第32話 クーと光の泉
「どうだ! いい場所なのだ!」
「確かに、すごくいいところだ。俺とレフィも一緒に使ってもいいのか?」
「あたりまえなのだ! みんなでここに住むのだ!」
「雨風はしのげそうですし、寝床は厚くて大きめの布を買えばよさそうですね。外に出ればボリアも狩れますし」
「レフィはたくましいな」
「外で寝るのに比べたらこんなにいい場所はないですよ。ただお風呂が……」
「川で水浴びすればいいのだ」
「ヤですよ……、ヒトに、見られるかもしれないじゃないですか……」
そう言いながら、レフィは流し目をこちらに向けた。
年頃なのはわかっているけれど、俺を見るのはやめてくれないだろうか。
周りにはどうせ理解されないけれど、俺が好きなのはランキョクさんのように背が高く凹凸が激しいオトナな身体である。こんな言い方はなんだが、ランキョクさんはどこを取っても素晴らしい。
さらに言えば、ああいった見た目の女性に劣情を催すこと自体が世間的にはおかしいという認識が逆に気分を昂ぶらせるだとかそういうことはひとまず置いておいて、レフィにこうして警戒の目を向けられるのは非常に不本意ではある。
「お風呂は必要なら宿かどこかで借りればいい。他のことはここで充分事足りる。余分な荷物も置いておけるしな。クーには感謝しないと」
「えっへんなのだ!」
「お風呂がある家に住めるのはいつになるんですかね……」
レフィが遠い目をした。
俺は軽く笑っておく。
「予定をおさらいしとこう。特に狩場の足並みは揃えておいたほうがいい。まずクーの服を裾上げしてもらう。妖精、ハウジールド、エイスキューをクーに狩ってもらいながら技を覚えて、その3エリアが終わり次第、二人でボリアを終わらせる。飯はボリアを狩るか、飽きるなら街で済ませて、寝るときはここ。そんなとこか」
「ニト! れんしゅーもしたいのだ!」
「そうだった。じゃあクーの
「それがいいのだ!」
「……このくらいかな。他には何かあるか?」
「はい、はい! 聞きたいことが!」
「どうしたレフィ」
「クーはおまじない、しなくていいんです?」
「おまじない?」
「あの、泉の……、わ、え、ニトさんどうしたんです?」
俺はめまいを覚えて、地面に伏した。
ああ、そうだった。そうだったな。
「すまん、忘れてた。……レフィ、俺はこれからしばらく夜は留守にするから、後のことは頼む。技の練習時間なり本を読む時間に充てておいてくれ」
「……ニトさん、さては前の寝不足ってあの泉に関係してますね?」
「チガウヨ?」
「こっち見て言ってください」
「全然違ウシ、何言ッテルカワカリマセーン」
「べつにいいですケド、体壊さないでくださいね?」
「ニトは夜いないのだ? れんしゅうできないのだ?」
クーが不満そうな声を上げた。
やけに練習にこだわっているようだ。
「じゃあ昼間にしよう。それでいいか?」
「やれるならいいのだ!」
「わかった。あとクーもしばらくは自由時間で構わないけど、まだ魔物とは戦わないようにしておいてくれ。好きに走り回ってくれればいい。岩とかにぶつからなければ」
「それはしんぱいないのだ」
「え? 心配ない?」
「もうぶつかることはないと思うのだ。約束するのだ」
その顔が自信に溢れている。からかう言葉が出てこなくなってしまった。
なにか根拠があるのだろうか。数日経ったら、やっぱりぶつかったのだ、とか平気で言い出しそうではあるけれど。
「そ、そうか。ならいいけどな」
「レフィと一緒にいるから大丈夫なのだ。レフィが寂しいといけないのだ」
「わ、わたしのためですか……」
まるで子ども扱いのレフィが、引きつった笑顔を見せた。
クーもにひーと笑ってみせる。けれど、ぐぎゅうとお腹が鳴ってすぐに萎れた。
「きょうは歩いてばっかりでおなかすいたのだあ……」
「それならまたボリア一匹いっとくか。レフィ、頼めるか?」
「任せてください」
「よし、それじゃあ……、あっ、いっ……!」
「大丈夫ですか!?」
立ち上がった拍子に手を壁にぶつけた。
ゴツゴツいた壁肌は思ったより尖っているようだ。手の甲から赤い血が滲み出している。
「あー! 言っておけばよかったのだ……、かべはあんまり触らないほうがいいのだ」
「わかった、気をつける。……いって」
「手をこっちに出してください。治します」
「いや、これぐらいは別にいいけど」
「いいからじっとしててください」
それだけ言って、レフィは目を閉じて両手を前に差し出した。
俺が無言で腕を伸ばすと、レフィの瞳が薄く開く。その目を見て、もう彼女が“入っている”ことを知った。
……うん?
なんか早くないか?
「
光がふわあと広がる。あの時と同じような熱。
それは傷口にじわっと集中し、じくじくとした痒みを伴って、そして消える。マナによる光が影響を与えたのか、ほら穴の天井には様々な色の残光が煌いた。
「……ふう」
「わあ! レフィ、すごいのだ! まほうみたいなのだ!」
「魔法ですからね」
俺は無言で傷口を確かめる。
そこにはもはや何の跡すら残っていない。痛みもない。
レフィの治癒魔法を見るのは久しぶりだが、やけに詠唱までが早く感じた。それでも傷はしっかりと治っているのだから、正しく発動したのだろう。早そうに思えたのは俺の気のせいか。
「……ありがとうレフィ」
「どういたしまして」
「レフィ! レフィ! クーにもそれして欲しいのだ! ふわーってして欲しいのだ!」
「クーは怪我なんかしてないじゃないですか」
「今からするのだ!」
「バカ言わないでください」
本気なのかわからないクーの言葉に、レフィは呆れ顔を返した。
まぶしい朝日が怠惰な内臓に染みる。
地表を照らす光の暖かさに寒気を覚え、ぶるっと肩を揺らした。
ヒトに対して特別に効くような魔法はないとは思うけれど、光魔法のようなものが存在するとしたらいまの俺には抜群にキくのだろう。そのまま塵となってさらさらと消えてしまうかもしれない。
くあ。
んん、とあくびを噛み締める。
涙の溜まった目で何となく朝日を見ると、水気に光が反射して酷く眩しい。思わず目を閉じて立ち止まる。いまの自分はそれはそれは情けない顔をしているのだろうが、太陽がくすりともしないから、このにらめっこは引き分けといったところか。愛想の悪い奴だ。
一応、周りに誰もいないことを確認して木々の隙間に忍び込む。
半日ぶりのほら穴に戻ってくると、入り口の前でクーがあぐらをかいていた。
日向ぼっこだろうか。ずいぶんと大胆に裾上げをしたらしいローブからは、肉付きの良い脚が健康的な色を見せている。脚の上に投げ出された両腕は手首までしっかり見えるようになっている。おそらくそちらも調節してもらったのだろう。
「あっ! おかえりなのだ!」
俺の帰りをいち早く察知したクーはフードを外して、大きな耳をピンと立てた。
朝に戻るとは言ってあったけれど、もしかして待っていてくれたのだろうか。なんてことを考えている間に、クーがこちらに向けて駆け寄り、その目線がふわりと俺より高く浮き上がった。
おいおい。
「おっ……、と」
「のだあ」
「のだー、じゃねえよ」
受け止めろとばかりに飛びついてきた少女をなんとかキャッチする。勢いの割には大した衝撃もない。クーが上手に加減したのか、それとも体重が軽いからか。
おそらく叱られていることも理解していないのだろう。クーは俺の首に腕を回したまま落ち着いてしまう。やけに収まりがいいけれど、お前の家はレフィじゃなかったのかと問いただしたくなる。
「レフィは?」
「まだ寝てるのだ」
「そうか」
まだ肌寒い朝方だ。無理もない。
というかクーの体温が高い。寒い時期には重宝するかもしれない。
俺がその場にクーを下ろそうとすると、思いのほか抵抗されて断念する。諦めて近くの岩に背中を預けて座り込む。眠くてたまらない俺とは違い、膝の上のクーは赤い瞳をしきりに動かして木々を眺めている。
目の前の大きな耳が、時折ぴくりと角度を変える。
俺はその先端に指先で弾くように触れてみる。クーはまったく意に介す様子もなく、ぼーっとどこかを見つめている。
もしやと思い、手のひらを形の良い頭に乗せて軽く滑らせる。両耳がひくっと伏せるように動き、また戻ってくる。どうやら頭を撫でられることに何の抵抗もないらしい。親にもよく撫でられていたのだろうか。
手のひらの感触に、俺はここ数日の疲れを一気に吐き出す。
ため息をつきながら耳を両側から軽くつまむと、クーは「なんなのだ?」とでも言いたげに目だけでこちらを見る。そのまま指先で掻くように綺麗な毛並みで遊ぶ。
「おー……?」
なにやら声を上げるクーをよそに、俺は流れの良い黒髪に手のひら全体を馴染ませる。
ああ、想像していた通りの素晴らしい頭だ。
「おー……」
耳の毛並みも、触れたときの反応も良い。
このまま頭を抱き寄せて頬ずりしたくなるような衝動に駆られるけれど、どうやらそれは俺の理性が許さないらしい。撫でられるだけでも僥倖だ。“そういうこと”に疎そうなクーが男女の機微に目覚める前に、存分に堪能させていただこうと思う。多少の罪悪感がないでもないけれど、これからもどうぞよろしく。
ぽふり。
撫でているうちに俺の眠気が移ったのか、クーが頭をこちらに預け、目蓋を緩めた。
そのまま寝たりしたら俺の好き勝手されるであろうことはわかっているのだろうか。わかっていないのだろうな、きっと。
俺のあくびにクーが続いて、撫でる右手はそのままに、目を閉じて日光に身を捧げる。
ひとときでも叶う夢の隙間に、ただ穏やかに浄化されていく。鬱屈したいろいろな感情が身体から抜け出て、光に消えていく。
ああ、頑張れる。これで明日も明後日も、まだまだやれるぞ。俺は。
「れんしゅー、は、しない、のだ?」
「クーも眠そうじゃないか」
「ノートだけで、いいのだ」
「わかった」
甘えたような口ぶりは、眠気のせいかとろみが増している。このまま弱火でコトコトしておけば自然とご就寝になるだろう。俺も早く眠りたい。
木々の隙間からわずかに見える遠くの草原に意識を向ける。どうせ走らないのであれば距離はどれくらいでも構わないだろう。
『ふとん』
「お……」
クーの耳が指の間でぴくりと動いた。
感触が楽しくて、俺はまたやわやわと指の腹で撫でる。
『きのこ、たけのこ、あらそい』
「ぉー……」
あそこまで走れ。あそこまで走れ。
毎回のように念じながら音指を呟く。耳がせわしなく動き回る。ぐにぐにと逃げるように曲がる耳を、逃がすまいと指の先で軽く掻いていく。
「『橋、落下、物資、供給、不可、軍、敗北』…………うん? クー?」
クーが身じろぎをして、おでこをこちらに押し付けてくる。
服に埋まってしまって顔が見えない。
「どうした?」
「なんでも、ないのだ」
「そうか。続けて大丈夫か?」
「……のだ」
はいよ、と返して、俺は練習を続行する。
こういうのは回数が大事だ。クーが音指を受け取れるかどうかの仕組みはよくわからないけれど、いずれ俺の声に彼女のマナが慣れてくるのだとか、そういう感じなのだろう。
適当な単語を探して呟く。見つからなければ同じ言葉を繰り返す。たまにもぞもぞと動くクーは座り心地が悪いのか、それとも音指を受け取ると身体に響くのか、体が擦れて少しくすぐったい。
毎回こうして近くで聴いてくれるのであれば俺も毎回のようにクーの頭を摂取できる。少し面度臭そうだなあとは思っていたけれど、練習は大事だ。うむ。
都合のいいことを考えながら、俺は容赦なく彼女の頭と耳と髪に指を這わせる。
……それにしても良く動く耳だ。
「――――んんに、ニト!」
「おっ? おう?」
突然大きな声を出したクーは、苦手な虫でも見つけたかのようにびくりと動いて、そして強張った肩をゆっくりと降ろしていった。
なんだ、どうした。大丈夫か。
「き、きょーは、もー、いい、のだ」
「おう? 終わりか?」
「のだ」
「わかった。昨日よりは良くなってるか?」
「お? あ、たぶん、いいかんじ、なのだ。もうちょっとだけ休憩するのだ」
「ああ。頭の中ぐるぐるしたか」
「そんなかんじなのだ」
言葉は少し苦しげであるけれど、表情が見えないからなんとも言えない。
音指は基本的に上書きされるものだからいまのクーに何十個も走る指示が残っているわけではないだろうが、それでも負荷は掛かったのではないだろうか。
膝の上で脱力したまま浅い呼吸を繰り返すクーに、俺はその丸い後頭部へぽんぽんと手を弾ませる。娘ができたらこんな感じなのだろうか。こうして考えると、俺も無駄に体がデカくなったもんだなあと感慨深くなる。
レフィやクーぐらいならば体で受け止めるられるくらいには成長したけれど、器の方はどう鍛えていいかもわからない。いつまでも内面が育たないオトナなんていくらでもいるから、俺もそのうち仲間入りを果たすのだろう。
「ん! せっかくだから走ってくるのだ!」
むくりと体を起こしたクーは俺の膝から降りてひとつ伸びをする。
「林を抜けてからにしとけよ?」
「わかったのだ」
クーはこくりと頷くと、それでも心配になるくらいの速度で木々の合間を抜けていく。それから少しして、クーの消えた方角からデカい土埃が上がった。
無事に音指を消費したようだ。
ここから急に実行したりせずに、林を出た後でしっかりと発動できている。その様子からしてもちゃんとコントロールできているように見える。何の心配もいらなそうだが、本人が言うからにはまだ不具合が残っているのだろう。
練習は続けよう。
俺の健康のためにも。
…………スゥ。
ほら穴に戻ると、レフィが厚手の布に包まって寝息を立てていた。
もう日は昇っているような時間ではあるけれど、俺の足音にも反応がないのはかなりの熟睡と見える。レフィの背中を守るように、外壁のそばにはぐるりと一周、柔らかい雑草が敷き詰められている。まだ明るいうちに三人で集めたものだが、こうして改めて見てみると、ずいぶんと“巣”っぽくなったなあと思う。少なくとも家ではない。
靴の裏に感じる滑らかな岩の地面は固い。
よくレフィもクーも当たり前のように眠れるものだと思う。さすがは野宿に慣れているだけのことはある。俺もいまでこそ目を閉じれば数瞬で夢の中にいける自信があるけれど、朝起きて夜眠る生活に戻ったらちゃんと眠れるかはわからない。
俺はその場に座り、自分用に置いておいた布を被る。
少し意識を緩めただけで、ぐうっと闇が深くなる。明滅する視界に逆らわずにぼーっとしていると、ひたひたという足音を立ててクーが戻ってくる。走るのはもう満足したのだろうか。
「どした?」
「二度寝するのだ」
「さよか」
クーは岩の小部屋を見回してから、レフィにくっつくようにして横になった。
レフィが「うぅん」と声を上げる。起きる様子はない。俺がもうひとつの畳まれた布を指で示すと、クーは思い出したようにそれを手に取り、またレフィの近くで丸くなった。
二度寝とはひとっ走りした後のような、頭がばりばりに冴えているときにするものだろうか。と俺は疑問に思うけれど、クーに関しては考えるだけ無駄だろう。
しばらくそのままふたりを眺めていると、いつの間にか、意識は昼過ぎに飛んだ。
* * *
「なにが起こるのだ?」
「待ってればわかりますよ」
三日月というには少し太めだろか。
白い弧の映る泉は、風もなく穏やかだった。
俺は泉の監視をレフィに任せ、じっと目を閉じていた。睡眠時間は取っているのに、昼夜が逆転しただけでこの有様とは情けない。基礎体力がまだまだ足りてないのだろう。この十日間、質の良い頭を供給し続けてくれたクーには感謝しかない。
「ニトはだいじょうぶなのだ?」
「そっとしてあげてください……」
小さな水音に目を開く。
じっとしていられない様子のクーが指先で水面をつつく。上品な濃紺色が波打ち、欠けた月が流されそうになる。波紋の行く先を見据えて、消えて、また目を閉じた。
苦々しそうな金持ちの顔が浮かぶ。
小物かと思いきや、意外と商人としてのプライドは高かったようだ。狼の偽情報を持ってくるような輩もいなかったようで、本当に何の情報も出てこないまま十日間が経過したことを酷く悔しがっていた。報酬は受け取った。
信憑性が高まったことで、追加の情報をとさらに金を積まれそうになったけれど、これ以上クーの情報を出すつもりもないので断っておいた。もうヒトの前には姿を出さないと言ってしまったからには、俺だけがその狼の情報を得られるというのも矛盾する。
クーを連れて歩く街並みは、相変わらず周囲の視線の的にされた。悪い噂が無くなるまでだとは思っていたけれど、そもそも悪い噂がなくなったところでクーが有名なことには変わりないということを理解していなかった。
ただ、あの初日の刺すような視線はなくなったから、友好的には見られているのだろう。無害と知って話しかけてくる輩も出てくるくらいだ。クーが正式に
ボスメーロはすでに、クーのホームグラウンドだろう。
ぽちゅん。
クーが濡れた指先から雫を落とした。紺色に白の波が広がる。
彼女の足元の真っ白な照明石はまだこうこうと光を放っている。あの日のように満月の月明かりがあれば必要もなかったけれど、今日の暗さでは仕方がない。
あともう少しだけもってくれ。欲を言えば、どうか帰り道までは。
「おっ?」
「あっ!」
「きたか」
泉に放たれた一瞬の光は、広がり、すぐにこちらへと集まってくる。
レフィが雫を受け取ったのと同じ場所で待っていて正解だった。
「クー、ほら、手を出してください」
「落ちてくるのを飲むのだ?」
「そうです」
「あがー」
「口でいきますか!?」
雨を飲もうとするかのようなクーの姿勢に笑いそうになる。そんな騒動を知ってかしらずか、前と同じ大きな葉は集まってきた光を茎から吸い上げて昇らせていく。
「クー、手は添えておいたほうがいいんじゃないか」
「あがっだのだ」
クーは葉の真下で前後左右にカクカクと動きながら、あごのあたりに両手を添えた。ずいぶんと奇妙なイキモノが出来上がってしまったものだ。
光が葉に昇り、ふあっと煌めいて、そしてしなる。ぐぐ。ぐぐぐ。
「クー、願い事は?」
「あじがあやぐなりだいおだ」
「そうだな」
何を言っているかよくわからないけれど、とりあえず頷いておく。
光の塊が落ちてくる。
がぶん。
見事な顔面キャッチだった。
彼女の顔に跳ねた水滴が飛び、光を散らす。
がぼ、ごぼと音を立てながら、クーはそれを飲み干していく。あごや指の隙間から光を漏らしながらも、その大部分を一気にお腹に収めてみせた。
相変わらず豪快である。酒飲みになったらヤバそうだ。
けほん。とひとつセキをして、はー、と息を吐く。
「……あー、おいしかったのだあ」
「おいしいんですか……」
「うまいのか……」
クーの漏らした感想に俺とレフィは呆れる。
この状況で得体の知れないものをあれだけ大量に飲まされて、味わうだけの余裕があるとは。
「どんな味なんです?」
「うん? レフィは飲んでないのだ?」
「飲みましたけど、よくわからなかったです」
「くだものがいっぱい! みたいな味だったのだ!」
「甘いんですね?」
「あまくはないのだ。くだものがいっぱいなのだ」
「いや、わからねえよ」
クーの独特の感性は理解しがたい。
答えを求めてレフィを見るけれど、そこには鏡のように困惑した顔がこちらをみていた。およそ俺もこんな顔をしているに違いない。
「それで、どうするのだ?」
「これだけだ。明日からはクーも狩りに参加だ」
「狩りかあ、自信がないのだあ……」
「クーなら大丈夫ですよ」
狩りという言葉に、クーはやはりいい顔をしない。
それだけの
「でもニトさん、明日はお休みにしませんか?」
「うん? どうして?」
「ヒトの顔色じゃないです。せめてゆっくり寝てからにしてください」
「あー……。それならすぐに帰って寝て、明日の昼からにしよう。それだけ休めればいい。最近はずっと朝帰りだったからな。」
「なんなら狩りもずっとお休みでいいのだ!」
「永遠に脚が速くならないぞ?」
「うっ、それはこまるのだ……」
しょぼくれたクーにレフィがふふっと笑った。
まあ明日、というより今日に関しては全員で休まずとも、レフィ先輩に全てを任せて俺は寝ているだけでも構わないかもしれない。
何でもいい。まずは妖精を狩って、クーの技を。
――――――とは思ったものの。
「んぎい! くうう!」
「……ニトさん、どうしますか」
「……ちょっと作戦を練りなおすか」
「ぐぬうううううううっ!!」
妖精の舞いに、クーは花弁を散らして転げ回る。
彼女が狩りを嫌がっていた理由がよくわかった。お腹がすいてもボリアを狩ろうとしない理由も、戦いが好きじゃないという理由も。
「ぬぎゅああああっ」
クーは。
信じられないほど戦闘が苦手らしい。
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