第23話 俺様の超最強の投擲


 

 

「いいや? やっぱり覚えがないよ。うちじゃあないねえ」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 ついでに何かひとつどうだい? と果物をすすめてくる女主人に、俺はせっかくなので、と情報料がわりに綺麗な緑色をしたドウィートをひとつ購入した。主人の陽気な笑顔に見送られて店を後にする。

 

 さて、奇妙だ。

 

 俺はドウィートを皮ごとむしゃりとやる。柔らかい果肉の中から溢れる濃密な甘さとその香りが喉から鼻まで抜けていく。頭が疲れたときは甘いものに限る。疲れているのは頭だけではないけれど。

 日は真上よりいくらか傾いている。レフィの狩りのペースが速すぎて、昼に差し掛かるころにはすでに終わりが見えてきていた。また往復するのも手間だろうということで狩りを延長したため、予定がズレ込んだかたちだ。

 レフィはいまも便覧に噛り付いていることだろう。俺も魔物図鑑にいくらか目を通したけれど、見た限りではやはり黒い狼のことはわからなかった。俺も知らない、図鑑にもない、あんなヤバそうなのが記憶にも記録にもないというのはどう考えてもおかしい。

 

「……んぐ、うま」

 

 果汁が喉を潤す。レフィにも買っておけばよかっただろうか。

 とはいえ、すでに手元には情報代わりに買わされたものがいくつもある。すべてオヤツ程度の食べ物や消耗品ではあるけれど、こんなことをしているから金がなくなるのかもしれない。

 

 拠点が欲しい。

 

 レフィをあのパーティに戻すつもりだった頃にはその発想すらなかったけれど、今後も長く活動していくとなるとやはり宿代は高く付く。食費は次の狩場である程度どうにかできるにしても、住む場所、寝る場所が問題だ。荷物を置いておける場所も欲しい。

 最悪、野営をすることになった場合、レフィは文句を言うだろうか?

 

「んむ」

 

 最後のひとかけらを十分に堪能してからごくりと飲み込む。

はあ、うまかった。

 しかしさきほどの女主人にしてもそうだ。この街ではあの食い逃げ少女の話をするとみんながみんな嫌そうな顔をする。迷惑、厄介、不気味、怖い。あからさまな悪意を向けるヒトは少ないけれど、そこには一定の負の感情が見て取れた。

 だからこそ、奇妙だ。

 俺は聞き込みを始めるにあたって、まずこの街で食料の店頭販売を行っている店を重点的に周った。食い逃げというからにはお店に入って料理を注文し、食べた後で金を払わずに逃げる、というのが想像されるけれど、あのボロ着でそもそも店に入れるのかという疑問があったからだ。あの子をみて裕福そうだと感じるヒトは砂埃かなにかで腹を満たして暮らしているに違いない。

 硬貨を入れておける箇所すら見当たらないのに、そんな第一印象をすり抜けてあまつさえ料理を注文し、食べきってから逃げ切るのはあの子の脚をもってしても難しいだろう。

 

 とすれば、食い逃げを行ったのは料理店などではなく、食品がそのまま店頭に並んでいるような直売店だ。食い逃げというよりは持ち逃げ、というより普通にドロボウをしたのではないかと俺は疑っている。

 

 けれど、いなかった。

 あの子にモノを盗まれたという店長も、危害を加えられたところを見たというヒトも、モノを引き倒して逃げ回ったという現場を目撃したヒトも、誰ひとりいなかった。「あっちのお店は被害を受けたらしい」という話を聞いて向かった店でも同じだった。悪さをするという共通認識があるのに、それを見たヒトがいない。最近お店に雇われたばかりの新人ではなく、何年もここでお店を営んでいる店長やある程度の年配の方に聞いたのだから間違いない。

 

 ただ知れたのは、彼女はどこからかこの街に入って必ず南の方へと走り抜けていくこと。

 そして、最近は現れる頻度が高くなっているらしい、ということだ。

 

 俺は指の先を舐めながら、次の店を探す。

 このペースなら夕方までにはレフィと合流できるだろう。

 

 

 

     *   *   *

 

 

 

「やってるじゃないですか」

「やってますよう!」

 

 南門から少し歩いた場所にレフィはいた。

 大きな木を背にして立つ彼女。その腰に縛られたロープはまっすぐ上に伸び、大木の枝にも結ばれている。ほとんどたるみのない長さは、彼女が前かがみになったときにピンと張るように調節してある。

 俺は大木のそばにふたつのクリスタル袋を見つけて、その隣に腰掛ける。俺が見学の体勢に入ったのを見て、レフィはむんと気合を入れて正面を向いた。

 

「…………」

 

 静寂にやわらかい風が吹き抜ける。

 きっといま、レフィの周囲のマナが一生懸命に働いて記憶の読み込みを行っているのだろう。この時間をできるだけ短縮したいところだ。

 俺は音を立てないように、指先で膝をトントンと叩く。……4、5、6、7。レフィがスッと低く構え、地面に手をつける。7カウント。ロープがピンと張り、彼女の周りがぱっと黒く染まる。

 靴の先が沈み込む。

 はっと我に返ったレフィがロープをよじ登り、ドロドロの表面には薄い靴跡が残った。昨日のうちにふたりで考えた練習法は、どうやらうまくいっているようだ。

 

 発動はほんの少しだけ早くなっただろうか。いや、なんとなくそう感じているだけかもしれない。技も魔法も、習得はそんな簡単な話ではない。

 

「うーん」とロープにぶら下がったレフィが唸る。

「ちょっとはズレましたかね……?」

「靴の跡から見ると……、どうでしょう。ちょっとだけ前にズレているようには見えますけど、よくわからないですね。発動はスムーズなので続けていけば大丈夫だと思います。あと、レフィさん、その手を地面につくときに、もう少し前の方へつくことはできます?」

「あっ、手の位置をズラすんです? 勝手にからだが動いちゃうので……、ちょっとやってみますね」

 

 地面の色が戻っていくのを確認して、レフィはするりと降りる。

 再び集中に入る。1、2、3、4、5、6、7、8。

 9と言いかけたところで、レフィが手をついた。今度は明らかにいままでよりも前方にからだが伸びている。ロープのせいで体が浮き上がりそうだ。

 地面が染まる。円の端はまだレフィの足を含んでいる。たぷり、とドロドロが揺らいで、レフィが慌ててロープを掴む。

 

「うーん」

「んー……」

 

 ふたりで難しい顔になる。

 再現の途中でも、ある程度の動きのコントロールが可能であることはわかった。さらに、自分の体が中心なのではなく、手の位置が中心であることもわかった。ついでに、発動の段階で応用を利かせようとすると、余計に時間がかかることも判明した。

 

「かなり、ズレてますよね?」

「ズレはしましたね」

 

 確かに前方に大きくズレた。ただ、姿勢があまりよろしくない。

 もし食い逃げ少女をドロドロに引っ掛けるのであれば道の真ん中に設置したいところだ。とするとロープを繋ぐ枝がない。

 いまは繋がれているからいいけれど、命綱なしで今のような発動をした場合、まだレフィの意識が戻るよりもドロドロが創られる方が早い。つまりヘタをすると頭からドロにのめり込むことになる。想像するだけでエラいことになるのはわかる。やっぱり手の位置から中心をズラす方針でいくしかなさそうだ。

 

「レフィさん。やっぱり姿勢は元のままでいいです。頑張ってズラしましょう」

「わかりました。がんばります!」

 

 意気込んだレフィを見ながら、俺はなにとなしに近くの袋に手を伸ばす。布越しに重さのないクリスタルの感触がした

 ああ、そういえば。

 

「レフィさん、レフィさん」

「……、はい?」

 

 集中を止めたレフィはほけっとした顔で振り向いた。俺は袋をぽんぽんと叩く。

 

「コレどうします? エイスキューのクリスタルですが」

「あー……、ニトさんはどうするべきだと思うんです?」

「僕は正直どっちでもいいかなあと。いまある技でも練習は手一杯ですし、身体能力に使ってもいいのかなあとは。どうしたところで、次の狩場もハウジールドほどは苦戦しませんから、いくらでも修正はききます」

「じゃあ、わたしはもっと技を覚えたいです!」

「おっ、どうしてです?」

「どっちが先でもいいなら、わたしが覚えたほうがいい技とか魔法を先にもらって、いつでも練習できるようにしておいたほうが一番はやいと思うんですよ!」

「……レフィさんのやる気がすごすぎて怖くなってきました」

「なんですか! いいじゃないですか!」

「いえ、もちろんいいんですけどね」

 

 ……いいのか。

 いいんだろうな、きっと。

 もう数日前までの俺じゃないのだから。

 

「だとしたら今のところ、僕が考えている候補は二つほどありますが」

「えっ!? なんですなんです!?」

「ひとつは『俺様の超最強の投擲とうてき』です」

「…………………………………………はい?」

「『俺様の、超最強、の、投擲』です」

「いや、あの、聞き逃したわけじゃないのです。いったい何の名前なのかを」

「『お、れ、さ、ま、の』」

「だから!! 名前はわかりましたがっ!!」

「これが技の名前ですが」

「ふざけてますよね!? 絶対うそじゃないですか!?」

「いや、あのですね、いままで僕がよく冗談を言っていたせいで信じられないのはわかりますが、これは本当にある技です。僕も最初は目を疑いました」

「嘘ですうっ!! 嘘に決まってますっ! …………うそ、ですよね?」

「ほんとうです」

 

 俺の誠実な返答にレフィは崩れ落ちる。けれど、ロープのせいで地面に伏せることもできずに「ウッ」と情けない呻き声を残し、中途半端に体が浮いた状態で沈黙した。

 …………泣くのではないだろうか?


「……あんまりです。ニトさんがすすめる技は全部そんなです」

「いや、レフィさん、この技も優秀なんですよ?」

「でも人気はないんですよね……?」

「……、……」

「…………はああああぁあ」

 

 二の句の継げなくなった俺に、レフィは深すぎるため息を残す。

 こればかりは申し訳ないけれど、申し訳ない。俺が名付けたわけでもレフィに意地悪をしているわけでもないけれど、とにかく、申し訳ない。

 申し訳ない、レフィ。

 

「……その」とレフィはうなだれた後頭部から尋ねる。

「名前がどうしてそんなことになってるかだけ、とりあえず教えてください……」

「ええっとですね……。アライクンさんが言ってましたが、技も魔法も、協会が名前をつけているわけじゃないんですよ。それをつくりだしたヒトがそのまま命名者になっているんです。おそらくハヤサゴとサモクは同じヒトの技ですが、治癒魔法はまったく別のヒトだと思いますし、俺様の超最強の投擲はどう考えても別ですね」

「頭がおかしいです……」

「たしか『俺様の超最強の衣服のシワ伸ばし』とかもありますよ。ほかには『俺様の超最強の背ワタ取り』とか」

「家庭的じゃないですか……。トーテキってものを投げることですよね……? なんでそこにトーテキが入ってくるんですか……」

「多趣味だったんでしょうね」

「多趣味で片付けないでくださいよ……。趣味で何を投げてたんですかいったい……。ああ、そういえば治癒魔法もなんか名前がありましたよね?」

「レフィさんの『快癒魔術固定型中等級』のことですか?」

「そう、それです。そのよくわかんないやつです」

「このヒトも名前の付け方が独特ですよね。快癒魔術っていうのがたぶん治癒魔法という意味で、自由型と固定型の二種類のうちの固定型の、そのまた高等級、中等級、初等級のうちの中等級ということで、快癒魔術固定型中等級になるんだと思います。なんとなく治癒魔法を生み出したヒトの性格が出てますよね」

「ぜんぜんわかりません……。わかりませんが、『疾砂はやさご』と『沙煙さもく』のヒトがきっと一番まともなヒトだということはわかります……」

 

 あー……、というだらしない声とともに、レフィが顔を上げた。

 何度もいうけれど、これに関しては申し訳ないと思っている。

 

「これも活躍するためですから。習得した際にはぜひ技名を口にして欲しいですね。レフィさんもいつか敵にモノを投げつけながら叫ぶんですよ。俺様のッ! 超最――――」

「いうわけじゃないじゃないですかっ!!」

 

 力いっぱいの否定に、俺は仕方なく鼻から息を吐いた。

 残念だ。

 

 

 

     *   *   *

 

 

 

「この一帯が、ボリアの、出る、場所ですね」

「ニトさん、ほんとに大丈夫です?」

「僕はいま何日で筋肉痛がなくなるのか勝負してますので」

「はあ……」

 

 呆れたような声を無視して、俺は草原を見渡す。

 街から南西の平野は広く、遠くに山も見える見晴らしのよい場所だ。草原と言っても青々とした草は少なく、全体的に土臭い景色が広がっている。その遠くでまばらに散らばっている黒い物体と、その周りで動き回る小さな点が小競り合いを繰り広げている。

 

「レフィさんこそ、あんまり夜遅くまで無理しないでくださいね」

「わたしは最速を目指すんです! ふん!」

「……まあいいですけど」

 

 俺とレフィが泊まった宿を外から眺めたら、そのうちの窓のひとつだけが定期的に光を放っていたことだろう。

 文句を言いながらもやる気は十分のようで、『俺様の超最強の投擲』を渋い顔で習得し、残ったクリスタルは吸収して、宿に戻ってからは土がなくても発動できる治癒魔法をずっと練習していた。早朝トレーニングのために俺はすぐに布団をかぶったけれど、俺が眠ってしまったあともしばらく続けていたのではないだろうか。

 

「……ごーろくしち。2パーティはいるかんじですね」

「レフィさんあんな遠くまで見えるんですか?」

「見えますよ、ふつうは。ニトさんの目が悪いだけです」

「いや、普通ではないと思いますけど……」

 

 さすがに人気の狩場だけあって、こんな朝からヒトが多い。というのも、ボリアはクリスタルを生み出す魔物であるだけではなく、食用としてもよく狩られているからだ。なんでも上質な部位であれば生でもいけるという。

 

「ニトさん、わたしたち邪魔されたりしないですかね?」

「ここは街から近いですし、協会の目があるから大丈夫ですよ。争いが酷くなるのは街から遠くて良い素材が手に入る狩場ですから。そもそもあんまり独占して狩ろうとすると協会に報告されますからね」

「ええ!? そうなんです!?」

「たとえば花畑があったじゃないですか。クリスタルが小さくてもいいからとにかく数を狩ればいい、なんて発想をする戦士ボルダーが以前は多かったらしくて、妖精さんの数が激減した時期があったって聞きますからね。戦士になりたてのヒトからすればいい迷惑ですし、協会も上質なクリスタルが得られなくなるので、いつからか禁止になりました」

「わ、わたし、妖精さんたくさんヤっちゃいましたが……」

 

 怯えるレフィに俺は笑う。

 

「アレぐらいなら大丈夫ですよ。ただあれを毎日続けて、しかもほかの戦士を排除してまで狩ろうとしたらヤバいという話ですね」

「それは確かにまずそうですね」

「まだしばらくはそんな輩はいないと思いますけどね。……とりあえず僕たちも向こうにいきましょうか」

「はい!」

 

 気合十分の返事が平原にこだまする。

 さて、いままでにない平地での戦闘はどうなるか。

 

 

 

 

 

 本日も呆れるほどの晴天。

 わーわーきゃーきゃーヴぉーヴぉーとうるさい平原で、俺はひとり日向ぼっこに勤しむ。遠くに霞がかった山は仲良く連なり、健康的な青みを帯びている。弱い生き物ほど群れるというから、あのデカい図体もレフィの蹴りで飛んでいく程度のモノなのかもしれない。

 出来上がった美しい平面を呆然と眺めるレフィが目に浮かぶ。こんなつもりではなかったのですと泣き出すかもしれない。俺はレリフェト平野と書いた看板でも用意しよう。

 

 街からの距離でいうと、ここを最初の狩場にするパーティも多いのだろう。さっきから見かけるどの戦士ボルダーたちも、まったく連携も取れていなければ、動きもばらばらだ。そもそも戦士ではないのかもしれない。協会にも属してはいないけれど、今日の腹を満たすためにやってきたヒトもいるだろう。その日暮らしから、首都の騎士団まで、一言に戦士といってもピンキリだ。

 

「やあっ! たあ!」

 

 レフィの斬撃に目を潰されたボリアがぎゅおーと鳴いた。怯んだところへ、額にドスリと狙い済ました一撃が入り、茶色い体が消えて光がほとばしる。

 俺はあくびをかみ殺しながら、レフィが切りひらいた場所へのそのそと歩き、よっこいしょとクリスタルを回収する。

 

 正直に言おう。

 暇だ。

 

 もともとハウジールドほど小回りのきかないボリアは、トップスピードもさほどではなく、ハウジールドやエイスキューを相手にしてきたレフィにとっては岩と変わらないレベルだろう。唯一、硬そうな皮膚も見た目ほどではなく、レフィの宝剣で切り裂ける程度の柔らかさだった。さすがは食用とも言えるが、レフィが成長した部分も大きいのだろう。

 一応は群れには突っ込まずに、全てのボリアを前方に確認できるように指示してあるけれど、もし囲まれたとて、彼女なら無傷で捌いてしまうに違いない。

 

 それなりの耐久と、鈍足と、レフィの無理をしない程度の戦い方。

 安全で、ゆっくりで、なんとも眠くなる。

 

 ということで俺はお日様や風と戯れる。あはは、うふふ。お花を見つけたら摘んでレフィに見てもらおうか。風に乗せ、唄を口ずさむのもいいかもしれない。レフィさんも一緒にいかがですかと誘えば、心底気持ち悪いモノを見る目をされるに違いない。

 そうして、穏やかさに脳の溶けた司令の時間は優雅に過ぎていく。

 

 

 

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