第44話 加入会議その1

 

 

 

 入ったのはすぐ近くのバーだった。

 中は閑散としていて、本当に営業中なのか疑ってしまうほどだった。時間帯だろうか。

 渋い表情をした女性店長とクロノさん達の間でやり取りがあり、そのまま店の奥へと促される。奥は意外と広くいくつかの個室が連なり、そのうちの一部屋を選び、薄い布の暖簾をくぐって中に入った。飲み会でもしながら話をするのかと思いきや、クロノさんは突然床を持ち上げて(後ろからでは本当にそう見えた)外し、その下へと入っていった。

 それに続くメンバーの仕草からして階段でもあるのだろうか、と思ったら案の定。なんらかの灯りに照らされた長い石の階段が続いている。

 俺たちもそれに続くと、先に通してくれたエノジーさんが最後に入り、外した床板を元に戻した。階段をしばらく下った後は廊下のような直線が続き、突き当りの重そうな扉にクロノさんがバッジを近づけると、ドアは思いも寄らぬ動きで引き戸のように両側へスーっと開いた。ここら辺の仕掛けもクロノさんが考案したのだろうか。

 

「――――ッ! ――――!!」

 

 扉が開いてすぐに聴こえたのは女性の喚き声だった。

 

「……さっそくか」

「そうですね」

 

 オーグさんとクロノさんは意味深に顔を見合わせ、頷いた。

 入り口から続く広間にはわずかな人影が見られた。そのほとんどは女性で、レフィくらいの年齢からランキョクさんくらいの方まで様々だ。それぞれ武器を背中や腰に携えているところを見ると戦士ボルダー達だろうか。

 どうやら大声の当人はさらに奥の部屋にいるらしい。

 周りの方々がクロノさんやオーグさんと挨拶をし、そして後ろの俺たちに気付くと、やはりそれぞれが口を閉ざして様々な反応を示す。興味深そうに俺を見上げる少女もいれば、まるで親の仇のような表情でこちらを見つめている女性もいる。

 総じて言えるのはオーグさんが言ったとおり空気がピリついているということで、歓迎ムードとは口が裂けても言い難い。俺はオーグさんを見習うように申し訳ない表情を顔に貼り付けて、頭を下げておく。

 さてさて、どこまで心象を保つべきか。

 

 向かう先は正面の部屋のようだ。

 悲しいかな、それは大声のする方向と一致しているらしい。覚悟を決める間もなくオーグさんとクロノさんが扉もない正面の部屋に入り、俺たちもそれに続いた。

 

 もう一層、重さのある空気を上から圧し付けられた気がした。

 

 入室した瞬間に針のむしろにされる。やはりまずオーグさんとクロノさんに、そしてすぐに後ろの俺たちに視線がスライドする。その瞬間の目の色の変わりようにゾっとする。

 

「てめえらか」

 

 燃えるような赤い髪をした女性が、容赦のない足取りで近づいてくる。

 その一言で、先程の大声が彼女のものであることを理解した。

 

「レビューさん」

「リ、リズ! ちょっとどけよ!」

「すいません、まずはお話をしませんか?」

「く、ぐう」

 

 そのまま殴りかかられるかと思いきや、止めに入ったオーグさんの姿にわかりやすくうろたえ、そして口惜しそうに黙り込んだ。

 その一連の動きだけで、まずレビューさんと呼ばれた彼女がこのゴノーディスで大声を出すことが許される程度の地位にいること、そしてオーグさんがそんな彼女を抑えられるほどの存在であることが理解できた。

 いろいろと聞きたいことはあるけれど、まずは大人しくすべきか。

 ことの成り行きを待つのが懸命だろう。

 

「それで! クーの競争相手はだれなのだ!?」

 

 しんとした空気を切り裂いたアホの声は、おそらくは会議室であろうこの場所にしっかりと響き、身の毛もよだつような気持ちで伸ばした俺の腕はしかし空気を切り、俺に口止めをされまいとすでに距離をとっていたクーの動きはまさに賢い馬鹿としか言いようがなく、その先読みを狩りでも是非発揮してもらいたいところだとか、そんなのんきなコトを考えている暇もなく、ゴノーディスの面々が今にもクーに詰め寄ってくるかと思えば、あまりの謎発言に向こうまでも面食らったらしく、それぞれがポカンとした顔で動きを止めていた。どうやらのんきなことを考えている暇はあるようだ。ないけれど。

 

「ここに速いヤツがいるときいたのだ!」

「……クー、クーさん」と俺は小声で暴走スコールに呼びかける。

「速いのはだれなのだ!」

「クーさん、クーさん、ちょっと」

「クーに勝てるとかいうのは、どこのどいつなのだ!」

 

 俺の追及を逃れ、壁際にまで逃げ込んでなお、偉大なスコールの戦士は赤い目を輝かせて大声を出す。俺はやっとのことでクーを捕まえて口を塞ぐ。けれど、少女は全て言い切ったとでも言うような満足げな顔をムンとこちらに向けるだけだった。

 そうだな。よく言ったな。ほんとに馬鹿だなあお前は。

 できるだけ部屋の中に目を向けないように振り返り、俺は深々と頭を下げる。声を発する気にもならない。まことに申し訳ありませんでした、という口の動きに、唇の音だけが残った。

 できればクーが何も口にしなかったという体で全員の記憶が消えて元通りの会話になっていただければと思ったが、残念なことに赤い髪の女性が「おおん?」と愉しげに声を上げた。現実は厳しい。

 

「なんだ? なんだって? もういっかい聞かせろよ」

「うー、あ、あえるあうはいぐのは、いーえぐおあ」


 クーさん。

 ヒトは会話をしないという選択もできるんですよ。と俺は目で訴える。


「もが?」

「おう、離してやれよ。速いヤツがなんだって?」

 

 俺は一度目をキツく閉じて、開ける。

 目が合ったクーが首を傾げた。俺はそのおでこに手刀を食らわせたいという耐え難い衝動を抑え、彼女の口から手を離す。

 ここに来る前に決め事をしておかなかった俺のミスだろう。

 

「速いヤツがいるって聞いたのだ! でもクーがいちばん足が速いのだ! それをショーメーしてやるのだ!」

「ほお、なるほどな」

 

 赤い髪の女性は興味深そうに笑うと、目線を後方の人物に向け、あごでしゃくった。その視線の先にいた色黒の黒髪の女性は、退屈そうな目蓋をピクリともさせずに口を開いた。

 

「……リーダーじゃなくていいのか?」

「足ならお前だろ? 相手してやれよ」

「はぁ……。まあ、いいけれど」

「お前が速いのだ? 勝負なのだ!」

 

 色黒の女性は至極面倒くさそうに、クーは自信満々といった様子で、それぞれ歩み寄る。こうしてみると、女性はまるでクーがそのまま大人になったような姿だ。

 まさにガンの飛ばし合いが始まるかというところで、聞きなれたオーグさんの声が空気を割った。

 

「ま、まあ、そういったことは後にしませんか? 話し合いの後でも勝負の場は設けられると思いますから。まずは全員揃っているうちに話を進めておいたほうがいいと思いますよ」

「……そうしよう。ルーン、シューラ、マルテ。それぞれの席に着きなさい。戦士達はいつものように」

 

 オーグさんの言葉に続いたのは、あのバッジから聴こえた渋い声だった。

 会議室であろうこの部屋には真っ直ぐ奥まで伸びた長い机が置いてあり、向かって正面の上座の椅子にはあどけない少女が腰掛けている。声の主はその脇に立ったガタイの良い渋い男性だった。身体の大きさだけで言うのであればエノジーさんと同じか。むしろ威圧感はそれ以上に見える。彼がニルだろうか。

 指示にそれぞれが返事をし、俺たち三人を残して着席した。おそらく付き添いの戦士であろう者たちは、それぞれの司令の椅子の後ろに、壁に沿うようにして並んで立った。

 オーグさんはここから見て上座から右側の席。左側は空席になっている。空席の一つ手前に赤い髪の女性が、そしてもう少し手前で一箇所空席になっていた場所へクロノさんが腰掛けた。

 総勢で二十名くらいだろうか。ニルという人物、オーグさん、クロノさん以外では男性はほとんどいないように見える。年齢も背丈も種族もまちまちだ。クロノさんのような美少女にしか見えない少年もいるかもしれないので油断は出来ない。

 

「…………」

 

 さて。ひときわ気に掛かるのは遠くの正面に座る少女である。

 先程から瞬きすらしていないのではないかと思えるほどにじっとこちらを見つめている。もしかしたら俺たちが入室したときからこうなのかもしれない。まったくのくすみがないほどの真っ白な髪はクロノさんと同じで、そこに兄弟か何か、血のつながりのようなものを感じる。両頬に伸びた髪はやや長く、ここからは見えないけれど、髪の流れからして後ろでまとめてあるのではないかと思う。

 仮に彼女がゴノーディスのマスターだとすれば――――といっても座っている場所からしてそうとしか考えられないのだが――――俺たちを心待ちにしていたのも彼女、ということになるけれど、残念ながら記憶の端の端までつついたところでその顔に覚えがない。

 小さいながらも背筋をピンと伸ばし、あごを引いた凛とした姿勢。気品のある真っ直ぐとした出で立ちは、今までに会ったことのある少女たちとは似ても似つかない。俺が知っているとすればひたすらヒトのスネを蹴る蛮族のような少女と、クーぐらいのものだ。クーはもはや、クーとしか言い表せない。クーは今日も今日とて実にクーである。

 

 しかし誰だろうか、あの白い少女は。

 

「ニト君、で、よろしかったかな?」とニルと思わしき人物が口を開く。

「はい」

 

 俺が気を引き締めて返事をすると、壁際の戦士達を中心に、そして机を囲む幹部たちの一部がざわっとした。予想していた以上の反応に、俺は頭を抱えたくなる。

 けれど、もう仕方がない。

 

「静かに。……まずニト君、きみの意思を今一度確認しておく。ゴノーディスに入りたいという気持ちに偽りはないか」

「ありません」

「我らがギルドに何を望む?」

「何を……」

 

 ゴノーディスに何を望んでいるか。

 体のよいことを言うのであれば、自らの成長だとか、将来や未知への挑戦だとか、耳当たりの良い言葉を並べることはできるけれど、それは本位ではない。何より男性の鋭すぎる眼光を前にして付け焼刃なおべっかを垂れる気にもならない。

 俺はレフィを見る。そしてクーを見る。

 実直に、素直に、彼女たちの、そして俺の目的を、必要なものを伝えておいたほうが後々の誤解もなくなるだろう。欲しくもない地位なんて与えられた日には目も当てられない。

 

「強くなれる環境と、拠点を求めています」

「……富と名声ってはっきり言えよ」

「シューラ」

 

 おそらくは最初から口を挟むつもりだったのだろう。赤い髪の女性はこちらも見ずにぼやいた。男性は叱るように女性を呼んだ。おそらくシューラというのがレビューという女性のギルド内での通り名なのだろう。オーグさんが“ルーン”と呼ばれているのと同じだ。とすると、“マルテ”はクロノさんだろうか。

 男性の厳格な態度に、女性はまったく引く様子を見せない。

 

「うちに入りたがってるヤツなんてそんなのばっかだろう? 聞こえのいいことばっかり言いやがって、目の奥に金しか見えてねえ奴等だ」

「お金はいりません」と俺は口を挟む。

「ああっ!?」

「失礼しました。まったくいらない訳ではないです。お金も大切です。ただ、普段の生活や狩りに必要となる最低限のお金が必要というだけです。エリアを回るのに差し支えないだけの資金と、腰を落ち着けられる拠点、そしてもちろん、ゴノーディスという強い後ろ盾。それらを必要としています。贅沢も、地位も、僕たちは必要としていません」

「ハッ! よく言うなあ!?」

「シューラ。今は私が彼に聞いている」

「これが黙ってられるか!! 金も大していらねえ? 地位もいらねえ。じゃあなんだ? 欲しいのはうちの情報ってワケか!?」

「シューラ!」

「こんなどこのザコともわかんねえやつをまたうちに入れたらな、ジャグイが浮かばれねえんだよ! お前等も全員腹の内じゃあ思ってるはずだ!! また“ヤツら”の手先じゃねえかってなあ!」

「シューラ、彼らは他でもない、ラヴァンさんの紹介だ」

「ラヴァンさんがなんだっ……!」

「レビュー」

 

 たしなめる様な穏やかな声に、女性が動きをピタリと止めた。

 声を発したのはオーグさんだった。頭を下げるのが日常です、という様ないままでの印象とはまったく違う、静かに諭すような声だった。

 

「レビュー、マスターの前だよ」

「……ぐ、く。な、なんでリズがそっちに付くんだよ!? ジャグイと一番仲が良かったのはリズだろう!?」

「ジャグイのことは忘れていないよ。昨日のことのように覚えてる。でももう、ジャグイも“アイツ”も居ない。アイツとニトさんは違うよ、レビュー」

「ど、どう違うって言うんだ!?」

「きっとニトさん達が証明してくれるよ。大丈夫」

 

 穏やかにそう言って、オーグさんは柔らかく笑った。どうやら立場か関係性か、レビューという女性よりもオーグさんの方が上手のように見える。

 ジャグイという名前が誰なのかはわからないけれど、俺たちがここに入ることを警戒されているのは、俺たちの動きが遅かっただとか、マスターが心待ちにしていることとはまったく別の、もっと大きな事情があるように思えた。

 

「失礼しました、続けてください」と、オーグさんは何事もなかったように頭を下げた。

「……ふむ。ニト君。エリアを回るための資金と拠点、そして後ろ盾をゴノーディスに求めている、というきみの主張は理解した。しかし実情も聞いておかなければならない。適性値は以前にも協会を通じて報告を受けているが、新顔もいるようだ。今一度、皆に伝わるように言ってもらいたい」

 

 俺は男性の言葉にレフィとクーに一度ずつ目を向け、そして息を吸った。

 

「……こちらの戦士のレリフェトさん、彼女は適正値が50の50です。わずかに神性レメントが高いので、いずれは司令としても動けるように訓練中です。そしてこっちのアホ、失礼、こちらの方が戦士のクーシェマ・フェンリウルさん。適性値は93の7。獣性ベストが93です」

 

 俺がそれぞれ説明すると、どちらの値を口にしたときにもざわめきが走った。意味合いこそ異なるけれど、驚愕的な数値であることはたとえそれがゴノーディスであろうとも変わらないようだ。

 ざわめきが収まる前に「そして僕が67の33。司令レフィンダーをしているニトといいます」とさらりと口にして、俺は報告を終える。

 渋い男性は小さく頷いて口を開く。

 

「うむ。きみ達の名前、適性、目的。それぞれ理解した。それではこちらで意見を出し合おうと思うが、なにより、ラヴァンさんの紹介だ。相応の反対理由がない限りは加入に問題はないと考えるが、何か意見がある者は?」

「ある」

 

 やはりすぐに口を出したのは赤い髪の女性だった。

 

「……聞こう」と男性が言った。

「適性値が酷すぎる。そこの黒いちっこいのは見込みがありそうだが、そっちの茶色いのはなんだ、50と50だ? そんなんでよく戦士になろうと思ったなあ?」

「シューラ、ゴノーディスのやり方は理解しているだろう」

「そりゃあわかってるさ。どんな適性でも見捨てないのがうちのやり方だ。だけどそれは身内の話だ。外からくるヤツにかけてやる情はねえよ。ちゃんと将来性を見てハジくべきだ。そこの茶色いのはどうせどこぞのエリアで死んじまうのが関の山だろ」

 

 女性の言葉に、レフィがぎゅっと唇を結んだのがわかった。

 聞かなくてもわかる。このレビューという女性はレフィの苦手なタイプだ。

 

「それと」と女性は続ける。

「そこの、お前。ニトとか言ったか。適性がよく聴こえなかった。もう一回言え。……そうだ、あとその薄汚い帽子を取りやがれ。ここはマスターの前だ」

 

 げ。

 

 喉まで出掛かったうめき声を、俺は唾液と一緒に飲み下した。

 脱帽とは聞いていなかった。しかし確かに、こうしてみると被り物をしているヒトは誰もいないようだ。

 参ったな。と思いながら、俺は言い訳を考える。

 

「……すいません、これは大切なヒトの形見でして、どんなときでも身に付けておきたいんです。外さなければなりませんか?」

「うるせえ、いいから外せ。誰も取らねえよ、そんな汚え帽子」

「…………」

 

 女性の言いように、俺はさらにその奥にいる男性に視線で助けを求める。

 けれど、男性もこれに関しては言葉を渋らせた。

 

「……ニト君、帽子は外してもらえるかな」

 

 どうやらダメらしい。

 決まりとあれば是非もない。そうか、だめか。

 だめかあ。

 

 俺は一度レフィに目を向ける。

 見つめられたレフィは「な、なんですか?」というように戸惑いの表情を見せた。

 おれはその困惑顔に、心の中で小さく謝罪をしておく。

 すまん。レフィ。

 

 ぱちん。ぱちん。

 帽子の中の留め金を外していく。それらをバッグにしまいながら、俺は薄く息を吐いた。

 ゴノーディスに入ろうと考えた時点で、それがレフィの成長にプラスになると思った時点で。そして、多少なりとも本気を出すと決めた時点で、ある程度は覚悟をしていたことだ。

 

 柔らかいぶかぶかの帽子を右手で取り去る。

 

 小さな悲鳴と、息を呑むような声が続き。

 そして、俺にとってはあまりにも長い静寂が訪れた。

 

「……ごっ、ゴブリンじゃねえか!!」

「シ、シューラ!!」

 

 がたんと、赤い髪の女性が椅子を蹴った。

 予想と違う単語に、けれど俺は目線を上げると、立ち上がった女性は憎しみしか込められていないような瞳でこちらを睨み付けていた。憎しみというより殺意に近いだろうか。眼力でヒトを殺す力を彼女が持っていたら、迷わずその力をここで行使しているに違いない。

 

「話は終わりだあっ!! 出て行け!! ゴブリンなんざ死んでもごめんだ!!」

「シューラ!! 改めるんだ!」と男性が叫んだ。

「うるせえ!! ゴブリンはゴブリンだろうが!?」

「表向きには西との協議や取引もある! お前がそんなことでは困る! エルフと訂正するんだ」

「あいつらはあたしらのことを人狼ワーウルフだとか抜かしやがったんだ!! あいつらはヒトをヒトだと思ってねえ! 自分たちが一番偉いと思ってやがる! あっちがワーウルフだのワーキャットだの抜かしやがるなら、こっちだってゴブリンと呼んでやるのが筋だろうが!?」

「エルフだ、シューラ。西の都だけじゃない、西の国との問題になるぞ」

「かまうもんか!!」

 

 騒ぎさなか、俺はオーグさんに視線を向ける。オーグさんもまた、口には出さないものの苦そうな表情をこちらに向けた。どうやらかなり下手を打ったらしい。

 いや、下手を打ったというより具合が悪いというべきか。こればっかりは俺にもどうしようもない。

 

「やつらはヒトを見ねえ!! 種族が全てだ! じぶんたちが神に近い存在だとか馬鹿みたいなことを信じて疑わねえ! この中にアイツらの目を真正面から見たことがある奴がいるか!? こっちが下等なイキモノだと思い込んだあのクソみたいな目を!」

「シューラ。きみの生い立ちには同情するが、しかし立場もある。今後、西への大規模な遠征を行う時にはきみを外すことになるぞ」

「う、ぐ。……だがヤツらがイカれてるのは本当だ!! あたしたちはヒトだ! そこに何の差もねえんだよ! そいつの生き様を見ねえで種族しか見ねえようなヤツはクソ食らえだ!!」

「だったらなおさらだ。シューラ。彼がエルフだとして、それはただの種族でしかない。まずは彼自身を見るべきではないか?」

「…………ちっ」

 

 男性の言葉に、女性はようやく椅子に腰を下ろした。

 俺がギルド内に放り込んだ劇薬は思った以上の爆発を巻き起こした。これはクーのことばかり責められないだろう。むしろクーは結果としてたいした騒ぎも起こしてはいない。

 そしてクーとは逆の、隣から感じる強い視線。

 俺は気付かないフリをして真っ直ぐ前だけを見据えた。

 なぜなら怖いから。


 今回ばかりは本当に膝から下が無くなるかもしれない。

 

「ニト君」と男性が俺を呼んだ。

「はい」

「きみのその尖った耳は、エルフということで間違いないか」

「はい、そうです」

「……我々は西を強く警戒している。その姿はどうしても西側の印象を強く感じてしまう。だからこそ正直に答えて欲しい。君は西の出身か」

「僕はこの国で生まれて、東端にある街で育ちました」

「あ!? この国でゴブ……、わかったよ、エルフなんぞが生まれるワケがねえだろ?」

「マナの影響だろう。いくらでも可能性はある。シューラもそれはわかっているだろう」

「……ふん」

「ニト君に問おう。どうしてケットシーに身を扮していた。なぜエルフであることを隠していた」

 

 男性の問いに、俺は一度目を伏せる。

 

 

 

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