第43話 塩の街、ドリテル
「でかくて可愛かったのだ!」とクーは満足そうな笑みを浮かべた。
「あんまり近づくなって怒られてたぞ?」
「そうなのだ?」
まったく危機感のない様子は本当に大物である。
そもそもあの白黒を可愛いと評するのはどうなのだろうか。俺には不気味にしか見えない。怪物級のイキモノ同士なにか通じるところがあるのかもしれない。
「では、ニトさんとレリフェトさんはそちらのペウザーゴで」
オーグさんに案内されるまま、俺とレフィはその巨体に近づく。
真っ黒な頭がよく見えるところまできて、ようやくその目がどこに付いているのかが確認できた。思ったよりもつぶらな瞳をしている。
なるほど、これは確かに、可愛いと、思え、なくも、ないか?
「そのまま飛び乗っていただければ」
「もう乗っていいんですか?」
「はい、大丈夫ですよ。ボクたちは隣の方に乗りますので、なにかあったら聞いてください」
「わかりました」
オーグさんの背中が離れていくのを見て、俺は改めて目の前に伏せているペウザーゴを眺める。どうやら観念するしかなさそうだ。
「これが可愛い、ねえ。どう思う、レフィ。…………レフィ?」
「…………」
黙ったままの少女に目を向けると、彼女はむすっとした表情をこちらに向けてくる。
「ニトさんって、なんというか、ヘンですよね」
「いまさらなんだ」
「初対面でしかも目上のヒトの頭を撫でるヒトがありますか?」
「あれは、そうだな。すまん、我慢できなかった」
「ガマンができないってなんです? ニトさんってもしかしてヒトの頭を撫でるのが好きなんですか?」
「そうです」
「何の言い訳もしないんですね……」
「ほら、待たせちゃうから、レフィ、先に乗ってくれ」
「え、え? わたしです? ニトさんが先に乗ってくださいよ」
「はん? もしかして怖いのか?」
「は! 怖くないですし! 怖くないですしー! ニトさんこそ怖いんじゃないですか?」
「そうです」
「だから言い訳くらいしてくださいって……」
「レフィは俺を守ってくれる戦士だから、進んで先陣を切ってくれると信じている」
「もう……、仕方ないですね……」
レフィは恐る恐る助走をつけて、音すら立てないような繊細さでそっと飛び乗った。ペウザーゴが大人しくしたままであるのを確認して、俺はその横へ広げた翼に足をかける。あまり触れたくは無いが手がかりが無いことには無理に登るわけにもいかない。仕方なくそのツルツルした巨体の表面に触れると、その肌触りは思った以上に鳥の羽毛だった。
ごめんなさい、と心の中で連呼しながらそれを出来るだけ優しく掴み、俺はその背中へとよじ登った。俺の鈍臭い動きに呆れるようにレフィが力の無い視線を向けてくる。レフィからすれば同じ種族なのに、とでも言いたいのだろう。すまないが俺にはこれが限界だ。
「はあ、ふう、よし」
そのままレフィのすぐ後ろに体を滑らせる。座り心地は思ったよりもふもふして柔らかいけれど、視点の高さに胸がスンとなる。このまま命綱なしでここに飛んできたような高さまで行くというのだろうか。
「……思ったより快適そうですけど、コレが速いってニトさん言ってましたよね」
「ああ、速いぞ」
「どれくらい速いんです?」
「……オーグさんなら知ってるだろうな」
そういって、俺は隣のペウザーゴの背中に目を向ける。
あっちもこちらに気を配っていたのか、見た瞬間に目が合った。オーグさんの背中にはエノジーさんが腰掛けている。あの巨躯を背中にしてもまったく揺るがないサイズ感が、ペウザーゴという魔物のふざけた大きさを物語っている。
「聞いてみたらどうだ?」
「……ニトさんが聞いてくださいよ」
「なんだ、人見知りしてるのか?」
「そ、そうです」
「俺の真似をするな。がんばれ」
「ええ、うう、なんて聞けばいいんです?」
「何日くらい掛かるか聞けばいいんじゃないか? 徒歩で二月とか言ってただろう?」
「な、なるほど。……え、えっと、お塩の街ってなんて名前でしたっけ」
「お塩の街のままでいいんじゃないか」
「なんて名前でしたっけ!!」
「ドリテルだ。ドリテルの街」
「うそじゃないですよね?」
「オーグさんがそう言ってたよ」
「わ、わかりました……」
レフィは大きく息を吸って、吐き出し。
またこちらを振り返った。
「……おっ、オーグさんを呼んで、『ドリテルの街までは何日くらいで着きますか』で、いいんですよね?」
「ん、ぶふ」
「笑わないでくださいよ!」
「それでいい。頑張れ
「うう……」
レフィはもう一度大きく息を吸って、口をきゅっと閉じた。
その瞳に見える緊張は、もしかしたら狩場よりも上かもしれない。
「おっ、オーグさーん!」
「はーい?」
「ど、どど、ドリテルの街までは、えっと、……? えっと」
「ナンニチ、ナンニチ」と俺は小さくつぶやく。
「あっ! 何日くらいで着きますか!?」
「ああ、それでしたら心配しないでください。お昼までには着きますよ」
「ありがとうございます!!」
万感を込めたような感謝の意に、オーグさんはまるで初々しいものを見るかのように優しく笑った。俺は本格的に笑っていられなくなった。
「き、聞けました!」
「よかったな。それで、オーグさんはなんて言ってた?」
「お昼までには着くそうです! …………あれ?」
「そう、そういうことだ」
はたと疑問を浮かべたまま固まってしまったレフィを前に、俺は眉間を指でつまんだ。
おおよそ、想定していた通りだ。想定通りに頭が痛い。
なにが心配しないでくださいだ、とわめき散らしたい。俺は徒歩で二月かかるはずの行程が昼までに済んでしまうことの方がよほど心配だ。いっそ三日かかると言われたほうがまだマシだ。
「あ、あの、ニトさん、お昼までってどういうことです?」
「せっかくだからレフィを道連れにしよう」
「ななな、な、なんですか!?」
「よし、説明してやるからよく聞け。まず俺たちが必死で狩りを終えたエリアがあっただろう。ワンワンとギョロギョロのエリアだ。あそこが、あの強さで、レベル2だ。そして俺たちが今乗っているペウザーゴ。こいつらはレベル4のエリアの魔物だ」
「よっ……!?」
「軽くつつかれたくらいでも、クーでも大怪我するだろうな。それくらい俺たちの下にいる魔物はヤバい。そして何よりもヤバいのがその死因だ。こいつらはよく自分のエリアで死ぬことがある。それはなぜだと思う?」
「そ、それは、みなさんに狩られているんじゃ……」
「違う。ヒトは関係ない。こいつらの死因のナンバーワンは事故死だ」
「事故……?」
「クロノさーん! 休憩は何回にしますかー!?」
俺とレフィの会話を遮るようにオーグさんが声を張り上げた。遠くの白い少年は「時間を掛けたくない、一回だ」と答えた。オーグさんは頷く。
「セイフィさん、飛行時間が長いので濃い目でお願いします。『みなさんに風の障壁を』」
オーグさんの
まるでテント代わりに使った魔法具に似ているけれど、これは空気の歪みが比べ物にならないほどに濃い。
「飛んでいる最中は立ち上がらないようにお願いします! その中でじっとしていてもらえれば落ちることはないので!」
オーグさんの忠告までもがゆわんと歪んで聴こえる。
そうしている間にも銀翼の少女は全てのヒトに魔法を掛け終え、最後に自分のペウザーゴに戻り、それも魔法の風で覆った。
ああ、出発してしまう。
「に、ニトさん、ニトさん、事故死ってなんですか!?」
レフィの問いかけだけが空しく響く中、まずはクロノさんとクーが乗ったペウザーゴが地面を滑り始め、それに続くようにこちらの景色もゆっくりと流れ始めた。
ああ、ああ。
「ニトさんっ! 事故って!?」
レフィの不安げな声をよそに、ペウザーゴは来たときと同じように円を描くようにして高度を上げていく。高所恐怖症ではないけれど、見た目だけでは何の守りすらないこの状況に俺はペウザーゴの羽毛を掴む指先に力を込めた。
もう二度とは戻れないかもしれない地面を遠くに、ペウザーゴ達はついに旋回をやめ、真っ直ぐに西に向けて空中を滑り出す。
方向を完全に定めた乗り物は次第に加速していく。ああ、こんなに速くなるのか、という感想すら置き去りにするように、さらに、さらに加速していく。
もっと加速していく。
一直線に。
ただ真っ直ぐ。
風圧などモノともせずに。
そしていつしか、音すらも置き去りにして――――――――。
* * *
「地面がある以上、それは希望的観測ってやつだと思う」
「でもわたし、悪いことしてません」
「意外と振り分けは適当なんじゃないかな。お昼まではこちらになります、みたいな」
「そんなお店のランチセットみたいにされたら困ります」
「じゃあこの足元の堅いのをどう解釈しようか」
「雲の上にはきっと、歩けるような雲があるんですよ。実はかたい雲なんです」
「それだけの堅さがあったら地面に落ちてこないかな」
「かたいから重いだなんてそんなの思い込みです」
「おもいだけに」
「そうです。ふふ」
「ふはは」
「ふたりとも何を言ってるのだ?」
相変わらず元気な日焼け少女はケロっとした表情をこちらに向けた。
反対側の少女にも目を向けると、そこには鏡を置いてあるかのような横顔が虚ろな瞳をまっすぐ前に向けていた。きっと俺もまったく同じような顔をしているのだろうが、おかしいことにその横顔は俺を見つめ返してはくれないらしい。
物言わぬ彼女の代わりに俺は返答する。
「ここが天国なのか地獄なのかを語り合っていたところだ」
「よくわからないけどここは街なのだ」
「なるほどクーには街に見えると。新しい見解だ」
「そうですね、思い入れのある場所に還るのかもしれません」
「そう考えると死というものはそこまで重く考える必要はないのかもしれない」
「おもいだけに」
「おもいだけに」
「ふふ」
「はは」
「おかしくなってしまったのだ?」
ペウザーゴを帰すから先に街の入り口に向かってくれと言われた。アレにはどうやら帰巣本能のようなものがあるらしい。ということはやはりエリアに住んでいる野生を捕まえるか手懐けるかして運んできたということだろう。マナの濃度的にヒトの住むような街で飼う事は不可能だろうと思っていたけれど、なるほどそれなら納得、するわけがない。
いったいどうやったのだろうか。ペウザーゴのエリアにゴノーディスの基地でもあるのだろうか。レベル4の場所に居住可能な空間があるとしたらそれはそれで驚異的だ。
さて、街の入り口とは言われたものの一向にそれらしいものが見当たらない。
というのも、街が見当たらないのではない。すでに街の中なのだ。放心状態で歩いてきたせいでよく覚えていないけれど、ペウザーゴで降り立ったあたりから辺りからどちらを向いてもすでにいくつかの建物があったように思える。それらしい方向へと歩いてはきたものの、綺麗に舗装された広々とした場所へと出たというだけで何がなんだかもわからない。
つまるところ規模がでかすぎるのだろう。どれだけここから距離を置いたとしても、ドリテルの全貌が見られるような場所なんて存在しないのではないかと思われる。
なるほど。東の都だ。
「すいません、お待たせしました」
やけに上のほうから聴こえたオーグさんの声に振り向くと、またしても真っ白な羽毛が目に入る。しかし今度はペウザーゴのようにツルツルした見た目ではなく、まさしく鳥、然とした鳥の羽毛である。折り重なるような羽に覆われた体は大きく、その背中に嵌められた鞍と、その上にオーグさんが腰掛けている。
オビッケン。種類の違いは多少あるものの、かなり一般的な使役動物だ。
その姿に俺はほっと胸をなでおろした。
オーグさんが乗っているオビッケンはしきりに顔をヒョコヒョコ動かしては周りの状況を伺っている。頭の上にまでモファッと広がった白いフワフワは冠羽というよりは毛のようにも見えた。顔や、地面をしっかりと捉えられそうな太い脚はやや黒く、それ以外は綺麗な白色と、かなり上品な品種に見える。
その少し後ろにはクロノさんと、オーグさんの戦士達がそれぞれ別のオビッケンに跨っている。クロノさんが乗っているオビッケンは茶色い羽毛に覆われているもので、頭の上の真っ赤なトサカが印象的だ。こうして見てみると、クロノさんもその容姿のわりに、べつに白という色にこだわりがあるというわけでもないらしい。
「うは、はは!」
クーはまたしても興奮した様子でオーグさんのオビッケンに近づいていく。白のオビッケンは「なんだこいつ」といった様子で、クーの顔を覗き込むようにヒョコヒョコと頭を動かした。クーが物怖じせずにその嘴に触れると、むしろオビッケンの方が首を一瞬引っ込めて、クーのおでこをコンと突いた。「おおう!」と驚いてよろけたクーはそれでも楽しそうな笑顔を見せる。貴奴は無敵か。
「クーは相変わらずだな」となぜかクロノさんが感想を漏らした。
「……おお! クロノさんが名前を覚えるだなんて珍しいですね?」とオーグさんが驚く。
「ああ、移動中にいろいろと話をしてな。そ奴もまた研究のし甲斐がありそうであることがわかった」
「クーはクロが言うことはよくわからないのだ」
「クー。クロノさん、ですよ」と俺は慌てて訂正を入れる。
「クロはクロなのだ」
「構わん」
クロノさんもまた、抑揚のない声でそう言った。
クーとクロノさんの会話だとか、ペウザーゴとスライムの会話くらい想像がつかない。この分だとおそらくクーは散々に無礼な言葉を口走ったということだけは予想できるけれど、相手がクロノさんであるが故に許されてしまったのだろうと思われる。
このふたりと一緒のペウザーゴに乗っていたら心臓が持たないかもしれない、などと思ったところで、しかし初対面でその頭を撫でくった奴が言えるようなことでもないなと自分を戒める。
この世には良い頭が多すぎる。
「後ろにも二羽用意してありますので、お三方で好きなように乗っていただければ」
「ありがとうございます。どうしますか、レフィさん、クーさん」
「ニトとレフィが一匹ずつ乗ったらいいのだ。クーは走るのだ」
「またわけのわからないことを……」
「だってコイツらもどうせ速いのだ? ここで先に勝負をきめておくのだ」
「は、走るのですか? 別に構いませんが、それなりに距離がありますよ?」
「クーは大丈夫なのだ!」
「言っても無駄だ。いずれはペウザーゴにも勝つつもりだなどと言っていたからな」
「ええ……」
クロノさんの言葉にオーグさんは困惑した顔を見せた。
なんだかこっちが申し訳ない気持ちになる。
「それじゃレフィさん、僕達はご好意に甘えましょうか」
「く、クーは本当にいいんですかね?」
「たぶんああなったら聞かないですよ。僕はまだ足の感覚すら戻らないので、走るなんてとてもじゃないですけど」
「……その気持ちはわかります」
俺とレフィは隊列の後方に回り、空いている茶色と黒のオビッケンに近づく。羽の色こそ違うけれど、平たく立つトサカはまったく同じ赤色をしている。
俺とレフィはオビッケンの胴体の側面に垂れ下がった足を掛ける器具を、それぞれ見よう見真似で利用して背中によじ登る。身軽なレフィはひょいっと、ドンくさい俺はペウザーゴに乗るときと変わらない不恰好さで。けれど、特に振り落とされるというようなことはなかった。
「オーグさん」と俺は先頭に声を掛ける。「これは乗っているだけで大丈夫ですか?」
「ニトさん」
オビッケンを少し旋回させ、こちらに顔を向けたオーグさんは少し焦ったような様子で俺の名前を呼んだ。そして、通りがかった身なりの良い女性二人が俺の方に視線を向けるのと、オーグさんがその方たちに見えないように口元で人差し指を立てたのはほぼ同時だった。
そうか、そうだった。
オーグさんが手をひらひらさせたのだけを見届けて、俺は景色を眺める振りをする。そのまま女性達が通り過ぎていくのを背中に感じながら、ある程度距離が開いたのを見計らってオーグさんに頭を下げた。オーグさんは、大丈夫ですよ、とでも言うように穏やかな笑顔を見せる。
クーが準備体操をしているのを眺めつつ、俺は手元の手綱をしっかりと握った。
オーグさんが小さく合図を出し、先頭のオビッケンが進み始める。そしてそれに追従するように俺を乗せたオビッケンもちゃっちゃと地面を蹴った。
思ったより上下運動が激しい。景色をまともに楽しむ余裕も無ければ、声を上げられないともなればオーグさんに観光案内をお願いするわけにも行かない。
舗装された広場は遠くまで続いていて、行き交うヒトや使役動物に引かれる車にあふれている。それを見てようやく、この広大な広場が広場ではなく“大通り”であることを理解する。あまりに広すぎて、いま自分が道を横断しているのか縦断しているのかもよくからない。土の地面に比べ、あまり動物の足に優しくなさそうな足元は車輪への負担や揺れの軽減を優先しているのだろう。ヒト様がヒトを優先するのは当然だ。
景色が遠くまで開けて見えるのはあまり背の高い建物が見当たらないからだろう。一際存在感を放っている搭のような建物が遠くに一つだけ見えるけれど、それ以外は地平線の上に薄く降りかかった調味料程度にしか確認できない。有翼種や名前も知らない鳥類の使役動物も飛び交っているところをみると、背の低い建物が連なっているのは空路を確保するためかもしれない。
「これ、どこにいくのだ?」
俺の隣をローブをなびかせて並走しているクーが当然のような顔で聞いてくる。
行き先がわからないことには抜くに抜けないのだろうが、そもそもこれだけの速度に余裕で付いてきている時点でクーがオビッケン以上の走力を持っていることは間違いないだろう。声を出すことが躊躇われた俺は、肩をすくめて見せるだけにとどめておいた。
どうも街の中心に向かっているというよりは、郊外に向けて走っているように見える。あのそびえたった搭のような建物の方にヒトの流れが集中していることからも、おそらく自分達がそこから外れた場所へ向かっていることは間違いない。ということはこれは東西ではなく南北に向けて走っていると思われる。
日が真上のせいで北も南もよくわからない。ここまで推測して全部外れていたら赤っ恥である。
広すぎる道幅をようやく渡りきるとやはり背の低い家屋が立ち並んでいる。立ち並ぶさまざまな店舗が一様に同じ色の屋根をしているのは空路からの目印だろうか。空からこの一帯を見下ろしたらまた違った景色が見られるのかもしれない。
連なる店と平行する道を歩くヒトの群れ。そこから少し距離をとり、俺達もまたその流れに寄り添うように走っていく。これだけ派手な行進であるにも関わらずほとんど通行人と目が合わないのは、これが珍しい光景ではないことの証明だろう。俺だったらオビッケンに乗った一行が脇を通過していったらその背中が消えるまで目で追ってしまう気がするけれど、それをこのドリテルの街でやれば一発で田舎モノ扱いされそうだ。
「お、う」
思わぬ方向への切り返しに体が振られる。二本足の使役動物は機敏だ。
ヒトの合間を縫って、また別の通りを進んでいく。目的地がだいぶ近づいてきたのか、あるいは道幅が狭くなったせいか、先頭を行くオーグさんの白いオビッケンがスピードを落としたように感じられた。
路地とも言える店と店の間の通り道を抜けていく。通行人もわきまえているようで、道の真ん中を歩くようなヒトは一人もいなかった。人気が少なくなってきているのは本部への近道などを走っているからだろうか。ゴノーディスの本拠地はドンと構えた場所に建っているというワケでもないのかもしれない。
緩やかにくねった道の先に、またしばらく直進が続く。
俺も気が急いているのか、もうすぐだろう、もうすぐだろうと、すでに頭の中で四、五回は繰り返してしまっている。ゴノーディスの本部に近づいているという空気感に勝手に緊張しているのかもしれない。おかげで道のりが無駄に長く感じてしまう。街の中での移動にオビッケンが必要となるのはやはりダテじゃないらしい。
「……っ! ……っと」
まだしばらくかかるのだろうと思っていた矢先、一斉に動きを止めたオビッケンたちに俺は体がつんのめった。
止まったのは古ぼけた厩舎の前。人通りも少なく、柵の中にいるオビッケンの数もそれほどではない。あまり使われていない場所に思える。
オーグさんや戦士、クロノさんが次々にオビッケンから降りていくのを見て、俺もそれに倣う。鳥類特有のどこを見ているか分からない目が、なんとなく自分を見ているような気がして、俺はその首元を軽く撫でておく。肌触りが良いとは決していえないけれど、しなやかな羽毛の束は厚みを感じられる。
ぽんぽんと優しく、こんな下手な乗り手を運んでくれたことに感謝の意を表す。俺を運んだオビッケンは顔を正面に向けたまま小さく首を傾げた。
「往くぞ」
クロノさんの一声。
俺たち以外のゴノーディスのメンバーはオビッケンを預けると、すでに分かり切っているように同じ方向へと歩き出した。オーグさんだけはクーを興味深げに眺めている。ここまで走ってついてきて、それで息一つ乱していないのは彼等からみても異常なのかもしれない。
当の本人は「これは負けたのだ? 勝ったのだ?」とどうでもいいことで頭を捻っている。俺が「お前の勝ちだ」と伝えると、クーはわかりやすく赤い瞳を輝かせた。もし彼女がペウザーゴを追い抜く日が来たら知り合いをやめようと思う。
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