第29話 試音

 

 

 

「ほら、いまの、いまの言葉、わたしの治癒魔法みたいです! 違うんですかね?」

「……偽詠唱ですね」

「ぎえーしょー?」

「ちょっと戻しますよ」

 

 俺は男性が詠唱するよりさらに前の場面へ切り替え、そこからまたゆっくりと流し始める。無手の少女の体がわずかに光ったのが見える。

 

「ここで、この少女におそらく防御系の魔法がかけられてます」

「……? ……はい」

「そしてその直後、この少女は相手の戦士に吹っ飛ばされて、地面に転がります。……ここですね。派手にやられているように見えますよね」

「うわあ、大丈夫なんですか?」

 

 倒れた少女に向けて、味方の男性が杖を向ける。

 

「そこで治癒魔法の詠唱が聞こえてくるわけです。相手側としては、不利な状況だったにも関わらずノーヴィンさんの戦士をひとり崩したわけですから、何がなんでもここで傷を治させたくはないですよね。だからトドメとばかりに戦士の攻撃と魔法で追撃したいところですが、それをしなかった。なぜなら罠だから」

「わな?」

 

 杖の向きがわずかにズレる。その先は倒れた少女と相手陣の中間あたりに向けられ、次の瞬間に明るい色の炎がごうっと放たれる。

 

「防御系の魔法をかけておいて、わざとヤられたフリをしたんでしょうね。それを治す真似をしておいて、相手が追撃に来そうなところへ火炎魔法をぶっぱなしているわけです。おそらく火炎魔法の方は詠唱せずに、わざと治癒魔法の詠唱を口にしたんでしょう。でもマナの動きか、火炎魔法の起こりかなにかを察知されて、魔法盾で防がれています。相手側の杖の戦士もかなりの手練れみたいですね。少女のやられかたに違和感を覚えたんでしょう。そのあとの偽詠唱を読んでます」

「うわー……」

「ほら、もう起き上がってる」

 

 無手の少女はケロっとした顔で飛び起き、すかさず前線に混ざっていく。

 

「……防御の魔法なんて」とレフィが眉を寄せる。「みたことあるんです?」

「いや、いま初めて見ました」

「なんでそれでわかるんですか……」

「僕だって単体で見たらわからないですよ。点じゃなくて線で見るんです。強いヒトたちっていうのはだいたい行動のひとつひとつに理由と狙いがあります。火炎魔法を当てるためにわざと治癒の詠唱をして、わざと治癒の詠唱をするために誰かがダメージを受けたように見せかけて、ダメージを受けたように見せかけるために使った魔法だから、防御魔法っぽいなって感じです。繋がりで見ればいいんです」

「ぜんっぜんわからないです」

「レフィさんならたぶん、いずれわかるようになりますよ。それよりも今は二列目の方たちを見たほうが勉強になると思います」

「二列目? どのヒトです?」

「止めます。このヒトと……、どこだ、いた。このヒトですね」

 

 俺は剣士の少女ではなく、そのやや後ろで立ち回っている無手の少女と、ロッドを持った魔法主体の女性を指差した。

 

「このヒトたちが、なんなんです?」

「いずれレフィさんに必要となる動きの基礎が全部つまってますよ」

「あっ、ゆーげきってやつです!?」

「そうですね。厳密に言っちゃうと二人ともレフィさんとは違いますが、前衛と後衛の中間で立ち回ることは一緒なので共通していることが多いです。最初から流してみますね」

 

 俺はまた剣士の少女が飛び込む直前まで場面を戻し、少し速度を落として再開する。くわんと響き渡る音指ノートに、耳鳴りのように高いマナの衝突音が連続する。

 半球状の盾は相手陣によく見られる。やっぱり序盤からノーヴィン側が押しているのだろう。初手で物理盾を展開している時点で、相手側は少し固くなっているように見える。緊張だろうか。


「うーん……、よくわかんないです。この子は何をしてるんですかね。こっちのお姉さんはすごくたくさん炎を出しているように見えますが……」

「武器を持ってない方の子ですか?」

「そうです。あんまり目立ってないような……」

「いまのところ、この子が一番相手陣に打撃を与えてますよ」

「ええっ!? いつですか!?」

「炎と盾が目立ち過ぎていてわかりにくいかもしれませんが、……たとえばここ。この場面。剣士の少女が剣を光らせて大技を匂わせています。だけど技は発動させずに、相手の前衛ひとりに向かって横なぎに振り切っています。あの技の可能性があったので相手も横に跳んで避けましたが焦りで回避行動が大きくなっています。その着地に、ほら」

「あっ! なんか殴ろうと……!? 当たっ……、あれ? いま」

 

 無手の少女が斜め後ろから鋭く拳を振るう。その手の先が相手に触れていないにも関わらず、相手の体が痛々しく折れ曲がる。その一発がどれほど重いのかがこちらまで伝わってくるようだった。

 

「獣性が高い戦士に人気の技ですね。クーさんにも薦めたいぐらいです。拳や爪による打撃をマナに乗せて威力や範囲を大きくする攻撃ですね」

「炎とか剣の方が怖くみえますが……、ああ、もう治そうとしてる」

「見た目じゃわからないですが、かなり深手を負ったみたいですね。獣性がいくら高くても、「守りたい!」と思わなければマナは助けてくれないんですよ。だから下手をすれば、剣士さんのあの技を目の前から受けるよりも、背後からこの子の一発をもらう方が痛い可能性まであります。だから剣士さんが派手に動かして、その回避先を彼女が狙うのが基本戦法みたいですね。意識の外から殴る感じですね」

「いしきですか」

「この世で最強の攻撃は意識外からの攻撃ですよ。たとえばクーさんがいくら強くなっても寝込みを襲えばレフィさんの圧勝です」

「その勝ち方はうれしくないです……」

「まあそれはいいとして……。ほら、また剣士の方が相手を動かしましたよ」

「あっ。あー……。うわあ。なるほど、ちょっと見方がわかってきました。こっちのお姉さんはどうなんでしょうか、炎をいっぱい出してるくらいしかわからないですが」

 

 女性はロッドを前に構え、直線に貫くような火炎魔法を放ちながら、合間合間に燃え盛る火球を飛ばす。火球は横から上から、あらゆる角度に弧を描いて対象に向かっていく。威力はそこまで高くないように見えるけれど、手数が圧倒的だ。

 

「あの火の玉、なんだかヒキョーじゃないですか? ずっと撃ってるようにみえます」

「卑怯に見えますか? レフィさんもこの魔法はあの本で見たと思いますけど」

「あんな連続で撃ってるものはなかったですよ? いちばん簡単そうな炎の魔法にあんなかんじの小さい玉をいっこだけ飛ばせるものがありましたけど」

「アレは、たぶんソレですよ」

「はい?」

「彼女が撃ってる魔法が、その一番簡単な炎の魔法です」

「えっ!? でもでも、あんなぽこぽこ撃ってる絵ではなかったですよ? それに玉もあんなに大きくなかったです。もっと手のひらくらいの……」

「あれがきっと、その魔法を極めた状態でしょうね。極めたといっても、普通はあそこまで魔法は連発できないですし、火の玉もあんな大きさにはならないはずです。誰から見ても充分な威力と言われるくらいになっても、それでもずっと練習を繰り返しているんじゃないですかね。それこそ、今でも続けているんだと思います。習得の極地ですね」

「どれだけ練習したらあんなことになるんですか……、いちばん弱そうな魔法だったのに……」

 

 相手の杖持ちの苦い表情が見える。

 魔法盾に頼らないよう、炎の槍のような魔法は風の魔法で相殺しているけれど、火球はその数が多すぎて消しきれていない。あの密度じゃまともに詠唱すらできない。魔法盾を展開するのは仕方がないけれど、そのせいで自分も外へ魔法を放てなくなっている。これでは攻撃も治癒もできない。

 

 外の怪我人を治癒するには、怪我人に魔法盾の中に戻ってもらうしかない。

 結局、ラインを下げざるを得ない。

 

「素手の子はアタッカー気味なので、こっちの火球の女性の方がレフィさんの役割に近いですね。一発一発は魔法盾を張るほどのものではないですけど、放っておいたらそれはそれで面倒という、絶妙な鬱陶しさです。炎が派手すぎて素手の子が目立たないのも厄介ですね」

「わたしがこんなに活躍できるんでしょうか……」

「頑張り次第でしょうね。速さを戻します」

 

 相手側も苦戦こそしているけれど、一気に崩されたりはしていない。やはりここまで勝ち上がってきているだけのことはあるらしい。

 それでも、時間の問題だろう。

 

 ほしゅう。

 妙な音を立てて、黒い煙がノーヴィンの頭上に現れる。

 なんだあれ。

 

「あっ! 雷の!」

「え? ……ああ」

 

 …………いやいや、本気か?

 

 レフィの言葉に遅れて理解する。

 彼女が便覧で見たのであろう黒い煙は、もくもくとその体積を大きくしていく。ノーヴィン側の杖の男性の魔法だろう。

 けれど、ようやく形になり始めた黒い雲は相手陣から放たれた突風で一瞬にして霧散してしまう。さすがに放っておくわけにはいかない。

 

 火球が相手の後衛に集中し始める。黒い煙がまた出現する。

 突風を出させないつもりか。

 火球の女性に攻撃しようとする相手を、剣士の少女が守りに入る。黒い煙がまた大きくなる。二人掛かりで来たところに無手の少女も参戦する。守られたままの女性の火球が止まらない。風の詠唱をする暇がない。黒雲が形成される。



 ばちん。黒雲の表面に稲妻が走る。もう間に合わない。

 来る。


「……あっ」

「……うわー、なるほど」

 

 雷は。

 走らなかった。

 

 黒雲に気をとられていた。

 気付けば相手の魔法盾の中に数多の閃光が貫き、盾は割れ、地面に伏した戦士たちの中、ひとり立つ剣士の少女が光る剣を鞘に納めていた。

 決着。唖然。


「ああああああああっ!! あの技です!? いまの! 見逃しましたあああっ!!」

「……なるほど、それはえげつない」

「なにひとりで感心してるんです!? ちょっと、いまのは何があったんですか?」

「ああ、そのための。はあ、雷の魔法はこれがあるからなあ。納得しました。そういうことか。でもそこまでしなくても……、こういうところも人気に繋がっているんでしょうねえ。ははあ」

「ニトさん! 聞いてますかあ!?」

 

 レフィが俺の肩を揺する。

 もう少し余韻に浸らせてはくれないだろうか。

 

「いやー、面白かったですね」

「ひとりで終わらないでくださいっ! なんなんですか!?」

「いまのを説明しようとするのは大変そうなので僕は諦めました」

「許しませんよ!? それでもっ! 司令っ! ですか!?」

「あう、おふ」

 

 視界がガクガクする。

 彼女の知的好奇心を満たさなければ首の骨がイカれるかもしれない。

 

「せつ、めい、する、ので、離して、くらさい」

「ていねいに、お願いしますよ! ていねーに!」

「あーい」

「ていねいに!!」

「はい。まずここ、黒いもくもくが最初に出たときは相手の風魔法で消されました」

「そうですね。それはわたしでもわかりました。たしか準備の魔法ですよね?」

「そうです。映像だと天気がいいので、雷の魔法は二段階で発動します。そんな手間がかかる魔法を簡単に消されたちゃったんです。それを見たら、普通はもっとスマートな戦法に切り替えるんですが、また黒のもくもくを出し始めました。なんだかこだわっているように見えますよね。さらには炎魔法の女性が相手の風魔法使いを一点集中で攻撃し始めました。なにがなんでも雷の魔法で決めてやるっていう意志が見えます」

「あっ、これはもくもくを消させないためなんですね」

「それで相手もバカじゃないですから、ここ、炎の女性を狙っていますが、ノーヴィンさん側の戦士に止められています。どうにか火球を止めて、味方に風魔法を撃たせる必要があった。でもそれができなかった。黒い雲ができあがってしまいました」

「でも撃たなかったですよね?」

「そう、それがいやらしいんですよ。前も言ったように、雷の魔法は発動した瞬間に相手に到達するので、先に魔法盾を張らなきゃいけません。いまは火球に対して魔法盾を張っちゃってますが、これが割れたら即座に雷が飛んでくる可能性があるわけです。どうします?」

 

 俺の問いかけに、彼女は首を捻った。

 

「どうしますって……、うーん。風の魔法よりも雷の方が速いんですよね? だったらまほーたてをすぐに張りなおすしかないんじゃないです?」

「そうなんですよ。盾の切れ目がないくらいの即張りをしなきゃいけない。もしくは魔法盾の内側にもうひとつ展開するしかないですが、もし雷を発動させずに保持されたら、それを続けなきゃいけません。どんどん魔法盾が小さくなっていきます」

「あっ、そうか。そうですね。せまくなっちゃいます」

「なので実戦は即張りを選んだようですね。前線の戦士も一気に引いて、全員が入れるように固まっています。この場面ですね。で、女性の火炎魔法でついに盾が割れます。……割れましたね。即展開ですが……」

「あっ、剣士さんが……!」

「絶対に雷の魔法で決める気だ、と思わせているので、絶対に魔法盾を発動します。物理盾はまずないでしょうね。なので剣士さんが入り込めてしまいます。先に素手の子が突撃のフリをして気を逸らしているのも憎いですね。全員が固まって、雷の魔法と素手の子に気を取られているところに。……これです。例の技で終わりです」

「わああ……」

 

 壮絶なマナの音。

 術者が倒れて盾が割れる。立っているのは剣士の少女がひとり。

 相手陣は危機に瀕して体内のマナまで全て守りに働いたのだろう。手傷はそこまで深くないかもしれないけれど、マナが枯渇したことで気を失っている。ああなったらテコでも起きない。

 

「……死んでないですよね?」

「今回は大丈夫そうですね」

「こんかい“は”?」

「まれに事故は起きるそうですよ。治癒班が整ってない地方の大会のほうが出場者も未熟だったりで危ないらしいですけどね」

「そうなんですね……」

「まあお互い本気なので仕方がないです。ノーヴィンさん側はまだまだ余裕がありそうでしたけどね。雷の魔法を保持された時点で厳しかったです。あそこまで撃つぞ撃つぞって匂わせておいてただのオトリですから」

「はああ……、すごいなあ、ノーヴィンさん」

 

 俺はなにということもなく映像を最初に戻して、流しっぱなしにする。まだ戦士が散らばったままの戦場はお互いのパーティが活き活きと動き回る。

 

「……ニトさんが言ってた押し込まれたら終わりっていうのが、なんとなくわかりました」

「一箇所に固まったら、ひとつの魔法とか技が全員に当たっちゃいますからね。盾からも出られないですし、ああなったら終わりです」

 

 それからもレフィから無限に湧き出てくる質問に答えているうちに、ぐったりとしたアライクンさんと、ハツラツとした顔のクーが奥から姿を現した。

 

 

 

 

 

「あとは、そうだな。いまだと戦士ボルダーだけで狩場に行って、司令レフィンダーは街でマネージメントをするだけの、それこそ経営者みたいな奴も増えてるって聞いたな。ヤバい狩場になるほど司令が一番リスクが高いからわからんでもない。特に最近は神性レメントの高さを謳い文句にして、ソルフェイズだけを売り歩いてるような業者みたいな奴も出てきているらしい。まあ司令をいらないと思っているタイプの戦士からすればイイ声のソルフェイズだけもらえりゃあ、あとは自由にできるからな」

 

 そんなとこか。と、アライクンさんはソルフェイズの説明をまとめた。俺の右に座るレフィは興味深そうにうなずいて、礼儀正しくお礼を言った。

 左隣では鼻息を荒くしたクーが、まだかまだかと俺の服を引っ張っている。気持ちは分かるが用を済ますまで待って欲しい。

 

「アライクンさん、ここに魔法や技の一覧が載ってる便覧ってありますか?」

「便覧? ……ああ、あの本のことか?」

 

 俺の質問に、アライクンさんとレフィが同時にこちらを見た。

 俺はそのまま話を続ける。

 

「街の、ボスメーロの協会でも貸し出しをお願いしたんですけど断られてしまったんです。勉強のために宿でも読みたいんですが、貸してもらうことってできませんか?」

「あー、いーよいーよ。うちにも同じのが三冊くらいあるが使う機会なんてないからな。一冊くれてやる。新品のはどこだったかな……」

 

 腰を上げたおじさんに、慌てて俺も立ち上がろうとするけれど、いいから座っておけと制される。使い古しのものがあればいいと思っていたけれど、新品はなんだか申し訳ない。

 おじさんが奥の部屋に消えてしばらくすると、若い職員が同じ部屋へと入っていき、すぐに二人で出てきた。手に抱えた深い緑色の背表紙がここからでも見える。


「これでいいか?」

 

 手渡されたそれをぱらぱらとめくってみる。

 確かにレフィが読んでいた内容と同じようだ。

 

「いいんですか?」

「読まれない本に意味なんかねえよ。ぼろぼろになるまで使ってやってくれ」

「ありがとうございます」

「あっ! ありがとうございます!」

 

 俺の言葉に、レフィが続いて感謝を示す。

 アライクンさんが手をひらひらさせた。

 

「それから、お譲ちゃんの戦士の証だ。……失くさないようにな」

 

 協会の紋章のついた首飾りを取り出す。クーがびくりとしたのが腕越しに伝わってきた。きっと前に渡されたときのことを思い出しているのだろう。

 おじさんも言外に、“もう”失くすなよ、と言っているのだろう。受け取る素振りを見せないクーに、代わりに俺が手を出した。

 

「あとでつけさせておきます」

「おう、頼む」

 

 手渡された紋章をバッグに仕舞う。

 また彼女があの狼の姿になることを考えると、俺が管理しておいたほうが良さそうだ。

 

「……ニト、はやくするのだ!」

「わかってますよ。クーさんとレフィさんは先に出ていてください。僕も代金を払ったらすぐにいきます」

「わかりました」

「はやくするのだぞ!」

 

 クーは椅子を蹴飛ばしそうな勢いで扉に向かい、レフィは便覧を両手に抱え、アライクンさんに丁寧に感謝を述べてから部屋をあとにした。

 若い職員さんも気を利かせるように奥に消え、待合室には俺とアライクンさんだけになった。

 

「……お譲ちゃん、本当にいい顔になったな」

「レフィさんですか。僕もそう思いますよ」

「もうひとりのあの子はなんというか。なんて表現したらいいかなあ」

「アホっぽいでいいですよ」

 

 俺がそう言うとおじさんはからからと笑い、そして小さく咳払いをした。

 

「……あの子には、気をつけろよニト」

 

 突然低くなった声色に、俺はおじさんの薄い色の瞳を見つめ返した。

 

「何か危ないんですか? やっぱり戦いになったら様子が変わるとか」

「いや、そういう意味じゃない。すこし話をしただけだが、おそらくお前らにたいしてマズイことはしないと思う。そんな子には見えない。ただなあ……、なんというか、お前の言葉を借りるならアホっぽいといえばそうなんだが、アレはちょっと違う気がするな」

「クーさんが、頭がいい?」

「いやあ、こう言っちゃなんだが別に頭がいいとは思わない。しかしなあ、ただのアホと会話している気がしなかったんだよ。なーんか匂うんだよなあ……」

「クーさんがですか……、ちょっと気にしておきます」

「そうしておいてくれ。多分、大したことじゃないが」

「わかりました」

 

 俺はチューニングの代金を支払い、椅子から立ち上がる。

 もしこれでクーがパーティに加わるとなると、レフィの件も真剣に考えておかなければならない。

 

「もしかしたらですが」と俺は口を開く。

「またすぐにお願い事ができるかもしれません。それも、相当厄介そうな」

 

 おじさんはわざとらしく苦い顔を見せて笑った。

 

「ああ、いくらでも面倒事をもってこい。お前らのおかげで退屈しねえや」

 

 軽く笑い飛ばしてみせるおじさんに、俺は確かに、大人の男というものを見た。

 

 

 

    *   *   *

 

 

 

「はやく! はやくするのだニト!」

「まずはわたしからですっ! 順番ですよ!」

 

 外に出るなり纏わりついてくるちびっ子ふたりに、俺はため息を吐く。

 

「村の中じゃ迷惑になりますから、もう少し、道の方まで出ましょう」

「だったら急ぐのだ! 走るのだああ!」

「ニトさん! わたしからですからね!? わかってますか!」

「重々承知です」

 

 方向を知ってか知らずか、村の入り口に走り出した黒い背中を俺は歩いて追う。

 

 村と街道を繋ぐ道は人気がない。

 俺は村からも、街道側からも誰もヒトが来ていないことを確認して立ち止まる。爛々とした四つの瞳がすごく近くで俺を見上げてくる。さてさて。

 

「それじゃ、あの脇にある岩の近くまで走ってもらうことにします」

「ふん!」

「はい!」

「……とりあえずクーさんは僕の隣で待っててください。レフィさんはもう少し前の、……その辺りで立っていてください」

「ふぬん!」

「はいっ!」

「…………えーっと」

 

 およそ話が聞けていない二人を、それぞれの位置に着かせる。

 レフィは少し緊張した面持ちで俺の音指ノートを待っている。彼女と声紋契約をしてからもう何日が経っただろうか。ここまで何もしない司令を司令として信頼してくれたレフィに気持ちとしては最高純度の音指を送りたい。あくまで、気持ちとしては。

 

「いきまーす」

「……っ!」

 

 返事すらせずに、レフィはごくりと息を飲んだ。

 俺は目標地点を見据えて、確かめ、口を開く。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る