第35話 羅漢


 

 

「……わたひは、売られるのれ、しょーか」

「心配するな。できるだけ値段はつり上げてやる」

「いやれす」

 

 いつかのように肩に担がれたレフィは深刻な寝不足により無抵抗で、布が巻きついたままの状態は持つ場所に困らず程よい運び心地だった。

 これが万全であれば俺のスネは犠牲になっているはずだろうから、ある意味では兵器を運んでいるような気分でもある。取り扱い注意。雑な運搬ではあるが。

 

「それで、どこへいくのだ?」

「……俺の周りは兵器だらけだなあ」

「うん? クーは平気なのだ」

「そうだな。わかるよ。それでクーはなんでついてきたんだ?」

「ニトとレフィが寂しがるといけないのだ」

「ありがとう。まだ朝早いから寝ててもいいんだけどな」

「それには及ばないのだ。ぐっすりねたのだ。だからクーもはこぶのだ」

「ん? 俺の代わりにレフィをおぶってくれるのか?」

「ちがうのだ。ニトはクーもいっしょにはこんでもいいのだ」

「…………ほんとに? それはありがとな」

「くるしゅうないのだ」

「なんで感謝しているんですか……」

 

 俺は大した反論もせずにそこへ屈んだ。どうやら眠いのはレフィだけではないらしい。

 クーが背中に寄り掛かり、俺は左腕をその胴体に回した。立ち上がる。

 

「おー……」

「なんですかこれ……」

「本当になんだろうな」

 

 兵器が二つになった。元からだった。

 前後に撃ち分けが可能な両対応型移動式兵器ニトクレフィ。お値段据え置き。

 いったい何を放つのだろうか。異彩だろうか。相手の思考を一時的に止められるという点では優秀かもしれない。

 

「いけー! いくのだー!」

「もう歩いてるよ」

「もっといくのだ!」

「わかった、もっと歩くよ」

「うむ!」

 

 頬の横で騒がしく腕を伸ばす少女は放っておいて、俺は目的地を探す。

 ああ。腕を上げ続けるのって案外キツいんだなあ。

 

 

 

「これが、何になるんです?」

「位置情報をイメージする練習だ」

「いちじょうほう?」

 

 ふたりにも手伝ってもらい、等間隔に石を並べる作業はかなり早く終わった。このあたりは岩山が近いせいか大きめの石が多くて目印にちょうどいい。これならかなり遠くまで意識できそうだ。

 景色を眺めていると、土煙を上げながら通り過ぎていくクーが小さく見える。もしかしたら家畜の放牧というのはこんな気分なのかもしれない。あんまり激しく動き回られると、そのうち朝ごはんをせっつかれそうな気がするけれど。

 

「そうだな……」と俺は腰に手を当てる。「まずはレフィにひとつ質問しておこうと思う。レフィが一番たくさん思い浮かべられるものってなんだ?」

「……ん、ん? よくわかんないですが、何の質問です?」

「こう、いろんな種類がぱーっと思い浮かべられるものって何かあるか? 例えば果物の種類だったりとか、キノコの種類だったりとか」

「種類です? あ、それだったら魔法とか技ですっ!」

「ああ、そうなるか……」

 

 魔法と技。あの本のせいだろう。

 レフィは本当に、暇さえあればあの便覧を読みふけっている。幸か不幸かほら穴の中が明るいせいで常に読書できる環境が用意されてしまっている。相変わらず集中力も凄まじく、クーが拗ねてレフィの耳に噛み付くまで気付かないくらいだ。だいたいはそれでレフィが激怒して、クーが凹みながらこっちに八つ当たりをかましてくるのが毎回の流れになっている。それで何度も起こされた。

 

「悪い、レフィ。それ以外で何かないか?」

「魔法じゃだめなんです?」

「絶対ダメってほどじゃないけど、できれば別のものにして欲しい」

「うーん、…………いろ、ですかね?」

「色?」

「そうです、色です。前によくお使いとか荷物持ちをさせられてたんですけど、服のお店に入るとすごくたくさんの色があって、お店のすみっこに色の名前とかが虹みたいに順番でずらーっと並べてあるところがあったんです。すごく綺麗で、見てるうちに帰りが遅くなって怒られたりしました」

「なるほど、色か。たとえばどれくらいの種類を思い出せる?」

「そうですね、赤から始まると、えーっと、赤から橙になって黄色になって、そのあと黄緑から緑になって、濃い水色っぽくなるんです。そこから青くなっていって、濃い青がえーっと、あいいろ? になって、紫になって、また赤っぽくなって最後に赤に戻るんです」

「ほほお」

 

 なるほど循環してる色か。

 色の名前こそ突っ掛かる部分はあるけれど、色自体の流れは淀みなく思い出せるようだ。レフィの頭の中ではきっと鮮明な虹色が描けているのだろう。

 悪くないな。

 

「色の中央はどこらへんだった? たとえば赤から始まって青で終わるとしたら」

「青までです? えーっと、緑……? いや、黄緑っぽかったと思います」

「よし。じゃあここが黄緑だ」

「はい?」

 

 目をぱちくりさせるレフィに、俺は地面を指差して見せる。

 石の並びがすべて見られる位置から、その一番手前にある真ん中の石を俺は示す。

 

「この石が黄緑」

「黒いですけど」

「黄緑だと思って」

「無茶を言いますね?」

「なんならこの石から真っ直ぐ向こうまで全部黄緑だから」

「ええ!?」

「で、その端の石も、……なんだっけ、さっきレフィが言った色の順番でイメージしてみてほしいんだ」

「ど、どういうことです?」

「たとえば、ここが黄緑。でその右は?」

 

 俺は目の前の石から、ひとつ右に並んだ石を指差す。

 

「黄緑の次は緑ですケド……」

「じゃあそこは緑」

「ええー……? なんなんですかこれ」

「すごく大事だからちゃんとイメージして欲しい。一番左のあの石から、一番右のあの石まで、赤から青に変わるようにそれぞれ色を当てはめてみてくれ」

「赤から……、え、えーっと、赤から橙で……。ふん、ふん、ふん。で、ここが黄緑、だと、…………ダメじゃないですか」

「真ん中から始めたほうがいいぞ」

「ここか黄緑ですよね……。で、緑で…………、色が足らなくなっちゃいます」

「じゃあ同じ色でもっと幅を取ってくれればいい。真ん中の黄緑だけ石三つ分で、その両側から石二つずつ色を変えられるか?」

「二つずつです? じゃあ、えーっと、ここからここが黄緑で、あそこまでが緑で……、ふん。ふん、ふん。……なんとなく、なんとなく想像できました」

「そしたら、その色が変わらないまま、奥の方の石までずーっと続いてるのを想像してくれ。ちょうど虹の端に俺たちが立ってるような感じで」

「ここから虹が始まるんです?」

「そうだ」

「えーっと、あそこの赤から、こうきて、で、青になって。一気にわー……っと奥まで伸ばして。……できました! キレーです!」

「綺麗か」

「はい!」

 

 美しさまで口にできるなら、かなりしっかりとした虹を想像できているのだろう。

 よしよし。

 

「そうしたら、今度は数字を並べる」

「数字です?」

「そう。ちょっとついてきてくれ」

 

 俺は一番手前の、左端の石まで歩く。

 

「ここが0」

「0、です?」

「そう。で、ここから奥の石になるほど、1、2、3、……って続いているのを想像してくれ。色も石が二つずつだから、数字も石がふたつずつでいいぞ」

「じゃあ、この一個を飛ばして、その次が1です?」

「そうそう。そこまでが1」

「そのまた二つ先までが2?」

「それでいい」

「だったらできそうです! ふん!」

 

 レフィは足元から順々に指をさしていき、最後に一番遠くを指差してから頷いた。

 

「できました! ……できました、ケド?」

「ここからが本番だ。最後に色と数字を組み合わせる。レフィはこのあたりは何色だったかまだ覚えてるか?」

「青です!」

「そうだな。そしたら、ここから、このあたりの範囲は『青の1』だ」

「あおのいち?」

「そう。虹の青色のラインの、1番目。この四角い範囲が『青の1』だ」

「ここが……、青の1……」

「その向こうが青の2」

「あっ、わかりました! その次が青の3で、その向こうが青の4ですね!?」

「その通り。いまからこうやって、“場所の名前”を確認していく。元の位置に戻るぞ」

 

 俺とレフィはまた中央に戻り、全体を見渡す。

 

「よし。ここから見て、青の5はわかるか?」

「えーっと……、青の1、ふん、ふんふん、青の5! あそこです!」

 

 レフィが左の方を勢い良く指差した。

 

「うん、いいね。そうしたら今度は、真っ直ぐ前を向いてくれ」

「前です? ……まっすぐ、前」

「そう。その状態で、青の5の位置をもう一回探してくれ」

「えっ? ……青の、……う、うう、難しいです」

 

 レフィは頭をぷるぷるさせながら瞬きを繰り返す。

 身長は低いけれど、目の良さでカバーできるはずだから慣れの問題だろう。

 

「難しいよな。最初は曖昧でもいい。今度は俺が立っている場所を当ててくれ。…………、はい、ここは?」

 

 俺はレフィの正面に立つ。

 

「え、え? えーっと、黄緑の1です?」

「そう。……ここまで下がると?」

「黄緑の2です」

「こっちは?」

「えーっと、えー、黄緑、きいろ、黄色の、3です!」

「あってると思うけど、視線は前だぞ」

「あっ! そうでした!」

「今後のことを考えるとできるだけ正面を向いたままの方がいいけど、もしわからなかったらこっちを向いて確認してくれればいい。」

「わかりました。……でも、これって一体なんなんです?」

「うん? ああ、レフィに司令レフィンダーを教えようと思ってる」

「レフィン……、えっ!? わたし司令になるんです!?」

「司令“も”できる戦士ボルダーになって欲しい。最初はその予定じゃなかったけど、レフィには素質があると思ったから教えてみたい」

「……そ、そんな、司令なんて、わたし」

「やりたくないか」

「ち、違います! でも、そんな難しそうなの、わたしにできるのかなって……」

 

 俺はレフィの元へ歩く。

 不安そうな瞳が俺を見上げた。

 

「妖精と初めて戦ったときのことを覚えてるか?」

「妖精さんです? もちろんですケド……」

「あのとき、妖精の動きを先に見切ったのはレフィだった。俺はまだ覚えてる。妖精は後ろに避けるばっかりで、上下左右には逃げないって」

「……え? だ、だって、そうだったんですもん」

「普通はそういう思考にはならない。結果しか見えなくて感情的になるからだ。剣を上手に振れた、なのに避けられた、悔しい、次は当てたいと思う。けれど、じゃあ“いったいどうやって避けられた”のかをその場で答えられる奴ってのは驚くほど少ない。避けられたっていう悔しさと焦りで頭がいっぱいになってて、覚えてないんだ。だから同じ行動を繰り返す。同じように避けられて、また頭がいっぱいになっての繰り返しだ。でもレフィはちゃんと考えていた。見えていた」

 

 息のを呑むレフィに、俺は畳み掛ける。

 

「ハウジールドのときもそうだった。動きを見切るのも早かったし、頭を狙っても避けられるから、足を狙ったのはレフィの考えだった。アグニフが敵に囲まれてたときも、石で意識を自分に向かせてアグニフの負担を軽減してた。あの状況に関しては、本当にレフィに救われたと言っても過言じゃない。大会の映像での目の付け所も良かったし、理解も早かった。素質も才能もあると思う。少なくとも俺はそう感じた」

「…………!」

「それなりに戦える司令ってのは世の中にごろごろいるけど、司令もできる戦士なんて世界にひとりもいないと思う。なれるとしたらレフィくらいのものだろう」

「……でも、でもそうしたらニトさんはどうするんです?」

「べつに俺が司令をやめるわけじゃない。用事とかで狩場に俺が同行できないときに音指を扱えるのがひとりでもいればかなり違うから、そういうときは俺の代わりに司令の役割をして欲しいんだ」

「で、できますかね?」

「できる。ただ、すぐには無理だと思う。レフィの場合は普通の司令とも違って、自分も戦う必要があるから余計に難しい。戦闘と音指をそれなりにこなせるようになるまで三年くらいは見たほうがいいかもしれない。全力で戦闘をしながら完璧に音指も出すとなると、どれくらいの時間がかかるかは俺にも想像できない。それはもう終着点と言ってもいい」

「さ、三年ですか……」

「俺はそれぐらいの目安で見てるってだけだ。さすがに、さあ明日からすぐにやってくださいって話じゃない。この練習もその最初の一歩だから、じっくり慣れていけばいい」

「これは何の練習になるんです? 位置がどうとか言ってましたけど……」

「今日ボリアを狩り切ったら一度アライクンさんのところに寄るつもりだ。そのあとになればわかるよ」

「……?」

 

 首を傾げるレフィを尻目に、俺はまた並んだ石の中へと足を運ぶ。

 戸惑いながらも、レフィは俺の立ち位置を次々と言い当てていった。

 

 

 

    *   *   *

 

 

 

「注文が過ぎますぜえ、お客さん」

「どうもすいません」

「や、いいんだけどな。もう数値は出てるからいつでもいい」

 

 アライクンさんの恨みがましい視線に頭を下げると、おじさんは苦笑した。

 クーの技を覚えるためとしか伝えてなかったせいか、レフィとクーはきょとんとした表情で後ろをついてくる。

 

 昼の村は今日も土と果物の匂いで溢れていた。

 お酒の香りはわからないけれど、好きなヒトからすれば風に漂う微かな風味なんかも嗅ぎ分けることができるのだろうか。この村に住んでいたらみんなそうなるのかもしれないし、逆に普段通りすぎて気付かなくなるのかもしれない。


「……もっとヤバいことになってるかと思いましたけど」

「いやあ、ヤバいんだよ。ヤバかったのは事実なんだが、大変な割には楽だったというか、ちょっと運が良かったんだよな」

「運が良かった?」

「お嬢ちゃんとニトの声紋がやけに似通っててなあ。赤の他人っていう割りにはかなり共通点が多かった。おかげで思ったよりもすんなり割り出しが済んじまったんだよ」

「割り出しってどういうことをするんです?」

「うん? ああ、口で言って分かるかどうかなあ……。ニトの声紋の周期と、お嬢ちゃんの声紋の周期で重なる部分を探して、それがどれくらいの間隔なのか、最小公倍数と、その周辺の位相をざらっと出して、できるだけそれらを拾えるような周期を、今度はもうひとりのお嬢ちゃんのマナの波長と照らし合わせて探す作業だな」

「聞いただけで頭が痛くなりそうなんですが」

「それを俺にやらせたんだぞお前は」

「感謝しています」

「ははっ、まったく」

 

 くいくいと引かれる袖に顔を向けると、「なんの話なのだ?」と言わんばかりにクーがこちらを見上げてくる。その隣でレフィまで似たような表情をしていて笑いそうになる。

 

「いまからクーのチューニングを改良してもらうんだ」

「うん? クーがもっとすごくなるのだ?」

「俺の音指だけじゃなくて、レフィの音指もクーに伝わるようにしてもらう」

「……! レフィもノートができるのだ!?」

「ま、まだできないですケド……」

「クーは!? クーもできるようになるのだ!?」

「クーはできないな。神性レメントが50ないと無理だ」

「仲間はずれなのだあ……」

「もう、あんなに足が速いんですからいいじゃないですか」

「クーがレフィを吸い込んでも無理なのだ?」

「それなら可能性はあるな」

「ち、ちょっと何を言ってるんで、や、クー!? ちょっ」

「吸うのだあああ! すううううううう!!」

 

 クーはレフィの髪に顔を埋めて力いっぱい吸い込み始める。

 ああ、それ、俺もやりたいなあ。

 

「レフィの髪はやわいのだあ。ふわふわなのだあ」

「ちょっとそのまま喋らないでくださ、く、くすぐったい、も、もう!」

「んふー」

「ンフーじゃないですよう!!」

 

 だいぶ趣旨がズレてきているけれど、微笑ましいので問題ないだろう。

 先頭を歩いていたおじさんがからからと笑って、俺もそれにつられる。

 

「賑やかでいいねえ、まったく」

 

 本当に楽しげに笑うおじさんに、それでもその広い背中にはわずかな哀愁を感じた。

 パロームおばさんという最高の話し相手を失って、アライクンさんはいまどんな時間を過ごしているのだろうか。なんて。

 

 

 

 

 

「ここで試すんですか?」

「おうよ。部屋の中じゃ危なっかしくてかなわんからな」

「いいのだ!? もうヤっていいのだ!?」

 

 村の裏手の山を少し進むと、硬そうな岩肌の崖が勇ましく立ち塞がっていた。

 おじさんはその辺の岩を見繕って、いまかいまかとソワソワしているクーを手招きした。

 

「この岩に一発ぶちかましてみな。思いっきり」

「殴ればいいのだ?」

「直接殴る必要はないぞ。羅漢らかんのイメージはひとそれぞれだが、オレの場合はそうだな、こう、拳の上にもっとデカい拳を纏わせる感じだな。ここにこう大きな手が広がっているのを想像して……」

 

 おじさんは想像上の右手の大きさを左手で弧を描くように表現してみせる。

 ちょっとそれは大げさじゃないかと思うほどのデカさだ。

 

「……で、これを相手に振り切る。ただそれだけだ」

「やってみるのだ」

「ちゃんと“やりたい”って気持ちを乗せるんだぞ」

「のだ!」

「よしいけ」

 

 クーがわくわくした表情で半身に構える。おそらくはアライクンさんの見よう見まねだろう。まだまだ不恰好だけれど、果たして。

 

「のあああああっ!!」

 

 重々しい衝突音と地響き。

 近くの林から数匹の鳥がばさばさと音を立てて散っていったのがわかった。

 

「おー……?」

「やるじゃねえか」

 

 クーは見事に丸く陥没した岩を興味深そうに眺め、おじさんは満足そうに頷いた。

 予期していない威力と音に、俺はまだ体に痺れが走っているようで、それはレフィも同じだったらしい。顔が強張っている。

 

「こ、これって普通なんですかね?」

「い、いやどうなんだろうな。……アライクンさん、これって普通の威力なんですか?」

「はっは。お嬢ちゃんの獣性ベストからすれば普通だろうな。世間的に見ればどう見ても普通じゃないが。……ほら、今度は爪を想像してみな」

「ツメなのだ?」

「そう、猛獣の鋭い爪を想像して、同じように振り下ろすんだ」

「やってみるのだ! ツメ、ツメ」

 

 クーの放つ羅漢の威力におじさんまで興が乗ってきたらしい。俺たちへの返答もそこそこにクーへのアドバイスを始めた。

 

「ひっかく、じゃ弱い。切り裂くつもりで、スパーンと」

「すぱーんときりさくのだ」

「そうだ、いけ!」

「…………ふぬっ!!」

 

 今度は綺麗なマナの音。

 クーのマナが岩のマナに干渉した結果だろう。さきほどよりも鋭く空気に消えた音は、むしろ彼女の掛け声の方が大きかったくらいだ。

 

 陥没した箇所の周りから、斜めに長く四つの細い筋が走っている。

 見た目にはそれほどの傷跡でもないように見えるが……。

 

「無駄がない、いい音だった。結構深いぞ」

「うまくいったのだ?」

「ああ、羅漢の基本はこれだけだ。殴るか、切り裂くか。切り裂くのは間合いとか範囲が広いから使い勝手がいいが、威力は殴る方が出る。絶対に当てられる自信があるときは殴りの方がオススメだな」

「深さが見たいのだ! いまのでどれくらいなのだ?」

「そうだな……、ちょっと下がってろ」

 

 ちょいちょいと手を揺らして、おじさんがクーを下がらせる。

 半身に構えたおじさんが、右手を軽くぶらつかせた。

 

「……ふっ!」

 

 一撃。岩砕。木っ端微塵。

 おじさんの放った羅漢は、クーが切り裂いた一番下の筋から上を綺麗に消し飛ばし、その広い背中の向こう側がやけに見晴らしのいい景色になった。

 クーは四肢をめいっぱいに広げて驚き歓声を上げ、俺とレフィは半歩後ろに引いた。

 もはや、爆発だ。

 アライクンさんの武勇伝を統合すると世界を数回救っていることになってしまうはずだけれど、もしかしたら本当に、一回くらいは救っているのかもしれない。

 そんな風に思ってしまうほどの威力だった。

 

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