第18話 パーティ協議その1


 

 

「わたしは怒っています」

「……はい」

「怒っているんですよ」

「存じております」

 

 ずず。

 

 コップから立ち上る湯気のむこうで、レフィは鼻の頭を赤くしている。

 部屋の隅には大きな袋が仲良く並んでいる。初日に集めたクリスタルをランキョクさんに預かってもらったものがひとつと、そして今日ハイペースで集めたものがひとつ。

 これらの処遇を決めるためにも、使い道を考えなければならないのだが。

 

「ほんとにわかってますか?」

「え、ええ」

 

 ならないの、だが。

 

 レフィの様子をみたランキョクさんはすぐにベッドを使えるように取り計らってくれた。

 職人技のような手際だった。名前を呼ばれて入ったその部屋には、すでにレフィの上着である装束はきれいに畳まれ、おそらく新品に取り替えたのであろうベッドの中で、レフィが寝息を立てていた。

 イレギュラーな事態とはいえ、ランキョクさんの、女性の部屋に入るのはこれが初めてで、部屋の香りなどにすら敏感になってしまうのは致し方ないところだった。なにとなくランキョクさんの育ちを匂わせるような物品がないかと目が泳いだけれど、ランキョクさんに無言の笑顔を向けられて即座に背筋を正した。

 

 二、三、レフィの容態と少しの注意を口にしてから、ランキョクさんは部屋を出て行った。レフィの涙の跡に気付かなかったはずはないけれど、何も聞かないでいてくれた。夕飯をご馳走になったあとは、例によって部屋の外から双子がせわしなくレフィの様子を伺っていたが、すぐに首根っこをつかまれてどこかへ運ばれていった。

 ほんとうにランキョクさんには頭があがらない。そろそろ逆立ちの練習を始めたほうがいいかもしれない。


 ずっ。


 レフィは大きなコップから口を離し、こくりと飲み込んで、また鼻を鳴らす。

 前髪と容器の縁の間からこちらをじっと睨むような瞳に、俺は視線をわずかに逸らした。なにやらおかんむりのご様子だけれど、口うるさく俺に文句を言うわけでもなく、ただただ腹立たしいというお気持ちを表明するばかりだ。


「怒って、います」

「そうだと思います」

 

 俺も俺とて、早く話を進めるためにその辺りをつついてしまえばいいのはわかっているけれど、なかなかどうして、これが難しい。

 レフィもレフィで一向にコップをその位置から降ろそうとしないため、表情が見えない。ただじっとりとした目つきだけが、俺を見たり、コップの中を見たりしている。万が一、目の前にいる男と、コップの中の飲み物、どっちが自分の司令だったかを必死に思い出している可能性も絶対にないとは言い切れないけれど、もしそうならば全速力でランキョクさんを呼びに行く必要があるだろう。

 俺の知る限り液体は司令になれない。

 

 また一口。

 布団に包まるような格好で飲み物とは、決して行儀がいいとは言えない。

 けれど仕方がない。それはそれ、これはこれとして注意できるほど、俺も図太くはない。彼女がこれだけボロボロになったのは大半が俺の責任だ。そうでなくとも、このモフッとした布団モンスターから布団をはぎとったら、その下は肌着一枚だと思われる。 

 

「……、……」

「…………」

 

 今度はレフィが視線を逸らす。

 つられて俺も鼻から息を吸って、天井のあたりを適当に眺める。床に座ったまま、腕を組んで体をそらす。うーむ。なんとも有意義な時間だ。

 

 お前らは一体なにをしているのかと聞かれたら返す言葉もない。

 なぜなら何もしていないからだ。

 

 寝起きのレフィがどうしてこんな状態になっているのかは、おそらく誰一人として分かるやつはいないだろう。俺ひとりを除いては。俺はわかる。わかるというより、予想ができる。さらに言うならその予想は大方外れていないだろうなと思えてしまうし、思えてしまうがゆえに、俺もまた、つられるのだ。

 

 恥ずかしいのだ、要は。

 それはもちろん、気持ちが昂ぶったせいもあるだろうし、いままでの想いが弾けて一気に理性の線引きを飛び越えてしまった部分も大いにあるだろう。それは重々承知だし、からかうつもりも毛頭ない。

 けれど、まあ、なんというか。普段だったら絶対に言ってないであろうことをいくつか口走ってしまった感は否めないわけだ。たとえば、そう、見捨てないでください、だとか。

 

「怒ってます」

「そうですね」

 

 そのコップや手に隠れて、レフィの頬や口がどんな形に変形していたとしても、どんな色に染まっていたとしても、俺からはほとんど見えない。けれど、そんなことを具体的に想像しようものなら、にわかに自分の口元にも違和感が発生してしまう。

 

「……まだ、怒ってますか?」

「怒ってます」

「ですよね」

 

 うん。うむ。

 万策尽きた。しばらくは動けそうもない。

 

 もし彼女の意識が途絶える前に、俺の最後の言葉を聞いていたなら、もう少しイーブンな状態ではあったかもしれない。けれどこの照れ隠しを見る限り、どうやら自分の言ったことだけしか覚えていないように思える。

 

 もう一度言うべきか、ならば。

 俺も一緒に恥をかいておくのが、今後のお互いのためかもしれない。

 はあ、ふう。

 

「レフィさん、僕はレフィさんに――――」

「怒っています」

「はい」

 

 大変失礼しました。

 まだ時間がかかるようです。

 

 

 

    *   *   *

 

 

 

「確か、ニトさんを育ててくれたヒト、ですよね?」

「そうです。本当に尊敬しているヒトの言葉なので、それだけは守っていこうと思っていたんです」

「なるほどです……」

 

 成り行き上、パロームおばさんの話になるのは仕方がないところだった。

 他人を変えようとするのは不幸になりたいやつのすることだ。すごく印象に残っている言葉のひとつだ。

 もちろん、面と向かって説教をされたわけではない。おばさんはヒトを叱ったりしない。おばさんの口癖や、自分自身を律するためのような小さなつぶやきを、俺がいちいち覚えてしまっていただけだ。

 でも、俺にとってはすごく大切なモノだった。

 あんなカッコイイ大人は他にいないと思った。理想だった。憧れだった。

 

「わたし」とレフィが布団に包まったまま口を開く。

「ちょっと思うんです」

「なんですか?」

「えっと、よくわかんないですケド、それって幸せになりたいってことですよね?」

「うん? えーっと、そうですね。不幸にはなりたくないっていう」

「ニトさんって、わたしに何かを言うのを我慢してたときって、幸せだったんです?」

「……え、う?」

 

 とっさに二の句が継げなかった。

 俺が口にするのを我慢していたとき、俺は幸せだったか。

 本当は剣じゃない方がいいと言いたかったし、レフィがはじめてのクリスタルを手に入れたときも、その使い方に口出しをしたくてたまらなかった。あの我慢を幸せと呼ぶには相当無理がある。むしろ不幸だ。

 なら、なんで俺は。

 

「幸せになりたいだけなら、ヒトを変えても幸せになれるんだったら、それでも良くないですかね?」

「…………ああ」

 

 ああ。

 

 そうだ、そうだよ。

 そうか……、そうだったんだ。ああ。

 

 ああ、そうか。

 

「……レフィさんはもしかして天才ですね?」

「えっ!? いえ、いや、全然わかんないですけど……!」

「いや、天才です」

 

 俺の言葉に、レフィは困ったように布団を寄せて顔を隠してしまう。

 そうか、本当に、そうだよ。

 

 幸せになるのが目的で、他人を変えようとしないのはただの手段だ。

 まさか、まさかだ。まさか自分が、よく世に言う“目的と手段が入れ替わる”をやらかすとは思ってもみなかった。いわれてみればその通りだ。

 絶対に他人を変えようと思ってはいけないと、そう思い込んでいた。そう振舞うこと自体が目的になっていた。それこそがおばさんに近づける道だと感じていた。

 

 違った。

 おばさんは、他人を変えたくなかったんじゃない。幸せでありたかったんだ。

 

「な、なのでひとつ、て、提案なのですが」

「はい?」

 

 新モンスター、レフィオフトニウムは恥ずかしそうに続ける。

 

「こうした方がいいとか、こうして欲しいだとか、そういうことを思ったら、絶対に一回はわたしに言って欲しいです。ニトさんが思ってることを、ちゃんと」

「……なるほど」

「わ、わたしが嫌がることもあるかもしれませんが、そうしたら、それでも、もう一回くらいは言い聞かせて欲しいのです」

「……二回も、ですか。それでもダメって言われたら?」

「そしたら、それでもちゃんとお話はしたいので、そうだんする、でどうでしょう?」

「ああ、納得するまでってことですかね」

「そーです」

 

 俺は小さく天井を仰いで、息を吐いた。

 

「そうしましょう」

 

 是非もない。

 言いたいことなんて山ほどある。

 レフィが今後、どういった成長をするのか。どんな選択が有効なのか。いままでは口にしなかっただけの話で、彼女の未来の姿はいままでにいくつも思い描いていた。勝手にレフィに期待して、けれど吐き出せない感情が熱を帯びて、捨てるに捨てられず、無理やり頭の片隅に追いやっていくうちに小さく凝縮されて、濃縮されて、黒ずんだ物体。

 これをこのままレフィに渡すには、あまりに熱を放ちすぎているし、味も濃すぎる。

 

 いっかい袋にまとめて、出てこないように口をふん縛って、その辺の草むらにペッと捨ててしまった方がいいだろう。分解して使うより再構築した方が新鮮だ。

 頭の中の空気を入れ替えよう。

 せっかく彼女が受け止めてくれると言っているのだから、あまり粗末なものは渡したくない。

 

「それで」とレフィが切り出す。

「わたしって、どうすればいいんですかね?」

「どうなりたいですか? もういっかい、ちゃんと聞いておきます」

「ええっと、強くなりたいです」

「強く、か……。レフィさんの言う“強い”ってどういうことを言うんですかね?」

「え?」

「単純に戦いが強くなりたいとか。ほら、憧れの戦士のヒトがいるって言ってたじゃないですか。先頭に立ってバシバシ敵を倒したいのか、倒せなくても活躍できればいいのか、もしくは皆から必要されたいとか、感謝されたいとか」

「……えっと、うん? 倒せないのに活躍してるヒトなんているんです?」

「治癒術師なんてその代表ですよ」

「あっ、そうか……、そうですね」

「パーティの中でどういう立場でいたいとか、夢とか、願望とか。そういったものがわかると今後の方針が決めやすいです」

「なるほど、ちょっとまってください……」

 

 レフィは布団を寄せ、眉を寄せ、たまに頭を振りたくりながらうんうんと唸る。たまに虚空を見つめる表情は真剣そのもので、頭の耳に落ち着きがないことからも、必死に考えを巡らせていることが伝わってくる。

 これがまだしばらく続くようであれば、本当に新モンスターとして協会に報告するのもいいかもしれない。

 

「……笑わないでくれますか?」とレフィが動きを止めた。

「笑わないですよ」

「えっと、その、……キミがいてくれて助かったって、言われたいんだと、思います。活躍ももちろんしたいですケド。…………うん、そうですね、ニトさんの言ったことで言うなら、やっぱり感謝されたいんだと思います」

「パーティに必要とされたいと」

「……たぶん、そうです。……変、です?」

 

 不安そうに耳がしおれる。

 かわいいなと思う気持ちを、俺は隠さずに笑顔に変えた。

 

「全然。変じゃないですよ」

「ほんと、です?」

「稼いでいい暮らしがしたいからとか、力を見せびらかしたいとか。戦いで有名になりたいとか名前を売りたいだとか。農家とか商人に比べても、たぶん不純な理由が多いですよ戦士なんて。それ比べたら『必要とされたい』なんて、じゅうぶん綺麗なほうだと思います」

「そう、ですかね?」

「そうですよ、それに――――」

 

 俺はレフィを真っ直ぐ見つめる。

 

「――――レフィさんはパーティに不可欠な存在に、なれます」

 

 俺の言葉に、レフィの瞳と耳が大きく反応を示す。

 

「ほんとですっ!?」

「本当です。はっきり言います。なれます。レフィさんは持ち前の身軽さもありますから、支援・遊撃タイプを目指すのが一番合っていると僕は思っています」

「しえん? ゆーげき……? なんか、カッコイイです……!」

「平たくいうと、前線と司令の間でちょこまかする役目です」

「一気にかっこ悪くなったのですが……、なんですかちょこまかって……」

「いや、これがめちゃくちゃ大事な役目なんですよ。武器も、言ったとおり、いま持ってる剣はちょっと違いますね。それよりも宝剣を使うことになると思います」

「ほうけん……!? なんですか、そのすごそうな武器は?」

「平たく言うと、玉付き短剣ですね」

「全然すごそうじゃなかったです……、なんですか玉って……」

「いやほんとうに、それがベストマッチだと思います。どこのパーティも喉から手が出るほど欲しがる戦士になれますよ」

「ほ、ほんとうですか? なんだか、ちょっと信じられなくなってきたのですが……」

「だいたいゴリゴリの戦士と治癒係だけのパーティが多いんですよ。ほとんどはそれで間に合ってしまいますからね。その中でレフィさんは間違いなく異彩を放ちますよ。一番敵に回したくない存在になるでしょうね」

「う……、ほんとなんですね? 信じますよ?」

「ええ。ただ平たく言うと……」

「その、ひらたく言うのをやめてください!! さっきからかっこ悪くなってばっかりですっ!! カッコイイほうがいいです!」

「尖ってるほうがお好みですか」

「平たいよりはいいです」

「なるほど、レフィさんは尖りたい年頃なんですね」

「言い方がなんかヤです。子ども扱いしてませんか?」

「いや、いいと思いますよ、誰にでもありますから、思春期は」

「やっぱり子ども扱いじゃないですかっ!?」

 

 勢いよくベッドから立ち上がったレフィは、おそらく俺を蹴ろうとしたのだろう。けれど自分の格好を思い出したのか、広げそうになった布団を慌てて寄せてベッドに戻っていった。そんなレフィの顔を見て、ランキョクさんの料理に入っていた真っ赤な野菜の色をなんとなく思い出した。

 

 

 

「クリスタルはどうすればいいです?」

 

 レフィは袖口の大きな服からかろうじて見える指先を、袋の方へと向けた。

 もう十分に深い時間帯ではあるので、残る用事は就寝くらいだった。着替えるにしても装束を着るほどではない。ということで貸してもらった服はかなりぶかぶかで、レフィが手足を伸ばしきっても足りないくらいだった。

 便宜上はランキョクさんのお古ということになっているけれど、割と最近までコチョウちゃんがそれを着ていたのを見たことがあるので、おそらくはコチョウちゃんのものだろう。もちろんそれをレフィに教えるつもりはない。


「あの技はやめたほうがいいっていうのはよくわかったんですが、でもわたしもなにか、新しいことができたならあ、って思ったりもして……、って、ニトさん聞いてます?」

「すいませんが、スネの痛みが尋常じゃないので」

「蹴られるようなことを言うのが悪いんですー!」

 

 すねをさする俺に、レフィは上機嫌に袖をブンブンと振ってみせる。司令いびりを十分に堪能したあとは、わざと腕を引っ込ませて、余った袖をゆらゆらさせて遊び出した。意外と気に入っているらしい。

 

「ふふん。だから、そーじゃなくてですね、クリスタルの話ですよ」

「パーティ内での暴力について先に語り合いたいと」

「クリスタルの話ですっ!」

「そうですね……、レフィさんからすると少しシャクかもしれませんが、治癒魔法のひとつは欲しいところですね」

「ああ……、あのヒトが言ってましたね……」

 

 レフィは露骨に嫌そうな顔をする。

 名前すら出したくないようだ。無理もない。

 

「でも」とレフィは首をかしげた。

「あのヒトも変ですよね」

「アグニフさんがですか? まあ、パーティに本気で乱暴するようなヒトですからね」

「いえ、そうじゃなくて。山の中と帰り道で、ぜんぜん雰囲気が違ったじゃないですか」

 

 レフィの疑問に、俺も一緒になって首をひねる。

 そもそもあのときの俺はまったく冷静ではなかった。怒りをお腹に抑え込むことに必死で、アグニフがどんな話をしていたのかすらほとんど覚えてはいない。けれど確かに、街に向かう道では柔らかい喋り方に変わっていた気がする。少なくとも狩場ほど酷くはなかった。狩場での彼女は完全に歩く刃物だった。

 

「ケンカしたときも、あそこまで怖くはなかったですし……」

「ええ? でも、傷だらけだったじゃないですか」

「あれは……、その、なんていうか……、悔しかったので……」

「はい?」

「い、いーです! やっぱりなんでもないです!」

「……? はあ」

 

 レフィはむんとした表情を見せた後、ぷいっと顔を背けた。

 ケンカの内容はよくわからなかったけれど、どうやらアグニフが狩場のような勢いでレフィをボコボコにしたというわけではないのかもしれない。

 ふむ、確かにちょっとだけ気に掛かるか。今後の仲間集めにも関わる。

 

「種族的な問題かもしれないですね。今度アライクンさんに会ったらそれとなく聞いてみようと思いますよ」

「あっ、そうですね。アライクンさんもクーシーの方ですもんね!」

「そうです。……それでレフィさん、治癒魔法の話なんですが」

「ああそうでした……。うーん。わたしって、それを覚える必要ってほんとにあるんです?」

「やっぱり治癒魔法はいやですか」

「いえ! そういうことじゃなくて、傷が治せたりするのも憧れたりしますが、ニトさんがさっき言ってたじゃないですか。わたしは前と後ろのあいだでちょこまかする役目だって」

「いいましたね」

「これから新しいヒトがこのパーティに入ったりするかもしれないんですよね? 傷を治す魔法がたくさんできるヒトが入ったら、わたしが覚える必要なんてあるんです?」

「もちろんあります」

 

 俺はそういって、片手を広げてみせる。

 ここは上手に提案しなければ。

 

「治癒魔法の使い手が一人か二人かで、安定感がまったく違います。治療に専念しなければならないヒトは自分の治療がおろそかになりがちなんですよ。だいたい、ヒトを助けたくて治癒術師になるってヒトが多いので、自分を後回しにしがちなんですが、そこでレフィさんが“治癒術師を治癒する”ことができるというのは、めちゃくちゃ大きいんですよ」

「ううん、そういうものなのです?」

「そういうものなのです。そもそも一人だけだと、そのヒトの動きを止められるだけで簡単に崩れてしまうことだってありますから」

「なんとなく、なんとなくわかりました。けど、ニトさんはまるでそれを見てきたみたいにいうんですね」

「レフィさんって可愛いですよね」

「は、なっ、なんですか突然!?」

「いや、前のリーダーにもいわれたって言ってたじゃないですか。ほんとうに素敵な女性だなあと思うんですよ。ほんとうに。僕はこのヒトの司令でいられて幸せだなあって」

「ち、ちょ、なんですかあ!? 気持ち悪いです!! 話を変えようとしてますね!?」

「いやほんとうに。非の打ち所のないその姿は、そうですね。是ですね。レフィさんは是のかたまりです。あなたこそが是です」

「“ぜ”ってなんですか!? 褒められてるんですか!? それはっ!」

「是フィさんと呼ばせていただいても」

「いいわけないじゃないですか!? 馬鹿にしてますねっ!?」

 

 また布団を自分に巻きつけていくレフィを、俺は微笑ましく眺める。

 眺めながら思う。レフィには、誤魔化しもそう長くは続かないかもしれない。

 

「大会の戦績だとか、結果とか、そんな記事をアライクンさんがよく持ってきてくれたのですが、それを読んでるのが好きだったんですよね」

「大会って、戦士ボルダーの大会です?」

「そうです。パーティ同士が戦うあの大会ですね」

「なるほどお。でもニトさん、ノーヴィンさんを知らないって言ってませんでした?」

「地方の大会の内容しか読んだことがないですからね。首都大会もいつか見に行ってみたいですね」

「あっ、それはわたしもです! またノーヴィンさんたちが見たいですっ! 首都がどこかわかんないですが、見に行きましょう! ニトさん!」

「そうですね、そうしましょう。……それでレフィさん、相談なんですが」

「はい! なんですか?」

「治癒魔法の話なんですが……」

「ああ……、そうでした……」

 

 二人して顔を見合わせ、力のない笑顔でため息をつく。

 明日の予定が立つのと、朝日が昇るのは、いったいどちらが早いだろうか。

 

 

 

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