第19話 パーティ協議その2


 

 

「先に明日からの予定を言っておこうと思います」

「魔法のことはもういいんです?」

「いえ、よくはないんですが、予定も込みで考える必要があるんですよ」

「……?」

 

 きょとんとしたレフィを前に、俺は腕を組む。

 頭のなかで、すべきことをいくつかリストアップしていく。

 

「……狩場についてですが、ハウジールドより弱いエリアがあと二箇所ほどあるので、そこに向かおうと思います。それから、パーティメンバーを探すこと、依頼を探すこと、レフィさんの新しい武器を調達すること、あとは協会に行って認定と、使えそうな技や魔法を覚えること。やることはこれくらいですね」

「楽しそうなことが多いですね! 新しいメンバーはちょっとだけ不安ですが……」

「まあ、昨日の今日ですからね。僕も気をつけますよ」

「そういえば、妖精さんと比べると一気にまものがつよくなったなー、と思ってたんですが、ハウジールドより弱いまものがまだいたんですね? そっちを先にしたほうが良かったんじゃないです?」

「うーん、僕も悩んだんですよね。結論から言うとその通りなんですが、他の2エリアもハウジールドと同じで、弱いなりにも襲ってくるんですよ。慎重に戦う前提なら、香水がつかえるこのエリアが一番安全だと思ったんですよね」

「シンチョーなら、ですか。たしかにそうですね……」

 

 アグニフの暴れ具合、そして今日の自分の戦い方を思い出すように、レフィは少ししょんぼりとした様子で息を吐いた。

 

「まあ大変なエリアを先に終わらせてしまったと思えば気は楽ですよ。ところでレフィさんはもうこのエリアは満足しているんですか?」

 

 俺が試験管に入れた最後のクリスタルを見せると、レフィは小さな胸をむんと張った。

 

「もちろん! もうちょっと狩ります!」

「言うと思いましたけどね。それじゃ明日は、朝から早いうちに山に行って、満足したら協会に行くことにしましょう」

「それがいいです!」

「治癒魔法を覚えるかどうかはそのときに考えましょう。ほかのラインナップも見て、有力なものが見つかるかもしれないですし」

「治癒魔法、覚えなくてもいいんです?」

「覚えたほうがいいんですが、なんなら後回しでもいいかなと。まだ弱いエリアが二ヶ所もありますから。『敵が弱いうちに治癒魔法を覚えたほうがいい』、『治癒魔法がいらないうちに技に慣れておいたほうがいい』。意外とどっちでも納得できちゃう気がしませんか?」

「たしかに変なふうにはきこえないですね」

「でしょう? レフィさんも敵に撃てるような技を覚えられたほうがモチベーションも上がるでしょうし、やる気はとても大事なので」

 

 そういうと、レフィはむっとした顔をする。

 

「わたしはいつだってやる気ですよっ! やる気だけは十分です!」

「たのもしいですね」

「ぜったいに……、ぜったいに、見返してやるんです……!」

 

 レフィは自分の手元を見ながら、拳をぎゅっと握った。

 その拳の向こうに、もしかしたら誰かとのケンカを思い出しているではないだろうか。俺にはそう思えた。

 レフィならきっと、その悔しさを昇華できるに違いない。

 

「ニト様、入ってもよろしいでしょうか?」

 

 部屋の外から聞こえたランキョクさんの声に、俺は慌てて返事をした。

 木製の丸い板の上に乗せられたふたつのコップからは、温かそうな湯気が立ち上っている。ここまで漂ってくるほのかな甘い香りは、さきほどレフィがもらった飲み物と同じものだろう。

 部屋まで貸してもらって、座っているだけで飲み物まで持ってきてもらって、なんともいいご身分である。俺は立ち上がろうとするのを笑顔で制され、レフィは背筋を正して飲み物を受け取った。今後もしランキョクさんに何か頼みごとをされたら、俺だけでなくレフィも即決で引き受けるに違いない。

 

「ありがとうございます。ほんとに、なにからなにまで」

「うふふ、いえいえ」

 

 ランキョクさんがいなくなるのを無言で待っているのも申し訳なく、何か話題はないだろうかと頭を働かせたところで、ひとつだけ思い当たった。

 

「ランキョクさん。ランキョクさんの知り合いで戦士ボルダーの方はいないですか?」

「あら、戦士の方ですか? そうですわね……、昔の友人でしたらご紹介できるかもしれませんが、新しく契約される方をお探しですか?」

「ああそうか。ランキョクさんに紹介してもらうって手もあるのか。いや、すごくありがたいんですがちょっと違う話で、……コレなんですが」

 

 いいながら、俺はさきほどの試験管をもういちど取り出す。

 

「レリフェト様のクリスタルでしょうか?」

「そうです。そうなんですけど、明日も山で狩りをするとなるとこれよりもっと小さくなってしまいます。夜なら光で見つけられますけど、昼だと大変だなあって、前にレフィさんと話をしてたんですよ、ね?」

 

 俺が視線をレフィに振ると、レフィもコップを両手に持ったままコクコクと頷いた。

 

「すっごく小さくなっちゃうんです。でも、夜にいくのは、ちょっと怖いです」

「妖精とはワケが違いますからね。それで、ランキョクさんは友人の方から、狩場のお話なんかを聞いたことはありませんか? 知恵をお借りしたいんですが」

「あら、それでしたら……」

 

 ランキョクさんがそっと手を差し出し、俺は試験管を手渡した。

 レフィに向けて一言断りと入れると、フタを外して手のひらに転がした。

 

「レリフェト様、少しの間、目を閉じていただいてもよろしいでしょうか?」

「……? はい……?」

 

 レフィは困惑しつつ、少し上を向いて目を閉じた。

 なぜだろう。レフィの無防備な姿を見ると無性にいたずらしたくなるのは。

 

 ランキョクさんはレフィが目を閉じたのを確認したあと、近くの棚の縁にクリスタルを置いた。俺も一度目を凝らしてみるけれど、明かりの兼ね合いもあって、かなり見えずらい。

 

「レリフェト様、どうぞ目を開けてください。クリスタルがどこにあるかわかりますか?」

「……?」

 

 レフィは目蓋をあけ、まるい瞳をくりくりと動かす。

 部屋を一通り見回してはいるけれど、その目が棚の上を見ることはなかった。レフィの目でも見つけられないとなると、昼間に山へいくのは少し考えものかもしれない。

 

「……、わかんないです……」

「それでは、今度は目を開けたままでもいいので、念じてみてください。クリスタルを見つけたいと願ってください。心の中で呼びかけてもいいです。どこにいますか、どこにありますか、と呼びかけてみてください」

「呼びかける……、えーっと……」

 

 レフィは何回か目をぱちぱちさせたあと、何もない方向を見つめて固まった。

 その視界の端で手を振りたくなるのをグッとこらえて待つと、白い光がふあっと部屋に広がった。

 

「うお」

「わあっ!」

 

 袋だ。袋がものすごく光っている。

 レフィのクリスタルを詰めた袋が眩い光を放っている。まるで全てのクリスタルが同時に出現したかのようなまぶしさだった。

 

「あっ、そこです!」

 

 レフィが指差した方を見ると、先ほどランキョクさんが置いたクリスタルが小さいながらも凛とした煌きを見せている。

 なるほど、これなら確かに昼間でも見つけられそうだ。

 

「レリフェト様のクリスタルでしたらこうして意思が繋がっていますので、見つけたいと願えば、クリスタルの方も見つけて欲しがるようですね。……友人もよく、この方法で探していたと言っていました」

 

 ランキョクさんは語りながらそれを試験管に戻し、フタをして俺に手渡した。

 レフィは目を輝かせて賞賛の言葉を口にする。俺も口にしていないだけで、かなり驚いているし、感心した。

 さすがに現場を見ているだけのことはある。その友人は。こんな細かいことをよく知っているものだ。その友人は。

 

 なにとなく、ランキョクさんが俺の視線を避けているように思えたので、俺は何も言わずに試験管をバッグにしまった。

 おかげで話もまとまった。

 明日は心置きなく狩りに励めるだろう。

 

 

 

「あががが」

 

 世界の速度に置いていかれている。

 そのへんの虫にすら追い抜かれそうな歩みで、俺は寝室として貸してもらった客間を出て、外へと向かった。肌寒い朝。すでに村人の数人は畑で作業を始めている。向こうの方が年寄りのはずなのに、倍速のようなスピードで動けるのはなぜだろうか。

 

「いっ、ちち」

 

 昨日レフィの狩りについていったのが何よりもの原因だ。

 ふとももを中心に、腹筋から、使った覚えのない筋肉までがこぞって悲鳴を上げている。脚はわかる。脚は全体的にわかるけれど、他のやつらは確実に泣き真似の詐欺集団としか思えない。

使ってないぞお前ら。架空の料金を請求してくるんじゃない。

 

「――――っつ、ぁああああ…………」

 

 準備体操。とは名ばかりか。

 痛すぎて動き続けられない。ヘンテコなポーズで固まってしまうのは、はたから見れば準備体操というより、木の枝の仮装といったほうが正しいかもしれない。

 ニトの木は幹を揺らす。ばきばきと音を立てて、たまのヒトのような悲鳴を上げながらその枝をしならせていく。冗談じゃない。

 

「今日、は、やめとこう、かなあ……」

 

 体作りの基礎として、軽い走り込みなどを始めようと思っていた。

 この状態でふとももを何度も上げようものなら足より先にノドがつぶれそうだ。けれど痛みのないように前へ進もうとしたら、直立したまますり足のような状態で進むしかなくなる。いくら村人にも顔見知りがいるとはいえ、こんな早朝に謎の動きを始めるような男がランキョクさんの家に出入りしているとは思われたくない。迷惑にもほどがある。


「あら、早いのですね、ニト様」

「あっ、おはよう、ございます……」

「おはようございます。ふふ」

 

 背後から声がして、俺は取り繕う暇もなく情けない格好で返事をした。かっこ悪いところなんてランキョクさんには昔から何度も見られているからいまさらではある。けれど、成人もしたことだし、そろそろ自分から男の匂いというか、魅力のようなものが出てきてはくれないだろうかと思ってしまう。

 たとえばアライクンさんのような渋さはどうすれば得られるのだろうか。子供はどこから大人になるのだろう。空はどうして青いのだろう。

 

「すいません、あまり寝心地がよくなかったでしょうか……?」

「ああ、いえ、寝心地は最高でした。ちょっとトレーニングを始めようかと思ったんですが」

 

 思ったんですが、今日はやめておこうと思います。

 そう言う前に、ランキョクさんが両手を合わせてゆったりと微笑んだ。

 

「あら、いいですわねえ。たくましい男性には憧れますわ」

 

 走ろう。

 やめておこうだとか、痛いだとか。何をふぬけたことを言っているのか。たくましさこそ全て。体力は全てを解決する。力こそが力だ。

 俺は二の腕にすら痛みを覚えながら、ランキョクさんに手を振って軽快に走り出す。ランキョクさんの笑顔が見られるなら、こんな痛みなど。こんな程度。

 

 しばらくして村のそばの空き地まで戻ってきた俺は、爽やかに汗を拭って腰に手を当て、自然の空気をいっぱいに吸い込み深呼吸をするけれど端的に言って地獄だった。痛みのせいで痛みに気付かなくなり、その痛みすら痛みのせいで気にならなくなっていく。まるでかゆい場所の周辺をつねれば、その痛みでかゆさが気にならなくなるような理屈ではあるけれど、残念ながらこちらの痛みはエンドレスだ。

 

「あがあ、あがは、あがー……」

 

 深呼吸とは程遠い成人男性の鳴き声は、聞くに堪えないほど汚い。そもそも木は運動をしない。枝はしなるのが限界で、曲がることはない。無理やり折り曲げ続けたからだの節々は、もはや粉々に折れてかろうじて肉で繋がっているだけだ。俺にはそうとしか思えない。

 

「へえ、しぬう」

 

 筋肉痛に殺される。

 投身自殺でもすればカタキは取れるだろうか。少なくとも相打ちには持っていけそうだ。

 

「はあ、さて……」

 

 ぜえぜえ言いながら、俺は広大な空き地を歩きつつ、大きめの石を集める。膝を曲げたくないので腰を曲げるけれど、これはこれで負担がかかっている気がする。明日は別の場所が痛くなるかもしれない。

 なんでもいい。かかってこい。

 俺は全部倒してランキョクさんに認められるような男になるのだ。

 

「あて、ててて……」

 

 強がったところで声は出る。体も口も正直だ。

 息を整えながら拾った石を等間隔に並べていく。距離は歩数ではかる。歩いてぽとり、歩いてぽとり、たまに拾って、歩いてぽとり。

 地味な作業ではあるけれど、クールダウンにはちょうどいい。

 

「こんなもんか」

 

 あらかたの配置を終え、俺はその景色を眺める。

 少し石と石の間隔がせまいだろうか。次はもう少し歩数を増やす必要があるかもしれないが、とりあえず、今日はこれで。

 

「…………」

 

 一面に広げた中から適当にひとつの石を見繕う。そしてそれが縦に何番目で横から何番目の石なのかを予想し、確認する。次は別の石。次は別の石。

見る。数える。見る。数える。

 今度は先に番号を適当に決めて、石の位置を予想する。その前に確認した石の情報も頼りにしながら、修正、修正。

 記憶と景色を一致させていく。少しずつ、少しずつ感覚がアジャストされていく。

 そうか。こんな感じなのか。

 

「なにしてるんですー?」

「……、……レフィさん、おはようございます」

 

 背後からの声に振り返ると、すでに装束を着込んだレフィがそこに立っていた。

 レフィは俺の隣に立つと、俺が見ていた方向を眺めて首をかしげた。

 

「……ほんとに何してたんです?」

「木の心を得ようかと思いまして」

「何を言ってるんですか?」

「僕は木々になるんです。すべてのものは自然に還ります」

「ニトさんが林の中に植わってたらヤなんですが」

「やっぱり僕は発声練習をしてました」

「どっちですか」

 

 どうやら等間隔に置いてある石は、レフィからすれば無造作に散らばった石にしか見えないらしい。それもそうだろう。石を並べて眺めているだけだなんて、ふつうに考えてロクな趣味じゃない。

 

「レフィさんもしますか? 発声練習」

「ハッセー練習ですか。司令レフィンダーのための練習です? わたしがやる意味ありますかね?」

「レフィさんの適性なら、一応やっておいてもいいかもしれませんね。僕は勧めますよ」

「それならやってみます。なにをするんです?」

 

 俺は両手を後ろに組んで、少し胸を反らせる。

 膝の痛みに耐えながらレフィに視線を送ると、レフィも慌てて同じ姿勢をとった。

 

「お腹から声を出すイメージで。僕に続いてください」

「お腹から、ですか。わかりました」

「いきますよ。……フザケルナァアアアア!!」

「ふざけっ、えっ、え?」

「なにを戸惑っているんですか。ほら。フザケルナァアアアアア!!」

「ち、ちょっと待ってもらっていいですか? 声を出す練習ですよね?」

「そうですよ」

「そ、そんなに気持ちを込めないといけないんです? というか、そんな言葉でやる必要があるんですか……?」

「レフィさんは発声練習、したことないんですよね?」

「それは、したことないですが……」

「これが世界的に認められた司令の訓練だそうですよ、ほらフザケルナァアアアアア!!」

「ほ、ほんとです……? ええ……。ふ、ふざけるなあああああっ!」

「フザケルナァアアアアアアアアアアッ!!」

「ふざけるなぁあああああっ!」

「俺ヲ騙シタナァアアアアア!!」

「おっ? お、おれをだましたなぁああああああっ!」

「クタバレェエエエエエ!! コノボケカスゥウウウウウウウ!!」

「やっぱりちょっと待ってもらっていいですか?」

 

 レフィが俺を制止する。

 いったい何だと言うのか。

 

「いや、あの」とレフィは口ごもる。

「……声はいいと思うんですよ。声は。すごくなんというか、遠くまで通りそうな声だなあとは思うんですが。……本当に、これが世界的に認められているんですか……?」

「もちろんですよ」

「じゃあいまも世界のいろんな場所で、みなさんはこんな怨念の塊のような叫び声をあげているんですか?」

「ええそうです。騎士団なんかに入隊したらそこらじゅうから聴こえてきますよ」

「ええ? 絶対に入りたくないんですが……」

「ほらまだ全然練習ができてませんから、続きですよ」

「は、はい……」

 

 ……すぅ。

 

「コノ死ニ損ナイガァアアアアアアアアアアアアッ!!」

「コッ!? ……いや、や、やっぱり嘘ですよね!? おかしいですよね!?」

「コンノ! 死ニ! 損ナイガァアアアアアアア!!」

「感情を込めすぎですっ! 聞いてますか!? ニトさん!?」

「オ前ノセェデェエエエエエエエエエッ!!」

「ふざけてるんですよね!? さすがにわかりますよ!?」

「フザケルナァアアアアアアアアアアアッ!!」

「いやだから、ニトさんですよ、ふざけないで欲しいのは」

「フザケルナァアアアアアアアアアアッ!!」

「ああ……、これもう聞こえてないですね……」

「聞コエテマーーーーーーーーーーース!!」

「聞こえてるじゃないですか。もういいですよ」

 

 さすがに冗談が過ぎるので、その後は単音の発声に切り替えた。

 しかし自分で思っていたよりも声は出るようだ。嬉しい誤算だ。

 

 

 

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