第41話 レベル2

 

 

 

「シールドという魔法を覚えろ」

「は、はいっ?」

 

 クリスタルの大きさからして、おそらく最後の群れになるだろう凍ったスライムを眺めながら俺はネゴに声を掛けた。彼女は小さい体をさらに縮めた。

 かなり急がせたからか、ぐったりしているように見える。

 

「スライムがこれだけアホみたいに沸くなら、クリスタルが小さかろうと毎日地道に狩ってればそのうち溜まってくる。凍らせて放っとくだけで倒せるなら効率もいい。東の街の近くの花畑はもう行ったか?」

「え、え? あの、何が、ですう?」

「妖精は倒したか?」

「あ、あ、妖精は、はい、この魔法を覚えるときに、はい……」

「スライムのクリスタルは?」

「え、えと、えと、自分に、使いました……」

「ならある程度は戦えるか…………。足にそれなりに自信があるなら、東の街の北東の森に、エイスキューとかいうラット系の魔物が出る。こいつならナイフ一本でも戦えると思う。スライムで集めるか、そいつらを倒すかしてクリスタルを集めて、シールドという魔法を覚えたほうがいい。森の場所は協会で教えてくれる」

「な、なん、ど、どういう、ことですか?」

「シールドという魔法は物理的な盾を作り出せる。ここら辺の魔物はマナを使って炎を吐くようなやつはいないから、シールドだけあれば完封できる。盾の中に閉じこもって冷気魔法を撃ちまくればいい。できるだけ一匹か二匹だけおびき寄せて戦うんだ。冷気魔法の練習さえ嫌じゃないなら、それ一本でしばらくはどうにでもなる」

「…………」

 

 彼女は呆けた様子で俺を見上げる。

 レフィとクーが落ちているクリスタルを全て取り込んだらすぐに次に向かわなければいけない。この子と話せるとしたら今しかない。

 

「あの、そこまでやれば、許してもらえるという、ことでしょうか?」

「ああ、いや。仕事はもう終わりだ。残りの半分はいま払っとくよ」

 

 日雇いの代金は前金で半分、終わってから半分の約束だった。いま思えば、前金までちゃっかり持っていこうとしてたのだろう。こう見えてなかなかにしたたかだ。

 俺が残りの半分を支払うと、彼女はそれを両手で受け取りまじまじと見つめた。

 

 なぜ戦士になろうと思ったのだろうか。そのほかの道は考えなかったのだろうか。身なりは悪くないけれど、自分の家はないのだろうか。いろいろと気になる部分はあるけれど、そこまで深く踏み入るほどの時間も余裕もない。

 

「おわりましたあ~」

「ニト! 終わったのだ!」

「よし、次行くぞ」

 

 俺は二人から一番小さなクリスタルをそれぞれ受け取り、試験管の中に転がした。

 あまり事情をわかっていないレフィは、へとへとになりながらも少女に感謝を述べて頭を下げる。少女は虚を突かれた様な表情になり、そしてそのまま固まった。

 健康には問題ないだろう。良心には多少の傷が付いたかもしれないが。

 とにかくペースは悪くない。次はここから西の岩盤地帯に……。

 

「ああ、あああの! あのっ! すいません!!」

「はい?」

 

 振り返ると、少女は杖を両手に持ったまま、申し訳なさそうな上目遣いでこちらを眺めていた。謝罪でもするつもりだろうか。頭を差し出せば許してやろう。

 

「おお、お、お急ぎ、なんですよね?」

「そうだ。急いでる。行っていいか?」

「あの、あの、わた、私になにか、お、お手伝いできないでしょうか!?」

「手伝い……? ……ああ、うーん」

 

 俺は予定している残りの狩場を頭に思い浮かべる。

 スライムだけは魔法が必要だったけれど、他の魔物はおそらくレフィとクーで問題ないだろう。逆に言えば、レフィとクーでも手を焼く相手だったら、彼女にやれそうなことも特に見つからない。

 

「いや、気持ちだけもらっておく。ありがとう」

「で、でもっ、なにか!」

「…………じゃあ、いつか助けてくれ」

「い、いつか、ですか?」

「そう、いつか俺たちが困ったときに助けられるくらい、立派になってくれ。戦士としてでもなんでも、もしまた出会うことがあったら、そのときに俺たちを助けられるように成長しておいてくれ。できるもんなら」

 

 期待はしてないよ、と笑って見せると、彼女はぎゅっと口を引き縛った。

 

「……はいっ!!」

 

 今日一番の返事を背中に聞きながら、俺たちは西の岩盤地帯に向かう。

 

 

 

 

 

 クーの羅漢の威力がなんとも絶妙だった。

 

「レフィ! これももういけるのだ!」

「わかりました!」

 

 まるでボリアを焼いている時の二人の立場を逆にしたようだった。レフィは呼ばれるまにクーの方へと走っていき、その足元で蠢いている気色の悪い甲殻類へ、両手で構えた宝剣を思い切り突き刺した。

 ハーミードエルミーはハサミを持つ甲殻系の魔物の中でも岩に偽装するちょっと変わったヤツだ。特徴は何よりもマナ硬度で、ハウジールドやボリアなんかとは一線を画している。そのことは殻に宝剣を突き刺すレフィの顔が必死なのを見てもよくわかる。ゲンドーゼンの周辺でコイツよりも堅い魔物はいないが、レベル2以降のエリアも回る機会が増えそうなら、レフィの宝剣も新調する必要があるかもしれない。

 

「ぬん!」

 

 クーが右手を開き、引き裂くようにその手を振り下ろす。

 堅さはあれど動きが鈍重過ぎるハーミードエルミーはクーの羅漢を避けられるはずもなく(というか避けようともせずに)その堅い殻を一撃のもとにやぶられる。体液を流しながらピクピクする様はかなり気持ちが悪いけれど、切り裂く羅漢でちょうど瀕死にできるからこそ次のレフィの一撃で葬ることができるわけだ。

 ちなみにクーの拳の羅漢では、ハーミードエルミーが即死してしまった。

 

「クー、うしろ一匹近いぞ、気をつけろ」

「おおっと、なのだ」

 

 クーの背後に居た一匹はハサミを大きく広げ、クーの素足の足首を狙っているようだった。動きは酷く遅いけれど、マナ硬度のせいでその切れ味は鋭い。いくら獣性が高くても大ケガをする可能性が高く、クーはもちろん、レフィには厳重に回りに気を配るように指示を出してある。

 

「次はこっちなのだ! もういけるのだ!」

「いきます!」

 

 クーは次々とレフィの獲物を用意していく。

 

 クリスタルを得ては羅漢の威力が上がってしまう。切り裂く羅漢の威力がちょうどいいうちに、まずはレフィのクリスタル集めを先行させ、それが終わり次第、拳の羅漢で一気にクーの分を集める作戦だ。このエリア分でどの程度威力が上がってしまうのかはわからないけれど、いまの状態が安定しているならばそれを維持するに越したことはない。クーが羅漢の威力を調節できるようになるにはまだまだ時間がかかるだろう。

 

「レフィ!」

「はい!」

 

 一言二言で狩りが進む。

 ふたりの連携は日を増すごとに良くなっている。そしてそれ以上に、未知の敵を前にしたときの“ふたりで戦う動きの最適化”がかなり早くなっているように思える。カンがいいのはもちろんレフィだけれど、どちらがどの程度相手に任せるのか、という力加減を体が覚えてきたのかもしれない。

 

 背後からドトトトトという多足特有の小さな足音が聴こえ、あわてて振り向くとすぐそこに迫っていたハーミードエルミーがゆっくりと俺の隣を通り過ぎていった。あまり目が良くないのだろう。嗅覚で獲物を探すタイプにも見えない。

 俺は茶色と灰色が続く平たい地面を眺める。集まってくる速さよりも狩るペースの方が早いせいで、自ずと次の群れを探す必要が出てくる。ゴツゴツした場所のほうがハーミードエルミーがたくさん潜んでいるように見えるけれど、あんまり似た岩が多いのも危ないように思える。

 

 どうしたところで、スライムよりは当然時間が掛かる。

 今日中にこのエリアの進捗は少なくとも半分までは進めたいところだ。

 

「レフィ!」

「やあっ!!」

 

 傾いた夕日に、じりっとなる胸を、俺は深呼吸で落ち着けた。

 

 

 

 

 

「し、照明の石を使えばまだ……!」

「だーめだ」

 

 完全に日が落ちても狩りを続けたがったのは、むしろレフィの方だった。

 平たい荒野の向こうにはもうゲンドーゼンの街の灯りが見えている。俺はまばらに散らばっている小石を脚で蹴飛ばした。動くものを追いかけたくなるのか、クーはいたずらに笑い、転がっていく小石をさらに大きく蹴り飛ばしてまた走り出した。本当に、うちのエースは疲れることを知らない。

 

「レフィ、無理をしたくなる気持ちはわかるけど、目的を忘れちゃだめだ」

 

 自分にも言い聞かせながら、確認する。

 

「もくてき、です?」

「そう。俺たちの目的はゴノーディスに入ることじゃない。強くなること、脚が速くなること、拠点を手に入れること。これだけだ」

「でも、でもそのためにゴノーディスに入るんですよね?」

「俺は最悪、入れなくてもいいと考えてる」

「ええっ!?」

 

 俺の言葉にレフィはすっとんきょうな声を上げた。

 そんなにたいした問題じゃないという気持ちを込めて、笑ってみせる。

 

「関係が悪化しなければそれでいい。10エリアが間に合わなくてもいい。俺たちはちゃんと、真摯に入るための努力をして、それでもダメだと言われたら諦めるしかない。こっちから断るわけじゃないんだ。実力が足らなくてダメでした、と向こうが判断するならそれに素直に従っておけば悪いようにはされないだろう」

 

 遠くのクーがきょろきょろと辺りを見回している。

 どうやらこの暗がりで蹴飛ばした石を見失ったらしい。

 

「俺がレフィに何も言わなかった頃と同じだ。手段が目的になっちゃいけない。ゴノーディスに入るのはあくまで手段だ。方法のひとつだ。方法ならいくらでも考えればいい。さすがに足元もよく見えない状態でハーミードエルミーと戦うのは危ない。レフィはただ、強くなることを考えていればいい。……大丈夫だ、実際ペースも悪くない」

「……ほんとうです?」

「今日は朝から狩りをしてたわけでもないのに、1エリアと半分も終わったからな。このまま同じペースで進んでも4日目までに6エリアはいけるだろう」

「えーっと……」

 

 レフィが指を折りながらエリアを数える。

 右手を握り、左手の親指を曲げたところで、ふんふんと頷いた。

 

「そ、そうですね、間に合います」

「だろう? だからそこまで心配しなくてもいい。本当にペースは悪くない」

 

 悪くはない、が。

 問題は最後のエリアだ。

 

「あしたからはどんな感じになるんです?」

「明日はまず今日の続きだ。レフィの分が完全に終われば、クーは一発で仕留められるからそこまで時間はかからないと思う。そのあとはここからさらに西の森と、南西の湿地帯と、南の沼に順番に向かう」

「……ニトさんって、魔物のエリアに詳しいですよね」

「……そうか? 地図を見たことあるだけだよ」

「行ったことはないんですよね?」

「この街自体が初めてだからなあ。協会でもエリアの場所は確認しておいたし、むしろそれ以外で俺に出来ることがないからな。さすがに仕事させてくれ」

「指示もしてもらってると思いますケド……」

「実践してるのはレフィだろう? 頼りにしてるよ」

「む、むう……」

 

 俺がそういうと、彼女は満更でもなさそうな様子で顔を背けた。

 しっかり寝て、しっかり起きて、しっかり食ったら再開だ。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「無理だと感じたらすぐに逃げる。いいか?」

「わかってます」

「だいじょうぶなのだ」

「よし。じゃあ手筈どおりにいくぞ」

 

 スライムの湖よりもさらに北。広大な荒野が広がる地にはすでに標的の影がいくつか見えている。マナ濃度の違いは俺にはわからないが、突然クーが「空気がおいしい気がする」なんてコトを言い出したので、おそらくもうレベル2のエリアには足を踏み入れているのだろう。

 

 丸一日を確保した、四日目の朝。

 目的を間違えない。諦める勇気という言葉を散々頭に叩き込み、俺はそれを体に染み込ませるように深く息をする。

 

「いきます」

 

 レフィが拾った石を手に、前へと進み出る。

 自然な投擲姿勢から放たれた石はよく飛び、それを見送るより早く、レフィが次の技の発動に入る。遠く消えていく石を目で追っていくと、ちょうどその先にいた一匹がびくりと飛び跳ねて、こちらを見た。どうやら直撃したようだ。

 咆哮がこだまする。ハウジールドよりも一回り大きいだろうか。体には濃い紫色のような斑点と、なだらかな背筋には黒い体毛が一列に逆立っている。

 こちらに向けて地面を駆る。

 すごい速さだ。目で追えるのは普段からクーの走りを見ているからかもしれない。

 

 どふ。

 

 乾いた破裂音と共に、魔物のいる景色が土色に染まる。

 レフィが沙煙からこちらへと飛び出し、宝剣を構える。その隣ではクーも半身の姿勢で待ち構えている。

 

 …………。

 来ない、よし。

 

「……始めるぞ! 『レフィ、沙煙』」

 

 濃い土煙がクーが音指で駆け抜けるときのように高く立ち上る。

 方向は前方、形は直線。砂の壁が出来上がったのを確認して、俺たちは大回りに右側へと回り込む。こちらへと迫ってくる新たな二匹を確認する。砂煙を見て集まってきているのかもしれない。けれど壁に飛び込もうとはしないのが、こいつらの知能の限界だ。

 

 音指を乗せた沙煙でさらに壁を作る。

 二つ目と三つ目、その継ぎ目にレフィを向かわせ、そこからさらに前方へ一直線の壁を発生させる。クーが先に片側へ飛び込み、そしてすぐに戻ってくる。

 

「いたのだ! 変なの! ぎょろぎょろが二匹いるのだ!」

「ワンワンは!?」

「わんわんは遠いのだ! いけるのだ!」

「よし!」

 

 俺とレフィはクーの背中を追って、顔を覆いながら立ち上る砂の壁に飛び込む。

 少し離れた場所に、さきほのどウルフ系とはまた別の魔物がたたずんでいる。レプタイル系と言われる、地を這う四足の魔物だ。顔の側面に付いた目は大きく、体を覆う鱗と、地面に伸びている長い尻尾が特徴的だ。

 

「クー! 奥の奴を横からだぞ!」

「わかったのだ!!」

「レフィは大回りに前へ。この場所を閉じてくれ。『沙煙』」

「はい!」

 

 クーは右から、レフィは左からそれぞれ回り込む。

 俺は街で購入した簡素な盾を左手に構える。この狩りが移動の連続になることを見越してなによりも軽さを重視したつもりだ。

 

「のあっ!?」

 

 二匹のレプタイル系の魔物、ギフターノンはクーに向けて口を開き、どす黒い液体を吐き出した。それはクーが走り去った地面にべちゃりと落ち、しうしうという嬉しくない音と一緒に白い煙を立てる。

 クーは二匹目を通り過ぎざまにスレイジングで踏ん張りを利かせ、体重移動と共に振りかぶった拳を全力で打ち付ける。酷く鈍い音と、えらく鋭いマナの音が共鳴する。横っ腹を殴りつけられて吹き飛んだギフターノンは、地面に転げて醜くのたうち、エエオ、エオと苦しそうな鳴き声を上げる。

 レフィが沙煙でさらに壁を作り、砂煙に囲まれているのは完全に俺たちと二匹のギフターノンだけになる。手負いのギフターノンは地面を必死で掻くようにして起き上がる。先程の動きを見ても、やはり機敏なタイプの魔物ではない。鱗がハンパなく堅いだけだ。

 

「っだあああ!!」

 

 さらに走りこんだクーの追撃が、まったく同じ箇所にぶち込まれる。もんどりうって倒れたギフターノンは、小さな断末魔を残して消失する。光と共に、最初の大きなクリスタルが出現した。

 

「…………レフィ、クーに羅漢の音指!」

「わかりました! 『くー、ら!』」

「いっくのだああああああ!!」

 

 クーはまだ無傷のギフターノンが吐き出す毒に触れないよう、大回りに走りこみ、同じ要領で今度は上から叩きつけるように拳を振り下ろした。ギフターノンの体を伝う衝撃がさらに地面を経て、こちらまで走ってくる。

 やはり一撃とはいかないが、地面に伏したギフターノンがピクリとも動かない。クリスタル化されていない所をみるとまだ死んではいないが、あまりの威力に気を失ったか、少なくとも瀕死には違いない。

 

「レフィ! 頭を刺せるか!?」

「やってみます!」

 

 レフィはクーの元へ駆け寄り、その足元に気絶しているギフターノンの頭に向けて、宝剣を思い切り突き刺した。

 イン、と高い音と共に宝剣が弾かれる。

 俺もそこへ駆け寄り確認すると、ギフターノンの頬の一部に傷がついているのがわかった。激しい反動に尻餅をついたレフィが、苦々しげに唇を噛んでいる。

 

「レフィ、宝剣を見せてくれ」

 

 宝剣を握るレフィの右手には買い与えた黒いグローブが見えた。俺は立ち上がった彼女の右腕を掴み上げ、宝剣をまじまじと見つめる。刃こぼれはしていない。宝剣が負けたわけじゃない。これはレフィのマナの、ひいては獣性の問題だ。

 

「レフィ、もう一回だ。『突き刺せ』」

 

 俺の音指にレフィが目を丸くして、そして頷く。

 先程と同じように柄を両手で掴み、刃は下向きに――――――。

 

 ――――――っ。

 

 音もなく、刃はそのぶつぶつした頭を一瞬で貫いた。

 その巨体が消失する。

 クーが止めを刺したときとまったく同じ大きさのクリスタルが出現する。俺とレフィは顔を合わせ、同時に白い歯を見せ合う。

 

「…………よし、よし、いけるぞ」

「いけます! ニトさん!」

「レフィにノートをもらってから殴ればいいのだ?」

「そうだな。レフィの音指がちょうどよさそうだ。その羅漢で一発ぎょろぎょろを殴ったら、レフィが俺の音指でトドメを刺す。これでいこう」

「ほんとにワンワンは倒さなくていいんです?」

「クリスタルはエリアとの繋がりだからな。このエリアで発生したギョロギョロを倒せばワンワンを倒しているのと変わらない。戦わなくていいならそれに越したことはない。全力で拒否させてもらおう」

「そうですね」

 

 クーが戦い慣れている戦士ならば、最初に見た紫斑点のウルフ系の魔物、オディナウンドとも真っ向勝負で構わないのだが、ハウジールドとの戦いっぷりを見る限りそれはまだ難しいように思える。そうでなくても、レベル2以降の狩場はマナのバランスの問題なのか、複数の魔物が共存していることが多い。

 ギフターノンの毒を警戒しつつ、さらに素早いオディナウンドとの戦いを同時に繰り広げるのはどう考えても得策じゃない。最悪、事故が起こる。羅漢だけは当てられるように、クーの獣性でゴリ押すことができるような動きの遅い敵に限定することが大事だ。

 

「沙煙が残り過ぎないように短めで音指に乗せたから、もうすぐ消えると思う。次に移動するぞ。クー、頼む」

「まかせろなのだ!」

 

 片側の砂塵にそっと飛び込んだクーは、戻ってくるなり難しそうな顔を見せる。

 

「ん~……、こっちの方向にいっぱいいるのだ。でもちょっと遠いのだ」

「ぎょろぎょろが遠くにたくさんいるってことか」

「そうなのだ」

「移動だけしよう。『レフィ、沙煙、長、二連』」

「……、……っ! わかりました!」

 

 一瞬きょとんとしたレフィが、恐らく俺の音指から意思を受け取ったのだろう。さきほどクーが飛び込んだ砂の壁に近づき、示した方向へ直線の沙煙を放つ。そして間を空けず、少し横へズレてから同じように沙煙を発動した。

 

「なんなのだ? どうなってるのだ?」

「入ればわかる」

「なるほど……、こうやって使うんですか……」

 

 感心しているレフィをよそに、俺はクーに先を促す。わくわくした様子のクーが一目散に砂塵に飛び込み、そして案の定、すなけむりの向こうで歓声を上げた。

 

「うわはーっ! すなの道なのだああああっ!!」

 

「行くぞレフィ」

「はい!」

 

 クーの後を追ってレフィが飛び込み、そして俺がそれに続く。

 煙は濃くとも厚さがない沙煙を一瞬で抜けると、そこには左右のどちらも砂の壁で挟まれた細長い通路が出来上がっている。

 思い切り走り抜けるにはおあつらえ向きだったのだろう。クーはすでに遠くの砂塵の切れ目にたどり着き、きょろきょろと外側の様子を伺っている。俺がレフィの背中について走ると、なにやら含みのある表情がちらりとこちらを見上げた。

 

「どうした?」

「ニトさん、……わたし、この技、もっと練習します」

「沙煙か? まあ、ゆっくりでいいよ」

「絶対に極めるんです」

「そうか」

「そうです」

 

 全ての技を極めると意気込んでいたときとはまた違う、とても実感のこもった声色だった。いままさにレベル2のエリアで狩りを成功たらしめているのはもちろんクーの馬鹿げた獣性のおかげでもあるけれど、この技なくしてもやはり不可能だっただろう。そのことをまさに今、レフィは肌で感じ取っている。

 

「ほら、あっちなのだ」

「ほんとうだ。全部狩りたいところだ、が。……レフィ、『沙煙、開き、二連』」

「はいっ!」

 

 まず右と左、それぞれ斜めに砂の壁を走らせる。

 このまま大回りに囲っていって、素早くギフターノンだけを包み込んでしまいたいところだ。

 

「クーは左からギフターノンの注意を引き付けてくれ。毒が届かない距離でいい。手は出さないように」

「わかったのだ」

「レフィは俺と右周りにここ一帯を囲みにいく。いいか?」

「わかりました!」

「よし」

 

 それぞれ二手に分かれて走り出す。

 囲み切るまでの時間が勝負。俺は先を走るレフィにあらかじめ音指を与えておく。走りながらは苦しいが、トレーニングが多少は役に立っているだろうか。

 一枚追加。二枚追加。

 

「ニト! わんわん!!」

 

 ちょうどクーと俺たちが交差する反対側。まだ塞いでいないクー側の切れ目から一匹のオディナウンドが走ってくるのを目にする。ここまで入られては間に合わない。

 

「レフィ! 『投擲』」

 

 出掛かりの沙煙を諦め、上書きされた音指に即座にレフィが身を委ねる。黒いグローブに包まれたレフィの右手が腰のベルトに下げた袋から鮮やかな色の石をひとつ取り出し、その目が標的を捉えた瞬間、すさまじい速度で腕が振られる。

 ばばち。

 一瞬の放電がオディナウンドの表面に弾け、情けない声を上げたそいつは元来た方向へと逃げ帰って行った。体の一部が麻痺しているのか、焦りすぎて地面を滑り転げている。相当驚いたようだ。

 

「よし、はやく塞ぐぞレフィ、『沙煙』」

「ふさぎます!」

 

 与えられた音指に、レフィが手際よく残りの壁を立てていく。

 用意していたものが役に立つのはなんとも気持ちがいい。

 

 …………しかし、放物線すら見えなかったなあ、と今更ながらに思う。

 レフィが投げたのは街で大量に安く売っているクズ魔石に、パラリモニスという放電虫の体液を吸収させたものだった。特殊な魔石調合に必要な機器はパロームおばさんのお下がり、というか相続された遺品で、実を言えばその道具ひとつを売るだけで裕に三人分の装備を新調できるほどのお金にはなるだろうけれど、当然ながら俺は死んでも手放すつもりはない。

 

「包囲、完了です!」


 レフィの言葉に、俺達は再び一箇所に集まる。


「よし始めるか」

「やってやるのだ!」

 

 砂塵に囲まれたギョロギョロたちは、今から起こるであろう惨劇なぞ知る由もないという様子で大きな目をぱちくりさせた。

 

 

 

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