストをほおばりながら首をかしげた。


「覚えてないのか!?」


「覚えてない…」


「まったくこれだから、兄ちゃんは…」


 ため息をつく将に天児は違和感を覚えた。


(まあ、いいか…)


 だがさほど気にするほどでもなかったので、気のせいと割り切った。


「ソラ、おかわり!」


 トーストを平らげたソラが元気に天児に皿を差し出した。


「おかわりはない、それだけだ」


「え~!」


 ソラは不満の声を上げた。


「仕方無いだろ、うちは貧乏なんだから」


「びんぼー」


 ソラは何やら愉快そうに言っている。決して愉快になれる単語ではないのだが。


「ま、いいか。ソラは学校とか行かないのか?」


「がっこう? 知らない」


「ああ、そうか…」


 覚えていればよかったのだが、やはり名前以外は忘れてしまっているようだ。


「じゃあ、留守番頼むぞ」


「うん!」


 『人畜無害』、そんな言葉が似合いそうなソラなら留守番ぐらい大丈夫だろうと天児は思った。


「おねえちゃんはおするばんなの?」


 空が訊いてくる。


「ああ、どこかに行っても困るしな」


「じゃあ、おるすばんがんばってね」


「うん!」


「すっかり仲良くなったな…」


 空とソラのやり取りをみて、そう言わずにいられなかった。


「兄ちゃん、時間無いよ」


 将にうながされて、天児はアナログ時計を見る。


「うわあ、まずい! 空、早く行くぞ! ソラしっかり留守番だぞ」


 二人にそれぞれ言うと、ややこしなくなるものの、あわてているので仕方が無い。何よりもちゃんと、空とソラにも伝わっているようだし。


「いってらっしゃい」


 外に出ようとしている三人にソラは手を振って見送った。


「いってきます」


 それをいったのはいつ以来だっただろう。




**********




 案の定、授業中は眠気に負けて、ほとんど寝てばかりいた。休憩時間になると、安藤と長尾がやってきた。


「おい、天児起きろ~、数学のレポート見せろよ」


 安藤の呼びかけで天児は起き上がった。


「数学のレポート? そんなもの、あったか?」


「とぼけるなよ、お前はいつもちゃんとやってるだろ。そいつをちょっと貸してくれよ」


 安藤は手を出してくるが、天児は何のことかわからず、頭をかく。


「わかったぞ。お兄さん、俺らに弁当をせがむつもりか? わかった、それならおかず一品で手をうつぜ」


 長尾は手を叩いて、愉快そうに言う。


「別にせがんでないぞ。あと、お兄さんはやめろ」


「ああ、それなら俺から一つ出すから、頼むからみせてくれよ!」


「だから、せがんでないって。本当に、レポートって何だよ?」


 天児の問いかけに、長尾と安藤は不思議そうな顔をして目を合わせた。


「おいおい、日下天児君、冗談だろ。いつもバイトして忙しいくせに、何故かいつもちゃんとレポートを提出している君が、忘れるわけ無いだろ?」


 長尾が冗談交じりに語りかけてきたが、天児には本当に覚えないことだった。


「いや、そんなこと言ったって、思い出せないんだ。数学のレポートって本当かよ?」


「マジかよ…お前が忘れるなんて珍しいな。ってじゃあ、俺達は誰に頼ればいいんだよ!?」


「そんなの知るか…」


 天児は呆れ顔でこたえた。


 数学の時間になって本当にレポートの提出があったので、天児は驚き、またそんなものがあったことを思い出せないことを不思議に思いながら、先生に提出できないことを素直に謝り、もう一日待ってくれる事になった。


(さて、今日帰ってすぐにやるべきか……にしても、本当にレポートをやってなかったのか? いつもちゃんとやっているはずなのに…実は本当はやっていて、忘れていたのか…? なんでだろうな、そんなのやってれば忘れるはずが無いのに…)


 などと考えながら、数学のレポートの範囲を見てみる。


「おい、日下。お前に用があるってよ」


 廊下側にいる男子がこちらに呼びかけている。


「ん!?」


 そちらの方をみると、椅子から転げ落ちそうになった。廊下にいたのは別の学校の制服を着た天月美守という女子だった。遠めで見るとその銀髪はやたら目立っていた。クラスメイトから注目を集めていた。


「来て」


 そんなことをおかまなしに彼女の顔を見るとそう言っているみたいだった。


(一体何の用だよ…?)


 戸惑いながらも彼女のいる廊下に出た。


「どうしてここに?」


「あなたに会いに来たのよ…」


 美守がそう答えると背後からなにやら黄色い声が上がっていたが、まあ気にすることは無い。


「あのな、もうちょっと言い方ってものが…」


「他にどんな言い方があるの…?」


「君、もしかして天然なの?」


「天然?」


「いや、なんでもない。それでわざわざ来てくれて何の用なんだ?」


「あなたに話しておきたいことがあってね。アクタとかメモリオンとか…」


「ちょっと待ってくれ。それはここじゃなんだから、もうちょっと人のいないところで話しようか、な?」


 天児は教室を見回して、様子を見た。別の学校の女子がうちのクラスの男子とが会話をはじめたのだから、ある程度の注目をあびている。そんな中で昨日の出来事を話したら、間違いなく、ひかれる。というか異端児扱いされるに違いない。そんなことを恐れての発言だった。


「そうね、人がいたら話しにくいことかもしれないから…」


 なんか誤解を生みそうな発言だった。それが原因で、なんだか不穏な空気が背後から流れたような流れなかったような。


「じゃあ人のいない場所に案内して」


「わかった…」


 校内で人気のなさそうな場所を考えた。




**********




 この時間なら時計台のある中庭には人がいないだろうということで、二人は中庭までやってきた。


「それでどうやって俺がこの学校に通ってるってわかったんだ?」


「調べたのよ。あの後……ミッドナイトスペースが閉じた後からね…」


「調べたってどうやって?」


「知りたいなら教えてあげるけど…」


 そう答えた美守は何やら危険な雰囲気をかもし出していた。


「いや、いいよ。世の中知らなければいいこともあるだろうし」


「天児君は思ったより大人なのね…」


「苦労はしているからな、これでも」


「そう…だったら、無理に戦わなくてもいいわね…」


「……戦う、か……実感ないな…」


 天児は拳を握り締めた。もう手には残ってないはずの剣を握った感触を確かめた。


「教えてくれよ、アクタって何なんだ?」


「ミッドナイトスペースに引きずりこまれた人間……どんな人間がアクタになるのか、誰も知らないわ…」


「俺もそのアクタになったってわけか…」


「ええ、ちゃんとメモリオンを使えてるから…」


「メモリオンってあの剣のことか…?」


 美守はうなずく


「私の場合は翼、京矢は鎖ね。メモリオンは自分が思い描く力をそのまま具現化してくれるモノよ。その力は記憶の強さで決まるわ……幸せな記憶や楽しい記憶、そのときに描いた記憶が強くやきついたものならば、それだけ強くなる…」


「想いの強さ…」


「それと、声もその強さの一端を担っているみたいなの……メモリオンを使うとき、叫ぶとその力は強くなるのよ……私達の経験だけどね…」


「なるほど…」


 天児は納得する。


「私達アクタはこのメモリオンを使って、ファクターと戦っているのよ…」


 美守はその自らの平らな胸をさして言った。


「ファクターって昨日のヤツか。でもなんであんなバケモノと戦わなくちゃならないんだ?」


「その理由は…」


 美守がそれを言おうとした時、休憩時間終了のチャイムを鳴り出して言葉を遮った。


「時間ね、授業に遅れるわよ…」


「まだ話の途中だ、こんな中途半端で授業に受けられるかよ」


「続きは後よ。早くしなさい…」


 有無を言わせない口調で美守は言ってきた。


「わかったよ」


 天児がそう答えたときだった。突然耳鳴りがしだしたのだ。その直後に視界が暗くなり、あのミッドナイトスペースのような黒い以外の色彩を失った世界に陥ったようだった。


――君にみせたいものがある


 またあの声だ。昨日ミッドナイトスペースの中で頭に響いたあの声がした。


 その声がした後、目の前には自分と同じ姿をした、というより鏡に映されたような自分の姿が見えた。


 その自分は昨日と形状の違うファクター、腕が八本生えていて、顔と思われる部分には、六つの目がサイコロの目のように配置されている特撮映画に出てくるような怪獣と対峙していた。


 ただ昨日の自分と違うのは、手にした剣は二本で、左手には昨日と同じ剣で、右手にはどちらかと言えば短く短剣といった方がいい長さの剣を持っていた。


 彼はそれを手にして、ファクターに立ち向かった。およそ人間とは思えない跳躍力で飛んで、ファクターの目の一つをその右手の短剣で突き刺した。ファクターは反撃するため、八本ある腕のうちの二本を彼に向かって伸ばした。それを左手の長剣で振り払い、斬り裂いた。その後、目に刺した短剣を引き抜き、後ろに飛ぶ。それはまるで空を飛び、暗闇を照らすような力強さを感じさせた。


 そこで彼の頭上に長剣よりもさらに長い、彼の身の丈を軽く超えて5mはあるだろう黄金に輝く剣が出現した。それが現れたと同時に、右手の短剣と左手の長剣をファクターの目に投げつけた後、黄金の大剣を両手で手にする。手にしたとき、彼の身体は蛍のような光の粒が無数に浮かび、暗闇の空間に太陽とも思われる灯りのように見えた。


 彼は黄金の大剣を振り下ろして、ファクターの残った目を突き刺した短剣と長剣ごと切り裂き、ファクターを倒した。




***********




 目が覚めたとき、天井が見えた。そしてベッドのシーツをかぶっていることにも気づいた。校内でそれがあるのは保健室くらいだ。


(気絶してた…? 一体何があったんだ?)


 天児はすぐに起き上がった。


「気がついたみたいね、いきなり、倒れたからビックリしたわ…」


「あ、ああ……俺、倒れたんだ…」


「いやはや、いきなり倒れてきてあたしもビックリだよ」


 そう言って陽気に白衣の女性がこちらへやってきた。


「ああ、私は白川教子。保険医さ」


 白川敦子は白衣を見事に着こなし、モデルのような整った顔立ちをした、よく似合った保険医なのが第一印象であった。天児は保健室に来るのが初めてなので、この白川敦子は初対面であった。細長いその身長は天児よりも大きく、それもあいまって座高も高いため、こちらを見下しているようにも見えてしまう。


「しかし、いきなり倒れたとはあなたも相当疲れが溜まっているみたいだね、日下天児君?」


「俺を知ってるんですか?」


「噂話と世間話が大好きなのよ。あなたのことは担任からよおく聞いているわ。日々バイトに勤しむ勤勉な生徒だということはね」


(嫌な人だ…)


 天児はなんとなくそう思った。しかも、授業のときは寝ていることがあり、とても『勤勉』だなんて噂されるほどのことではない


、それをあえて『勤勉』な生徒などと評するのは嫌味以外の何者でもなかった。


「まあ、目が覚めたみたいだから。安心ね、原因は過労ってところかしら?」


「多分、そうですね…」


 原因はそれだけではなさそうなのだが、と天児は直感で思ったが、それでもそういうことにしておけば都合がいいと判断した。


「それでは、ゆっくり休むのがいいね。なんだったら早退する?」


「早退ですか…? いえ、ちょっと休めばすぐによくなります」


「すぐよくなるとは思えないけどね、過労で倒れておいて」


「…………………」


 天児は訝しげに教子を見た。この保険医はどうしても俺を早退させたいのかと思った。


「…わかりました、早退します」


 少し考えた後、早退しようと結論付けた。大手を振って休めるのだから、それがいいと思ったからだ。


「それがいいだろうね」


 教子はニコリとした。


「それでは、報告してくるからね」


 そう言って教子は、保健室を出て行った。もっとも、何の報告なのか気になるところであったが。


「「…………………」」


 二人きりになって妙に気まずい空気が流れた。美守は話を切り出しにくい雰囲気をかもし出しているせいもあるのだが。


「あ、あのさ…」


 その空気に耐えられず、意を決して口を開いた。


「お、俺、倒れたんだよな? あそこ、誰もいなかったのに、どうやってここまで、」


「私が運んだのよ…」


 美守が断言する


「は、運んだ…?」


 天児は唖然とする。天児は倒れたものの、普段はいたって健康体で、体格もいい。細身の美守のその細腕で持てるものなのか、激しく疑問に思った。


「い、意外に力持ちなんだな…」


 その一言ですまそうと天児は思った。


「そうかな…? 普通だと思っていたけど…」


 美守の意外と言いたげな反応に天児は驚いた。


「いや、別に普通なんじゃないかな?」


 思わずフォローを入れてしまった。


「そう、やっぱり普通よね…」


 美守もそれで納得してしまった。


「それで、過労って……昨日のこと、疲れているの…? それとも、何か事情があるの…?」


「あ、いや、そうでもなくて、単なる寝不足かな。俺、朝早いから」


「そう、それじゃ安心ね」


「安心って何が」


 その安心にはなにやら不吉なものを匂わせていた。


「今夜もミッドナイトスペースに引き込まれても安心って意味よ…」


「今夜も…?」


 本当に不吉なものだったと知った。


「そう、今夜もあなたはミッドナイトスペースでファクターと戦うことになるかもしれないのよ」


 やたら不安を煽るような言動だ。昨日のファクターの戦いは勝ったものの、決して楽な勝利ではなく、むしろどうやって勝ったのか、記憶が曖昧なほど勝ったという実感が無いため、もう一度戦うとなると勝てると思える要素が少ない。むしろ負ける可能性の方が断然高い。それゆえに不安が湧き出る。


「何で俺が戦わなくちゃならないんだよ、あんなバケモノと?」


「別にあなたが戦う必要なんてないわ。どんな形であれ、ファクターを倒せればそれでいいの…」


 美守の言動には力強さがこもっており、彼女が本気であることを天児に伝えていた。


「ファクターね……さっき聞きそびれたけど、どうしてそうまでしてそいつを倒したいんだ?」


「そうでもしないと、『明日』がこないからよ…」


「『明日』が、こない…?」


 よくわからない表現に天児は戸惑いを隠せなかった。それを察してか、美守は懐から錆びた懐中時計を見せる。それを見ると昨日ミッドナイトスペースで動いていなかった秒針が動いており、長針と短針もしっかりと現在の時刻を指し示していた。


「今はちゃんと時間が動いてる……これがミッドナイトスペースでは止まるのよ。同時に世界の時も止まる……十一時五十九分にね…」


「それはわかる……いやでも実感しちまったからな」


 昨日の十一時五十九分の時、人が止まり、音も止まり、何もかもが静止した町の状態を目にしたので、美守の言葉が信じられる。


「ファクターを倒さない限り、永遠にその状態が続くといわれているわ…」


「永遠に続く!?」


 天児は思わず身を乗り出した。その様子を見て美守は驚きもせず、話を続けた。


「もう何度も経験してるのよ。もっとも、ミッドナイトスペースでは時間を確かめる術が無いからどれほどすごしたかわからないわ……昨日はたまたまファクターが早く現れてくれたおかげですぐに終わっただけよ…」


「……『明日』がこない、か…」


 天児は心を落ち着かせて、ベッドに座り込んだ。


「なんて大変なことだよ……俺達がファクターを倒さなくちゃ、世界がずっと『今日』だなんて…」


 その責任はあまりにも重いものだと感じさせられた。

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